Act.03『Trial attack』#1
冒険者たちの集う『箱庭』は現実とは異なる時間の進み方をしている。
現実では二十四時間で一日となるが、『箱庭』は六時間で一日が巡るのだ。
実はVRMMOでは体感する時間がとても遅くなる。
具体的にはVRMMO内では時間の進みが現実の四倍に引き伸ばされている。
どういう現象が起きているかと言うと、現実での一時間が経過すると、中のプレイヤーは体感時間で四時間が経過したように感じているのだ。 つまり、VRMMO世界で過ごす一日は、プレイヤーにとって現実で過ごす一日と感覚的には大差が無いのだ。
何故こういう現象が起きるかと言うと、単純に脳の錯覚が原因であり、このシステムの肝となる。
太陽の傾きや日照量、体調の変化や腹具合など、人間は様々な要素から感覚的な時間を無意識化で計っているのだ。
例えば、一日が早く感じる日や、時間の経過が遅く感じる時があったりするだろう。
それは主観的な要素から生じた、体内時計の時間計測のズレによって生じている。
VRMMOによってもたらされる世界も、同様の原理によって時間を圧縮して感じることができるので「現実と同じ一日」という体感時間を得るに至っているのだ。
VRMMOが機材を含めて一般的に広がり、市民権を獲得しつつあるのは忙しい現代において「もっとも時間を有効活用できる」娯楽だからと言われている。
昨日一日、ほとんど全てをVRMMO内で過ごしていた俺は、都合四日間にもなる経験を経ていた。
そのうちの前二日が、フェルチやマグナといったプレイヤーとの交流になり、後二日がソロプレイに徹しての研究だった。
研究と言っても大した内容ではなく、ただ単純に魔法を使ってどんなことができるのかを再確認していただけなのだが。
人が空いた頃を見計らって魔法を一通り覚え、ひたすらにモンスター目がけて魔法の発動練習、効果の把握と影響力の測定、応用手段の模索と幅広く考察を重ねた。
また、マグナから多少剣技についてもレクチャーを受けた。
そこで気付いた点としては、剣はまともに扱えないという事だ。
授業で剣道をしたり、バットや布団叩きなどを振り回した経験はあるが、どうやらマギエルとしての俺は『Armageddon Online』の世界では剣をほぼ全く扱えないと言っても過言じゃないようだ。
まず第一に武器が重い。
これはVRMMOのよくある装備制限手法の一つで、個人や種族の筋力補正に差を設けることで武器への適性を表す手段だ。
この世界でもこの方式が採用されており、マギエルの俺がロングソードのような立派な剣を構えようとしても、そのありえないほどの重量によってまともに構えることができない。
軽いとされるカテゴリの刀剣なら持てないことも無いが、それでも攻撃に関する様々なプラス補正が受けられないとなるとその威力は激変する。
具体的には、ダンクェールのマグナは剣への適性があるのでロングソード程度でも問題はないが、マギエルはそもそも持つことができない、そして、マギエルが扱えた同じ武器での威力に至ってはその威力に実に十倍以上もの差が表れていた。
伊達に魔法系ステータスしか取り柄がなく、それを含めても総合ステータスがダントツでビリというだけある。
その恐ろしさの片鱗を見せつけられた格好だ。
ちなみに、魔法による威力差は魔法攻撃力に大きなムラがあるようで、それを考慮に入れても精々二倍から三倍も見込めれば御の字といった程度だ。
ちなみに、敵に与えたダメージ量なんて出ないので、敵が死ぬまでを計測基準としているので正確なデータなどそもそもでないのだ。
大雑把な検証なので、これらの結果にデータとしての価値は薄いと言えるだろう。
しかし、それでも大まかなイメージはつかめると言うものだ。
おおよその範囲では戦闘への理解が進み、幾つかの仮説が立つ。
