Act.04『Legend of Quest』#1
クローズドβテスト三日目。
遂に『迷宮攻略』のテスト解放が開始される。
ダンジョンアタックとは、その名の通り迷宮を攻略するコンテンツだ。
MMOには幾つかのスタイルはあれど、迷宮を攻略するというのはバトルコンテンツの目玉だ。
今回はまずシステムが上手く稼働するかどうかのテストを行い、その結果を鑑みて後日更に迷宮の数を増やしていく予定だということだ。
最初のダンジョンは「はじまりの洞窟」読んで字の如く、最初の迷宮となる。
侵入地点は町を出て北上し、山の麓で東に折れてしばらくいくとある入口だそうだ。
日付変更と同時に、民族の大移動があると踏んだ俺は先行して入口に到達している。
明日は平日なので、VR世界で一日が猶予といったところか。
本当はアカツキやビゼンにも来て欲しいところだったが、カツキは部活の朝練があるし、シノブは家が真面目だから夜更かしは許してもらえない。
なので、今回は雰囲気を掴むためと割り切って一人で来た。
がっつりと時間があるわけじゃないので、ガチ探索パーティの募集だらけだったギルド会館の掲示板はチェックもそこそこにスルーした。
一人で攻略できるとは思っていないが、感覚を掴む程度ならばそれでいいと思う。
装備や道具のチェックを再度行うことにする。
防具は見た目の変化は無いが魔法関連のステータス補正が高いものを優先して、杖はよく敵を殴ったりするので頑丈さを重視して金属製のものを奮発して購入した。
新調したベルトとコートはアイテムの収納数を意識したものにした。
ポーション類を二十、その他のアイテムを種類にもよるが十五個くらいは確保できるはずだ。
いちいち戦闘中に冒険者カードの収納から取り出すわけにはいかない、この程度の拡張は当然と言ったところだろう。
ちなみに、ベルトは魔法使い向けではなく、盗賊向けみたいな扱いだった。
装備に支障はないのだが、自分の発想がそっち方面だと言われているようで少し悲しいな。
あれからも戦闘を続けているが、マギエルは一向にフィジカル的な強さが伸びない。
魔法は申し分ないというか、そろそろ威力の変化が分からない――大体の敵を一発から三発程度で倒せてしまう――程度にまで伸びたのだが、だからこそ変化が乏しくて伸び悩んでいる印象がある。
中級にも手を出したのだが、中級は実戦で使うにはソロでは些か厳しそうな印象だ。
初級はまだ取り回しが良いのだが、中級は魔力の必要量も多いので詠唱文の長さもさることながら、充填速度がネックとなるのでせっかく身に着けた高速詠唱があまり効果を発揮しない。
魔法による戦術は初級を中心に組むのが前提になりそうだ。
「おや、君は魔法使いか?」
準備を進めていると、声を掛けられた。
ヒューマンの男性だ。
ツンツンと尖った髪型とキリッと上がった眉が印象的だ。
右手に盾を携え、右腰には直剣を帯びている。
実は意外と珍しい、オーソドックスな片手剣使いの出で立ちだ。
オーソドックスなのに珍しいというのは矛盾している気もするが、実際、VRMMOでは現実ではありえない格好をするプレイヤーの方が多いのだ。
その理屈で言えば、彼も現実にはあまり即していないのかもしれないが……防御と攻撃を意識した装備構成からは熟練の雰囲気も感じられる。
どこかピリリとした印象が漂うのだ。
「俺の名はアルス、君は?」
爽やかな声音で彼は自己紹介する。
名乗られたなら名乗り返すのが礼儀だよな。
「ジン・トニックだ。 ジンでいい」
「そうか、よろしく頼むよ!」
「……うん?」
何を俺は初対面の人に頼まれたんだ?
