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Act.02「Magic Users」#6

#5、#6の前後編。

後編となります。


 ボスだと、直感した。



 軽く戦闘に慣れるというのが今回の目的だった。

 ボスとの戦闘は想定しておらず、用意していたアイテム類も受注していた全てのクエストが終了間近ということもあって、使い切る方向で動いていたため予備を合わせても心許ない。

 そもそも、それなりの連戦を繰り広げた後だ。

 ここで小休止を取る予定だったことから、個人の集中力にも余裕はそうないだろう。

 最悪のタイミングだ。

 ここでアイツとやるという選択肢は無い。

 誰もがそう思っていたはずだが、誰も動き出せないでいた。

 即席のパーティで、誰がリーダーと呼べるのか分かっていないままだったのも原因か。

 三人でいるときは自分が音頭を取っていたりもするが、他人とパーティを組む時はテンカイが仕切ることが多かったのも、判断を鈍らせた原因か。

 ……いや、本当は既に頼ってしまっていたのかもしれない。

 鋭く的確な判断をする、彼が方針を打ち出すのを自分たちは待ってしまったのだ。


 酷い話だ。


 最初は気に食わないと言っておきながら心のどこかで彼を認め、自分が決めるべき場面まで彼に頼っていた、責任を押し付けようとしていたのだ。

 誰もが動き出せなかったのは、結果的には良かったのかもしれない。

 こちらが警戒して構え、隙を相手に与えなかったのかもしれない。

 誰か一人が逃げ出し、こちらに隙があると見られていれば……自分たちを包囲する狼の群れに嬲り殺されていただろう。


 狼はざっと十匹以上だろうか。

 すべての狼が痛々しい三本傷を体に負っていた。

 ボスが従える子分といった風だろう。

 包囲された以上やるしかない、やらなければ生き残れない。

 分かっているのだが動き出すタイミング、適切な行動が何か判断しきれないでいた。

 自分はこのパーティの前衛役だ、ならば剣を構えて前に出るべきか。

 しかし、一人で走り出しても的にされるだけだ。

 また、前衛役の自分が突っ込んで敵が釣れるならまだいいが、無視して後衛組が狙われればどうする?

 どうにもできないだろう。

 かといって、手をこまねいていればいずれ一斉にかかられて勝機を逸するかもしれない。

 最初の一手、間違いは許されない。

 プレッシャーに胸が押し潰されそうになっているのが分かった。

 泣きたい、悔しい、情けない、腹が立つ、感情が複雑に混ざり合い、自分でも何を考えているのか分からなかった。

 ただただ、この状況に対して理不尽だと、悪辣だと、天に向かって恨みごとを呟くばかりだった。


「全員、魔法で手近な狼に攻撃を!」


 感情の嵐の中を、一筋の光が差し込んできた。

 やることが明確になり、迷いは瞬時に断ち切られた。

 自分だって、自分たちだってVRMMOゲーマーの端くれだ。

 もっと大量の敵を相手に立ち回ったことだってあったはずだ。

 そう、別に自分は無力じゃない。

 やれるべきことを、やればいいのだ。


 彼の言葉に従って各々が詠唱を始める。

 自分も剣を片手に抜きつつ、指揮棒タクトを構えて詠唱を行う。


「≪熾れ、爆ぜて、飛びかかれ≫≪ファン・ボウ≫!」


「≪熾れ、爆ぜて、飛びかかれ≫≪ファン・ボウ≫!」


「≪高きより低きに、ただ流るるが儘に≫≪ヴィーダ≫!」


「≪集え我が意思の元に、石の牙よ敵を穿て≫≪エッダ≫!」


「≪尖れ≫≪アーダ≫!」


 四色の魔力光が輝き、周囲を一瞬暗く染める。

 自分が放った火矢は狼に躱され、僅かに毛皮を焦がしただけだった。

 視界に入っていたテンカイの攻撃は、その石礫を広範に投げかける性質上からか見事に命中し、狼を三匹も巻き込んでダメージを与えたのを確認した。

 見えていないが、おそらくフェルチの風も敵にダメージを与えただろうし、彼の火矢は確実に狼を一匹は削り取っただろう。

 鋭い唸り声と殺気が全身を包み、足が竦みそうな感覚が這い寄ってくる。

 まだ敵の方が倍近い数がいて、おまけに見るからに屈強なボスがいる。

 状況は圧倒的に不利だ。

 ここで飲まれるわけにはいかないが、さて、次の手をどうするか。

 ……いや、考えるより先にやるべきことがあるだろう!