その中には魔法の未来が閉ざされているようなものもあるが……まぁ、そこは後回しだ。
もう一つ大きな特徴として、スキルと成長の関係性だ。
マギエルは刀剣のスキルを習得できないし、成長速度もない。
正確にはスキルは基本一種のみが習得でき、成長速度は一定期間を剣での戦闘に費やして、剣の重さや威力に変化が表れたかどうかを確認した結果、変化が一切なかったからだ。
育成に関しては使用回数、条件が弱かった可能性もあるが、少なくとも根を詰めてやるようなことでも、簡単に練習量を増やせることでもないので中断とした。
延々獣を相手に剣を振り続けてはボロボロになっていたのだ。
魔法の訓練では同じだけ時間を費やしたらそれなりの成果が得られたことを考えると、マギエルという種族、魔法使いという職業で近接戦闘は考えるのは効果が極端に薄いのだろう。
ここまで向き不向きがハッキリしていると逆に清々しいくらいだ。
ま、一人で何でもできるようなキャラクターを作りたいなら、それこそ制限のないヒューマンや戦闘系の他の種族を選ぶべきなんだろう。
そう、魔法には種族制限がない。
どんな種族でも同じように魔法を習得できるようだ。
火を使うアルヴもいれば、水を使うドワーフもいた。
魔法は習得がタダじゃないので、俺のように様々な種類を覚えている冒険者はまだ少ない。
しかし、今後覚えようと思えば全ての魔法をコンプリートすることが可能なのだ。
掲示板……ゲーム内の交流掲示板の方だ、そちらでも魔法についての意見は頻繁にかわされているらしく、現状では魔法を習得して使用したプレイヤーも相当多くなり、魔法はかなり強力な攻撃手段として認知されているようだ。
結構議論が白熱しているらしく、武器職の不遇を訴える声も大きくなるほどだ。
魔法が強いせいで俺たちは弱い、みたいな論調だな。
論外だ。
まだ彼らは気付いていないのだろうし、事実、覚えたばかりでも魔法はそれなりの成果を発揮してしまうが、魔法しか能がないマギエルが断言する。
魔法はすぐに頭打ちが来る。
現状、俺たちの活躍……というとなんか偉そうだが、そのせいで過剰な評価を受け、使ってみたプレイヤーもそれに便乗してしまっているに過ぎない。
冷静に考えれば、魔法の制限やデメリット、成長要素について考えが行き当たるはずだ。
同じ考えの奴がそういう訴えをしているが、聞く耳を持ってくれない風潮だ。
こりゃ当分、掲示板周りは放置するしかないな。
ただ、掲示板を見ていると色々と面白い試みをやっているみたいで興味をそそられる。
既に生産職が稼働しているようで、徐々に研究成果が共有されつつあるのだ。
生産系には興味があるので、今度彼らの職場を覗いてみるのも悪くないだろう。
さて、約束の日まで今日を含めて二日ある。
それまでにできることと言えば……まぁ、戦うしかないか。
日がな一日敵を倒す日々。
戦闘中毒なのかと言われてもおかしくないな。
場所はドミナの町の北部街道を抜けた先の山脈地帯だ。
修行と言えば山だ。
ただ単に町からほど近く、敵が強い場所と言えばここなのだ。
昔から北には山があり、山は敵が強いというのも先輩の助言なのだが、どうやら『Armageddon Online』でも先輩の言う法則は当たっているようだ。
山と言っても木々の生えた場所から岩場の多い殺風景な場所まである。
今回向かうのは山肌が剥き出しの方だ。
緑が茂る方に行くなら、それこそ森へ行けばいいのだ。
灰色と黄土色が一面を埋める砂と岩の殺風景な山道。
ごつごつとした岩が多いのは、火山の名残か何かなのだろうか。
この辺りの主な生息モンスターと言えば、動物系だと熊などの強力な身体能力をイメージさせるものか鷹などの鳥類、あとは無機物と言っていいのか分からないが不定形とでも呼ぶべき種類――風船のような敵や、ゲル状の敵――など、そして……
「お出ましだな」
