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Act.02「Magic Users」#7


 魔法屋は賑やかだった。

 初めて訪れた時は閑散としていたし、実際十分ほど前まではそうだった。

 クエストを無事に達成し、あのボス熊『スチームベア』を討伐したことで大幅な達成ボーナスとボスモンスター討伐ボーナス、そして、ボス初討伐のボーナス報酬が付き、当初想定していた以上の額が纏めて支払われたのだ。

 現在のテスト開放状況にいては、店で購入可能な最高級の武具を揃え、消費アイテムを各種取り揃えてもまだまだ底が見えないくらいに余裕があるほどの額だ。

 もっとも、今後のテスト状況の逐次解放で上の装備やクエストが出現すれば、物価のランクも上昇するだろうし、魔法を覚え始めたらそれこそ一気に消し飛んでしまう気がする。

 そう、俺たちは報酬で新しい魔法を幾つか覚えようとして魔法屋に来ていた。

 あの静かで落ち着いた雰囲気はどこへいったのか、人混み特有の雑音で満たされていた。

 床を蹴る靴の音や、冒険者たちの纏う装備が擦れ合う音、あれこれと意見を交換する声などが、狭い店内から洪水のように溢れ出ていた。

 呆気にとられてしまったが、このまま立ち往生していても仕方がないだろう。

 人の波間に流される見知った顔を見つけた。

 彼女に呼びかけつつ、その手を引いて荒れる海から救い出してやる。


「はぁ……た、助かりました」


 ナンシーは乱れた髪と衣服を整え、深々とお辞儀をする。

 疲労の色が見え隠れすることから、店内ではさぞ忙しかったのだろう。


「急にお客さんが増えてるみたいだけど、一体どうしたの?」


「それが、なんだか冒険者さんの間で魔法ブームとでも呼べばいいんでしょうか……何でも、魔法使いが次々と快挙を成し遂げているとかで、先ほども魔法使いだけで構成したパーティが南の森に潜む『スチームベア』を討伐したとか……とにかく、冒険者の方から魔法を伝授してほしいと延々と儀式をさせられていたんですよ」


 あぁ、完全に俺たちのことだ。

 早いもので、どうやってか情報が流れているようだ。

 この件に関しては、パーティメンバーの誰かが流したというよりは、運営側からの魔法アピールだったりするんじゃないか、というのが自分の考えだ。

 一応、プレイヤーは各自『職業』つまり自分のパーティ内でのポジションを幾つかの役職から選択して選ぶことができる。

 これに関してはプレイヤーの自称であり、冒険者カードで自由に変更が可能だ。

 一応、名乗る為に必要な条件――つまり、職業名の解放要素があったりするのだが『魔法使い』は魔法を覚えた時点で名乗れるのだ。

 俺たち五人はパーティを組んだ時に、ノリの一つとして全員が魔法系の職業を設定していた。

 テンカイと一緒にクエストを選んでいる間に、そういう話になったらしい。

 俺とアリエルはアバター作成時から『魔法使い』で、マグナニートは『魔法剣士』、テンカイは『僧侶』、一人だけ『弓兵』だったフェルチが話の流れで『魔法使い』に転職したと言うわけだ。


