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Act.01「Hello,World!」

 幻想と現実。


 その境界線は非常に曖昧だと言える。

 何せ、それを決めるのは当事者本人の主観でしかない。

 第三者にとっては他愛の無い幻想にしか過ぎない事でも、主観である以上そう思っているのは第三者だけに限られる。

 逆に言えば、第三者の思う現実ですら本当は幻想でしかないのかもしれない。

 幻想と現実、二つの世界の境界線は確かな隔たりを持っている。

 しかし、そのズレはほんの僅かなものでしかなく、一枚の紙の表裏のようなものだ。

 どちらも同じ紙の上での出来事でしかないと言う点において、二つは全く同一の存在と言える。

 ただ表と裏という言葉があり、それを使っているだけに過ぎない。

 それが、世界の真実なのだ。


Act.01「Hello,World!」


 夏と言われて何を連想するだろうか。

 海、山、甲子園、遊園地、プール、祭り、肝試し、海外旅行……楽しいイベントが目白押しだ。

 しかし、世の中には楽しくないイベントもある。 それが、補習だ。

 まだ夏の到来までは程遠いのだが、俺は早くも補習という魔の影に怯えていた。

 それは何故か。

 今握り締めている紙切れに赤ペンで刻まれた残酷な数字を見ていただくとお察しになるだろう。

 その全てが60点未満。 つまり赤点である。

 他の学校はどうか知らないが、ウチの学校では60点未満が赤点ラインなのだ。

 我ながら何故こんな進学校に通うことにしてしまったのか……。


「おいおい、随分派手にやったなぁ!」


「ちょ、馬鹿見んなっての!」


 ひょっこり出てくるや否や人の不幸を楽しむ悪魔は俺の数少ない友人Aだ。

 運動好きをこじらせて、中学時代に複数の部活動を掛け持ちしていた変態でもある。

 今もふんふんと言いながら俺のそばでにやけているのだから性質が悪い。


「……で、俺のを見てご満悦ってことは」


「ふっふっふ、聞いて驚け……2点勝った!」


 勝利のVサインを俺の目の前に自信満々で突きつけてくる友人A。


「ぐはぁ、紙一重かっ!」


「これがフォースの力よ! 賽は既に振られたのだ!」


 意訳すると、コイツはテストの答案の選択問題を全てサイコロでやるという謎のポリシーがあり、今回はその出目が振るったということなのだろう。

 お互いの答案を交換してみてみると、筆記回答の問題はほぼ全滅なのに難問が多いと言われた選択問題を悉く正解している辺り空恐ろしいものを感じる。

 中学時代からこうなので、コイツはきっとダイスの女神様に愛されているのだろう。

 こいつがお気に入りとは、ダイスの女神様も男の趣味が悪いとしか言えないな。

 そう、俺達は今年から高校生になったばかりのピカピカの一年生だ。

 ……既にテストの結果でボロボロになっただろと言う突っ込みは止めて頂きたい。


「全く二人して馬鹿なことで張り合ってんじゃないわよ」


 と言いながら俺達の頭をポカリと殴ってくるのは腐れ縁の友人B様だ。

 今時の女子にしては珍しく、生まれたままの黒髪をスポーティなポニーテールで爽やかにまとめている。

 性格もサッパリしていて人付き合いが良いのだが、少し真面目が過ぎるのは欠点だとも思う。 悪いやつではない。


