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神将抄録  作者: 直江和葉
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二十二. 闘【決】


 応。


 魔虎羅神将、真達羅神将、そして宮毘羅神将が得物を振りかざして雄雄しく飛び立つ。

今の今まで、片時も離れなかった金の神将が小柄な主を覗き込み、たまきの小さな顎を指先でとらえた。

「案ずるな、たまき。そなたが強き心さえ忘れずば、我らは負けはせぬ」

淡く笑みを浮かべた伐折羅神将は、少女の頬に軽く口づけると身を翻し、闇の塊へと向かって行った。

たまきは、しばらく度肝を抜かれ呆然としていたが、後ろにいるはずの親友に問うた。

「晴明……」

「ん?」

「……俺は、やはり、神将にバカにされてるのか……?」

ひどく傷ついたような、拗ねたような顔が振り返り、太一はこんなときではあったが、堪えきれずに思い切り吹きだしてしまった。

「晴明!」

「ふっくく……す、すまん……。あははは……」

ひとしきり笑ったあと、太一はそうではないと首を振った。

「あれなりの愛情表現だろう。しっかり気を送ってやることだ。……藤堂さん。それから灯慧、目慧殿も、俺たちから離れていろ」

「太一君……?」

怪訝そうに見遣る数人に、たまきと太一は思わず目を見交わし苦笑した。

「こうなると、一番危険なのはあの塊じゃない。俺なんだ」

「えっ、それはどういう……?」

「理由はあとだ! 藤堂殿、俺たちからできるだけ遠ざかり、己らに結界を張っておいてくれ!」

たまきは叫ぶと掌を合わせ、神将たちへ懸命に霊力を送った。戸惑ったような顔の三人は、

「器を失ったあれらが次に狙うのは、俺の身体だ」

苦笑を含んだ太一の言葉に、一気に顔色を失った。


 神社の隅、一本の桜の下に単座した藤堂は魔除けの(ことば)を唱え始めた。目慧と灯慧はその傍らに座し、一心に祈る少女と、その背後に泰然と立つ青年を見つめた。

『……どうりで、たまきが目の色を変えるはず……』

灯慧が呟けば、目慧が心配げに呟く。

『あの少女はまだ修行もなにも積んではおらぬのではないかな……』

『そうです……ですが、まあ、心配はいらぬでしょう。たまきの霊力は、太一によって完全なものと成りましょうから』

『……あの二人も、深い(えにし)で結ばれているのだね』

『はい』

どちらからともなく口をつぐむと、僧らもまた祈り始めた。


 しばらく、目を閉じて霊力を発していたたまきは、愕然として呟いた。

「晴明! こいつら、死んでないぞ」

「生霊ってことか?」

「ていうか、生きた人間が吐き出した怨念(モノ)だ!」

「……なるほど。どうりで藤堂の祈祷が功を奏しないわけだ。元凶は巻物じゃなくて、こっちだったわけだ」

たまきがここへ来て祓うまでのあいだ、鳥居から流れ込んでくる様々な念は、止まることなく巻物に吸収されていたのだ。際限なく流れ込むその元を締めなければ、器には溜まっていく一方だ。負の気を抱え込んでいたモノをここへ持ち込んでしまったがために、さらに引き寄せる結果となったのである。

たまきはぞっと怖気をふるった。

「……ここが神社だから流れ込んでくるのか……?」

「ちがう博雅。神社だから集まってくるんじゃない。こういう場所だから、寺社が建つんだ。……気付かないか? 藤堂があの若さで、父親の残したこの神社を継いだってことがどういうことか……」

「………彼の父上は、ここに入り込んでくるこいつらを、一身に受けて昇華してやっていた、ということなんだな?」

「そうだ」

先日、藤堂が京都から戻ったとき、彼ははにかみながら彼女にこう言った。

「たまきちゃんのおかげで、父の跡を継いで、宗教者としてどう生きていくべきか、腹が決まったんですよ。それに、京都で、いろいろと考えることができたんです」

あの時は、さして深く考えもしなかった。だが、今ここにいたって、やっとあの時の言葉の重みが理解できた。

やりきれないような思いが過ぎる。

突然、ぐあっというくぐもった声があがり、たまきと太一ははっと顔をあげた。念の一部がオレンジ色の光とともに霧散していく。……同時に。

「魔虎羅大将っ!」

たまきの絶叫に、オレンジ色の偉丈夫は、ちらと笑みを浮かべ、そして霧となって散っていった。

「くっ……」

歯を食いしばり、黒い念の塊を睨み据える。それは激しくのたうち、じりじりとたまきらに近づいてきている。ついで、バシッという音ともに紅と銀の光が散った。彼らもまた、たまきに笑みを投げかけ、消えていった。

「宮毘羅っ! 真達羅っ!」

たまきは叫び、残った金の神将に懸命に霊力を送った。

じりじりと異動する影に、飛び出してきた小さな三毛猫が威嚇の声をあげた。鞭のように伸びた闇が、その小さな体を叩き飛ばす。短く甲高い悲鳴をあげ、多聞は桜の木に叩きつけられた。