 実は『Armageddon Online』には明確に「これしかできない」みたいな制限がない。

 よくある職業固定のシステムや、スキル振りシステムによる専門家ビルドが必須になるわけでも無いのだ。

 これらは一時期に流行った『フリースタイル』と呼ばれるシステムで、究極的に言えばプレイヤーのキャラクターステータス、スキルに差は生まれないというシステムだ。

 誰もが最終的には同じポテンシャルを持っている。

 ……とはいえ、だから全員が同じように育つかと言えばそうじゃない。


 例えば剣士と魔法使い、この二つの系統の育て方があるとしよう。

 剣士だけ進めれば当然剣士として成長が早い、魔法使い一本で進めた場合もそうだ。

 身近な例でいえばマグナニートだが、彼のように剣と魔法を同時に上げようとすると、剣と魔法を交互に上げていく必要がある。

 その分、成長が遅くなるということだ。

 剣士と魔法使いがその道を極めた時に、魔法剣士はまだ折り返しにも満たないという差が生まれてしまうということだ。

 もちろん、今のは単純な例の一つだ。

 実際には、近接、遠隔といった戦闘系の大きな括りの中に、剣や斧、槍や弓……魔法も四大系統と無系統、更に生産系や採取系、サポート系などの多くの成長要素がある。

 一人の剣士を作るにしても、攻撃に特化した脳筋か、速度に特化した遊撃手か、守りに特化した盾役か……それによって、様々な成長要素の取捨選択がある。

 その無数の要素を可能だからと言って全て極めると言うのは現実的じゃないということだ。

 だから、キャラクターの育成が自由な『フリースタイル』だからと言っても、その個性がなくなってしまうということも無いのだ。


 ……あと、念のために彼の名誉を守る為に敢えて言うが、『魔法剣士』がどっちつかずで役に立たない職業ということはない。

 重要なのは、戦闘ゲーム役割ロールを果たす(プレイ)できるように育てることだ。

 彼の場合は軽装で機動力を重視、片手直剣と指揮棒タクトによる臨機応変な対応が可能なことが売りの遊撃手タイプだ。

 今のパーティメンバーの構成だと、切り込み隊長兼盾役として最前線で体を張ってもらうことになるが、別に盾役を設ければ今以上の活躍もできると思う。

 少し熱くなりすぎて周りが見えていないこともあるけど、肝心な部分をしっかり抑えているあたり、熟練のVRMMOゲーマーなんじゃないかと思う。

 実際の戦闘を経た感想として、テンカイから聞いて想像していた以上だった。

 ただの経験者っていうよりはガチな攻略系ギルドで戦ってた歴戦の猛者って印象だ。

 流石、新進気鋭でありながら注目度ナンバーワンのタイトルである。

 ここ一月ほどの間、他の大手VRMMOも夏前の大型アップデート情報をバンバン公開しているにもかかわらず、ユーザーの関心を一手に引き受けているだけはあるというものだ。