「あんた達は本当にどうして、こう……真面目に勉強しないのよ!」


 お母さんのようなこの小言も、今や聞きなれたもんである。


「真面目にって、これでも当社比3割り増しで勉強してたぞ」


 俺は正直にそう告げる。


「そうだそうだ、意外とオレ達だって頑張ったんだぞ!」


 と、便乗してくれる友人A。

 この辺の連携や意図を汲めるのは流石の付き合いと言えるだろう。


「どうせゲームの勉強を、でしょ? もういい加減バレバレよ」


 そう、この会話の裏が読まれて友人Bにモロバレなのも付き合いの長さ故と言える。


「だってな、そろそろ二回目のβ募集だからな!」


 開き直った友人Aは堂々とそう告げる。

 なるほど、その手でいこう。 今度は俺が便乗する事にした。


「そうそう、今度こそ二人で揃ってβ参加するんだよ! 今から願掛けとかで忙しいんだ!」


 男二人が揃ってやんややんやと騒ぐ構図は、端から見るとやや異様な光景かもしれないが、HRで騒がしい教室内では割と気にかけられていない様だった。


「願掛けも何も、こんな点数じゃ縁起は良くないでしょうに」


 はぁっと溜息を漏らす友人Bだが、その口元には微かな笑みが浮かんでいる。


「――で、新情報はしっかりゲットしたんでしょうね?」


「モチの」


「ロンだぜ!」


 男二人の息がぴたりと合い、それを見て嬉しそうに笑う友人B。

 これが俺たちの長く続いてきた友情のあり方だった。


 終了のチャイムが鳴り授業が終わる。

 テスト期間なので今日はこの答案を返すHRが最後だ。


「中間の結果を鑑みて今後の勉強プラン立てて置けよ。 夏休みを素敵な学校で充実したいって言うのなら話は別だが、な」


 先生の気の利いたジョークを受け取りつつ、手早く帰宅の準備を済ませて教室を出る。

 五月も半ばが過ぎていると、夏の匂いを微かに感じさせる。

 今年の夏は特に暑くなりそうな――何故か、俺はそんな予感がしていた。




 さて、改めて自己紹介だ。

 俺の名前は七篠仁。 ナナシノジンだ。

 今年から高校デビューしたのはさっきも言ったとおりで、中間テストの点数から少しは勉強をしないとやばいと思い始めてる、平凡でそこらに溢れている量産型の学生だ。

 高校は家から通える範囲で最も近い場所をチョイスしただけだったのだが、後から聞いた話では近場ではそこそこの進学校だったらしく、勉強に少し付いていけなくて今はヒィヒィ言っている。

 おかげ様で早くも夏休みの平穏が危ぶまれているのと言う悲しい現状だ。


 そんな俺の右隣にいるのは友人Bこと馬場忍。 ババシノブだ。

 俺と比べて身長がやや高く見えるが、本当は俺の方が少し高いはず。 そう見えるのはきっと靴の踵部分に男性用と女性用では差があるからで……というのはさておき、彼女は身内贔屓を抜きにして率直に述べても、量産型ではなく指揮官型だ。

 クラスの中でも可愛いと目されていて、テレビで活躍するような専用機ほどの強烈なインパクトは無いものの学校レベルだと間違いなく噂になる……まぁそんなレベルだ。

 生真面目な性格が顔に出ているのか、キリッと引き締まった少しキツめの目元をしているが、それがシャープな輪郭と合わさって格好良さを演出しているのだと思う。

 そういや、中学の頃から女子のファンが多かったような気もする……ポスト宝塚?

