表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神将抄録  作者: 直江和葉
12/23

十二. 什

※※※ 什




 「晴明、無事かっ!?」

叫びながら駆け込んできた制服姿の少女をみとめ、店の上がり口に腰掛けていた太一が微笑んだ。

「おかげさまでな。……こないだと同じシチュエーションだな」

友人の無事を知り、たまきは 「はあ」 と大きく一息つく。そして店の中を見回した。何も破損した様子はなく、骨董品は静々としたたたずまいをみせていた。

太一の傍らには宮毘羅、真達羅、魔虎羅が控えており、神将らはたまきに恭しく一礼した。少女は微笑み、人ならぬ存在に礼を言った。

「宮毘羅大将、真達羅大将、魔虎羅大将。ありがとう。何とか大事にならずにすんだようでよかった。……藤堂殿はご無事か?」

「はい、おかげさまでなんとか……」

太一が答えるより早く、店の奥から骨董屋の主が出てきた。疲労の色が濃く顔色もよくなかったが、足取りはしっかりしている。

「おお、藤堂どの。ご無事でなによりだ」

藤堂桜は駆け寄ってきた少女に微笑を返し、上がり口からゆっくりと立ち上がった青年に目を移す。

「こちらが、安倍太一さんですね?」

「はじめまして。先日は友人が世話になったようで……おつりも確かに受け取りました」

太一の言に、藤堂はくすりと笑う。あの日、彼は二万円の代金を受け取ったのだが、半分の金額をたまきに持ち帰らせたのだ。

「……まあ、ここで立ち話もなんですから奥へどうぞ。そちらの神将がたも」


 座敷に通されると、すでにちゃっかり座布団に座っている灯慧が茶をすすっていた。

『おお、たまき。間におうてよかったの』

「何が間におうてだっ! のんびり茶など飲んでる場合かっ!」

少女の喝に、幽霊の坊さんはひょいと首をすくめ、こわやこわやと言いながらそっぽを向いた。

 たまきと太一の後ろに四人の神将が居並ぶ。藤堂はしばらく不思議な光景でも見るような眼差しで彼らを眺めた。

「藤堂さん、いつからあの状態に……?」

太一の問いかけに、藤堂は形のいい顎をつまんでしばし考え込んだ。

「……おそらく、明け方あたり……そろそろ起きようかという時間だったはずです。何か入ってきたなとは思ったのですが、何だかよくわからない感じでしたので、しばらく様子を覗っていたんです。……で、恥ずかしながら、気がついたときにはあのザマでして……。いや、本当に助かりました。ありがとうございます」

