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神将抄録  作者: 直江和葉
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六. 神将、再び


 灯慧がガラスを通り抜けると、開かないはずの自動ドアが作動した。

たまきはエントランスホールに駆け込み、エレベーターのボタンを押す。三台あるエレベーターの全てが、ゆっくりと上へ上がっていた。これでは下に来るまで時間がかかる。

「ええい! のろまエレベーターめ!」

せわしなくボタンを叩いていたが業を煮やし、非常階段へと走った。

 言うまでもなく、目白区にある太一のマンションである。

太一の大学へ行くか、マンションへ行くか迷ったとき、灯慧がマンションへと促したのだ。

幽霊の坊さんが幽霊らしい顔色をしてから、何故か彼の饒舌はぱたりと止んだ。それがいっそう不気味で不安を掻き立てる。

 たまきは二段飛ばしで階段を駆け上がり、七階に着いた時には汗だくになっていた。がくがくする足を引きずりながら太一の部屋のインタホンを鳴らす。

何度鳴らしてもいらえがない。焦燥に駆られてドアを叩き、叫んだ。

「晴明、俺だ! 開けてくれ!」

『たまき、見よ……』

傍らから灯慧が呟き、足元に視線を促した。

「――わっ!」

それを認めたとたん、たまきは声をあげて飛びのいた。

黒い、ねばりのある瘴気がドアの隙間から流れている。

「…………」

ごくりと喉がなった。

このドアの向こうがどんな有り様なのか、想像するだに恐ろしい。

怨霊に憑かれたときの友人の姿が去来して、彼女の身体を震わせた。

だが――

「……灯慧、鍵をあけられぬか」

低い声音で傍らの幽霊に訊ねる。

怖気をふるったような顔をした灯慧に、たまきは凄まじい視線を投げつけた。

「俺は、この元凶の半分はおぬしにあると踏んでおるんだが、違うのか」

有無を言わさぬ鋭い眼光をじっと受け止めていた灯慧は、やがて、観念したように肩をすくめた。

『……仕方ない……。もちっと年寄りは大切にしてもらいたいものじゃが……』

「幽霊のクセに年寄りもくそもあるか。早くあけろ!」

非情な光を放って爛爛と輝くたまきの双眸に抵抗もあたわず、灯慧はぶつくさ言いながらドアに手を突っ込んだ。

カチリと音がし、鍵が開けられる。

「晴明っ!」

鍵を開けた腕には不気味な瘴気が纏わりつき、気色悪そうに手を振りまわす灯慧を放っておいて、たまきはドアを壊しそうな勢いで開け放つと瘴気の中を突っ込んでいった。

『――――。やれやれ……この中を平然と入っていくとは、なんちゅう娘じゃ……』

戸口に佇む幽霊は、呆れたように嘆息した。


 「晴明! どこだ!」

闇の中、たまきは友人の名を呼んだ。

外はまだ日があるというのにこの暗さはなんだ。まるで窓を塗りつぶしたような闇だった。

大声で呼ばわり、身体に纏わりつく黒い瘴気を払いながら進むうち、ゴン! という音とともに額に激痛が走った。

「〜〜〜〜っ!」

額を抑えてしゃがみこむ。

腹立たしさと痛みで、怒りがたまきの臨界点を突破した。

「消えろっ、きさまらっっ!」

――その爆発のような咆哮は、澱み沈殿していた黒い瘴気を一瞬にして薙ぎ払い、吹き飛ばし、さらには大風を起こして玄関口に佇んでいた灯慧さえ巻き上げていった。


 窓からの夕日が差し込み、部屋は一気に茜色に染まった。

しゃがみこんだまま、肩で息をするたまきの目の前に、太一の寝室の扉がしずかなたたずまいを見せていた。

「……あけるぞ、晴明」

声をかけ、少し震える手でノブを握る。

思い切りよく開け放ったドアのむこう、床にうつ伏せた友人の姿があった。

「晴明っ!」

部屋に駆け込み、太一を抱えおこす。

秀麗なおもては青ざめ、膝にのせた身体はひどく冷たかった。おそるおそる、青年の心臓に耳をあてる。

規則正しいその音に、たまきはほうっと息をついた。

「晴明、しっかりしろ! おい!」

頬を軽くはたくと、太一の頬がピクリと反応した。

「晴明!」

長い睫毛が震え、まぶたがゆっくりと開く。

泳いでいた太一の焦点がたまきを捉え、そして、彼はゆっくりと口を開いた。

「……お初にお目にかかる……陰陽師どの……」

「せ……」

絶句したたまきの後ろから、灯慧の声がした。

『……安倍太一ではなさそうじゃの』

「――――だれだ、貴様は……?」

息も絶え絶えの風情のたまきから身を起こした太一は、アルカイックな微笑を唇に刻み、厳かに告げた。

「我は十二神将のひとり、伐折羅ばざら


 そして、今日二度目の臨界点を突破した。




 たまきはひどい自己嫌悪に陥っていた。

自分がよかれと思ってしたことは、この友人にとっていつも裏目に出るような気がする。

以前、太一は「それは俺と同じ霊力だ」と言ったが、とんでもなかった。

あの時だとて、自分が書いた護符は何の役にも立たず、おぞましいモノどもを彼に憑かせてしまったではないか。そして今またわけのわからないモノを――――

『たまき、そう落ち込むでない。安倍太一はコレが出さえすれば目を覚ます。――伐折羅大将、像はどこじゃ』

灯慧は太一のベッドに突っ伏している少女の頭を軽くなで、その傍らに胡座をくむ青年――伐折羅に訊ねた。

「無い。あやつから逃れる際に砕いてきた。……宮毘羅は像も逃れたのか?」

太一に憑いた神将は超然と応える。その言に、たまきはがばっと顔を上げた。

「そうだ! 宮毘羅大将はどうしたのだ!」

勢いよく立ち上がり、彼が図書室にしている部屋のドアを開ける。像はここに安置されているはずだった。

「宮毘……」

たまきの声が途切れ、部屋の真ん中に目が釘付けになる。

仰向けに倒れた銀色の神将の上に黒い影が覆い被さっていた。

「宮毘羅大将っ!」

たまきが仰天して叫んだのと、宮毘羅神将の目がカッと開かれたのとが同時だった。

銀色の光に貫かれ、絶叫を放って神将から飛びのくように離れた黒い影は、そのまま逃げるように壁の向こうへ消えていった。

「んな……なんなんだ、あれは……?」

いささか、度肝を抜かれたように呆然と佇む少女に向かって銀の腕が伸びた。

「……よくぞ来てくれた……。やはり、これはそなたに持っておいてもらわねばならぬな。本体をおさえられては守護もままならぬ」

宮毘羅はたまきを甲冑の胸に抱くと、己の神像を少女の手に握らせた。

「宮毘羅大将、何があったのだ。晴明は……」

見上げてくる少女に頷き返し、銀の神将は少し眉を曇らせた。

「博雅、力およばず晴明を危険に晒したことを詫びる。だが、なんとか伐折羅が間に合ってくれた。……心配せずとも、彼は眠っているだけだ。――ちょうどよい、灯慧もおるようだ……」

太一の寝室を見透かすようにしていた神将は、不安そうにしている少女に少し微笑わらってみせ、その小さな身体を抱き上げた。

「我が逃れれば事足りるかと思うたに、そうもいかなくなったようだ……。そなたには許してもらわねばならぬな。最初から、説明しよう」

「逃れるって……?」

少女の問いに応えるかわりに、宮毘羅神将の銀色の髪がさらりと鳴った。




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