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神将抄録  作者: 直江和葉
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九. 池袋【弐】


 池袋駅東口から、目白方面へ歩いてきたのだが……。

「おかしいな。骨董屋がない……」

少女は首をひねる。確かにこの場所に骨董店――しかも数店舗が入った建物があったはずなのだ。

近所の飲食店に入り聞いてみると、

「ああ、骨董館ね。もう数年前になくなって今は東池袋と西池袋のほうにあるらしいですよ」

ということだった。

礼を言って出てきたものの、たまきはがっくりと肩を落とした。

これから池袋駅を通り越して、骨董屋を探しに行くのも億劫な気がする。かといって伐折羅(ばざら)神将をこのままにしておくわけにもいかない。太一には一刻も早く戻って知恵を貸してもらわねばならないのだから。

「交番で聞くか……」

呟き、反転したときだった。

「太一! 今日、どうしたんだ?」

横合いから声がかかった。

見れば、大学生風の青年が笑いながら手を振っていた。

「ま、まずい……」

たまきは口の中で呟き、どうやって逃げようかと咄嗟に周囲を見回した。

大学生はたたた、と駆け寄ってきて傍らのたまきを見て瞠目する。

「すごい美少女連れてるなあ。彼女か?」

そんなわけないだろう!

喉元まででかかった声は、後ろから伸びてきた銀の腕にふさがれた。

太一 ――伐折羅はちらりとたまきに目をやると、微笑を浮かべとんでもないことを口にした。

「ああ、彼女というか……婚約者だ」

「―――っっ!?」

愕然として傍らの青年を見上げる少女をよそに、太一の友人らしき青年は 「おおっ!」 と驚いてみせる。そしてえらく見当違いな感想を洩らした。

「さすが金持ちのぼっちゃんは違うよなあ。婚約者か〜いいなあ〜! そんな可愛い子、ヨメさんにもらえんだ〜」

伐折羅はくすりと笑うと、しきりに羨ましがる青年をやんわりと遮った。

(ながれ)、このへんに骨董屋はないか?」

「……骨董屋?」

怪訝そうな顔をした青年と友人然として話す伐折羅を、たまきは驚愕して見比べる。

ひょっとして太一が目覚めたのではないかと思ったのだが、

「ああ、骨董館は東と西に分かれちまったけど、ちっせえ店ならこの奥に一軒あるよ」

「そうか。ありがとう。行ってみる」

「案内しようか?」

「いや、大丈夫だ。――行こう、たまき」

伐折羅は柔らかな笑みを浮かべて傍らの少女を(いざな)った。

(……気のせいか……)

たまきは青年を見上げ、心中で呟く。

歩き出す彼らの背に、「そこの角を左だぜ」 と(ながれ)青年の声が追いかけてきた。伐折羅は軽く手をあげてみせ、ちらりとたまきに目を落とすと、くすりと笑った。

「もの問いたげだな、博雅」

「……なぜあの青年の名前を知っていたのだ?」

「知っていたわけではない。晴明の記憶を借りたまでのこと。……晴明が目覚めたと思うたか?」

たまきは、むっつりと黙り込み、面白そうに自分を見遣る青年から視線を外すとずんずん歩き始めた。

 晴明は自分を 「たまき」 とは呼ばない。自分も彼を 「太一」 と呼んだことはない。それが自分たちだからだ。

なのに、何故、さきほど伐折羅が 「たまき」 と呼んだとき心臓が跳ね上がったのだろう?

自分はどこかおかしいのかもしれない……

(…………。晴明が結婚は自分とすればいいなどと言うからだぞっ!)

「……博雅、どうした?」

さらりと銀の髪が流れてくる。顔を向けると宙に浮いた宮毘羅が身をかがめるようにして少女を覗き込んでいた。

「な、なんでもない!」

煌めくような銀の瞳に内心を見透かされたようで、慌てて首を振った。

「そう首を振り回すものではない。目をまわすぞ、たまき(・・・)

大きな手が少女の頭を捉え、耳元で太一の声が聞こえた。

仰天して飛び上がったたまきは、

「わ、私をたまきと呼ぶな!」

憤慨して青年の手から逃れる。その、毛を逆立てた子猫のような風情に伐折羅はますます面白そうに笑う。

銀の神将は溜息をついた。

「……伐折羅。だから博雅をからかうなというに」

「くくっ。ほんに可愛いらしゅうて、つい、な」

悪びれもせず楽しげに笑う伐折羅に、再び溜息をついた。


 その店は今まで見てきた骨董屋とは比べようもないほどみすぼらしかった。

鉄筋のビルとビルに挟まれるようにしてひっそりと建つ木造建築の店は、年季の入ったガラスのショウウィンドウに古ぼけた鉄製の花瓶を置き、軒下にかかった看板がかろうじてそこが店なのだと示す。