照れたように笑って、深々と一礼する。

「いや。本当に間に合ってよかった。……あれは真達羅大将と魔虎羅大将が祓ってくれたのか?」

たまきが振り返って紅と橙の光を発する神将に問い掛ける。彼らは頷きはしたものの、しかし、と首を捻った。

「……妙な感じはしましたが」

真達羅が呟けば、魔虎羅も頷く。

「うむ。強いて言えば、害意はない。だが、(こご)った念がある」

「害意がなければ、店主も手を出さぬは道理。目的は我等か、はたまた、晴明の器か……」

銀の神将が呟き、座っている太一に目を落とした。それに敏感に反応したのはたまきである。

「落ち着け、たまき。太一の護りは三将に任せ置け。それより元凶をどうする」

金の神将が押し止め、少女は大人しく座りなおす。

どうするもこうするも、その元凶がなんなのやらわからないからこそ困り果てているのだ。

「失礼。元凶とはあの『影』のことですか?」

藤堂が控えめに口を挟む。たまきは頷き、簡単な経緯を話した。

なるほど、と呟いて骨董屋の店主も首を捻る。

「……ま、唸っていてもしかたあるまいよ。ここは一旦引き上げよう、博雅。藤堂どのはおそらくもう大丈夫だろう。真達羅と魔虎羅が目覚めたからにはな」

太一は藤堂に一礼するとゆっくりと立ち上がった。銀の神将が続き、紅と橙の神将もならう。たまきは慌てて店主に一礼した。

「……うん。あ、藤堂殿、お騒がせして申し訳ない。もう少し整理してからご説明したいと思うが」

「はい。私は構いませんよ。……しかし、セイメイとヒロマサですか……」

「え?」

「いえ。なにも。どうぞ、足元にお気をつけて」


 藤堂は去っていく少女と青年たちを見送って、店に入った。

低く独りごちる。

「……『目的は、我等か、セイメイの器か』……?」

この店に初めて来たとき、少女はあの青年に向かって『伐折羅大将』と呼んでいた。その神将の器を探しに来たのだと。

今日彼に会ってみて確かに別人であることが判った――あの、深淵を覗き込むような錯覚を起こさせる青年は――セイメイ……安倍晴明を差すのだろうか……?

そしてあの『影』の正体は……?

「これは、少し調べてみたほうがよさそうだ……」



 池袋駅に向かう道すがら、二人はあれこれと意見交換をしていた。

「あれが骨董屋の店主か。確かにいい人なんだろうが……あんまり油断はできない感じだな」

「えっ!? そうか? そんな風には見えなかったがなあ……」

「……そうだな……見た目、柔らかい感じだからな……。まあ、それはどうでもいい。それよりお前、どうやって真達羅と魔虎羅を起こしたんだ?」

太一の問いに、たまきは簡単に説明した。

「……でな、そのとき灯慧の坊主頭が出てきたのだ」

「ふうん。しかし、お前ヘンなところで現代人だよなあ……。何でそれが読めないんだ」

「……なんでって……」

太一の言葉に愕然として振り返る。確かに、言われてみれば源博雅の記憶しかないのであれば、漢文で書かれた祭文が読めないはずはない。だが、現にこうして読めないのだから理由を訊かれても困るのだ。

壮絶な形相で考え込んでしまった友人を見おろし、太一は小さく笑った。この”クソ”がつくほど生真面目すぎる友人の性格は、彼にとっては愛すべき長所なのである。たまにこうしてつついて遊ぶのも気に入ってはいるのだが。

「そう考え込むな、博雅。今回のことでわかった。お前に祭文はいらぬ。おそらく、その強い呼びかけだけで充分なのさ」

「え? だって、これは神将を呼ぶための呪文ではないのか……?」

「違う」

「えっ!?」


 そもそも祭文とは、「法会修法にあたって祈祷願意をのべたもので、神道における祝詞・寿詞に相当するもの(日本庶民生活資料集成)」だそうで、

「何年何月何日、わたくし何某(なにがし)彼方(あなた)こなたの神に詣で、これこれの供物を捧げますから、どうか災厄を祓ってください」

大雑把にいうとこんなところのものだろうか。古代日本の国家行事として読まれた祭文には泰山府君祭文や、北斗御修法祭文などがある。


 「まあ、祭文にまつわる歴史を……となると、膨大な資料が必要になってくるけどな。祭りの内容によって祭文の内容も違ってくるものだし、俺が十二神将の勧請を行ったときと、今とはまったく異なるからな」

安倍晴明が祭文を読んだ時とは、少なからず「国」が関わっている時であったろう。そしてその時代とは「気」の思想が人々に根づいていた時代だったのだ。

そしてまた。今、たまきの傍に居るのは太一のいう十二神将ではない。五百年ほど前の僧が彫った、薬師経の十二夜叉神将像に命が宿ったものである。これらに対して祭文を唱えるのは、やはり筋が違うのだろう。

 金の神将に「呼べ」と言われ、たまきの呼びかけに目覚めた真達羅神将と魔虎羅神将――追い詰められた状況でしか発現しない霊力は、未完成ながらも着実に強くなっているようだ。無論、彼女の父親からもたらされた『事情』も考慮に入れなければならないが、彼女の霊力を安定したものに導くためにも、今の状況を活用しない手はない。そう、それに―――

「……晴明、どうしたのだ? 気分でも悪いのか?」

たまきがひょいと覗き込んできた。

「いや。うん………因と果は所詮、一線上にあるものだしな……ほら、電車が来たぞ」

「???」

怪訝そうな顔の友人を促し、太一は電車に乗り込んだ。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