 自分にそう言い聞かせ、力の限り最初の一歩を強く踏み出す。

 包囲を狭めようと駆け寄ってきた狼の一匹に一足で肉薄し、最大限の気合を込めて剣を振るう。


「――ぁぁあああっっ!」


 横薙ぎの一撃を受けた狼は勢いそのままに地面を滑って行った。

 ぱっと赤い閃光が疾り、狼の体に火の粉が花を咲かせる。

 結果は見届けない、自分はパーティの切込み隊長でサポートが仲間の仕事だ。

 彼は絶対に合わせてくれるし、後衛の護衛はテンカイがやれる。

 そう、唐突なボスにびびってしまったのは情けないが、狼自体は今まで森の中で散々狩ってきたのだ。

 やることに大差は無い。

 一匹でも多く、一匹でも早く叩き斬る。

 それが自分――マグナコートと言う冒険者の役目だ。

 意識を足さばきとミートだけに集中する。

 直すべきだと考えていたが、パーティのステータスは確認しない、一切考慮しない。

 どうせ自分が見たところで、対してその情報を活かせないだろう。

 今までやっていなかったのだ、急にできるなんて都合のいいことがあるわけない。

 情報に惑わされて判断を鈍らせるだけで、一歩も動けなくなるなんてごめんだった。

 ならば、できることをやればいい。

 今の自分なら、その一つを信じ、ただそれだけに徹することができると確信していた。

 片手での一撃は威力に欠け、どれも狼の体勢を崩す程度に止まっている。

 全力を込めても、この刃は敵の命には届かないのだ。

 しかし、それでいい。

 渾身の一振りを当てた次の瞬間には、まるで魔剣にでも斬られたかのように狼が真紅の花を咲かせるのだから。

 そう、私は今このとき、この瞬間だけ、恐るべき魔剣を手にしているのだ。

 当たれば必殺の一撃になる、猛々しい炎の魔剣だ。

 長年連れ添った友の様に、決して裏切ることのない結果がそこに齎される。

 近場の狼をあらかた片付け、次の標的に目星を付ける。

 少し遠い。

 十歩はかかると判断し、走りながら左手を構える。

 何をすればいいかは分かっている、私は魔法戦士なのだから。


「≪熾れ、爆ぜて、飛びかかれ≫」


 キッと対象を睨みつけ、左手に固く握りしめていた指揮棒タクトで魔法を操作する。


「≪ファン・ボウ≫!」


 ぱぁっと輝いた紅の閃光が、テンカイに意識を取られていた狼に命中し爆ぜた。

 ここまで上手く戦闘中に魔法を使えたのは初めてだった。

 しかし、そこには高揚も達成感も、おおよそ全ての感動が存在していなかった。

 その程度なのだ、幾ら俊敏な狼と言えど死角から撃たれれば当たる、それだけのことだ。

 視覚の外から狙えたのだから、相手が対処できないのは当然だ。

 自分が今まで無茶な使い方をしていただけで、本来ならこれが正しい使い方だったのだ。

 やっと、自分がもつ道具の使い方、武器の使い方を把握しただけ。

 踏み切りの足を強く、ぐんと加速して間合いを一息に詰める。

 右手の剣を肩で担ぎ、アリエルに襲い掛かろうとした一匹を側面から叩き伏せる。

 地面にバウンドしたそいつは、二転した時には真っ赤な花弁を散らしていた。


 ――そう、本当の魔法とはこれを差さすのだ。


 ただの剣士を一騎当千の英雄に、安物の剣をその場で魔剣へと作り変えてしまう。

 これを『魔法』と言わずして、一体何を『魔法』と呼べばいいのか。

 あれだけ絶望を抱いていたはずの胸には、いつしか純粋な興奮と感動だけが残っていた。

 あの日夢に見た憧憬、物語の英雄……VRMMOで求めていたものを初めて手にしたのだ。

 狼は瞬く間に駆逐され、もう三匹しか残っていない。

 このまま押し切れば――


 ……一瞬、だった。


 木の葉の雲の隙間から、雲一つない青い空が覗けた。

 次の瞬間には芝が、土が、枯葉が、枝が、空が、森が、仲間が、目まぐるしく世界が切り替わっていた。

 何が起こったのかわからないまま、自分がどうにかなったのだと理解した。

 遠くで見知った声が呼びかけているのが分かる。

 いや、叫んでいるのか。

 自分を呼んでいるのか。

 気付くと激痛が全身を駆け巡り、肺は酸素がないと体を責め立てていた。

 VR世界の痛覚としてはあまりにもリアル、あまりにも重度なリアクションだ。

 混乱しているからだろうか、本当に車にでも轢かれたんじゃないかと思う激痛のように感じた。


 ――あぁ、死ぬのか。


 そんな単語が頭を過る。