「あれ、君もダンジョンアタックに乗り込みに来たんだよね?」
「あぁ」
「なら、俺と一緒に行かないか?」
なるほど、パーティのお誘いか。
大方、現地に集まる冒険者でパーティを組もうと思っていたとか、そういう所なんだろう。
「うーん、折角の誘いなんだが……俺はあまり時間が取れないんだ」
素直に俺が告げると、彼も察したようでぽんと手を打つ。
「……あぁ、平日だもんな。
それなら丁度いい、俺も一日で探索を終えるつもりなんだ。
見た感じ、とことん探索をする奴らはまだ町でパーティを募っているみたいだし、同じ目的のメンバーを探すなら先に移動した方がいいかと思ってきたんだ」
「なるほど」
しかし、この辺りにいる冒険者は殆どが既にパーティを組んでいるし、残りの冒険者も仲間の到着待ちばかりで、ソロできた物好きは俺くらいなものだった。
彼もそれを知ったようで、数少ないソロの俺に声を掛けたということか。
自分も一日で探索を終えるつもりだったから、彼の誘いに乗るのは悪い話じゃない。
一人での探索に拘ってもいいが、二人ならば探索できる範囲が広がるだろう。
「……そうだな、悪くないと思う」
「そうか! では、改めてよろしくな、ジン!」
そう言って、彼はニッと笑みを浮かべて握手を求めて来た。
やけにキザっぽい仕草だが、特に嫌味な雰囲気はしないな。
喋りもハキハキとしてるし、印象としては好青年といった感じだ。
「あぁ、こちらこそよろしく」
俺はアルスとパーティを組むことにした。
早速、お互いの装備や所持品を確認し合う。
彼も一人で潜ることを視野に入れていたのだろう、中々にアイテムが充実している。
「ちなみに、アルスはどういう戦い方をするんだ?」
「俺は勇者だからな、何でもできる」
……勇者か。
残念な人かなのかな?
「勇者ねぇ」
「うむ、国民的ゲーム『レジクエ』の勇者プレイだな」
「あー、なるほど」
レジクエとは『レジェンドクエスト』の愛称だな。
国内のRPGの代名詞とも言えるし、シリーズは海外でも有名だ。
その中で勇者というのはプレイヤーのことで、大抵は万能タイプとして成長していく。
シリーズ二作目だと三人居て、物理、魔法、両方と役割が分かれていた。
「ちなみに、俺は三作目をリスペクトしている!」
三作目は仲間を酒場で募る奴だな。
転職システムの先駆け的な存在でもあったはずだ。
三作目の勇者リスペクトということは、剣も魔法もそつなくこなせるはずだ。
それとなく聞いてみると、当然といった感じで頷かれる。
「初級は火矢と風針と治癒、中級で雷撃を習得している」
あー、それっぽい。
中級魔法の雷撃の呪文はその名の通り、放電で敵に攻撃する魔法だ。
勇者と言えば雷の呪文、レジクエはそういうゲームだった。
別にこういう成りきりプレイは嫌いじゃない。
ただ、勇者というのはネトゲスラングだと無謀な突っ込みを繰り返す脳筋のことを差すこともあるので、少し反応して身構えてしまっただけだ。
「なるほど……こっちはレジクエにあやかって言うならば、魔法使いというよりは賢者かな。
種族もマギエルだし、魔法は全般的に使える」
「おぉ! ……女性アバターだったら完璧なのに!」
レジクエの女僧侶と女賢者は男性人気が高いのだ。
おそらく彼はそれを口にしたのだろうが、
「それ、下手するとセクハラで訴えられますよ」
「おっと失敬」
一度二度ならまだいいが、何度も繰り返しているとセクハラ認定されてしまう。
アバターの中身の事情など分からないが、そういう性的な話題に敏感な人もいるのだ。
運営にセクハラ報告されると、色々と注意されたりと面倒らしい。
俺は通報されたことが無いので分からないが、聞いた話では説教が長いのだそうだ。
もちろん、俺はこの程度でセクハラ報告するつもりはないけど、念のための注意を促しておく。
「ま、とにかく頼りにしてるぜ賢者さん」
「はいはい、せいぜい頑張ってくださいよ、勇者さん」
お互いの距離感も掴めてきたところで、いよいよ日付が変わりダンジョンが解放される。
既に集まっていた百人前後の冒険者が、我先にとダンジョンへ群がり始めていた。
― 『はじまりの洞窟』 1F ―
どうやら『はじまりの洞窟』はインスタンスダンジョン形式のようだ。
これは、パーティごとに別の空間を割り当てる方式で、多くのプレイヤーがそのダンジョンに入っても遭遇することがないというものだ。
パーティごとにダンジョンが個別に用意されていると思ってもらえれば手っ取り早いだろう。
