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神将抄録  作者: 直江和葉
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二. 銀の神将

 ダイニングには奇妙な静寂が漂っていた。

「………」

「………」

「………」

多聞の黄色い目がまんまるになって、銀色の存在に釘付けになっている。

溜息をついて沈黙を破ったのは太一だった。

「…で? 何がどうしてこんなことになったのか、説明してもらおうか、博雅?」

「何がどうしてと言われても……」

たまきは困り果てたように呟き、くだんの存在に目をやった。

白銀の鎧の男は少女の視線に少しく目を細め、

「そなたがわれを求めたろう? 故に、我はそなたをわが元に案内あないした」

低い、旋律のような声音で言った。

「案内って……」

困ったように考えこんでいたたまきは、はた、と思い至る。

京都の小路で出会った老婆の言葉――たまに、あの神像に導かれるように迷い込んでくる者がいると言っていなかったか?

「あの時の…! まさか、宮毘羅くびらどのか…っ?」

「いかにも」

あまりの驚愕に、たまきは何度か口をぱくぱくさせ、妙なリアクションを繰り出したあと、絶叫を放った。

「なぜだっ! 俺は呼んでなどおらんぞ! っていうか! 召喚した覚えはないぞ!」

「否。助けが欲しいと申した」

「いや、申してはおらんぞ! ……あ、いや、ちょっとは思ったかもしれないが…」

「我は呼ばれねば、そなたを導くことはなかった」

「〜〜〜っっ」

「博雅、どういうことだ? しゅでも唱えながら歩いていたのか?」

「そんなわけあるか!」

沈黙から一変、ダイニングは騒然となり、子猫の黄色い目が右へ左へきらりきらりと光る。

たまきは混乱を静めようと、思わず多聞を抱きとり片手をかざした。

「まて! ちょっと、待て! 少し整理するから!」

 

 小さな暖かい毛玉を撫でながら、少女はあの時のことを反芻する。

確かに、早く太一を護るものをつけてやらねばと思ってはいた。神将を召喚する訓練は思うように進まなくて、たまき自身それと認識しないうちに焦っていたのかもしれない。

神将に『声』が届くほど自分は助けを渇望していたのだろうか……?

大通りからどうやってあの路地に入ったのか、さっぱり思い出せない。気付いたら小さな社の前だったのだ。

(たしか、随分昔の修行僧が彫ったものだと……)

ここまで考えて、たまきは首を傾げる。

「そういえば宮毘羅どの。ご神像はどうなされた?」

銀の夜叉神将は、つと少女に近づき手をとると小さな像をたまきに渡した。

あの時は社の中にあってよく見えなかったのだが、それは木彫りの神像でずいぶん古いもののように思えた。

道を教えてくれた老婆の顔が脳裏に浮かぶ。

「ご神像が消えたとなっては、あそこに住む人々がさぞ残念がるだろうに…」

「したが、からのままあそこに置くわけにはまいらぬ」

淡々と言う神将を見上げ――たまきは思わず、まじまじとその端正な相貌を見つめた。

「どうした?」

「……いや。なんでもない」

神像と神将その人の顔が似ていない、などという下らない疑問はさすがに口に出せなかった。

「――で? いつになったらワタシは状況説明をしてもらえるのかね?」

多少、苛立ちを含んだ声音に振り向けば、太一が不機嫌そうに頬杖ついていた。



 ひととおりの話を聞き終えたあと、太一は頬杖ついたまま思案していた。

たまきは心配げに友人を見つめ、そろりと銀の存在を見やる。ばちりと視線があい、慌てて目を反らした。

(〜〜〜)

居心地悪そうにもじもじしている友人をおいて、太一は自室へ入り、本棚の前に立つ。

上から下までびっちりと並べられた本。中には古い文献のようなものまであり、何十冊と重ねられていた。

そのうちの分厚い一冊を取り出し、ぱらぱらとめくる。

あった。



 宮毘羅大将……薬師経に説かれる十二神将のひとり。

十二神には宮毘羅をはじめ、伐折羅ばざら迷企羅めきら安底羅あんちら、アニ羅、珊底羅さんちら因陀羅いんだら波夷羅はいら摩虎羅まこら真達羅しんだら招杜羅しょうどら毘羯羅びぎゃらがいる。