 事故で死ぬときは、こんな感覚、こんな思いで死ぬのかと。

 意外と何も考えていないものだな、とやけに冷静な自分がいた。

 普段ならそんな自分に腹を立てていそうだが、不思議と何の感情も湧き上がらなかった。

 それが、死ぬという事なのかもしれない。

 視界が揺れる。

 誰かが自分を抱きかかえたようだ。

 死にゆく自分を看取ってもらえるのだろうか……生きている時の自分ならば、嬉しいような、恥ずかしいようなむず痒さを感じて、きっと相手を蹴り飛ばしていたんじゃないか。

 意識が、思考が、スクリーンを一枚噛ませたかのように、どうにも輪郭が掴めないでいた。


 突然、そのスクリーンが取り払われ、痛いほど視界が鮮明さを増した


「≪……生の喜び、祝福せよ生命の輝きを≫≪治癒クーア≫!」


 彼の必死な顔が、すぐそこにあった。

 魔を統べる銀色をした髪が、魔を宿した金色の瞳が、その二つを兼ね備えながらも、柔和で穏やかな雰囲気を持った少年のような男の顔だ。

 少し体を起こすだけで、唇が触れ合いそうなほど近くにある。

 彼を身近に感じた。

 炎の様な熱が彼を通して伝わってくる。

 それは、死を連想させた一撃を受けて凍えきった自分の体を溶かしていく。


「尖れ尖れ尖れ尖れ……!」


「落ち着けフェルチ! 当てるだけでいい、一発ずつ丁寧に!」


 雷の様に、彼の言葉が駆け巡る。


「テンカイ、十五秒だ! アリエルはテンカイのサポート、MP意識して!」


 鋭く短い言葉だが、テンカイもアリエルも彼の言わんとすることは理解できたようだ。

 二人は短く了承の意を発して、目の前の敵に立ち向かう。

 熟練のVRMMOゲーマーだ、二人は彼の意図を上手く汲み上げられるように動くはずだ。

 フェルチも彼の鋭い言葉を受けて、ショック状態から立ち直ったようだ。

 ただ悪戯に叫び続けていただけになっていたことに気づき、表情を固くしながらも風魔法の詠唱を一つ一つ完成させる。

 そして、彼は自分を見ていた。

 そこに言葉は無い。

 ピリッとした何かが、彼と自分の瞳を通じて繋がった気がした。

 彼らには掛けていた言葉が、自分には何も無い。

 上等だ。

 まだ不安は残る、失敗したばかりだ、竦む気持ちもある。

 だが、彼の期待に応えられないのは、足手纏いになるのは死んでもごめんだった。


「頼んだ」


 最後にそう短く告げると、彼は口早に詠唱を行う。


「≪儚きものなれど、ひと時の安らぎで包まん≫≪防御膜テスタカーン≫」


 薄い光が球形の膜を作って彼を包み込み、甲高い音が一つなって膜が見えなくなる。

 結界が構築されたことを確認し、彼は再び詠唱。

 それを合図に自分も駆け出した。


「≪熾れ、爆ぜて、飛びかかれ≫≪火矢ファン・ボウ≫」


 淀みなく、素早く、冷静に紡ぎだされた攻撃魔法が戦場に眩い線を描いて疾駆する。

 蒸気を噴き出す熊に向けて≪火矢の呪文≫を見事に命中させ、敵の注意を引き付けることに成功する。

 巨体が揺らめくほどの衝撃、着弾した箇所が酷く焦げていたことから、彼の魔法の威力と効果の高さを推し量ることができる。

 さらに一発。

 自分を追い越すように、掠めるような位置を火の塊が突き進む。

 彼が放った魔法は吸い込まれるように敵に命中していた。

 殆ど直線的な軌道を描くはずの≪火矢の呪文≫は、彼が放つとまるで意思のある蛇の様に小さく身を捩らせて敵に喰らい付いていた。

 バランスを崩し、突進の勢いを失った相手に肉薄する。

 片手で最大の威力を出すため肩に担いでいた剣に、更に全身を投げ出すような回転の勢いと速度を載せて振り下ろす。

 一か八かという捨て身の荒々しい振り下ろしだったが、彼が作ってくれた僅かな隙を利用して捻じ込んでいく。

 先ほどから全員がMPを惜しまずに魔法を連発している、こちらの余力はすぐに尽きるはずだ。

 全力を出し切るしかない。

 胴を縦に薙いだ一撃は悪くない手応えだ。

 一歩下がり、姿勢を立て直す。

 入れ替わるように前に出る影、すれ違いざまに届く詠唱。


「≪照らせ、闇を払う意思よ≫≪松明トーラ≫」


 杖の先端には悪魔の舌の様に真っ赤な炎が揺らめいていた。

 彼が最初に覚えていた魔法、本来は明りを取る為の魔法であるそれを、彼は武器の先端に火を宿す技術として扱う。

 接近戦だ。