 髪型はいつも簡素なポニーテールばかりなのだが、化粧っ気の無さと上手く相まって清楚な日本女性のイメージなので好感を持てる。

 胸は本人曰く現在進行形で成長中とのこと。 真偽のほどは知る由もなし、だ。


 そのシノブの更に奥にいるのが、中学三年の時点で身長が既に190を超えていたジャイアントな友人Aこと有田克己。 アリタカツキだ。

 運動神経抜群で体格も良く、見た目に似合わず人懐っこい性格なので友人が多い。

 中学の頃にはサッカー、野球、バドミントン、卓球、水泳、陸上と運動系の部活で幅広く活躍していたのも友人の多さに繋がっているかもしれない。

 そんな運動ジャンキーとも言えたカツキが不幸な事故に遭ったのが去年の話。

 一時期の憔悴しきっていた面影も今は無く、むしろ新しい趣味を見つけた事で前よりも活き活きとしてくれたのは本当にホッとしている。

 俺の数少ない友人の一人であり、俺が世界で唯一親友と認めるとしたらコイツしかいないだろう。

 それぐらいに馴染みの深い友人なのだ。


 ちなみに、友人Aとか友人Bなんて称したりするのは苗字の頭文字からで、それ以外には特に深い意味は無い。

 その辺は悪しからず、だ。


「で、さっきの続きなんだけど」


 帰り道でのいつもの雑談、今日最初の話題を切り出してきたのはシノブだった。


「あんた達が寝る間を惜しんでまで……テストの点数と引き換えに入手した大事な情報、それを早く私にも教えなさいよ」


「へいへい」


 少し上からな物言いに聞こえるかもしれないが、シノブはただ単に気持ちが逸ってるだけ……にしても一言多いが、別にイラッとはしていない。 まだしてない。


「えっと、何から話そうか」


 昨日までに調べた事をざっと思い返してみる。

 俺は公式サイトから眉唾な噂と嘘の入り混じったまとめサイトまで、ネット上のありとあらゆる所から幅広く情報を収集していたので、頭の中に詰め込んだ雑多なそれらを分かりやすく出力するための整理にやや時間がかかっていた。


「あ、だったらまずは一番デカイのから発表しようぜ!」


 そこにカツキがすかさずフォローを入れてくれる。

 彼の助言に従い、俺は脳内でざっくり纏めた情報に大きいものから見出しを付けて優先順位を確定させていく。


「おっけ、んじゃまずはβの開始日からか」


「え、公開日決まったの!?」


 シノブの家ではテスト期間中はネットが全て封印されてしまうらしく、かなり大きな話題になったこの話もやはり知らなかったようだ。


「公式アナウンスじゃないけど、開発側のブログで予定日がリークされてた」


「相変わらずいい加減な開発ね」 


 事も無げに俺が言うと、シノブは切れ長の目を少し丸くして驚いていた。

 真面目なシノブらしい感想だ。


「まぁ、現状だと開発待ちってのは主に公開時のクオリティなどに関しての話で、サービス自体はいつでも始められるって状況らしいから、公開までの間にこうやってユーザーに燃料を投下してくれるのは有り難いと思うよ」


 開発中ですと言ってそのまま忘れ去られるような作品もあるわけだし、ユーザーの気持ちをしっかり繋げておいてくれるのは企業側にとってもメリットが大きい点だろうと思う。

 待たされすぎてもダメだけど、このタイトルはまだ業界で見れば標準的なものよりもやや早いくらいの展開速度だと言われている。

 兵は拙速をなんとかってね。


「んで、予定日はいまのとこ六月上旬。 ただ速ければ最初の週末には間に合うって話で、えっと何だっけ? アバター制作用の別アプリが完成したら、とりあえずそれで準備をして公開日を待ってて欲しいって言ってたよな」


 カツキがサクッと補足してくれる。


「そう。 で、それが近日公開って話が二日前。 そして正式タイトルも決定して……こっちは公式の発表生放送内でアナウンスやってたんだけど、タイトルは『Armageddon Online』だってさ」


「アルマゲドン? 何だか物騒な名前ね」


「何でも、PvPに主眼を置いたゲームバランスと、期間を一定に区切る……つまり、シーズン一回を戦争の単位で仕切る事でMMORPGで曖昧になりがちな目標意識をしっかり持てる事を目指してるんだってさ」


 俺の説明にシノブは少し難しい顔をする。


「……えっと、つまり戦争をするのが目的のゲームなの?」

 シノブの顔が少し曇る。 どうやら戦争という単語が少し引っかかったらしい。


「まぁ、大筋はそうらしいぜ?」


「うーん、戦争か……」


 まぁ、戦争と聞いてピンとくるというか、燃えるシチュエーションの一つだと思う女子はあまりいないだろう。

 実際、戦争という単語のイメージはマイナスに感じる人が多いだろうし、フィクションとは言えあまり気の進むものでも無いのかもしれないな。


「まぁ、戦争ってワードはともかくとして、ゲームとしては自分が所属するチームを勝利に導けば勝ち、っていうスポーツの団体戦を意識してるって事だな。 モチロン、戦争だけじゃなく数々のイベントがワールド中に配置されているから、様々な街の観光や放浪プレイなんかも推奨してるって」


