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神将抄録  作者: 直江和葉
11/23

十一. 援

 「では、宮毘羅大将。晴明を頼む」

「承知」

太一のマンションの玄関口、たまきは見送りに出てきた銀の神将に言った。

たまきの霊力にまつわる話は母親にひどくショックを与えたようで、彼らが上野での事件と今抱えている問題を話し合っている間、項垂れたまま一言も口をきかなかった。

見かねたたまきが母親に声をかけようとしたのを、父親が首を振って止めた。どんなにショックであろうと、事実は事実として受け止めなければ前へは進めないのだ。母親の説得と理解は父親に任せるしかないようだった。

そして頃合を見計らったように、今回の事件の大元である灯慧と、宮毘羅神将が姿を現したのである。

太一は彼らが何らかの鍵を握っていることと、この事件の全容がまだはっきりと判ってないことを前置きした上で、必要なときには藤原の――加茂家の協力を得られるようちゃっかり約束を取り付けた。

教授を受けるとはいえ、太一のマンションに住みこむわけにもいかない。彼女の懸念はひとえに太一に降りかかる災難のみだ。神像は彼女が持つことにして神将に青年の守護を頼んだのだが、伐折羅神将には、

「否」

とにべもなく却下されてしまった。

苦笑した宮毘羅神将には真達羅と魔虎羅を目覚めさせ、どちらかこちらへよこしてくれるよう頼まれた。そして灯慧に至っては、

「その坊さんには言いたいことがある」

と太一の穏やかならざる言により、残ることになったのだった。


 帰りの車中、父親は後部座席に座る娘と金の神将をミラーで確認し、思わず溜息をつく。まさか、自分の運転する車に夜叉十二神将のひとりを乗せることになろうとは夢にも思わなかった。太一の話ではあの灯慧とかいう美貌の僧侶が彫った神像に命が宿ったということだったが、それがまた更に謎の存在に狙われているらしい――ゆえに、たまきの強大な霊力を頼ってきたのだと。

娘が別人のようになって帰ってきたとき、彼は心のどこかでは了解していたように思う。まさか、千年前の人物の記憶が戻ったのだとは思わなかったが。

「たまき……安倍君には千年前の記憶があるのか?」

父親の問いに、たまきは不思議そうな顔をした。

「はい。ただ、それより前と後の記憶はないのだと申しておりました」

つまり安倍晴明と安倍太一の記憶しかないということだ。たまきは何を思ったか、苦笑を洩らす。

「……おれ、いや、私には今のところたまきの記憶がないのですが、二人分の記憶を抱えるとはどういうことなのだろうとたまに思います……。安倍太一がどのように生きてきたのかわかりませんが――ああ、無論、晴明の人生の半分は私も知りませんが、あの男のさまざまな噂には事欠きませんでしたよ。良しにつけ悪しきにつけ。現代ではなおさら不可思議な存在となっておるでしょう。内心どうあれ、あの男は弁解も訂正もしないでしょう。笑って眺めておるだけです。あれは、そういう男です」

それは、拒絶に聞こえた。

安倍太一 ――晴明に関して、他者の介入を断固として拒む態度のように思えた。

「……仕様もないことを聞いてしまった。すまないね」

父親はミラー越しに娘に謝った。たまきは微笑し、

「父上もなかなかよい(おとこ)だな」

喜ぶべきか悲しむべきかわからないような言葉を返してきた。




 午後の講義が終わり、太一は時計を確認すると校門に向かった。

「安倍君、バイバイ」

「また明日ー」

「また明日」

顔見知りの学生たちが声をかけていく。それへ軽く微笑みながらも青年の歩みは止まらなかった。

「たいちー、おーい」

後方から友人の声が聞こえ、振り返る。

(ながれ)

「今日もたまきちゃんとデートか?」

走って来た友人は開口一番、嬉しそうに訊いてきた。

「は?」

一瞬、不思議そうな顔をした太一だったが、傍を通っていた幾人かの女の子が悲鳴をあげる。

「うそっ! 太一君、彼女いるのっ!?」

「そんなあ!」

「ちげえよ、彼女じゃなくて、婚約者! な、太一? すっげえ可愛いコだよな!」

流青年の言葉に再び絶叫があがる。何故か当の本人をそっちのけにして友人たちは言い争いをはじめた。

「……婚約者……?」

ごくごく低い呟きに、後ろから宮毘羅神将の声がした。

「すまぬ、晴明。昨日、例の骨董屋に行く途中でこの青年に会ったのだ。伐折羅がたまきをからかってな……」

「なるほど……」

目の前の騒ぎを眺めながら溜息をついた太一だったが、まだわいわい騒いでいる友人達は捨て置くことにした。こんな他愛もないことに付き合っていられるほど暇ではない。いろいろ確認したいことが山のようにあるのだ。