 魔術師としてはありえない選択だろう、魔法と言う遠距離攻撃が可能な武器があるのに、その利点の一つを自ら放棄するような行為は普通に考えれば自殺的に思えるはずだ。

 しかし、彼はそれを躊躇わない。

 胴体に刻まれた傷に杖の先端を押し当て、魔力で生み出した火で敵を炙る。

 苦悶の呻きが上がる。

 再び彼と視線が絡み合う。

 すぐに自分の体が反応し、雄たけびを上げる奴の脇を抜けて三人のサポートに回る。

 狼はその数を減らしていない。

 三人にも疲労の色が伺えるが、密集して互いにフォローして敵の攻撃を凌いでいた。

 どちらも決定打が打てなかったのだろう、シビアな削り合いが続いていたようだ。

 鋭く踏み込んで死角から一閃。

 そのまま二歩目を踏み込んで、波状攻撃をしかけようとしていたもう一匹も返す刃で切り捨てる。

 彼方にすっ飛んでいった狼は無視し、最後の一匹を視界にとらえる。

 テンカイが棍をヒットさせ、森の木に命中して大きな隙ができていた。

 高鳴る鼓動を抑えつつ、可能な限り素早く唇を震わせる。


「≪熾れ、爆ぜて、飛びかかれ≫≪火矢ファン・ボウ≫」


 疾走した真紅の一撃は、見事に命中して狼の命を刈り取った。

 これで全部片付いたはずだ、彼の援護に回らなくては。

 そう意識したのも束の間、視界の端に新たな影を捉える。

 新手だ。

 テンカイたちに任せるか、しかし、影は相手の方が多い。

 ただ、彼の負担が大きすぎてこのまま放置するのは――


「マグナ!」


 痺れるようなその一声に体だけが反応する。

 雷鳴のような一撃、最大限の反応速度で剣を振りぬいた。

 世界がゆるやかに減速していく錯覚を覚える。

 まさに今、草陰から飛びかからんとしていた一匹を両手で握りしめた剣で両断する。

 私に飛びかかろうとしてきた一匹をアリエルの水魔法が押し返す。

 遠くでフェルチの風魔法が唸り、狼の短い悲鳴が木霊した。

 狼の連携は狡猾だ、一拍遅れて三匹が同時に飛びかかって来た。

 左側から襲い掛かってきた二匹はテンカイの土魔法によって撃ち落され、残った一匹の攻撃を身を捩って左肩で受ける。

 噛みつかれた左肩の鈍痛を堪えながら、片手に持ち替えた剣で狼を下から突き上げる。

 ただ衝動のままに自分は吠えていた。

 どちらが獣か、これでは分かったもんじゃないだろう。

 体を振り回し、噛みついていた一匹を振りほどき、テンカイが撃ち落した二匹をまとめて両断する。

 いつ指揮棒タクトを捨てたのか分からない。

 しかし、気付かぬ内に両手で握りしめていた剣による渾身の一撃は、魔法で弱っていた彼らの命に届くのだ。

 濡れそぼった一匹が足元に噛みついてきた。

 剣を逆手に持ち替えて二度、三度と突き下ろす。

 がしゃんとガラスが砕けるように敵の体が崩れ落ちたのを確認し、解放された体に鞭を打って最後の一匹へと刃を向ける。

 風によって怯んだ狼に、全身を載せた一撃を振り下ろす。

 視界の隅にまた新たな影。


 流石に、次の一波は抑えきれないかもしれない。


 諦めの感情と、不思議と湧いた達成感に少し戸惑いながらも、テスト初日でここまで熱くなれたことに感謝している自分が居た。

 VRMMOも攻略方法が確立されるとそれが推奨されることがある。

 さも、その方法以外はありえないというように、誰もが同じ戦術を取るようになってしまう。

 型にはめられた動き、テンプレだ。

 VRMMOにおけるテンプレは最悪だ。

 プレイヤーはただの歯車となり、出来の悪い歌詞のように同じ動き(フレーズ)を繰り返す。

 違う自分になりたくて、この世界でしかなれない自分になりたくて、憧れていた英雄を目指してみたりして、もう一度自分をやり直してみたくて、様々な理由はあれど、VRMMOに憧れるプレイヤーは少なからず、アバターに自分の願いを投影する。

 現実とは違う自分、成りたかった自分になれるのが、VRMMOという世界だ。

 わざわざVRMMOという世界まで来て、個性を殺して、馬鹿みたいにテンプレを崇めて、誰かの真似をし続けて何が楽しいのか。

 最初は、仲の良い気心の知れたプレイヤーの集まりだった。

 VRMMOが好きで、仮想世界での戦闘に呆れるほど夢中になって、気付けば名の知れた戦闘系ギルドとして一目置かれて――脚光を浴び、賞賛を受け、嫉妬と羨望が混じった視線、やっかみの罵詈雑言を受け、それでも楽しんでいたと思っていたが、最後にはそこにいた誰もが目的を見失っていた。

