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閑話『とあるゲーマーの飲み会 -Girls Talk-』


 雑踏。

 人が無数に行き交う首都では、どこもかしこも雑踏で塗れている。

 空気もお世辞にも良いとは言えない。

 幾ら日本の車が優秀で、電車による交通網が整っていたとしても、圧倒的に緑が少ないのだ。

 それでも、この国の首都はまだ環境に多少の配慮をしているだけマシなのかもしれないが。

 多少真新しい建物が増え、見た目の変化が見られたとは言っても、昭和の頃からこの街が持つイメージに大きな変化は無い。

 人を集められるだけ集めた箱庭のような都市。

 それがこの街の姿だった。

 どこの誰とも分からない人々が織り成す雑踏とは、すなわちこの街の鼓動にすぎない。

 止むことは無く、ただひたすらに一定の感覚で刻まれていく。


 待ち合わせ場所は何度も利用したことのある場所だ、なのに、なぜ彼女は未だ来ないのか。

 整った容姿、目鼻立ちが通り、メイクもしっとり穏やかな雰囲気で纏め、カジュアルな服装を着ていながら、どこかの令嬢のような高貴なイメージを放つ女性。

 彼女の名前は有馬ノエル。

 イタリア人の母と日本人の父を持つハーフで、豊かな黒髪は波のような美しいウェーブを描いている。

 形の良い唇に一輪のバラを咥えさせるだけで絵になる、そんな強烈な存在感を持った女性だ。

 そのノエルの眉間は今、彼女が持つ鋼の理性によって皴が刻まれない様にと、美への弛まない努力を強いられているところだった。

 待ち合わせ相手が来ない……時間にルーズな部分があるのはいつもの事だ、そう、何度もある。

 ただ、いつもは彼女から予定を決めた時にはピッタリと時間通りに来ていたのだ。

 今回の予定は彼女が計画したもので、だから安心だと時間通りに来たのだが……かれこれ予定の時間を十分以上経過していた。

 待ち合わせには十五分以上前に居合わせるようにしている彼女は、既に三十分も彼女たちを待ち続けていることになる。

 待つのは嫌いじゃない、しかし、連絡の一本も寄越さないとはどういう事なのか。

 不安は無いが不満はある。

 せめてドタキャンならドタキャンで言ってほしいし、もし交通機関の問題で遅れているだけならば、それこそ一報をくれれば時間の潰し方は色々あるのだ。

 こちらを伺う男性の視線もそろそろ苛立ちの方が優ってくる。

 人生二十年以上経験しているのだ、もう自分が誰かに見られる事には慣れているのだが、だからといって限度があるし、今の精神状態の彼女に触ろうものなら針が振り切れてしまうだろう。