地を這うような重低音のサウンドと瓦礫が落ちる音を掻き鳴らし、虚ろな光を放つ目と思わしき部位をこちらに向けて立ち上がる岩の巨人『ゴーレム』。
今回の目当てはコイツだ。
岩で出来たコイツはストーンゴーレム、硬い岩で覆われ、その体を構成する重量から繰り出される攻撃は一発一発が強力なインパクトを秘めている。
物理攻撃をメインにしている冒険者だと苦戦は免れない強敵だ。
俺は敵の出現を確認し、すぐさま詠唱体勢に入る。
「≪熾れ、爆ぜて、飛びかかれ≫≪火矢≫」
杖で指示しした場所に吸い込まれるように赤い閃光が迸る。
着弾と同時に爆発、轟音と火花を周囲に撒き散らす。
高さ三メートル、幅二メートルはある巨体が衝撃で仰け反る。
オォンと低い振動音が響くが、これは奴の悲鳴なんだろうか。
しかし、その頭部に模した岩塊に宿る一つ目の放つ鋭い輝きが、奴の戦意が衰えていないことを示していた。
それなりのダメージはあるのだろうが、見た目通りのタフなモンスターということか。
体勢を立て直し、先ほどよりも明確な敵意をこちらに向けるゴーレム。
肌を針が刺すような感覚を覚える。
この世界における敵意、敵愾心――ネトゲ用語で『ヘイト』と呼ばれるものが自分に向けられてい感覚だ。
タンクを長年経験してきたVRMMOゲーマーや、現実で格闘技などを経験していたプレイヤーの中には、この感覚が研ぎ澄まされ、敵意を鋭敏に感じることが出来る人もいるそうだ。
俺の場合は本当に微かに感じることが出来る程度なので、周りに余分な情報がない時くらいにしか感じることができないのが難点だ。
こういうソロやサシの場面でしか発揮できないので、感知できることで得られる優位性はない。
ゴーレムがこちらに向けて前進を再開する。
その歩みは重く、遅いが、確かな力強さを秘めていると感じた。
そして想像する、あの巨躯から繰り出される一撃が自分にヒットした姿――熱を帯びる体、粉々に砕けていく意識、光の粒になって溶ける最期。
敗北のイメージは鮮明に描けた。
ならば、そのイメージを遠ざける努力をすればいい。
奴の攻撃は岩の肉体を駆使して繰り出される近接戦に終始する。
対策の始めは近づけないことからだ。
「――ふぅ」
一つ小さく息を吐き、意識を集中する。
ここから繰り出すのは練習中の必殺技だ。
「≪熾れ、爆ぜて、飛びかかれ≫≪火矢≫」
赤い閃光が迸る。
「≪熾れ、爆ぜて、飛びかかれ≫≪火矢≫」
一本目が消失する前に二本目の火線が宙を走る。
「≪熾れ、爆ぜて、飛びかかれ≫≪火矢≫」
三本目が疾駆したところで、一発目の引いた紅焔が溶けて消えた。
立て続けに命中し、爆ぜる大火の花に大きくよろめく石像。
これが必殺技、三連続の高速詠唱。
まぁ、言ってしまえばただの早口言葉だが、この世界における魔法の高速詠唱はデメリットがある。
単純で大きな問題点、詠唱時間の短さによって威力が低下するのだ。
魔法とは呪文詠唱によるパスワードを入力し、決定の入力として魔法の名称を告げる。
実は、このプロセスの間にシステム的には魔力を込めているのだ。
簡単に例を挙げるならチャージショットに近い。
溜めた分だけ威力が上がる。
魔法も詠唱を長くするとその分だけ威力が上がるのだ。
つまり、詠唱を短くするほどに威力は下がる。
ここまでが魔法の基本だ。
それに気づいてしばらく、MPの動きに注目して新たな発見があった。
MPの消費タイミングが独特なのだ。
普通は魔法が発動したタイミングでMPを消費することが多いだろう。
しかし、この世界ではMPの消費タイミングがてんでバラバラで、詠唱開始から失うこともあれば、詠唱中、詠唱後に消費という時もあった。
更には消費量も同じ魔法でばらつきがあり、威力もムラが大きくあった。
そこに関係性を感じ、何度も何度も魔法を繰り返し使用した結果、ある結論が導かれた。
魔法には発動の手順とは別に、発動の作法があるということだ。