 一説によれば、三千人の今回のクローズドβテストの募集に対する当選倍率は百倍とも千倍とも言われている。

 間を取って五百でも、応募総数が百五十万だ。

 改めて、テストに参加できたことを幸運だと思う。


 それにしても、本当にこの魔法屋の繁盛っぷりはどうしたものか。

 新たな魔法を伝授してもらうにしても、この大挙したプレイヤーの中を掻い潜るのは至難の業だ。

 VRMMOはこういう人だかりが面倒だと先輩ゲーマーからはよく聞いている。

 VRに限らず、現実でも人混みの中に自分からダイブするのは気が進む話じゃないけどな。


「どうする?」


「いやぁ、これじゃ流石にやってられないんじゃないか」


 マグナニートは辟易とした顔でそう言った。


「今すぐに覚えなきゃいけない必要もないしね」


「少し気になる魔法があったんですが……残念ですね」


 アリエルもあまりの人混みに苦笑を浮かべるしかないようだ。

 テンカイは人の多さ自体はあまり気にならないのか、周りに同調する方向で話を進めていた。


「私も急ぎじゃなくていいと思うよ」


 概ね、全員の意見が合致しているようだ。

 俺もみんなに同意するとしよう。

 個人的には魔法を教わりたいのだが、無理に我を通さなくてもいいだろう。

 後で訪れる時間は取れるはずだ。


「了解、ごめんねナンシー。 忙しかったのに無理矢理外に引っ張り出しちゃって」


 そう告げると、ナンシーは首を小さくふるっと振った。


「いえ、お気になさらず」


 彼女は嫌な顔をするどころか「むしろ、丁度良い休憩になりました」とお礼まで言われてしまった。

 感情の希薄な表情に変わりはないが、物腰はすごく落ち着いたように見える。

 ……と言うか、初めて会った時に問題があっただけか。

 これが彼女の本来のキャラクターなのだろう。

 また気軽に寄ってくださいと、ナンシーに見送られながら俺たちは魔法屋を後にした。


 魔法屋を後にした俺たちは、アリエルの提案で祝勝会を開くことにした。

 少し小奇麗な酒場を選び、あれやこれやと注文をする。

 よく冷えた飲み物で乾杯し、ほどなく運ばれたテーブル一杯の料理に舌鼓を打つ。

 VR世界の料理もピンからキリまである。

 最近は味覚エンジンが発達し、多彩な味をVR世界で再現できるようになったのだ。

 戦争系FPSや中世を舞台にしたリアル志向の作品だと、味の方も当時を再現して概ね不味くなる傾向がある。

 しかし、ご飯が不味いというのは一部の人にとっては嬉しいだろうが、多くの人からは歓迎されないのは当然だ。

 最近の主流はやはり美味しい食事を取ることができる方が好まれる。

 いま食べている料理は見た目は粗野だけど、味の方はしっかりと美味しいと言える部類だ。

 多少物足りない感じや、もう一味欲しいと思ってしまうのは、やはり安い食事なので今一つ物足りないぐらいに設定されているのだろう。

 やはりVR世界でも高い額を払えば、それだけ美味しい食事にもありつけるのだ。

 まぁ、この酒場の料理に文句をつけられるのも、普段から美味しいご飯に慣れ親しんだ日本人的な感覚に依るところもあるのだろう。

 ここは冒険者などの荒くれ者が使う酒場、設定金額も安い方だと考えれば『Armageddon Online』での食生活には希望が満ちていると言えるわけだ。

 いつかこの世界の高級料理店を訪れてみようと心に決めた。


 俺たちは食事を囲んで色々と話を交わした。

 今日の戦闘の反省点だったり、魔法の使い方についての改善点やアドバイスだったり、どの料理が美味いとか、今後の予定など様々なことを話し合った。

 戦闘については主にクエストの報酬額に釣られたテンカイが悪いという話から始まり、前衛を務めた魔法剣士としてのマグナニートの立ち回りや、中衛を務めたテンカイと俺の動き、後衛を務めたフェルチとアリエルの三つの区切りで話し合われた。

 マグナニートの動きについては、彼自身が情報の処理についてダメ出しをし、他のメンバーが実際にあった場面を持ち出して細かな点を指摘していく感じだった。

 彼の動きは非常に流動的で、慣れたメンバーであるテンカイとアリエルのサポート無くしては成立していないことがネックだったとも言える。

 数戦して、それに気付いたからなるべくテンカイにはマグナニートを見てもらい、自分が全体の援護に回っていたという話をしたら、「その癖に前衛にくること多かったよな」と指摘された。

 言い訳じゃないんだが、それがその場面で必要だったという話であり、フェルチを除く他のメンバーもそれを良くわかっていた。

 フェルチはやはりVRMMOでの戦闘に慣れていないらしく、みんなの話をふんふんと頷きながら聞くことに徹していた。

 顔が赤く、飲み物が進んでいたことから相応に酔っていて、話を半分聞いてないんじゃないかと思ったのは、胸の中に秘めておくことにした。

 結局、今回の数々の戦闘で『魔法を使う近接職』ではなく『魔法使い』が前衛に出ざるを得ないシーンが多かったことについては、パーティメンバーの数と構成上で仕方がなく、次にパーティを組む際に考慮すべき点として話が纏まった。


 この世界での戦闘は集団戦闘が多い。

 特に、今回は五人でパーティを組んだのだが、森で遭遇した敵は比較的脅威が少ない街道付近でも四体前後、奥に進むにつれて数はどんどんと増していき、ボスの『スチームベア』への誘導役が出てくるまでで最大の数は十二体とこちらの倍以上の数にもなっていた。