 勘のいい男は既に退散して別の女の子へと去って行ったのだが、素人男の湿度の籠った視線に晒されているので気分が晴れることはない。

 声を掛けて来れば一蹴してやるのに、ただ遠巻きから見てくるだけだから質が悪いのだ。

 そんなだからお前らはダサいのだ、と声を大にして言いたかった。

 ノエルの表情筋が限界に達する前に、待ち人の一人が現れた。

 遠くからでも分かる、人混みという海の中から頭一つ飛び出た存在、それが目印だ。

 広い肩幅に熱い胸板、二の腕などは人の頭ほどはあるだろうか、ハリウッドのアクションスターでもあそこまで立派な筋肉は持ち合わせていないだろう。

 顔もその体格に見合った厳めしいものであり、少し細めの瞳からは鋭い眼光が放たれていた……と、周りにはさぞ恐ろしい怪物のように映ったであろう。

 彼こそが、ノエルの待ち人の一人だ。

 美女と野獣、美女と怪獣、美女と筋肉……周囲の視線はノエルたちに釘付けとなる。


「ごめんね、はぐれちゃったんだ」


 彫像のような男の陰から現れたのは、小学生ぐらいに見える少女だった。

 身長から見れば高学年一歩手前、発育具合からは中学生か、などと下衆が勘ぐるような容姿だ。

 化粧も整え、身なりも春らしい緑のワンピース、髪型も後ろに大きなシニヨンと大人びた雰囲気の少女に、周囲からは暖かい視線も注がれる。

 その視線に、彼女も当然気づいていた。

 ちょっと諦めたようにため息をついて、いつもの決まり文句を言う。


「……はぁ、ノエルちゃんと一緒にいるとジロジロ見られるのだけは慣れないんだよなぁ」


「ハルカだけでも十分目立つと思います、特に旦那さんと一緒に来られれば尚更に」


 そんな二人の会話を聞いた周囲の面々は驚きを隠せなかったのだろう、ギラリ、ジロリとノエルと巨漢の二人に視線でバッサリと切られて居心地悪そうにその場を逃げ出した。

 少女……に見える女性は天海ハルカ。

 そして隣の猛獣が天海ダイチ、彼らは夫婦である。

 その身長差、体格差、雰囲気から何から正反対の彼女と彼を結びつけると言うのは、それだけで犯罪臭のような……背徳的で、淫靡な印象があるのかもしれない。

 好奇心の強い数名は、まだ遠巻きにちらちらと様子をうかがっている。

 未だ好奇の視線に慣れていないハルカは、納得が行かないのかノエルに当たり始める。


「えー、ノエルちゃんが美人なのに一人で来るから悪いんだよ! ……もしかして、まだ彼氏の一人もできないの?」


 痛いところを突かれて、彼女の気持ちが少し振り切れる。

 溜まっていたフラストレーションをコントロールし、小さく小さくそれを吐き出す。


「出来ないんじゃなくて、作らないんです! 性格と年収と将来の家庭像をお互いに共有できて、尚且つ趣味が同じ人……最低でも、容姿と趣味で好みに一致しないとダメです!」


 それを聞いてハルカは、「まだそんなこと言ってる」と冷たい目でノエルを見返す。


「ノエルちゃんの好きな見た目で趣味が一緒が最低条件って、それが一番ダメだと思う」


 ノエルの好きな容姿については彼女の名誉のために割愛しておこう。

 趣味についても、認知度は広くなったがまだまだ一般的ではないという印象は強い。


「ぐっ……で、でも、せめて一緒に居るんだったら趣味は一緒じゃないとダメじゃないですか!」


 それだけは譲れないとノエルは食い下がる。


「まぁねー」


 理解できると大きく頷くハルカ。

 小さい体ながらも、その仕草には貫禄とでも言うべき堂々とした雰囲気が詰まっていた。


「人は中身とも言いますが、見た目が生理的にダメだと無理ですよね」


「そうだねー」


 何を当たり前のことを、とあきれ顔で頷くハルカ。

 そして、彼女は隣に立つ最愛の人を見つめる。

 彼もそれに気づき、その大きな手が彼女の頭をすっぽりと収めるように撫でていた。

 人や角度によっては怪物に少女が襲われているように見えるだろうが、ノエルからは幸せそうな二人の柔らかい表情だけを見せつけられていた。


「……こ、これが人妻の余裕……」


「らぶらぶでごめんねー」


 悔しさはあるはずなのだが、嫌な気持ちは微塵もない。

 和やかな雰囲気の彼女によって、ノエルのストレスは幾分か発散されたのだ。


「いやぁー、ごめんごめん! ……待った……よね?」


 胸の内が凪いだのも束の間、能天気な声が頭に響く。

 ノエルは自分の中の針が、あまりの衝撃に吹き飛んで粉々になるのを感じた。


「ち・こ・く! 一体、その遅刻癖はいつになったら治るんですか!」


 今のノエルからは令嬢の雰囲気はすっかり抜け落ち、シビアな職場を切り抜ける敏腕キャリアウーマンとしての凄味が顕れているかのようだった。

 滲み出るプレッシャーに気圧されているのが今回の集まりを企画した張本人である。


「そ、それはお医者さんと相談を」


 パリッとしたコーデの服は女性らしいラインを尊重しつつも、男性的な格好良さも併せ持ったもので、地の素材を活かした薄いメイクと、それが醸し出すキリッとした逞しい表情……雰囲気だけを見れば、男役を任される舞台女優といった印象すら持てる。

