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神将抄録  作者: 直江和葉
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十. 即今相対

 太一のまぶたがゆっくりと開いた。

「晴明っ!」

飛びつくようにして青年を覗き込んだ少女を、太一は二、三度瞬きして認めると微かに笑った。

「……博雅……。久しぶりだな」

その口調、眼差しはまぎれもない安倍太一 ――晴明のものだった。

「〜〜〜〜っっ」

「……何を泣いてる」

枕元に顔をうずめてしまったたまきを不思議そうに見た太一は、ふと顔をあげ人ならぬ存在を見出した。

瞠目する青年に向かって、若い僧侶が丁寧に一礼した。

『お初にお目にかかる。安倍太一殿。私は灯慧と申す』

継いで宮毘羅が口を開いた。

「晴明、改めて名乗ろう。我は宮毘羅(くびら)、これが先程までそなたに憑依しておった伐折羅(ばざら)。いまだ目覚めてはおらぬが真達羅(しんだら)魔虎羅(まこら)だ。我等十二将はこの灯慧の彫りし神像より()でしもの」

銀の神将が名乗り、傍らで子猫を掌の上で遊ばせている金色の髪と目を持つ神将を見やる。伐折羅はあの独特な微笑を浮かべた。

太一は唖然と彼らを見つめていたが、ほどなく得心がいったように頷いた。

「……なるほど。では宮毘羅大将、己がなにものか思い出したのだな」

太一の言に、銀の神将は美しい微笑を浮かべ、寝入ってしまったたまきの頭に手をおいた。

「……どうやら、博雅に呼ばれて、我に掛かっていた枷が外れたらしい」

「枷?」

「おそらく、我を操るために少しずつ(しゅ)がかけられていたのだろう。でなければ、我が灯慧の存在を忘れるはずがないからな。――この真達羅と魔虎羅も博雅が呼べば目を覚ますだろう」

「……作り手の灯慧どのではなく?」

いくぶん面白そうに呟いた太一に神将は笑った。

「左様。これはすでに幽霊だからな。――晴明、今までの経緯を話そう。そして我等に力を貸して欲しい。そのために、たまきも奔走してくれたのだ」

太一は肩をすくめ、ベッドからおりてたまきを寝かせると、その傍らに腰をおろした。



 時計が二一時を差したころ、たまきが目を覚ました。

「あれ……?」

見慣れない天井を見上げ、はて、と首を傾げる。

「目覚めたか、たまき」

覗き込んできた金色を不思議そうに見つめ返す。そして、その金の瞳を見たとき、あっと思い至った。

「伐折羅大将……?」

「いかにも」

「晴明は……?」

「あちらでそなたの両親と話しておる」

「えっ!?」

たまきはベッドから跳ね起きた。


 「晴明、無事かっ!?」

ダイニングのドアをばあんと開け放って駆け込んできた少女を、たまきの両親はあっけにとられ、太一はくすくす笑って迎えた。

「ああ。おかげさまでな」

無事か、とはどういう意味なのか、大いに疑問が残る発言だったが。

たまきの父親はコホンと咳払いして娘をこちらに座らせようと少女に目を向け、だが、そこにありうべからざる者を見出して口と目を大円に開いた。

妻は絶句して固まった夫を怪訝そうに見やり、たまきは父親の視線が己の傍らに注がれていることに気がついた。

「あなた……?」

「どうなさったのだ、父上……ん? もしや伐折羅大将が見えておられるのか?」

驚愕で応えられない少女の父親を見つめ、太一はひとつ頷いた。

「……やはりそうか。まあ座れよ、博雅。今ちょうどそのことについて話していたのだ。今後のこともある。ご両親には事情を説明しておくべきかと思ってご足労いただいた」

「そうか。手間をかけさせてすまぬな」

太一のすすめに、少女は当然のように青年の横に座る。そしてきょろきょろと見渡し、

「灯慧殿と宮毘羅大将はどうしたのだ?」

「席を外した」

太一の応えに 「そうか」 と頷き、改めて両親に向き直る。

およそ、妙齢の娘が持つ雰囲気ではない。傍らの青年を 「晴明」 と呼び、青年は娘を 「博雅」 と呼ぶ――その 「博雅」 という呼称がいかなる人物なのかはわからないが、「晴明」 という名はよく知っていた。

安倍晴明(あべのせいめい)――平安時代の陰陽師の名である。

たまきの父親は並ぶ二人を見て、溜息をついた。

「あなた?」

妻は怪訝そうに夫を見やり、次いで娘のほうに向き直った。

「たまきさん。安倍さんと一緒にいるのが楽しいのはわかるけれど、そう毎日毎日、夜遅くまで入り浸っていたのでは安倍さんのお勉強の邪魔になってしまうわ。それにあなただって――」

たまきは母親の言葉にはっとしたように振り返った。

「晴明。すまぬ、勉強の邪魔をしていたか?」

太一は苦笑して控えめに 「いや」 と応えただけだった。言葉を遮られた母親のほうは、娘の態度に二の句が継げない。

一体、何故こんなに変わってしまったのか――。ついこの前までこの少女は自慢の娘だったのだ。確かに生まれ持った霊感のせいでゴシップ雑誌に載せられたこともある。だが、今まで何事もなく過ごしてきたのにどうして突然別人のようになってしまったのか……母親としては、どうしても納得しかねる事態なのだった。