俺とアルスが洞窟に入ると景色が歪み、周囲の冒険者がすぅっと消えていた。
振り返ると、洞窟の入り口に薄もやのカーテンがかかっていた。
多分、あれがインスタンスダンジョンと外とを隔てる境界なのだろう。
このタイプのデザインはVRMMOではよくあるものなのですんなりと受け入れられる。
アルスの方もさっと周囲を見渡して確認した後、奥へと進んでいく。
彼もやはりVRMMO経験者なのだろう、特に驚いた様子は無いようだ。
俺も彼の後をついて進む。
洞窟はただくり貫いただけといった無骨な印象を受ける。
自然の洞窟というよりは、誰かが掘ってそのまま放置されたものというイメージなのだろうか。
「む、敵だ!」
しばらく行くと彼が敵を見つけたようだ。
アルスはチャッと素早く剣を左手で抜き放ち、右手の盾を正面に構えた。
彼の肩越しに見た敵は巨大なアリだ。
巨大といっても人のサイズを大きく超えるわけではない。
小さいもので一メートル、大きいもので二メートルくらいだろう。
個体差というよりは種族差、少なくとも別の役割を持ったアリだろうと推測する。
数は小さいものが三体、大きいものが二体だ。
こちらが二人なので二対五と数では倍以上の差がある。
しかし、アルスは果敢に攻め込んでいった。
「はぁぁぁっ! せぇい! そこだ、≪スラッシュ≫!」
盾を押し付けるように構えての突撃、そこから隠すように構えていた剣を下から突き出し、そして一気に上まで巻き上げるように切り裂く。
そうして一体を切り崩したところで、近寄る一匹に斬撃のスキルを叩き込んだのだ。
上手い手だと感心する。
VRMMOにおけるリアルな戦闘、その真髄とでもいうべき体当たりを上手く活かしている。
VRMMOでの一番大きな要素に物体の干渉がある。
旧世代の3Dと呼ばれるゲームはあくまで、立体で作られたオブジェクトがアニメーションをしていることで、現実の様なリアルさを演出していたに過ぎない。
腕や足などが壁や人にめり込んだりするのは当然だった。
VR世界ではそれがない。
もちろんバグとして存在はするが、基本的にはオブジェクト同士の干渉が絶対になる。
VRMMOでは旧来の3D空間とは違って二つの存在が重なることは無い。
一見、攻撃力も無く意味も無いようなさっきの突撃だが、彼があの場所に身を滑り込ませることで敵の行動を大幅に制限した。
そこからの連撃によって一匹を無力化し、その敵を使って更に通路を大幅に封鎖する。
後は攻撃方向が限定された敵の攻撃に合わせて、スキルによるカウンターを行った。
最初のあの動きだけで、彼が敵の視線と攻撃を一手に引き受けることができるフィールドを作り上げたのだ。
っと、感心している場合じゃないな、彼の奮戦のおかげで優位に立っているが、いつ他の通路から敵が湧いて出るかもしれないのだ。
まだ敵の方が数が多いし、無力化した敵もトドメを刺したわけじゃないのだ。
気を抜いて初っ端から全滅とかは御免だ。
「≪熾れ、爆ぜて、飛びかかれ≫≪火矢≫」
魔力をしっかりと充填させて魔法を完成させる。
一定量以上のチャージはロスの方が大きくなってしまうが、既に適切な感覚は掴んでいる。
まずは試しと速度と威力のバランスの良い一発をお見舞いする。
洞窟内がパッと明るくなり、爆ぜた火が岩肌を焦がす。
狙ったのはアルスのスキルで迎撃された一匹だ。
そいつは≪火矢の呪文≫による一撃でガラスが砕けるように散った。
「おぉ、中々やるな!」
アルスは感心したように声を上げる。
次の一匹を剣で刻み、一旦盾で攻撃を受けてから≪スラッシュ≫でトドメを刺す。
小さい方はあまり体力が高くないようだ。
ならば、奥の大きい奴を狙うべきだな。
再度≪火矢の呪文≫を同じ強度で詠唱し、通路の奥にいる大きい奴にぶち当てる。
ぱっと赤い花が咲き、火の粉と一緒に光の粒となって砕けていった。
「な、なんと!」
またも驚きの声を上げつつ、彼も更に一匹を屠る。
ビゼンは回避によるヒットアンドアウェイ、それも回避主体のリスクを下げた堅実な戦い方だった。
アルスの場合、堅実な戦い方だがその方向性は真逆とも言えるだろう。
彼は手に持った剣と盾を駆使し、剣で相手の姿勢を、盾で攻撃の起点を崩し防御で受ける。
どちらも手傷を負わない立ち回りなのだが、その手法には大きな差があるな。
ビゼンは運動量を活かして……現実での運動の経験を大きく活かしている感じだ。
アルスはVRMMOの経験を活かしている印象だな。
現代の人間が剣と盾を器用に使う経験を積むことはないだろう。