 対多数の戦闘ではテンカイの土魔法≪石礫の呪文≫による範囲攻撃が、大きな効果を発揮していたと思う。

 複数の石を同時に飛ばす性質上、単発の攻撃力は多少怯ませる程度と低めなのだが、複数の敵を巻き込めるので足止めとして有効だった。

 そうして複数の敵を止めている間に、俺が≪火矢の呪文≫でトドメを狙っていき、マグナニートが魔法で牽制しながら突っ込むというのが開幕時の基本的な展開だった。

 フェルチは最初は≪治癒の呪文≫によるヒーラーとして機能していたが、連携がスムーズになってきた中盤辺りで≪風針の呪文≫を使うようにしてもらった。

 これが今回、一番大きな影響力のあった呪文のように思う。

 詠唱と弾速がとにかく早いので取り回しがしやすい。

 見た目は薄らと透明な緑色の光を飛ばす感じなのだが、光の加減によっては完全に見えないような場面も見受けられた魔法で、威力は確かに≪石礫の呪文≫の一発分と同じと低いのだが、利点となる部分も大きい魔法だった。

 フェルチも飲み込みが早く、コツを教えたらすぐに命中率が上がったのも幸いした。

 実際、彼女の的確な≪風針の呪文≫によって戦闘がスムーズになったし、何よりも『スチームベア』戦では彼女の一撃が無ければパーティが全滅……少なくとも、俺はやられていたはずだ。

 本人は実感がないのか「そんなことないよー」と謙遜しているが、彼女は筋がいいしセンスがある、今回のMVPと言っても過言じゃない。

 そうやって褒めると嬉しそうに笑ってくれたのが印象的だ。

 あざといリアクションである。

 ……心の片隅で、未だにおっさん説が抜けていない自分が悲しい。

 気にしていないと言う内は、気にしているのと同じだと言うのは本当だな。

 考えないようにしているんだけど、それもまたドツボというやつなのかもしれない。

 ちなみに、フェルチを褒めるとマグナニートが不機嫌になった。

 彼曰く「お前がMVPなのに他の奴をMVPに指名するとはどういう了見だ!」とのこと。

 いつの間に俺がMVPになっていたのかは分からないが、今回の俺の動きはみんなの足を引っ張ってしまった、出しゃばり過ぎてしまった印象があったので、素直にそう言って気持ちだけ貰っておくと伝えたら、面白くなさそうな顔でふんと鼻を鳴らしていた。

 彼はぶっきらぼうな雰囲気を常にふりまいているが、仲間思いな奴だと言うのは分かる。

 きっと、俺が自分自身への苛立ちを感じていることに勘付いて、そうやってフォローしてくれたのだろう。

 思えば『スチームベア』戦の後、町に帰る道中での戦闘ではいつも傍に居てくれた気がする。

 いや、単純に自分の立ち位置が前に出過ぎていただけかもしれない。

 もう少し立ち回りを徹底しないとな。

 アリエルの水魔法は、やはり魔法屋でテキストを見て思っていた通り、物理的な衝撃を伴う魔法のようだった。

 命中させた際のノックバックが強く、数メートル単位で敵を押し返すことができる。

 威力の方も申し分なく、上手く森の木々に当てることで更に威力が増していたようだ。

 彼女は常に敵から遠い位置、その中で味方の援護がすぐにできるギリギリのラインを取っていた。

 テンカイやマグナニートもそうだが、彼女も熟練のヒーラーとしての動きを感じさせる。

 また、水魔法の特性もすぐに把握し、敵と味方の行動をよく見て弾き飛ばす相手を的確に選択していた。

 魔法の使用頻度はそこまで多くなかったものの、その手腕には感心を覚える程だ。

 三人とも久しぶりのVRMMOだと言っていたが、昔取った杵柄というやつか、その腕前は錆びついたというには鋭さを保っていたように感じた。

 以前はかなり名の知れたプレイヤーだったのかもしれない。


「……ところでさ、気になったんだけど、お前の魔法ってなんか強くないか?」


 魔法について意見交換していた時に彼がそう切り出してきた。

 彼と俺は同じ魔法≪火矢の呪文≫をメインに使っている。

 確かに、威力には明確な差があったと思う。

 ただ、それについては既に理由は明確だ。


「マギエルはステータス最弱とは言われているけど、魔法関係はアルヴとか魔法に適性のある職業と同じレベルはあるみたいだし、魔法を扱う武器もこっちは杖で、そっちは指揮棒タクトだからね。