娘の変貌の原因が、目の前の美青年にあると思うのは仕方ないことだったろう。

それまで黙っていた父親が口を開いた。

「君は……ひょっとして安倍晴明の……?」

「――ええ。とはいっても土御門(つちみかど)の遠縁なのですが。娘さんの強い霊力は、あなたの家系ですか?」

太一の問いに父親は頷いた。

「そう。……なんの因果なのだかね……私の家系である藤原は、加茂家の傍系にあたるんだ」

太一も、たまきさえ、えっと声を発した。

「うん、まあ、つまり、たまきの霊力は隔世遺伝といっていいかもしれないね……。君はね、たまき。小さい頃からその力が強すぎて抑えるのに大変だったんだよ、実は」

父親は苦笑しながら、たまきはもちろん妻でさえ初めて耳にすることを語った。


 たまきの霊力の発現は四歳だったという。

突然、虚空に向かって何事かを話すと、

「お婆様がお墓参りしてほしいって。あと、明日は車に乗っちゃいけませんって言ってるよ」

と両親に向きなおって言った。翌日、いつもバスで通勤する父親は電車を使ったのだが、会社に着いてからそのバスがトラックと衝突するという大惨事になったことを知った。

それから、たまきの霊力は如実に強くなり、それに影響されてか、さまざまな現象が出てきた。

多少の霊感を持っていた父親のほうはあまりの強さに恐怖さえ覚え、娘の霊力を封じようと親族である霊力者に頼った。

その霊力者である老婆はたまきを見て溜息をついた。

「霊力を封じることは、その子自身を封じることにもなりかねないが――よろしいか。とはいえ、これほどの霊力。こんな小さな身体では手に余ろう。そして私にも全てを封じることはできないが……いずれこの子を導く者が現れるまでは、下手に霊力(ちから)を使わせないようにすることだな」

その後、たまきのまわりで起きていた不可思議な現象はぴたりと止んだ。

だが、それと同時に、娘からはじけるような笑顔が消え、時には何の感情も示さないことが増えたのだった。


 父親は今まで溜めていたものを吐き出すように喋り終えると、ほっと一息ついて妻に苦笑した。彼は彼で、長年このことが胸につかえていたのだろう。口に出したことで肩の荷が下りたのか、その表情もどことなく柔らかいものになっていた。

「……お前はたまきが変わってしまったと言うが、全部が全部そうじゃないんだよ。ただ……あの時にはあれしか方法がなかった……。だって、どこかの寺なり、神社なりに連れて行けば……」

「おそらく食い物にされたでしょう」

父親の言を継いで、太一が身も蓋もないことを言った。

太一とたまきが再会したとき、ゴシップ雑誌はたまきをこう書きたてていたのだ。

安倍晴明の再誕――と。

もしも父親が言うように、寺なり神社なり、はたまたどこぞの霊力者なりに娘を預けていれば、先のゴシップ雑誌どころの騒ぎではなかったはずだ。加えて、加茂家の血筋にあたると知られれば、騒ぎは更に拡大するだろう。

「……それで、たまきの記憶がまったく出てこないのか……?」

驚愕したようにたまきが呟けば、傍らの青年は首を傾げて笑った。

「さてな。一因はあるだろうが……。それで、その霊力者の方に会ってみたいのですが……」

父親に訊ねると、彼は首を振った。

「いや、あの方はもうずいぶん昔に亡くなったよ」

「そうですか……。では、改めて申し上げます。娘さんを僕に預けてはくださいませんか。このひとの霊力がどのくらいの規模かは知ってます。その使い方も僕なら教えられます」

居住まいを正した青年に対し、たまきの両親が口を開きかけたとき、

「……というか、晴明のほかにこんなものを制御できる者を知らぬぞ、俺は」

「ま、そうであろうな」

のんびりと呟いたたまきに、伐折羅神将がのんびりと応えた。






※※※現在までの主な参考文献 覚書※※※


  陰陽道の本(学研)

  もっと知りたい陰陽師(宝島社)

  陰陽師(中公新書)

  起請文の精神史(講談社選書メチエ)

  室町のお坊さん物語(講談社現代新書)

  安倍晴明(ミネルヴァ書房)

  陰陽師の原像(岩波書店)

  歴史散歩事典(山川出版社)

  地図で訪ねる歴史の舞台(帝国書院)

  中国古典名言事典(講談社学術文庫)

    その他(百科事典、仏教事典など)


★たわごと★


 安倍晴明という人物を知ったのはもう二十年以上も前、岩崎陽子の「王都妖奇譚」というマンガが発端でした。

あの時の衝撃は今でも忘れられない(笑)

 その後、夢枕獏の「陰陽師」に続き、岡野玲子の「陰陽師」を知り……あとは皆様ご存知のように空前のブームとなりましたね。「上野魔法陣異聞」も「神将抄録」も、ただただ陰陽師という不思議な存在を扱ってみたくてつらつら書いたものですが、楽しんで下さっている方もいらっしゃるし、有難いことだなあと最近しみじみ思います。

 この「神将抄録」、結末はすでに出来上がっておりますが、それまでの道程はまだ霧中(笑)です。何が出るやら、ご縁次第。もうしばらくおつきあいいただければと思います。



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