「多聞っ!」

叫びと同時に、たまきは両手を突き出し、霊力を放っていた。その衝撃に凄まじい絶叫をあげて念がのたうち、黒煙をあげる。

伐折羅神将が黄金の剣を振りかざし、闇を叩き切った。金の光をまとって消滅する一方、それは神将の背後から大きく伸び上がり、伐折羅神将を飲み込んだ。

「伐折羅大将!」

たまきの悲鳴にも似た絶叫が響きわたる。宮毘羅、真達羅、魔虎羅が倒れ、小さな多聞、そして伐折羅までも―――。

「晴明、俺から離れるな!」

たまきは拳を握り締め、背後に居る親友に声をかける。

神将が破れたのはひとえに己の力量不足。なんとしても太一だけは守らねばならなかった。

行く手を阻むものを排除した闇の塊は、凄まじい瘴気を噴出しながら、底なしの怨念をこちらへと向ける。仁王立ちの少女は歯を食いしばり、霊力を一点に集中させていった。

たまきの霊力と念が同時にぶつかる。爆発の衝撃によって太一もろとも吹き飛ばされ、たまきのウエストポーチに入っていた神将像が地面に投げ出された。

二人は手を取り合い、起き上がりながら無事を確かめる。

「大丈夫か、晴明っ?」

「大丈夫だ……博雅、来るぞ!」

太一の叫びに振り向いたとき、黒いそれが巨大な掌となって数メートルにまで膨れ上がった。大波のように二人の頭上にまで達したときだった。

横合いから小さな影が躍り()で、巨大な影の前に立ち塞がったのである。

「……多聞っ!」

歓喜の叫びをあげた少女の前、黒い念に敢然と立ち向かうように四肢を踏ん張っている小さな姿。たまきはその愛しいものを抱き上げようと手を伸ばした。

三毛猫は咥えていた何かをことりと地に落す。すると、金属のそれがむくりと身体を起こした。

「た……っっ!」

仰天して絶句したたまきは、黒い影が鞭のように子猫に襲い掛かったのを視界に捉えた。

「たもん!」

()けろ、と強く願う。

ザン!

鈍い音とともに目に映ったのはちぎれ飛んだ黒い影と、そして、突如として現れた巨大な獣の姿だった。その獣の、丸太のような前足が黒い影を薙ぎ払ったのである。

「……多聞……?」

たまきの声に振り向いたそれは――美しい黄金の体躯に走る黒い模様――まぎれもなく、虎であった。だが、通常の虎より二まわりほども大きく、大虎などという控えめな表現ではとうていおぼつかなかったろう。

たまきが呆気にとられている隙に、念は態勢を立て直し再び彼らへと襲い掛かってきた。

虎が咆哮をあげる。しなやかに身を翻す巨大な獣の背に、金属の像――毘沙門天王像が飛び乗った。

「……ま、まさか伐折羅大将……?」

たまきは呟き、動く像を呆然と見つめる。

小さな毘沙門像は虎の背に雄雄しく立ち上がると、三叉戟(さんさげき)をかざし一文字に切り払った。轟音とともに水の(やいば)が闇の塊を真っ二つに切り裂く。

巨大虎の上に乗る数センチの毘沙門天王は激しく動き回り、その姿をとらえるのは難しかった。走る(やいば)が大きく黒い影を切り裂き消滅させていくと、すでにその場所に毘沙門天王はいないのだ。

呆然としてその様を見つめるたまきの後ろから、ふいに太一が歓声をあげた。

「なるほど、そういうことか!」

「な、なんだ、晴明?」

「俺は今まであの神将たちは「力用(りきゆう)」の概念から外れたものだと思い込んでいた。当の神将がそうだと名乗るのだからな! だが、違うのだ。「力用」とは、自在にしてあらゆる事変にその見せ方を変えるのだ!」

「……ええ? だから……?」

「博雅、あれは伐折羅大将じゃない。毘沙門天王だ」

「はあ?」

さっぱりわけがわからないというように青年を見つめる少女に、太一は苛立ったように叫んだ。

「博雅、毘沙門にあれを消せと言え。でなければ、多聞も毘沙門も怨霊に食われるぞ!」

ぎょっとして振り返ったたまきは、今しも飲み込まれんとする虎と毘沙門天王を見た。

何だかよくわからないが、伐折羅と呼んではいけないらしい。毘沙門と呼べというならいくらでもそう呼んでやる。

「毘沙門、退()けろ!」


応。


天地を震わす轟きのような声が返った。

黒い念は虎と毘沙門天王を飲み込んだかに見えた。だが、次の瞬間、凄まじい水柱が天へと噴き上げ、虎を従えた神将――否、毘沙門天王が現れた。

甲冑は伐折羅神将とよく似たつくりをしていた。だが、頭上の宝冠、手にする三叉戟、そして何よりも獅噛(しがみ)海若(あまのじゃく)がまぎれもなく、かれが毘沙門天であることを示していた。

伐折羅とは似ても似つかぬ相貌をこちらに向ける。だが、独特なその笑みは、伐折羅神将そのひとのものだった。

毘沙門は虎を従え、のたうち逃れようとする黒い塊に追いすがると、三叉戟を振り上げ、真っ直ぐ地に振り下ろした。

ぎゃああああああ

耳をつんざく断末魔と共に高く吹き上がる水柱は、はるか上空にまで駆け昇り、やがて風に散らされ霧消した。


 にゃー。

子猫の声が足元から聞こえた。

たまきは多聞を抱き上げ、その傍らに落ちている毘沙門像を拾い上げた。

「やりましたね、たまきちゃん!」

藤堂が駆け寄ってくる。たまきと太一は顔を見合わせ、にやりと笑いあった。

そして、桜の木の下。二人の僧侶がゆっくりと手を合わせ、一礼すると小さな犬と一緒に消えていった。



 その日、藪の中で地響きをたてて真っ二つに割れ落ちた大岩を、畑仕事から戻る数人の老人が見つけた。

      








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