 指揮棒タクトはコンパクトな分、魔法の威力はかなり減ってしまうみたいだし、その辺が威力の差になっているんじゃないかな?」


「あー、そういうもんか」


 魔法屋での受け売りだが、威力差が出るのはそういう理由だろう。

 特にダンクェールも魔法適正は高いが、あくまで魔法特化のマギエルや、魔法文化を誇るアルヴといった種族ほどではないのだ。

 彼が俺と同じ杖を使えば、きっとそこまで威力の差は出ないだろう。

 しかし、彼はどうにも腑に落ちないといった雰囲気だ。


「一応、それで納得はするんだけど……魔法の使用回数だとか、威力、特にボス熊への最後の一撃とかさ……あの時、まだ熊には余裕がありそうだったのに、一撃で仕留めたじゃないか。

 あれがさ、どうにもそれまでの魔法と比べても威力が高かったような気がするんだよな」


「トドメの一撃だから印象に強かっただけ、という話じゃない?」


 マグナニートの疑問に、アリエルが答える。

 ふむ、最後の一撃の威力か……確かに、普段のものより威力があったような感覚がないこともないけれど、アリエルの言うように印象に強いからって気もするな。


「あとは、狙いが良かったとか。

 弱点にヒットしたので威力倍増、みたいな」


 テンカイの答えも納得できる。

 というか、その可能性は高そうだ。

 マグナニートもそれを聞いて、納得したような表情を浮かべていた。


「ま、その辺は今度また奴とやる機会があれば気にしてみるくらいか」


 あっはっは、と笑うマグナニートの顔はそこそこ赤くなっていた。

 彼女も大分酔いが回ってきたのか、険の取れた柔らかな雰囲気を帯びていた。

 こうしてみると、俺様な気配はどこかへ消え、中性的な線の細い顔立ちが際立ってくる。

 イケメン系だなと思う。

 実は彼が女性アバターだった、なんて言われても驚きは少ないだろう。

 ……いや、マグナニートにおいてそれは無いな。

 まだ、フェルチの中身がおっさんでしたと言われた方がしっくりくる。

 ……早く、この刷り込みを何とかしないとな。

 人の第一印象ってこんなにも強く響くものだったか。


 あとは各人の魔法を使った立ち回りをお互いにアドバイス――主に、一番多くの魔法を覚えている俺が、その使用感を説明するという感じだったのだが――したり、次はあれをしてみたい、これをしてみたいと適当に話していたら時間がきた。

 フェルチは夕方から予定があるらしく、先に抜けることになったのだ。


「今日は楽しかったです! また遊んでくださいね!」


 元気に挨拶をして、彼女はその場でログアウトした。

 ……本当にVRMMO初心者なのだろう。

 きっと、次にログインしていきなり酒場のど真ん中に出ることになると思うのだが、その時に慌てふためく彼女が目に見えるかのようだ。

 残り三人も用事があるそうだが、マグナニートはまだしばらく続けるそうだ。

 二人を宿屋まで見送って分かれる。

 そう、一般的なVRMMOゲーマーなら宿屋ログアウトが嗜みだ。

 宿屋で個室を取っておけば、ゲームにログインした時にいきなり情報の波が押し寄せてくることがない。

 町の外でログアウトして、いざインしてみれば敵にわんさか囲まれていて、VR世界を構築する情報も多くなり、VR酔いを発症してボコボコにされる……なんてことも稀に聞く話だ。