 別に、最速でボスを倒すことに意味は無いのだ。

 安定した狩り方で稼いでも、そこには何の価値もなかったのだ。

 ただ気の知れた仲間と冒険し、今日の出来事を互いに笑い合えればそれで良かった。

 義務感で、責任感で、戦い続けて荒んでいく必要は無かったのだ。


 そういえば、「もう一度、VRMMOをやってみよう」と言ったのは、三人のうち誰だったか。

 何となしにリアルでも付き合いができていた三人、以前いたVRMMOを引退した後も細々とした付き合いが続き、気付けばただの親友になれていたことが嬉しかった。

 そんな親友とならもう一度、純粋にVRMMOを楽しめるんじゃないか。

 もう一度、あの楽しかった頃の様な感動を得られるんじゃないか。

 もう一度、仮想の世界に忘れて来てしまった、もう一人の自分と出会えるんじゃないか。

 あの悲しみに暮れていた表情に、笑顔を取り戻せるんじゃないか。

 知らず知らずのうちに、自分はそう願っていたのか。


 ……あぁ、ならばきっと今の自分は笑っているだろう。

 だって、こんなにもVRMMOって面白いんだ。

 今日会ったばかりの彼らと、こんなにも緊張感があって、無茶苦茶で、だけどギリギリの一戦。

 勝てればもちろん嬉しいが、負けてもきっと町に『帰った』時に叫んで喜び合うだろう。

 彼らはきっと――少なくとも、彼はきっと一緒に喜んでくれるに違いない。

 自分はきっと、笑いながら泣いているだろう。

 だって、自分の至らない点が多く見つかったのだ、それを改善できていればもっといい戦闘ができただろう、連携が決まればスカッとするし、互いを近くに感じることができる。

 今でもこのメンバーでの戦闘は楽しい。

 それがもっと楽しくなるのなら、こんなに嬉しいことは無い。


 まったく、まだクローズドβテストの初日だぞ?