「――あ、なるほど。 戦争じゃなくてチーム戦って言われればそこまで悪い気もしないかも。 私としては観光とかも結構気になるかな!」


 カツキの説明は良い例えだと思う。

 シノブもスポーツをやってるだけあって、チームで戦うというイメージに結びつけた方が理解しやすいのだろう。 なるほど、参考になるなぁ。


「観光と言えば今回公開された中では海洋都市が良かったよな! あの地中海を彷彿させる青と白のコントラストはやっぱ最高だと思うぜ!」


 とはカツキの言葉。

 カツキは夏と言えば海水浴と答える人種なので納得のチョイスだ。

 俺も海洋都市の景観はとても気に入っている。

 異国情緒をダイレクトに感じさせる丁寧な雰囲気作りは流石の一言に尽きる。

 今回、俺達が注目しているタイトルでは数々の実在都市の3Dモデルの制作で定評を得ているモデリング会社の協力を得ており、観光目的のユーザーにも満足してもらえるように意識されているらしい。


「確かに海洋都市は一番人気高そうだよな。 個人的には蒸気都市とか、城砦都市なんかも格好良いと思ったけど」


「あ、分かるぜ! 特にジンはその手の好きだしな!」


 やはり男には通じるものだ。 スチームパンクとか良いよな!

 蒸気都市の鉄錆の浮かぶパイプに重厚な鋼の存在感、複雑に組み込まれた歯車が連動して力強く動く様はまさに巨大なエネルギーの動きを感じられる!

 城塞都市はまさにファンタジーの王道、戦うために作られた建造物という威圧感と逞しさが格好良いのだ。


「なるほどね、海は映像見なくても結構イメージわくかも! ねね、他には?」


「他? うーん、何故か配信で戦闘システムについてはあまり語ってなかったとか?」


「そうだよな、オレ達も他の視聴者も一番期待してた部分なんだけどな」


 近日公開を予定している割には肝となる戦闘システムの紹介はスルーされていた。

 配信の中で質問として取り上げられた時にさえ、広報担当者は「最近のMMOではよくあるシステム」としか言ってなかった。

 ネット上では曖昧な発言のおかげで炎上する勢いで盛り上がってたらしいけど。

 リアルタイムで板を見ておけば良かったかもしれない。

 一応、現在ネットで有力視されているのは『リアルアクション制』と呼ばれるMMOで独自に発展したジャンルだったかな。


「……あ、でも確か噂はあったよな!」


 思い出したと言った様子でポンと手を叩くカツキ。


「噂?」


「そ、噂」


「ネットの噂だしなぁ……今回の戦闘システムについての内部リークって話で、基本は最近のMMORPGによくあるシステムを使うけど、唯一独自のシステムとして導入する予定のシステムが別にあるって話なんだよ」


「ほうほう」


「で、その独自システムってのが『閃きシステム』とか呼ばれてるらしいって噂」


「閃きシステム?」


 ちょっと知ってるゲームユーザーだったら『閃きシステム』が大体連想できてしまうと思う。


「要するに、戦闘中に技を閃くシステムを採用しているそうなんだけど……コアなゲーマーにとっては独自システムって言うほど目新しいわけでもなく、むしろ昔に流行ってたシステムっていうね」


 名作は何年経っても語り草になるものであり、このシステムはその好例とも言える。


「そそ、だからあくまで噂……大方の予想では嘘リークなんだろうなーって話で落ち着いてるよな」


 ただ、結局それもネット住民の推測でしかないので真偽を含めて実際とは違う可能性がある。

 その後も二人で漁った情報をシノブに説明していく。

 カツキが携帯に保存していた各都市のPVをシノブに見せていたとき、俺の携帯に一通のメールが舞い込んできた。


「おぉ!?」


 そのメールに書かれていた内容はとてもタイムリーであり、俺の気持ちを昂らせるには十分な内容だった。


「ん、ジンどしたー?」


「カツキ、シノブ、急いで帰るぞ!」


「え、何々? どしたの急に?」


「βの開発ブログから速報! アバター制作アプリが投下されたぞ!」

一部、文章が怪しい箇所を改訂しました。

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