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神将抄録  作者: 直江和葉
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八. 池袋【壱】

 伐折羅ばざらはむっつりと黙り込み、手の中の根付を眺めていた。かたや、宮毘羅くびらはこみ上げてくる笑いを抑えるのに必死の様子だった。

「――――像を粉砕してきたのは間違いだったようだ」

ぼそりと呟き、

「宮毘羅……」

「断る。」

言いかけた伐折羅の言葉を無情にもぴしゃりと撥ねつけた宮毘羅は、それでも同輩が気の毒になったのか、たまきを振り返った。

「博雅。いくらなんでもこれではそなたの守護さえままならぬ。他のものはないのか?」

「いかんか? 可愛いと思ったのだがな」

「くくっ。確かに可愛らしかろうが、そなたの役には立たぬだろう」

「………容れものにも力が左右されるのか?」

「まあ、な。我とて、いざという時にいてくれるなら、兎よりは同朋のほうが有難いな」

たまきは銀の神将を見上げ、伐折羅の方を振り返る。

太一の秀麗な面の眉間に深い縦皺を刻んでいるのを見て、肩をすくめた。

「なるほど。それなら仕方ないな――おお、そうだ骨董屋にでも行ってみるか。伐折羅大将のお気に召すものがあるやもしれんぞ」



 東京には骨董街とよばれる場所がいくつかある。年に何度か骨董市が開かれる場所もある。

あいにく、彼らが伐折羅大将の容れものを探しに出かけた時期は市は開催されておらず、いくつかの骨董店をピックアップして訪れることになった。

ぞろぞろと……うち二人は通常人には見えぬ存在であるが、街を歩く幾人かの人々には見える者もいるわけで、先頭に立つ美貌の青年と美少女に付き従うように続く坊さんの幽霊と、銀の甲冑を着た美丈夫に仰天したように目を向ける。