 私は何でこんなに上機嫌なんだ……彼らには悪いがリアルでは絶対に会えないな、今の緩んだ顔を見られるのだけは死んでもごめんだ。

 町に帰ったら酒場で一杯やろう。

 もしかしたら、彼らはそういうの苦手かもしれない。

 でも、来てくれれば楽しませる自信はある。

 テンカイは樽みたいな体に一杯飲んでくれるので見ていて飽きないし、アリエルには一曲披露してもらうってのがいいだろうか、きっと彼らの驚く顔が見れるはずだ。

 私は……そうだな、この体でできることと言えば、ジャグリングぐらいだろうか。

 少し腕が錆びついているかもしれないが、前のVRMMOでは良く宴会芸としてやっていた。

 生身の私じゃできないのに、アバターならできると教えた時の二人の呆れたような顔は、今でも思い返すだけで笑いがこみあげてくる。


 これが、走馬燈ってやつなのかな。


 いいもん、見せてもらったわ。

 最後に派手に暴れてやる、HPバーが尽きてアバターが砕け散るまで戦い抜いてやる。

 派手に動くなら魔法を撃ちたいところだが、どこかのタイミングで放り投げてしまったようだ。

 あとでまた魔法屋に買いに行かなきゃいけないな。

 その時は、彼にも付き合ってもらおう。

 新しい魔法も覚えてみたいし、何なら秘密の特訓に付き合ってもらう約束もつけよう。

 華麗に剣と魔法を操れるようになれば、テンカイとアリエルの度胆を抜いて、あの時の面白い顔がまた見られるかもしれない。

 それ以外にも、まだまだやりたいことは一杯あるのだ


 やっぱり、VRMMOは最高だ。


 急速に間延びしていた感覚が引き戻される。

 影に取り囲まれ、あとは死を待つのみと言った状況だ。

 すぐにでもその時は来るだろう。

 一匹でも多く屠る為に、両手で構え、最速で切り返すと意識を定める。

 足さばきを重視して、効率よく敵を屠り続ける。

 なに、一撃で仕留められなければ三人がフォローしてくれる。

 信頼できる後衛に、馬鹿な前衛は丸投げしてしまえばいいのだ。

 それで彼らに文句を言われても、私はきっと、この身体アバターで笑っていられるはずだ。


「ゴアァァァァアアアオオオオオォォォオッ!」


 ヤツの咆哮がこの場を支配する。

 こちらの隙を狙う子分の狼ですら、その怒号に居竦み上がっているようだ。

 今まで淀みなく響いていた彼の詠唱がパタリと止んだ。

 まさか、という思いが胸を焦がす。

 焦燥感に駆られるが、目の前の狼から視線を逸らすことはできない。

 大丈夫だ、彼はまだ戦っている。

 背中越しに、彼の戦いへの意思が伝わってくる気がした。

 フェルチが風の魔法を詠唱し、続いてヤツの苦悶の呻きが聞こえた時に、私は一つの未来を予感した。

 一つの詠唱が場に響き渡る。


「≪熾れ≫」


 一音一句に熱がこもっていた。


「≪爆ぜて≫」


 前評判では詠唱システムはやはり不評だった。


「≪飛びかかれ≫」


 かく言う私も、最初はあまり乗り気じゃなかった。

 本音で言えば、私は好きだ。