改めておさらいをすると、魔法とは
壱.メニューから魔法の使用を選択する
弐.魔法ごとに決められた呪文を詠唱する
参.詠唱の後に魔法名で締めくくって発動する
という手順を踏んでいる。
しかし、実際の環境では厳密にはそうじゃない。
なんと弐から進めても発動まで達するのだ。
その場合、何が起こっているのか。
仮定に過ぎないが、おそらくはシステム側で魔法の起動に関連する行動を感知し、それに合わせる形で壱の手順を後追いで発生させている。
だから、MPの消費が詠唱の最初からではなく、詠唱の後から始まる場合があったのだ。
更に、弐の過程ではさっきも言ったとおりにMPの充填が行われていると思われるので、素早く参の行程に移行するとその時点で魔法として発動してしまうので、威力に乏しい結果が残る。
現に、MPの消費量によって魔法の威力は大きく変動しており、なるべく詠唱に時間をかけた方が高い消費と威力を実現できるという結果が得られた。
以前、スチームベアを討伐した時に一際高威力の魔法に成功したのも、この法則に則っているようだ。
一節ごとに区切り、大きく、ゆっくりと詠唱することで、威力を消費が格段に増すのだ。
おそらく、これから高位魔法を覚えるにあたり、長大化する詠唱文に悩まされると思うのだが、システムや世界観的には、それらが必要な要素なのだと理解できる形だ。
さて、そこでそのシステム的な制限に真っ向から挑んだのが今回の必殺技だ。
さっきも述べたとおり、手順弐から始めた場合には魔力の充填が間に合わず威力が激減してしまい、特に装甲の厚い敵にはそれだけで致命的と言えるほどに効果が減少してしまう。
では、いかに連続して魔法を効率的に扱うかという話になる。
検証した結果、最も早く魔法を回す方法は手順の効率化だった。
壱弐参の手順を、全て順番通りに連続して素早く回す。
それを実現する技術が直接操作だ。
直接操作で魔法起動のコマンドを操作すると同時に詠唱を開始する。
これだけでロスは少なくなり、素早く効率的に魔法の発動まで漕ぎ着ける。
さらに、魔法起動のタイミングを発動タイミングと若干被せることが可能なことに気が付いた。
これは格ゲーなどのキャンセル技や、アクションゲームの先行入力といった概念に近い。
魔法起動とは魔法発動の為の構えを取る事であり、実際には不要なプロセスでもある。
しかし、それをわざわざ行うメリットとして、コマンドを選択したタイミングでMPの充填が開始されるという事だ。
どうにも、一節ごとにある一定量のMPを消費するようなのだが、それはMP基礎充填量とでも呼ぶべき数値を元に倍率を掛けている。
というのも、ワードの詠唱時にMPの消費が加速するのだが、一節ごとに消費の仕方が違っていたり、節の間を取った時にも消費自体は継続していたりといった変化をしていたからだ。
その変化量、倍率は今のところ微々たるもので、稀にとても多く消費する一節があるといった感じなのだが、威力自体は消費したMPに準拠するようだった。
簡単にまとめると、この世界の呪文には正しい詠唱の速度があるようだ。
しかし、正規の手順で発動までを行う前提で、魔法起動コマンドによる基礎充填量で消費MPを確保してやれば、詠唱時間が短くMP充填が少なくなったとしても威力を確保できるということだ。
こうして「一定の威力を保ったまま連続して魔法を繰り出す技術」を『高速詠唱』と名付けた。
ちなみに、今の俺は高速詠唱をする際に三連発を目安にしている。
二発だとムラに気付きにくいので、三度使ってそれぞれの威力や速度を体感的に比べるのだ。
今回の三発は速度重視、威力は自分の認めた最低限を意識している。
具体的には一発で角兎一匹をまる焦げにする程度の火力だ。
流石に連続で受けたので体勢を崩しているが、その目の輝きは些かも衰えていないように感じる。
ふむ、ならばこうだ。