 フェルチも一応その手の話は知っているかと思ったのだが、そうではなかったようだ。

 今度会うことがあれば、それについて触れておくとしよう。




 マグナニートと俺は、二人でもうしばらくぶらぶらと町を散歩することにした。

 速攻で戦闘を経験するために、町を出る準備に必要な場所を訪れただけだったので、町の構造を把握するには丁度良いと思ったのだ。

 彼からの提案だったのだが、二つ返事で了承すると少し意外な顔をしていたのがおかしかった。

 彼のキャラクターからすれば、「当然誘いは断られないだろ」という体で話しかけてきていると思っていたのだが、意外と彼の本来の性格はそうではなかったようだ。

 VRMMOではロールプレイをする人が多い。

 折角のVRという異世界、なりたかった自分、なりたい自分、憧れの姿を投影して、それになろうと演じてみる。

 俺はそういうプレイスタイルを好ましく思う。

 VRMMOという世界を与えられ、その真っ新な世界で新しい自分にチャレンジしてみるというのは、その世界にある魅力、その世界でしか楽しめない遊び方なのだから。

 ゲームというものを大いに楽しんでいる証拠と言えるだろう。

 彼もまた、そういうプレイスタイルを楽しむ一人なのだろう。

 そこに偏見はない。

 むしろ、俺も少しゲーム世界の中ではその住人として振舞いたいという気持ちがある。

 彼のようなスタンスのプレイヤーとは多少なり馬が合う部分があるのだ。


 町の構造は単純だった。

 中央広場から延びる東西南北のメインストリート、そのストリート沿いが商業エリアだ。

 冒険者向けのショップや酒場、宿屋などが立ち並んでいる。

 中央広場のすぐ北には大きなギルド会館があるので、広場を中心に据えると正確にはそこを迂回するように北の街道が走っていることになる。

 実は、広場とギルド会館を含むもう一つの中心とも言うべき環状のクロスストリートがあり、そこを中央区として四本のメインストリートが四方に伸びていると言うのが正しいだろう。

 中央区にはさきほどまで五人で祝勝会を開いていた酒場もある。

 その酒場は大衆向けといった感じだったが、中央区の中には高級志向の酒場や飲食店もあるのだとか。

 今度機会があれば覗いてみるのもいいかもしれない。


 意外なことに、冒険とは関係のない一般服や小物雑貨の店なども存在していた。

 ちらほらと冒険者の姿も見かけることから、クローズドβテストでも需要や注目度はあるようだ。

 彼女たちは目を輝かせ、きゃいきゃいと甲高い声を上げている。

 この辺りはゲームもリアルも変わりがないな、女性はやはりこういう場所でショッピングをすることが楽しいようだ。

 中には男性の姿も見られるが、アバターの中身は女性だったりするのだろうか。

 男性にもそういうのが好きな人もいるし、女の子の心を持った人だっているだろう、趣味を大いに楽しんでいるのはそれだけで素敵なことだと思う。

 むしろ、こうして趣味を楽しむことに没頭している彼女たちを見ると、こうしてぶらぶらと町を散策するだけの時間を持てている自分も、中々いい時間の使い方をしているように思える。

 どうしても、クローズドβテストのような一定期間に何かをするという条件を提示されると、限られた中で最大限に努力しようとしてしまう癖がある。

 VRMMOなら特に戦闘に比重を置いて時間を割くし、実際、マグナニートに誘われなかったらこうして初日から街中を散策することは無かっただろう。

 開始当初のように、冒険に関連する施設だけを通う日々がしばらく続いたはずだ。

 和やかな雰囲気に感化されたのだろう、この穏やかな時間が凄く気に入ってきた。

 そしてこれまた意外なことに、マグナニートもそれらの店を片っ端から見て回っていた。

 彼もまた、ウィンドウショッピングが趣味の男子といったところなのだろうか。

 あからさまに周りの客のようにきゃいきゃい騒いだりはしないのだが、目元には好奇の表情が浮かんでいるし、足取りも軽やかで踊り出してもおかしくないような、弾むような雰囲気だった。

 時には気に入った商品なんだろう、それを俺に見せて感想を聞いてくる。

 少し意外な一面を見てしまったなと思う反面、彼との距離感が近まったのを感じる。

 気難しく荒々しいイメージも強い彼だが、多少不器用な部分があっても根は良い人だし、こうして楽しめる趣味も持っているのだ、付き合うことが難しい人ではない。

 その後もしばらくショップを見て回り、一通り回ってから次の目的について話し合う。


「まだ時間もあるからさ、ペアでの戦闘とかも体験しておかないか」


 彼の提案はこちらとしても歓迎だ。

 むしろ、こっちから提案しようかと考えていたことなので渡りに船といった感じだった。

 考える間もなく頷いていた。


「あぁ、是非頼むよマグナニート」


 そう返すと、彼は少し不機嫌そうな顔をした。

 ビッと指を突き付けると、ぶっきらぼうな口調でこう言い放った。


「マ・グ・ナ! いちいちフルネームで呼ぶなよな、他人行儀な……俺様とお前はもう仲間だろ?」


 ……そうだな、彼の言うとおりだ。

 パーティを組んで冒険をし、空いた時間で一緒にぶらぶらと散歩するくらいには親しい関係になったのだ、少し長い名前をそのままで呼んでいるのは他人行儀に感じるかもしれない。