密教において十二天といえば、帝釈天や毘沙門天、日天、月天等の神々である。また、十二の十は当て字だという説もあるようだ。


 それにしても、十二という数字はえらく意味深な数だと思う。

仏教の無明・行・識などの十二因縁にはじまり、六根ろっこん・六境の十二入じゅうににゅう、薬師如来の十二大願、そして天の十二宮、時の十二時、十二支等々。

無論、さまざま意味を持つ数は他にも存在する。

中国の道教・儒教思想と、インドの仏教思想、天の十二宮などはさらに遡り古代メソポタミアの天文学だ。千年前でさえさまざまな文明のカケラが融合していたのだ。さらに千年。消えていったカケラもあれば、思わぬところで生きているカケラもある。

人々は、それと知らずして古代の知恵のカケラを取り入れ、何気なく日々を送っている。

足元に転がる何の変哲も無い石ころのような事物を裏返してみよ。そこには知らなかった無数の世界が存在する。

目に見えないだけで。

(――まあ人間てのは、そうやって数だの、モノだのになんらかの意味をもたせるのが好きなのかもしれないが)

苦笑をもらし、本を棚に戻す。

(だが、あの存在は……)

ふと、ドアのほうを見れば、困ったような顔をした少女が立っていた。

「晴明、ちょっと、いいか」

「なんだ?」

「これ、預かってくれぬか」

そう言って差し出されたのは先程の宮毘羅像だった。

「どうして。お前が呼んだのだろう」

「………。それはそうだが、心配で置いておけぬ」

ますます困ったようなたまきの顔を見下ろし、青年は思わず吹き出した。

 たまきの過去の記憶が戻って以来、どうやら彼女の父母はたまきの留守中に部屋へ入り、怪しげなものがないか確認しているらしい。

博雅の記憶が戻った途端、彼女の部屋は一転して殺風景なまでに変貌した(らしい)。

彼女曰く、

「あんなひらひらしたものに囲まれておっては、ちっとも落ち着かぬ」

だそうだ。

「晴明、笑ってる場合ではないぞ。俺のうちのことはともかく、とりあえず、宮毘羅どのにお前の守護を頼むことにした」

「―――なに?」

「晴明、俺が十二神将を召喚しようと思ったのは多聞を殺されそうになったからじゃないぞ。宮毘羅どのがお前の傍にいてくれれば、俺とて安心なのだ」

至極まじめな顔をして自分を見上げる少女を、彼は瞠目して見つめた。

この少女の中には、先日の事件がまだ生々しく残っているようだった。

怨霊を防ぎきれなかった悔しさが半分……

「……俺が憑かれたのが、それほどショックだったか?」

「当たり前だろう」

目に笑いを残したままそう訊ねれば、怒ったように一言。神像を青年の手に押し付け、ぷいと玄関へと向かう。

「……送ろうか」

「いらぬ」

バタン!

いくぶん、乱暴に閉められた玄関ドアを見て、太一はまた苦笑を洩らした。

「怒らせてしまったか。まあ、いい。明日学校に迎えに行ってやろう」

ひとりごち、ダイニングへと向かう。

(さて、守護をつけられたはいいが……)

銀の神将は床に胡座をくみ、多聞と睨めっこをしていた。――正確には睨めっこをしているつもりなのは子猫のほうだったのだが。

感情の読み取れない銀の瞳が、ゆっくりと彼に向けられた。

「晴明。博雅よりそなたの守護を頼まれた故、我は此処を住所とする」

「………。承知した。だが、一つ訊ねたいことがある」

「何なりと」

太一は銀の神将の前に座り、真っ直ぐに彼を見据えた。

「そなた、何故なにゆえに博雅について来た。意図はなんだ」

「―――」

「いつから宮毘羅となった?」

見据える神将の目が少し見開かれ、その銀の瞳の奥に光が浮かんだ。



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