 何軒か回ったが伐折羅は興味を示そうともしなかった。

池袋まで戻って来た一行は、とりあえず一服をいれることにした。

西口公園のベンチに座り、ハンバーガーを齧る。

「東口に骨董街がある。とりあえずそこをのぞいてみて伐折羅大将の気に入るものがなければ、いったん戻ろう。さすがに疲れた」

「うむ」

神妙にうなずいた伐折羅に、たまきは不思議そうに訊ねた。

「伐折羅大将、神像を壊してきたと言っていたが、他の神将たちはどうしたのだ? 伐折羅大将も宮毘羅大将のようにひとりだったのか?」

「さよう。この数百年の間に我らはばらばらになった」

「ふうむ……しかし、京のどこかには居るのだろう?」

小首を傾げながら問う少女に、伐折羅は考え込むように顎をつまみ首を振った。

「さ、それはわからぬ。なにしろ……」

銀の神将が顔をあげたのと、伐折羅が口をつぐみ、視線だけを動かしたのが同時だった。たまきもそちらに目を向ける。

青年達が数人、ニヤニヤ笑いながらこちらへ歩いて来る。

「……あの心証よろしからざる青年達は、俺たちに用なのかな?」

「博雅、暢気なことを言うておる場合ではないぞ。そなたの容姿に惹かれて来た者どものようじゃぞ」

「――迷惑なことだ。逃げるとするか」

肩をすくめ、少女は立ち上がる。伐折羅も立ち上がり、青年達の目から少女を隠すように歩き始めた。無論、宮毘羅も伐折羅と並ぶように少女の守りに立つ。

青年達は歩調を速め、彼らの前に立ち塞がった。背後に二人が逃げ道を塞ぐ。

「何の用だ?」

伐折羅は静かに問いかけた。

青年の一人が人の悪い笑みを浮かべ、

「何の用って、別に。アンタには用はないよ。そっちの女の子に用があんだけど。ちょっと借りてっていいかな?」

ケガをしたくないだろうとの意味を言外に匂わせる。

普通なら、この時点で男は我が身に降りかかる災難に怯え、それ以上に女の方は恐怖を感じているはずだった。そうして今までも、自分達は人の目を掻い潜り遊んできたのだ。

だが、今回ばかりは相手が悪かったとしか言いようがない。

少女も隣の青年も、淡々と見つめているだけだった。

「断る」

さらに、美貌の青年から発せられたのは、ほとんど面倒臭そうな声音だった。

「いやいや、断るって、アンタ。五人相手にケンカしようってわけ? そのご自慢の顔が元に戻らなくなってもしらねえよ?」

それに対する青年の返答は、

「ふっ……」

侮蔑の色もあらわに洩らされた笑いだった。

「てめえ……!」

目前に立つ三人が怒気を噴き上げ、殴りかかってきた。

伐折羅は傍らの少女を抱きかかえるようにそれをすり抜け、

「宮毘羅、博雅を守れ」

「承知した」

銀の神将が頷く。

「宮毘羅大将……」

「心配ない――まったく、蝿のような連中だな」

心配げに見上げてきた少女に微笑を返し、宮毘羅は煩そうに片手を振った。

「うあ!」

少女に掴みかかろうとした青年二人は、何かに突き飛ばされたように吹っ飛んだ。

「て、てめえ! 何しやがった!」

ひっくり返ったまま、少女を弾劾する。たまきはひょいと肩をすくめて言ったものだ。

「俺は何もしとらんぞ。だいたい何しやがるとかいうセリフは我々が言う言葉だろう。こんな忙しい時にくだらんちょっかいをかけられては迷惑千万というものだ。だがまあ、神将直々にお灸を据えてもらえるのは光栄と思うことだな」

ぬけぬけと言いはなつ少女に目を白黒させていたが、また吹っ飛ばされてはたまらないと思ったのか、青年達は怒りの矛先を連れの男に向けた。

「伐折羅大将。というわけなのでな、手加減してよろしく頼む」

呼びかけられた青年は、手を振る少女を呆れたように眺め、肩をすくめた。

「ふざけやがって!」

喚きながら襲い掛かってきた青年達の間をさらりとすり抜け、伐折羅を挟み撃ちにしようとした二人は思い切り頭をぶつけあってその場にくずれ落ちた。

『おや、死んだかの? 私が経を唱えてしんぜよう』

傍らで見ていた灯慧はにこにこ笑いながら進み出た。ちらりと見遣った伐折羅は淡々と告げる。

「死んでいる坊主に経を唱えてもらうのもどうかと思うが。灯慧。そやつらはまだ死んではおらぬ」

『ふむ。たしかにの。死んでおれば引導を渡してやろうと思うたに。残念じゃ』

本当に残念そうな顔をした灯慧に、伐折羅の身も蓋もない言葉が返る。

「浮かばれておらぬ坊主が引導とは初めて聞いた。浮遊霊を増やしても目障りなだけだぞ」

『これは手厳しいの』

「……なにやら漫才をみているようだな」

思わず呟いたたまきの傍らで、銀の神将は溜息とともに首を振ってみせた。

伐折羅は何も居ない空間に向かって喋っている。灯慧や宮毘羅が見えない青年達が、気味悪そうに顔しかめたのは当然のことだったろう。薄々、この二人を狙ったのは間違いだったのではと気付きはじめた。

 とっとと片付けて引き上げようと、ナイフを持ち出した三人は、だが、態勢を整える間もなく陣形を崩されてしまった。

伐折羅は一番手近にいた青年の手首を捉えて捻りあげた。その手からナイフをとりあげ、いたって無造作にそれを投げつける。「ぎゃっ」と悲鳴をあげた青年の手にナイフが突き立っていた。伐折羅は捻り上げていた腕にちょいと力をこめた。青年は凄まじい絶叫をあげて激痛のあまり気絶した。

「……無事なのはお前だけだが、まだやるのか?」

静かな美貌が一人残った青年に向けられる。その目は信じがたいことに金色に輝いていた。

「ひ……!」

びくりと身を竦ませると意味不明な声をあげながら、倒れた仲間を振り返りもせず逃げ出した。手から血を流している青年も復讐の言葉を吐こうとして、その凄まじい光を放つ金の目を見たとたん飛び上がり、脱兎のごとく逃げ出した。

あとには気絶した青年三人が残されているだけだった。

「お見事」

「……参ろう。人が来る」

拍手をしてみせた少女に、伐折羅はにこりと笑い、歩くよう促す。

そして彼らは素知らぬ顔で人ごみにまぎれ、その場を後にした。

「……しかし、驚いたな」

「何がだ?」

歩きながら、仮住まいしている青年の手を見つめ、伐折羅は感心したように言った。

「人に憑いてこうまで自在に動かせるとは思わなんだ。なるほど、これはたいした器だ」

その言にたまきは飛び上がった。

「だ、ダメだぞ、伐折羅大将! 晴明の身体は晴明のものだ! いくら居心地がよくても出てくれなくては困るのだ」

必死に言い募る少女を見下ろし、伐折羅はあの独特の笑みを唇に刷いた。

「……左様、居心地は良い。手放すのは、至極残念だな」

「〜〜〜〜っ」

「伐折羅、博雅をからかうでない」

同朋の忠告に、伐折羅は笑って肩を竦めただけだった。


 たまきたちがその静かな街の一角に立ったのは、日も傾きかけた頃だった

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