 無下に断る理由もない、彼の言葉に従うことにしよう。


「あぁ、わかったマグナ。 是非、一緒に行こう」


「へへ、オッケー! 丁度、幾つか試したいアイデアがあったんだよ」


 素直に提案を受け入れると、屈託のない笑顔で頷いてくれた。

 普段の鋭い印象は、彼が笑うとすっと影を潜めて途端に印象が柔らかくなる。

 VRMMOのアバターの仕草は、当然中の人によって大きな影響を受ける。

 それは、時に外観以上に雄弁に、その人物の中身を透けて見せるのだ……とは、先輩ゲーマーの言葉だ。

 どれだけ強く思い描いても、どれだけ演技が達者でも、ふとした瞬間に漏れてしまう本音のような感情は、時にアバターの持つ外観の雰囲気すら軽々と塗り替えて見せるそうだ。

 VRという仮想現実――デジタルで出来た世界で何をオカルトな話をと思うかもしれないが、この仮想の体を動かしているのは紛れなく、その中にいる人間の意思なのだ。

 例えどれだけ仮想世界に慣れ親しんで、例えどれだけ違う自分を思い込んだとしても、信じ込んで、そうあることを祈ったとしても――自分と言う人格、自分と言う魂は変わらない。

 そう、先輩は魂という言葉を使っていた。


 現実の肉体と意思を司る魂、それらを繋ぐのが神の糸だ、という話だった。

 神の糸とは神経であり、精神であり、そして神の意図なのだと。

 魂を別の体に繋ぎ変えることができる装置によって、生身の肉体を離れて別の肉体、VR世界の肉体へと繋ぎかえるのだ、と。

 かつては、夢の中で別の世界に行く人がいた。

 神隠しをされた人は生身の体ごと消えてしまったが、夢で出かける人はまた繋ぎ直せば肉体に戻ってこれるのだと。

 その辺りまで聞いて、当時の俺はこう言った。


「先輩、風呂敷広げすぎませんでしたか?」


 あの時の先輩の真っ赤になった顔は今でも忘れられない。

 今から五年以上は前の話だ。

 物怖じしない性格とは言え、年上に対して明け透けに物を言い過ぎたと思う。

 ただ、この話をしてくれた先輩は適当に話をして設定を広げすぎる癖があった。

 思い付きで色々と面白い話をしてくれるので好きな先輩だったが、その癖だけは何とかした方がいいんじゃないかと子供心に思っていたのだ。

 本当に余計なお世話である。

 それでも、そんな物言いをいつもしていた俺に、嫌な顔一つせずに赤らめた顔のまま優しく頷いてくれたのは、先輩の魂がそういうものなんだなと納得している部分もあった。

 どんなVRゲームでその先輩と遊んでも、同じ表情で同じリアクションが返ってくるのだ。

 外観がどれだけ別のアバターに変わっても、それだけはいつも変わらなかった。


 きっと、マグナもマグナなのだ。

 ぶっきらぼうで、少し不機嫌そうな普段の表情も、一転して浮かべる真反対な表情も、きっと彼の魂、根っこの部分では繋がっているのだ。

 別のVRゲームを遊んでいた時でもマグナはマグナだったろうし、もし現実で会うことがあれば、きっと誰が彼なのか気付けるだろう。

 俺はこのガサツに見える彼の、感情が素直すぎるともとれる振る舞いが嫌いじゃない。

 きっと、これからも仲良くやっていけるだろう。

 行く行くはオープンβや正式版でも付き合う関係になるかもしれない。

 そんな未来を――そこにテンカイやアリエル、フェルチといった今日であったばかりの仲間や、カツキやシノブといった馴染の顔、そして偉大な先輩たちの顔が、まだ見ぬプレイヤーの顔がずらっと広がっていく未来を――思い描いて、そのイメージが叶うと良いなと思えた。