 昔憧れた本の中の英雄たちも、こうして詠唱を決めていたのだから。


「≪火矢ファン・ボウ≫」


 紡ぎ、導かれた魔法の言葉。

 締めくくりに告げられたその名が、神秘の力をこの場に具現化させる。

 離れたここまで熱波が届くほどの最大の一撃。

 彼の魔法だ。

 気付けば戦闘中にも関わらず、事の顛末を呆然と見届けてしまっていた。

 しんと静まり返った後、私たちは全員が叫んでいた。

 ……いや、ただ一人、彼だけは気力を使い果たしたのか、ふらふらとその身を揺らしていた。

 見れば、彼の格好はボロボロだった。

 何度も結界の魔法を貼り直し、死線を潜り抜けていたのだろう。

 HPもMPもどうすればここまで使い尽くせるのか教えて欲しいくらいだ。


 ボスがやられたことで大勢は決したのだろう。

 再び集結しつつあった狼の影は風の戦慄きだけを残してこの場を去って行った。

 私は彼に駆け寄り、祝福の声をかけようとして迷う。

 何て声をかけよう……「流石だ」とか「俺様も誇らしいぜ」みたいなことを言うべきなのだろうか、最初の彼に与えた印象ならば、その辺りが妥当な気がするが……いや、必要ないな。

 ストレートに、今の胸の内にある感情をそのまま出せばいい。


「へへ、やったじゃねぇか」


 少しの気恥ずかしさと、彼の成し遂げたことへの誇らしさから出た言葉だった。

 口にしてみれば、私らしい、俺様らしい口調だった。

 アバターだろうが、生身だろうが、根っこはそこまで違いは無いんだな。

 私に関する少し新鮮な発見かもしれない。


「あぁ、そうだな」


 と彼は頷いた。

 しかし、その顔にはどうも私のことを褒めるような表情が浮かんでいて、彼のやったことに対する自負と言うか、評価の催促がないみたいだ。

 彼は少し謙虚すぎるところがあるな。

 慇懃も過ぎれば無礼になる、その辺を把握しておいて貰うべきか。


「わ……俺様じゃなくて、お前のことを言ってんだぜ?

 あのバケモンを一人でやるなんて、大したものじゃないか!」


 危うく中身が飛び出しそうだったので寸前で止める。

 心臓が高鳴り、鼓動が速くなる。

 背筋には冷や汗がびっしり浮かんでいることだろう。

 VRMMOの中で素が出そうになったのは初めてだったので焦る。


「一人で……いや、誰がやったんだ?」


 怪訝な表情を浮かべる彼は、どうやら少し意識がぼんやりとしているようで、彼の広かった視野が極端に狭まったようだ。

 自分の事すら見えていないようだ。

 呆れると同時に、人間らしさを見つけられたのでほっとした。


「だから、お前がアイツをやったの!」


 そうハッキリと言ってやると、まだ顔全体は疲れの色が濃いが、口の端に小さな笑みが浮かんでいた。


「でも、それはみんなのおかげで」


 それでも尚、彼のパーティを持ち上げる発言は止まらない。

 少しムキになった自覚のある私だったが、ここは譲れない場面だズバッと行こう。


「けっ、パーティなんだからそれは当然だろ!

 俺たち全員が活躍した、当然、俺様はその中でも大活躍だったからな!