 さらっとしたストレートヘアは、地毛とは思えない程の明るいブラウンで、ともすれば鋭い印象になりがちな彼女の空気を和らげる優しい色味だった。

 そんな高級素材と一流の調理を施された最高の一皿を、ケチャップやソースといった一般家庭の調味料で台無しにしたような女性が彼女、尾倉マヤだった。

 適当な発言で場を困らせる彼女の性格は、見た目の二枚目からはかけはなれた三枚目、いや三流芸人といった印象だろう。

 舞台女優にも思えるとの評価は一体何だったのか。


「医者の世話になるような体質や性格じゃないでしょ、あなたは!」


 普段からそのいい加減な発言に振り回されてきたノエルとしては、分かっていても言わずにはいられない。

 そういう物事をハッキリとさせてしまう性格が、彼女が男付き合いを躊躇ってしまう要因にもなっているのだが、素行の悪い悪友を問いただすには適役と言える。


「うひゃー、どったの? 今日はいつもより荒れて……あの日?」


「……ばっ、もぅ、あー、もうっ! あなた馬鹿じゃない!?」


「ごごごごめん! ハルカ、助けて!」


「マヤは一発殴られておけばいいと思うよ」


「そ、そんな殺生な! か、堪忍しておくれやすノエルはんや~」


「……全く、あなたどこの人間よ」


 彼女たちが揃った時はいつもこのような雰囲気だ。

 普段それぞれの彼女たちのイメージからは少し遠く、別の場所で付き合いがある者に見せても、またやはり雰囲気が違うと捉えられるだろう。

 女三人寄れば姦しいとはよく言ったものだ。


「今は調布住みだけど」


「はぁ、もういいわ……久しぶりね、二人とも元気だった? ダイチさんもお元気そうですね」


「うん、二人とも元気だよー」


「もっちのロンよ!」


 久しぶり――その言葉通り、彼女たち三人がこうして集まるのは二年振りとなる。


「最後に会ったのはハルカの結婚式だもんね」


「あの時のハルカは綺麗だったなぁ……」


「それさ、いつも今は綺麗じゃないのかって思っちゃうよね」


「……ハルカはいつも綺麗だ」


「ひゅーひゅー! お熱いね、お二人さん!」


「はぁ、周りの迷惑になるから早くいきましょう」


 過ぎた年月によって、積もる話は山となっているのだろう。

 会話の花を咲かせながら、一行は予約していた居酒屋に向かう。

 久しぶりなのだから洒落た店をとも思わなかったわけじゃないのだが、思いっきり語り明かすには静かな店では気を使ってしまう、というのがマヤの考えだった。

 二人からの異論は無かった。

 全国チェーンとして展開している居酒屋の一つ、品数と味を重視した店に席を設けていた。

 店内の活気ある雰囲気と、客の騒々しさ、仄かに香るアルコールが、同じ騒々しさでもさっきまで歩いていた街中とは全くの別種だと主張していた。

 どこか懐かしさの様な温かみのある空間の店内で、彼女たちは個室に通される。

 それを見届けた夫は、妻に向けて優しく微笑んで店を後にする。


「ダイチさんも一緒に居てくれてもいいのにね」


「本当、気にしなくてもいいんだけどなぁ」


「いいのいいの、彼はそういう性格なの。 ……そこが彼の良いところなの」


 彼は折角の再会の場なのだから、男抜きで話した方がいいと今回の集まりを辞退していたのだ。

 それでもこうして店まで見送りに来てくれたのは、単純に彼の妻への想いと、方向音痴な嫁への必要なフォローとしてだった。

 現に、さっきハルカが言っていた「はぐれちゃった」と言うのは、都会の雑踏に流されて彼とはぐれてしまったことを言っていたのだ。

 ちなみに、口には出していないのだが、はぐれたのは一度ではなく三度である。

 彼にとってそれはいつものこと――三度はぐれるまでは頑として手を引かれたくない――なので、それについて今更何も思うことは無く、ただただ好きな相手にできることをしたいと考えているのだ。

 店員にそれぞれアルコールを注文し、適当なつまみを頼んでおく。

 すぐに持ち込まれたグラスを片手に、幹事であるマヤが乾杯の音頭を取った。

 話は互いの近況から徐々に過去へと遡っていき、再び結婚式の話題になった後、今回こうして三人が集まる切っ掛けになったVRMMOの話題へと移る。


「いやぁ、それにしても本当に凄いね最新のVRは。 今日なんか本当に、「マジで死んじゃうんじゃないか!?」って思ってびっくりしたよ、あっはっはっはっは!」


 マヤはそうあっけらかんと言うとビールのグラスを片手に大笑いを上げる。

 その豪快な飲み姿はまさに、おっさん女性とでも言うべき姿だった。

 そんな彼女に負けず劣らず、喉を鳴らしてビールを飲み干しているのがノエルだ。


「あれはあなたが突っ込み過ぎなのがいけないのよ!

 いっつも、いっつも、いっつも、いっつぅぅぅ……も、そう!

 そのフォローに奔走してる私たちのことを、少しでもいいからちゃんと意識しなさいよ!」


「え、心配してないよ? だって、この二人だもん心配する要素がない」


「ウソツキ! あなた昔にも似たような突っ込み方して大失敗したの忘れてたでしょ!」


「あー……あったなぁ、あれも確かハルカが欲張って難易度の高いクエストを受けてたんだった」


「ちょ、ちょっと! そういう言い方はないんじゃないかな!」


「そうですよ、ハルカもハルカで業突く張り過ぎるんです! なのに、三人の中で一番最初に結婚とか……ぐぅ、幼児体型の癖に!」


「あ、ひっどーい! 結構気にしてるのに! ……でも、彼が好きだって言ってくれるから私は私が好きなの」


「う、ぐぅ、うぐぐ……じ、自爆した気分……」


「うごごごご……! け、結婚とは一体……!」


「私から言わせれば、二人ともいい人ぐらいすぐに見つけられるでしょ?