 ほかのどこでも無い、この生まれたばかりのVR世界『Armageddon Online』の世界で。

 自分の中に、このタイトルにはこれまでのVRゲームとは違う、一線を画す何かがあるという予感を感じていた。

 VRMMOの世界を数多く渡り歩いてきた自分に何かを予感させる。

 まだクローズドβテストの一日目なのに何を言っているのかと思われるかもしれない。

 初めはPVであり、次はαテストであり、続いてが今だ。

 体感したことで小さかった予感は徐々に確信になりつつある。

 この世界の魅力、この世界の引力、この世界にどんな秘密があるのか、その謎を仲間と一緒に解き明かしてみたいのだ。

 概ねMMOというゲームには達成することでゲームオーバーとなる条件は存在しない。

 つまり、究極的には何の目標も無く過ごすゲームなのだ。

 時にはそれに思い当たり、ある日急に辛くなって止めてしまうプレイヤーもいるだろう。

 それを否定するつもりはないが、折角だから自分で目標を決めて、自分でそのゲームをはっきりと攻略してやるまで付き合ってやりたいと俺は思うのだ。

 俺は、この世界ゲーム攻略オーバーしたい。




 マグナとはしばらく二人で雑談を交わしつつ狩りをしていた。

 稼ぎをメインとした狩りではなく、連携を強く意識した特訓だ。

 魔法と剣の連携を強め、後衛と前衛の立ち回りと意識し、時には隣り合わせ、背中合わせで戦う場面を想定した訓練を行った。

 雑談を進めていると、やはりマグナはとあるVRMMOで戦闘系ギルドに所属していて、そこで大規模戦闘にも参加したことのあるベテランの戦士だった。

 色々あってゲームを止めていたテンカイとアリエルの三人が、こうして一つのゲームで集まったのは久しぶりで、俺とフェルチのおかげで充実した時間を送れたと彼に素直に感謝された時には、少しむず痒さを覚えたりもした。

 しばらくそうやって時間を潰していると、マグナも抜ける時間が来たようだ。


「実はさ、これからリアルで会うんだよ、久しぶりの飲み会。

 いやぁー、またこういう機会が得られるとは思ってなかったからな……本当、マゲオンには感謝しきれないな、まだβだけど」


 ふにゃ、と柔らかい笑みを浮かべる彼を、俺はどこか微笑ましく思っていた。

 こんなに嬉しそうで、無防備なほど純粋で素直な感情を見せてくれると言うのは、流石に茶化すような真似はできない。

 そこまで今日が初対面の自分に心を開いてくれたという事実が、どこか誇らしくもあり、どこか過分な評価でもあるような気がして居心地が悪いのだ。

 嫌でもないし、嬉しいことなのだが、気恥ずかしさが表に立つ。

 他人の好意を素直に受け止めきれないとは、よくよく自分も捻くれた性格をしていると思う。

 甲斐性がないって奴だな。

 ちなみに、マゲオンは『Armageddon Online』の略称の一つだ。

 マゲオン派とマゲドン派がいるが、マゲオン派が公式ブログでも使われているので優勢である。


「そっか、ゆっくり楽しんできてよ」


「おう! ……いつかお前とも飲みに行ってみたいな、俺たち馬が合うっていうか、今日の連携でも意外と愛称悪くないんじゃないかって……何て言うか、旧友のような、悪ガキ仲間みたいな、そんな気がしたんだ。 はは、纏まんないや、んじゃな!」


 最後に顔を真っ赤にしながらそう告げて、彼のアバターは光の渦に溶けて消えた。

Act02終了です。

また終わると宣言して伸びそうだったので圧縮。

おかげであまり盛れて無いのにパンパンという様相。

文章量を測定する力が無いのかもしれません。

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