 でもな、俺たちが奴にはかないっこないと諦めかけた時に、そして今、こうして勝利を勝ち取るまで、誰よりも必死に戦い抜いてくれたのはお前だ。

 お前がいなければ、俺様も諦めてた、絶対に負けてた。

 だから、お前が一人で奴に勝ったと言っても過言じゃない……だから、誇ってくれよ」


 出来る限り真剣に、彼の目を見て話す。

 自分で言っていて何だけど、こっぱずかしいセリフだ。

 中二病丸出し、みっともないと言うか、見てられないと言うか……顔から火が出る程に感じる。

 ちょっと自粛するべきだ。

 私は彼に及ばない部分が多すぎた、もっと上手い手、戦い方があったと考えると気持ちも少し沈んでしまうのが分かる。

 今の言葉で、伝えたい気持ちは伝わったのだろうか。

 一緒にパーティを組めてよかったんだ、と。


 彼が立ち上がろうとして姿勢を崩す。

 どうやら、限界の様だった。


「おいおい、大丈夫か!」


 慌てて彼を抱き支える。

 さっき、ボスの一撃を受けた時は逆の立場だったな。

 私でも彼を支えられるんだと思うと、自然と胸に熱いものが込み上げてくる。

 マギエルはステータス最弱の種族だからか、少し細身な体型になってしまう。

 枯れ木……とまでは言わないが、熊を相手に大立ち回りを演じられるような丈夫さを感じられない体を、それなのに、私たちを守る為に投げ出せるものを全て投げ出し尽くした彼を、そっと優しく抱きしめてやる。

 残念ながら、回復魔法を覚えていないし、指揮棒タクトもどこかへ落としたので、覚えていたとしても彼のように回復魔法を使ってあげることはできないのだが。

 VRMMOで感じる人の温もりは所詮ただのデジタルで、個々人の生身の状況をリアルタイムで反映したりなどはしていない。

 それでも、私はこの温もりを心地よいと思うのだ。

 人の温もりは安心感を得られる。

 それが、VRMMOではゲームが再現したデジタルの定型データだったとしてもだ。


 彼は今、VRMMOで極度の緊張を超えた時に起きる独特な症状を発症していた。

 仮想とはいえ、脳が感じているのは本当の感覚だ。

 極度の緊張状態によるプレッシャー、ストレス……それらから解放された際に、その昂った感情をクールダウンさせるための小さな休息、それをVRゲーマーは俗に『気絶』と言う。

 ただの抗いがたいほどの睡眠欲がどっと押し寄せてくるだけだ。

 別に人体に影響はない……まぁ、VRMMOで『寝落ち』してしまう問題というのはあるが、そこは私たちが責任を持とう。

 ちらりと視線を送ると、テンカイもアリエルも満足げに、フェルチは少し不機嫌そうだが二人と同じく頷いてくれた。

 自分の状態が分かっていない様子の彼に、安心させるために声をかける。


「……はは、その顔だと気絶は初めてか?

 いいぜ、ゆっくり休めよ」


 彼は私の腕の中でゆっくりと眠りについた。

 私はその子供の様な彼の顔をそっと撫でてやる。

 口には出さなかったが、胸の中で小さく感謝を述べる。

 きっとテンカイも、アリエルも、私と同じ胸中でいてくれるはずだ。


 私たちが無くした感情を、過去に忘れて来た大事な片割れを、取り戻してくれてありがとう。


 瞳を閉じると、いつかの懐かしい光景が浮かんできた。

 大勢の屈強な戦士に囲まれながらも、負けじと居丈高な態度で渡り合う赤毛の少女の物語。

 輝くような笑顔と、愉快で奇想天外な冒険の日々。

 懐かしくも暖かい一人の冒険者とギルドの話だ。

 物語の最後に、彼女は無力さと孤独感を胸に、悔しさと後悔の滲んだ涙を流しながらどこへともなく去って行ってしまったのだが……その物語には続きがあったのだ。

 少女のトレードマークだった鮮やかな赤毛と同じ色のバンダナを額に巻いた冒険者の話。

 幼かった少女と同じ居丈高な態度を取りつつも、少女のそれとは違い張り合うためと言うよりも恐れを隠すために気丈に振舞っていた。

 偶然出会った彼と、久しぶりに再会した仲間の助けで、冒険者は失った過去を取り戻した。

 暖かな気持ちに包まれ、彼女は満足げな笑みを浮かべていた。

 その表情は赤毛の少女と全く同じ、太陽の様な笑みだった。

と言うわけで、マグナニート視点。


彼ことジンの戦闘に関するノウハウは、

別エピソードでゆっくりと語られる予定です。


当初想定していた文量の倍をゆうに超える結果となりました。

ここまで盛り込んでしまって大丈夫かとビクビクしてます。


次回でAct.02は終了の予定。

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