どちらかと言えば盾で受ける方が楽だと思うかもしれないが、VRMMOで盾一枚向こうに自分の命を狙う敵がいるという状況、痛みを伴う敵の攻撃を喰らわない為とはいえ、自ら盾で受けに行くというのは勇気がいることなのだ。
勇者を自称するだけあって、彼の戦い方に腰の引けた感じはしない。
流石は勇者、王道の戦いっぷりである。
残りの一匹と無力化されていた一匹を倒し初の戦闘は終了となった。
「いやぁ、強いな!」
「そっちも、見事な動きでしたよ」
「はは、任せろ! 勇者だからな!」
彼も上機嫌だ。
思っていたよりもお互いに好感触を得られた感じだ。
これなら大分奥まで進めるかもしれない。
そんな考えが浮かんでくる。
「よし、ガンガン行こうぜ!」
彼もノっているようだ。
このままの勢いで探索を進めてみるとしよう。
― 『はじまりの洞窟』 2F ―
見つけた階段を上るとその先も一階と同じ光景だ。
特に代わり映えはしないが、洞窟の雰囲気は若干変わった気がする。
一階はアリ系の敵ばかりで、たまに角兎の亜種と思われるモンスターがいた程度だった。
亜種兎は角兎をそのまま大きくした感じだ。
小さい方のアリと同程度で一メートルくらいのサイズだ。
二階は更に、アリの種類が増えていた。
小さいのが哨戒、大きいのが兵士とすれば、中型で装甲の厚い衛兵、哨戒型よりも更に一回り小さくて蟻酸を吐いて攻撃してくる狙撃手とバリエーションが増えて来た。
もっとも、狭い洞窟内なので距離がつめやすいことが利点として働いているようだ。
片手剣の間合いを自在に操る勇者の動きに、敵の組んだ陣形はいともたやすく打ち崩される。
俺はその陣形が崩れた後の処理として魔法を撃つだけの簡単なお仕事をしていた。
しばらく進むとやや広い空間から強い明かりが零れている場所に出た。
どうやら、雰囲気からしてボス部屋のようだ。
ここが最下層というわけでもないのだと思うが、お約束としてボスのいる部屋はある程度戦いやすい空間を用意されることが多い。
たまにボス部屋の存在意義を疑問視するプレイヤーがいる。
わざわざボスに部屋をやる意味がわからないというものから、もっと戦いにくい地形を選ぶべきだと言った世界観的なツッコミ、果てはプレイヤー側が戦いやすい地形をわざわざ用意するのはおかしいというメタ思考からなど、その理由は実に様々である。
しかし、ボス部屋はあってしかるべきものだ。
確かにボス戦では複数のプレイヤー対ボスと言う構図が多く、現在でも強力なボス一体を相手に多い人数でボコるというのがボス戦の主流だから、複数人で戦う際に広い空間があるというのはプレイヤー側に有利に働いていると感じるかもしれない。
だがそれは敵側にとってもそうなのだ。
プレイヤー側もその空間を使って大いに戦えるように、敵もまたその空間を駆使した戦闘を繰り広げることが出来る。
モンスターの戦闘力にも直接的に関わる事なので、条件はおおよそイーブンと言えるだろう。
ちなみに、過去にあったVRMMOの一番大きなボス戦闘フィールドは島一つだ。
五十人を超えるプレイヤーと島を支配する竜との戦闘だったのだが、様々な地形を駆使した敵の戦い方と、単純に広いフィールドという条件が戦闘を困難にしたのだ。
竜は空も飛ぶしな。
VRMMOは自らの足で駆け回るのだから、広すぎるのも困りものなのだ。
目の前の空間の広さはおおよそ直径三十メートル程度、半球状のドームといった感じで天井までの高さも五メートルくらいはありそうだ。
形状は典型的なボス部屋で、その広さからは十人前後のパーティでも戦えそうだと感じた。
その点からボスの強さを導き出す……というのは早計だろう。
他のゲームの経験から導き出されるメタ的な思考が攻略の役に立つこともあるだろうが、時にそれは視野を狭めてしまい攻略の大きな妨げになってしまう。
特に今は攻略を目的としているのではなく、どういう世界を作っているのかを開発とプレイヤーが互いに確認し合うクローズドβテストだ。
ただそこにあるものを、ありのままに受け入れて行けばいい。
天井からは巨大で無骨なシャンデリアが、壁には等間隔に備え付けられた松明が、この空間に光を満たしていた。
松明は俺たちが用意した冒険者のアイテムよりも数倍は明るい。
薄暗い洞窟を抜けて来た今には、この明りは少し眩しく感じるくらいだ。
俺は勇者と顔を見合わせて頷き合う。
広場の中央に居る奴がこの部屋のボスだろう。
遂に、この世界で初めてのボス戦闘が始まる。