 何で結婚どころか、お付き合いすらしてないのか分からないんだけどなー」


「そんなの、私が知りたいわよ!」


「えー、現実にはちょっとわたし好みの王子様はいないなー」


「あれ、マヤは王子様がいいんだっけ?」


「そういう意味でなら王子よりも冒険者ね」


「あなた、まだそっちの趣味から抜け出せないのね」


「ノエルだって似たようなもの何だから言いっこなしでしょ」


「ち、ちがうわよ! 私に言い寄ってくる男が趣味じゃないってだけで、私は現実の男に興味ありますから!」


「え、私だって興味はあるよ?」


「二人とも乙女だねー」


「うぅ、ハルカが何気に刺してくるのが辛い」


「あっはっは、あっちじゃ落ち着いた雰囲気の仲裁役なのにねー」


「別にー、こっちでも執り成し役すること多いよ?」


「……向こうの話と言えば、今日会ったあの子、強かったわよね……」


「あの子か……二人いたけど、やっぱりあの子だよね?」


「え、なになに? どこの話?」


「マギエルの男の子の話」


「うん、マギエルの子のはなしー」


「……はっ、あいつの話か」


「あ、マヤちゃんスイッチ入った」


「その癖、未だに治ってないのね」


「まぁ、あいつは確かに強かったよ……」


「おぉ、マヤちゃんがスイッチ入ってるのに褒めてる……これは相当ですな」


「重症よね」


「な、何の話だよ」


「ホの字ですかな」


「かもね」


「……な、何の話よ!」


「あ、今の間はマジっぽい」


「マヤちゃん動揺するとスイッチ抜けるもんね、怪しいなー」


「ちょっと、二人してそんな目で見ないでよ!? あ、すみませーん、ビールピッチャーで!」


「はぐらかせないからね」


「からねー」


「ちょっと本当に勘弁してよー、そういうのじゃないってばー」


「あ、照れマヤちゃんだ」


「……ちょっとちょっと! 本当の本当に本気なの?」


「だ、だから違うって……そういうのじゃないんだってば!」


「何が違うのよー、趣味ドンピシャだったくせに」


「確かに、マヤの趣味っぽかったわね」


「いや、確かに合ってるとこあるけど、本気でそんなんじゃないんだってば!」


「じゃあ、何が言いたいのよ」


「そうだ、素直に白状するんだ。 かつ丼食うか?」


「へへ、ハルカ刑事ありがとうございます! ……いや、彼は確かに格好いいし、強かったけどさ、それで好きとか愛してるとか、それはやっぱり違うじゃない? VRMMOだし」


「私は旦那とVRMMOで知り合ったし、好きになる切っ掛けもゲームの中だけど」


「ハルカの話はおいといて……それで、続きは?」


「彼はさ、ゲームを大切にしてるっていうか、ゲームを楽しんでいるっていうか……VRMMOに対する姿勢っていうのかな、VRMMOという世界に対して真摯で誠実な付き合い方をしているっていうか、それこそハルカと旦那さんのように、仲睦まじい関係のようなものを築いているように見えてさ……羨ましいなって」


「え、マヤちゃんVRMMO相手に嫉妬しちゃったの?」


「こりゃ相手が悪いなー」


「だからそういうんじゃないよー」


「冗談」


「冗談よ」


「ぐすっ、泣いちゃうんだからね! あ、どもでーす。 大丈夫、受け取りますよ……はい、これを下げてもらって大丈夫ですか? あ、落ち着いてゆっくり、はい、どもー。 ……ぐすん」


「変わり身早いなー」


「その演技力はいつ見ても羨ましいわ」


「伊達に演劇部やってませんから……で、彼についてはその何て言えばいいんだろう、惚れた腫れたじゃなく、純粋に憧れを抱いたっていうかな。

 私たちってさ、一度VRMMOと縁を切ったじゃない?