「≪高きより低きに、ただ流るるが儘に≫≪水弾≫」
杖の先端に水が集まり、圧縮されたそれを勢いよく打ち出した。
詠唱をしっかりと整え十分な魔力を注ぎ込んだ魔法は、重心のぶれたゴーレムの巨体を力強く押し倒す。
巨体は地響きを起こしつつ崩れ落ちる。
ダメージは通っているようだ、このまま一気に畳みかけよう。
「≪集え我が意思の元に、石の牙よ敵を穿て≫≪石礫≫」
こちらも少しの時間をかけ、十分な魔力を注いで発動させる。
土の魔法は詠唱が全般的に長い傾向にあるのがネックだ。
特に『石礫の魔法』はやや長い詠唱を除けば、複数の弾丸で面を制圧する攻撃なので小さい的にも当てやすく便利なのだが、こうした巨体の敵相手にこそ最大限の威力を発揮する。
景気の良い音を立てて、機関銃でも撃ち放ったかのような連続した激しい衝突音が響く。
低く鈍い断末魔を上げて、ゴーレムはただの岩塊へと成り果てた。
「よし、上々だな」
杖をぐっと握りしめて、自分の強さを認識する。
ソロで倒すのは中々に骨の折れる相手だと聞いていたが、ちゃんと対策を立てて行動すれば、初見でも思った以上の成果が出せるようだ。
こういう場面を誰かに見られると「やっぱり魔法って強いんだな」なんて勘違いされそうだ。
ちなみに、使わなかった『風針の呪文』についてだが、詠唱が速いので使い勝手は確かにいいのだが、攻撃力の低さがやはりネックだ。
俺が高速詠唱で使う『火矢の呪文』よりも威力が弱い。
弱点属性がどうとかあるかもしれないが、少なくとも装甲の厚い敵に有効打は得られないだろう。
痛みに鈍感そうな敵も同じくだ。
そういう意味では、ゴーレムに効果があるかと問われれば無いと思うのも仕方がない話だろう。
実際、後で試してみたが何の効果も実感できなかった。
日が暮れる頃には町に戻り、少し休息してログアウト。
トイレなどを済ませて再びログイン。
それからさらに一日を魔法戦闘での特訓に費やし、夜は宿屋で休憩を取った。
約束の日、ギルド会館前の広場で彼らを待つ。
こうしてボーっとしていると、激しかった特訓の四日間が遠い過去のように感じる。
現実時間で言えばまだβテスト二日目の昼なのだ。
どちらかと言えば自分が詰め込み過ぎていただけとも言えるか。
戦闘戦闘また戦闘。
賢者というよりは狂戦士といった日々だな。
最近は自分が腕試しをしていると、よく他の冒険者を見かけるようにもなったし、プレイヤー全体の活動範囲が広がってきた印象だな。
そう言えば、街道があるということは隣町とかもあるのだろうか。
確か、まだそういう話は上がっていなかったと思うが、また暇なときにでも情報を仕入れておこう。
それにしてもいい天気だ。
現実はまさに夏前の梅雨真っ盛りみたいな、ざぁざぁ降りの雨模様だったけどな。
夜中の雨音ってなんか良いなと思って少し聞き入ってしまったけど、この世界は雲一つない快晴だものな……そう言えば、クローズドβテスト期間中に天候も変わったりするのだろうか。
あれこれと雑多なことに意識を向けていると、どうやら待ち人が来たようだ。
どこかで合流したのだろう、ギルド会館から二人揃ってこちらに歩いてくる。
手を上げてこちらを示すと、少し早足で駈けて来た。
「よぉ、ジン! 俺たちも来たぜ!」
男は快活な声で俺の名を呼んだ。
腰に直剣を佩いたドラゴニアのカツキだ。
二メートルを超える頑丈な体躯と比べると、腰の剣が小さく見えてしまうな。
「ごめんね、待たせた?」
その隣を歩くのは小柄――に見えてしまうのは、隣のでかい男のせいだ――な、ピンと尖った犬耳を持つ黒髪の凛々しい女性。
さらりと流した黒髪と同じ、黒毛の尻尾を優雅になびかせているのがシノブだ。
身長は百六十くらいで腰には同じく直剣を装備している。
どうやら、近接組の初期装備は直剣で固定の様だ。
「待った待った、もう一週間近くも待った!」
俺はひらひらと手を振り返しながら気軽に答える。