「よいのか、晴明?」

宮毘羅神将が苦笑まじりに問う。

「放っておくさ。それより気にかかるのは骨董屋だ。たいした霊力者だそうだが」

「うむ。かなりの力をもっておるようだ」

「ふむ」

人ごみをすり抜け、電車に乗ると池袋へと向かった。

ビルとビルの間にちんまりと建つ、古ぼけた骨董屋を見て、

「……なんというか、趣のある店だな……」

太一が呟いた。そして引き戸を開けたとき、

「いかん、晴明! 離れろ!」

宮毘羅神将の切羽詰った声と同時に、彼にとっては生々しく記憶に残るあの重圧が襲いかかってきた。

銀の神将が太刀を抜き払いつつ、青年を背に庇う。神将の銀の太刀に見えざる力がぶつかり、バチバチと火花が散った。

「灯慧! 博雅に伝えよ! 真達羅と魔虎羅を起こせ!」

神将の叫びに 「応」 の声が返った。

「宮毘羅、これは一体……」

「晴明、我から離れるな。……どうやら真達羅と魔虎羅は間一髪だったようだ。……店主はどうなっているか……」

その骨董屋の出入り口で足止めされた彼らを、黒い風が取り巻く。太一にとり憑こうとする瘴気は神将の太刀に跳ね返され、そのたびに火花となった。骨董屋を押し包むそれはあとからあとから涌きでるかのようだった。

宮毘羅神将の像をたまきが持っているとはいえ、動けぬとあっては時間の問題になる。

(急げ、博雅――!)



 学校の裏手にある人気のない公園。

芝の上に金の光を発する人ならぬモノがごろりと寝そべり、その傍らで少女が懸命に紙面に流れる字面を追っている。


謹みて請う 皇天上帝、三極大君、日月星辰、八方諸神……


たどたどしく読みあげる少女の黒髪を指で弄びながら、金の美丈夫――伐折羅神将はくつくつ笑う。

「ああああっ! もう!」

たまきは癇癪を起こしたように手に持っていた紙を放った。金の神将は楽しげに声をたてて笑う。

「伐折羅大将、笑っている場合ではないぞ! どうしたら真達羅と魔虎羅は目覚めるのだ」

「どうもこうも、呼べばよい」

「う〜〜呼べといったって……」

たまきは膝元に並べた二体の神像を掴みあげ、途方に暮れたように溜息をついた。

十二神将を召喚すると宣言したときから、太一から祭文を読むよう言われた。これがまあなんとも厄介なしろもので、字面を追うだけで精一杯なのだ。

『たまき!』

いきなり空間から現れた禿頭に 「わっ」 と声をあげて仰け反る。同時に伐折羅神将が跳ね起き、腕の中に少女を抱え込んだ。

「灯慧」

『急げ! あの骨董屋に瘴気が充満しておる! 太一が足止めされたぞ!』

「なにっ!?」

叫んで少女は伐折羅神将を見上げるが、金の瞳は 「否」 と返してきた。

「〜〜〜っ!」

どうしても自分から離れようとしない神将に文句を言おうとしたが、その篭手をはめた指が、少女の手の中の神像を指した。

「えっ」

「呼べ」

神像と伐折羅神将を交互に見る少女に、神将は短く告げる。

『たまき、急げ! 宮毘羅大将もいつまでもつかわからぬ!』

灯慧の切羽詰った叫びに、少女は半ばヤケクソで怒鳴り返した。

「〜〜〜っ! ええいくそ! 真達羅っ、魔虎羅っ! 行けっ!」


応。


太い声が応え、途端、手の中の像が一瞬むくりと膨れ上がったように見えた。

仰天する少女の手元から、二人の偉丈夫が踊り出た。それぞれ得物を引っさげて甲冑を纏った神将たちは、たまきに一礼するとオレンジと紅の光を放って星のように飛び立った。

呆然としたのも束の間。

「伐折羅大将、行こう!」

「是」

たまきは公園を走り出た。



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