 きっとそれは私たちだけじゃなくて、VRMMO――オンラインゲームをプレイした経験のある人にはいつか訪れることだと思うんだ。 終わりのないゲームが終わる日。

 祝福されて終わるよりも、惜しまれて終わるよりも、ほんの小さなすれ違いから起こる人間関係によって終わることが多いのがオンラインゲームだと思うんだ。

 あの日、私たちは二度とVRMMOをやらないって思ったし、実際、こういう機会が無ければきっとVRMMOだけじゃなく、こうしてリアルで三人が集まることもなかったと思う。

 きっと私たちも遠慮してたんだと思うんだ。

 VRMMOで繋がった関係だから、VRMMOと縁を切った後に繋がったままでいるのはずるいんじゃないかって……そんな気がしてた。

 だから、今日偶然出会った彼の姿を見ていた時に、ふっとそういうのが……私がVRMMOの何が好きで、何を求めてて……一度は失った筈の、捨てたはずのそれを、どうしてもう一度掴んでみようと思ったのかなって、あの瞬間に思ったんだ」


「……あの瞬間って」


「スチームベアに思いっきり殴られた瞬間、何故か走馬燈みたいに思い返してた」


「……そっかー」


「私たちってさ、結局VRMMOゲーマーなんだよ。 ゲーム大好き、ゲーム愛してる。

 一度は距離を置いてみたけど、切っ掛けがあれば仲直りができた。

 VRMMOって世界の魅力に、決して諦められない憧れがあるんだと思うんだ。

 私たちは弱かったから、そこにあった別のものを認められなかっただけで、逃げ出してしまったけどさ、彼からはそれすらも足掻いて見せるみたいな、そんな雰囲気を感じたんだ。

 彼の目はどこまでも真っ直ぐで、VRMMOと真摯に向き合っている。

 そんな直向きさが、彼の強さなんじゃないかなって」


「で、結局どこに惚れたの?」


「……ふえぇ!?」


「やっぱり、ただ好きな相手に対する惚気にしか聞こえないよね」


「えぇぇ!?」


「大体、そんな長々と話しをされても、あなたの中でもまだ全然纏まってないみたいだから、聞いてるこっちも要領を得ないのよ」


「そうそう、結局聞こえてくるのは「ジン君かっこよくて好き!」だけだもんね」


「そ、そんなこと言ってねぇし!」


「言ってた言ってた」


「ジン君、あいらびゅー」


「い、言ってねぇし!」


「ジン君、私……あなたのことが好き」


「い、言わねぇし!」


「ジン君、初めてみたあの日からずっとあなたのことが……」


「ねぇから、絶対にそれはねぇから!」


「ジン君、私の全てを貴方に……」


「おま、マジやめろって! やーめーろーよー」


「あれ、そう言えばジン君じゃなくてジンって呼び捨てにしてたよね」


「あ、そっか……こほん。 ジン、私の全部を受け止めて……」


「あーあー、もう、聞こえなーい! 全然聞こえなーい!」


「あ、ダメよジン! そんなに激しく求めないで! 初めてなの、優しく……して」


「あーあー、私は聞こえないー。 何も聞こえないし見えてもいないー!」


「あん、ジン……そこはダメ、まだダメよ……でも、私、貴方になら……」


「……ノエルさぁ、大分自分の趣味入ってきたよね」


「…………」


「確かさ、ノエルの趣味ってジンを黒髪黒目に戻せば、割とドンピシャだったような……」


「そ、それ以上はいけない!」


「何だよ、ノエルてめー、自分が好きなんじゃねぇか! 告白はいつですかー?」


「あぁ、もう、やめなさいよ! 聞こえてなかったんじゃないの!?」


「何の事かなー、分かんないなー、で、告白するの? いつするの? ヒューヒュー」


「ちょっと本当にやめなさい! 大体、私はVR世界で好きとか嫌いとかは興味ないんです!」


「じゃあ、もしリアルで黒髪黒目のジンが居たら……意外と好みなんじゃないの?」


「…………」


「ノエル、マジになるなよ……」


「ノエルちゃんって、こういうところが残念なんだよね」


「ちょ、ちょっと! 人の事を残念とか言わないでください!」


「でも、ジン君は確かに格好良かったよね。 熊を一人で相手して、魔物から私たちを庇ってくれて、王子様みたいだよね、旦那が居なかったら私も危なかったかもなー」


「それ、ダイチさんに告げ口しちゃいますよ」


「いいよー? その場合、ちょっと激しくなるだけだもん」


「……そ、そう」


「……もうお腹いっぱい。 すみませーん、お会計お願いしまーす!」


 こうして、姦しい女子会は過ぎていった。




 翌日、クローズドβテスト二日目にジンと出会った際に、三人が三者三様によそよそしかったことに彼は疑問を抱いていたが、それについて彼が答えを得ることは無かった。

ちょっと毛色の違う回。

雑談メインの話を書くとあっという間に文章量が膨れます。

ざっくりカットして今回の量でした。

カットし過ぎたかもしれません。


次回からAct.03です。


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