「え、一週間!? どういうこと?」
あ、シノブはまだVR歴が浅いからこの理屈が良く分かっていなかったか。
「あぁ、このゲーム内では現実の四倍の時間が体感できるんだぜ」
「実際には現実の一日の間に四回日が昇るから、ゲーム内だと体感的に四日過ぎた感覚になるって話だな」
カツキが少し言葉足らずな説明をしたので補足する。
すると納得した顔のあと、すぐに表情を曇らせてこちらを見てくる。
「……それを真に受けると、ジンは初日からほぼずっとインしてることになるんだけど?」
シノブは頭の回転が速いのですぐに気付いたようだ。
流石秀才である。
「その通り」
「はは、ジンのことだからそうだと思ったぜ!」
カツキは経験則から導いた答えだろう、長い付き合いだからな。
彼の場合は初日から都合が付けば俺と同じくVRMMO世界に浸っていただろう。
「……はぁ、ゲーム馬鹿もここまで極まれば大したもんね……」
「それほどでもない」
「それほどでもない」
俺たちに対してため息をつくシノブに、胸を張って答える。
カツキと俺は見事にハモって見せた。
「二人して答えなくていい! 何でジンだけじゃなくて、アカツキも便乗してるのよ!」
「あ、やっぱりアカツキって名前にしたのか」
「ドーモ、ジン=サン。 アカツキ、デス」
「ドーモ、アカツキ=サン。 ジン・トニック、デス」
俺とカツキ……いや、アカツキはシノブのお怒りを華麗にスルーして、初対面の挨拶を交わす。
片言の日本語で挨拶を交わすのはいつから始めたか覚えていないが、いつの間にかVRMMO内で初対面するときに行う儀式になっていた。
俺たちは挨拶を済ませると、パンパンと互いの手を叩き、腕を組み、その場でスキップして小躍りを始める。
この奇妙な動きも儀式の一部だ。
それを見て、シノブが頭を抱えていた。
「何なのよ、あなたたちのその異常なテンション……ま、確かにはしゃぐ気持ちは分かるけどね」
お小言を口にしつつも、気持ちは理解してくれているそうだ。
ならば、もっと感情を表に出して楽しんでくれればいいのにな。
「さて、それじゃどうする? 早速戦闘を体験しに行っても良いし、町を見て歩くのも、食事をしに行っても良いぞ」
「うーん、食事はパスかな。 さっき食べたばかりなのよ」
「すまんが俺もパスだな、今日の昼はカレーを大盛り三杯食べたんだ」
二人とも既に満腹の様だ。
ま、こっちの世界で食べても現実の体に溜まるわけじゃないのだが、空腹でもないのに何かを食べたいと言う欲求が起こるはずもないだろう。
食事は却下するとして、残りの候補は二つか。
ここは経験の浅いシノブに決定権を委ねようと思い、そこでシノブからはこの世界での名前を聞いていないことに気付いた。
「……えっと、名前は何にしたんだ?」
本名は出さないように気を付けて聞き出す。
シノブもそれを察したのだろう、小さく頷いて答える。
「ビゼン、それが私の名前よ」
アバターの見た目の雰囲気もそうだが、名前まで和風だな。
現実でもシノブは今時の女子というには少し古風な部分もあるくらいだし、日本人らしい感性ってことなんだろうな。
αテストでは刀を熱心に使っていたようだし、意外と時代劇とか好きなのかもしれない。
「了解、アカツキにビゼンだな。 改めまして、ジン・トニックだ」
変な話だが、友人に改めて自己紹介をする。
互いに握手を交わすと、アカツキはその手をグッと握ってやる気を、ビゼンはその手をまじまじと不思議そうに見つめていた。
彼女はVRMMO初心者で、更にVR世界にも馴染がないVR新参者でもある。
大方、仮想世界での触覚が思いのほかリアルなことに驚いているのだろう。
「さて、食事は済ませたって話だから……まずは一発かましてみるか」
俺は二人をそれぞれパーティに勧誘し、そのまま町の外まで引っ張っていく。
目的はもちろん、初めての戦闘だ。