中にどれだけの品物が揃っているのか、非常に不安になるような店構えだった。

暮れかけた陰影がさらに不安をあおるようだった。

だが、

「ほう。ここはいくぶんまともらしいな……」

伐折羅が呟き、たまきが問いかける間もなく店の引き戸をあけた。

「ば、伐折羅大将……!」

慌てて青年の腕に手をかけるが、伐折羅はすたすたと中に入って行く。

「邪魔をする」

伐折羅は声をかけ、薄暗い店内をぐるりと見渡した。

入って右手側に天井まである陳列棚に花瓶や壷が並べられ、木製の棚にガラスの蓋がついたショウケースには珊瑚や翡翠のブローチや簪が並べられている。

左手側は蒔絵の卓や椅子、箪笥や屏風などが置かれ、一瞬タイムスリップしたような錯覚に陥った。

「いらっしゃいませ」

のれんをくぐって出てきたのは、意外と若い男だった。

すらりとした長身で黒いシャツとスラックス姿は、いっそう彼を細く見せる。

「これはまた、珍しいお客様ですね」

整った相貌が、入ってきた客を見て楽しそうにほころんだ。

伐折羅とたまき、そしてどうやら後ろに佇む宮毘羅と灯慧も見えているらしい。

「今日はどのような物をお探しでいらっしゃいますか?」

骨董屋の男は柔らかく訊ねる。

「像を探している」

用件のみを告げる伐折羅と店の男の間に割って入ったたまきは、神像がほしいのだと付け加えた。

「神像ですか……いくつかございますが……」

男は店の奥から木箱を持ってくると中から数体の像を取り出し、包んでいた布から出していく。

全部で六体の像が並んだ。二つは木彫りであとは金属だ。

『なんとまあ!』

覗き込んでいた灯慧が素っ頓狂な声を出した。

真達羅(しんだら)魔虎羅(まこら)か」

「なるほど。ここで難を免れたか」

宮毘羅と伐折羅が納得したように頷く。

ひとり、わけがわからぬというように連れの顔を見比べる少女に、店の男は笑いかけた。

「夜叉十二神将の像をお探しだったのですか?」

「え。あ、いや、そういうわけではないのだが……。えと、あとの像はなんというのだろう?」

「四天王ですね。東の持国(じこく)天、南の増長(ぞうちょう)天、西の広目(こうもく)天、北の多聞天あるいは毘沙門(びしゃもん)天とも言いますね」

ふんふんと頷くたまきは、それらの像を見比べた。どれも古く小さなものだが細かく細工され、素晴らしい出来栄えだった。

「店主、神像はこれだけか?」

伐折羅が二体の像をしっかり掴んで訊ねると、骨董屋は頷いた。

「お気に召しましたか」

「うむ」

重々しく頷く伐折羅をぽかんと見上げていたたまきだったが、当初の目的を思い出し、慌てて割って入った。

「待て待て、伐折羅大将! 仲間が見つかったのは結構なことだが、ここにはおぬしの容れ物を探しに……」

そこまで言ってはたと口をつぐむ。

伐折羅だのいれものだの、怪しいことこの上ないではないか。

気味悪がって追い出されたらどうしようと、おそるおそる振り向いて骨董屋を覗ったが、男はさして驚いたふうもなく微笑を浮かべながらちょっと小首を傾げてみせた。

「伐折羅神将のいれものをお探しで?」

茶目っ気たっぷりににっこり笑う男に、少女はどう返答するべきか大いに迷った。たまきがへどもどしているうちに、伐折羅はさくさく話を進めてしまう。

「左様。我としてはこの身体が気に入っておるのだが、我が主がこの青年が恋しいと言うのでな、越さねばならぬ。幸い、入れそうな像が一体ある」

「誰が恋しいのだっ!」

すかさず食ってかかる少女の鼻先に、つまみ上げられた毘沙門の像が突き出された。

「たまき、これがよい。――して、店主。この三体でいくらだ?」

「……………。」

ちゃんと金を払うことを知っているらしいと、妙なことに感心するたまきだった。


 「三十万です」

にこにこ笑いながら言われ、真っ青になって絶句したのはたまき一人だった。

幽霊と神将二人は何の反応も示さなかった。金銭感覚がゼロなのだから仕方ない。

「嘘です。いま出していただける額でよろしいですよ」

男は苦笑しながらそう言うと、残った天王像を布に包んでしまいこむ。

「いや、店主、それでは商売にはならんだろう?」

たまきが慌てたように言えば、男は笑って首を振った。

「気にしないで下さい。うちは趣味でやってるようなものですから。本業は別にあるんです」

「えっ?」

「たいした霊力を持っておる。その道の専門家だろう」

伐折羅が口を挟む。骨董屋は笑って 「そんなものです」 と応えた。

たまきと太一が持っていた現金を合わせて二万ほどを払い、男はいったん受け取ると店の奥へ消えた。ほどなく戻って来た男は持ってきた封筒を少女に手渡しながら言った。

「お嬢様、折角ですからお名前をうかがってもよろしいですか? 私は藤堂(さくら)といいます」

「……桜か、美しい名だな。俺はみな……いや、藤原たまき。今は伐折羅大将だが、この男は安倍太一という。よろしくお見知り置き願う」

「こちらこそ。どうぞまた遊びにいらして下さい」

藤堂は嬉しそうに笑って、店の外まで見送りに出た。


 駅に向かいながら、たまきはやれやれと溜息ついた。

これで晴明が戻ってくれれば肩の荷が下りる。

「……それにしても……。いい御仁だったな……」

振り向いて呟く少女に、伐折羅が顔を寄せた。

「たまき、浮気すると太一が泣くぞ」

「なっ……! う、浮気ってなんだ! 俺はそんな……」

真っ赤になって抗議する少女を、伐折羅は不思議な微笑を浮かべて見つめる。

なぜか今回は宮毘羅の助けは得られなかった。





なにやら今回えらく軽いノリですが…………ま、たまにはいいでしょ。

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