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神将抄録  作者: 直江和葉
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一. はじまり


※※※「上野魔法陣異聞」続編です。 ※※※

 安倍晴明が使役した十二神将とは、式占ちょくせんに見られる十二天将のことである。すなわち、青龍、勾陳こうちん六合りくごう、朱雀、騰蛇とうだ、貴人、天后てんこう大陰だいおん、玄武、大裳たいも、白虎、天空である。


「なんだ、クビラとかパキラとかいうのとは違うのか?」

「違う。それは仏教の十二夜叉神将だろう。俺が使役していたのはそれとは全く別物だ。因みに、パキラは植物の名前だ」

うららかな日曜日。

例によって例のごとく、目白区にある安倍太一の部屋へ入り浸っている藤原たまきは、上野の怨霊退治の一件からこっち、安倍晴明の生まれ変わりである太一に十二神将を召喚するための特訓を受けている。

「………」

ソファにちょこんと座って、太一が書いてやった呪文をぶつぶつ呟いている少女を見つめ、おもむろにプッと吹き出した。

「……? 何だ?」

「いや。こないだのことを思い出してな、つい……」

くく、と笑いをこらえながら、傍らに寝そべっている小さな三毛猫を撫でている親友を、たまきはむすっと睨み返した。 



 あの日、無意識に召喚してしまった十二神将は、たまきが抱える強大な霊力と、何より傍に――怨霊に憑かれていたとはいえ――太一の存在があったればこその幸運の賜物といえた。

 式神などいらぬと渋い顔をしていたたまきだったが、親友の危機を思い出してか、不承不承ながら太一の提案に頷いた。しかし、神将などはとんでもない、自分には使えない、そう言った。

「なるほど……。では別の物を持ってこよう」

太一はそう言って笑った。――その笑みに不気味なものを感じたのは気のせいだったのか……

 翌日、珍しく太一がわざわざ学校まで迎えに来てくれた。

たまき本人は一向に気づかぬ様子だったが、それはもう、このお嬢様学校開校以来かつてないほどの大騒ぎであった。無論、普通の年頃の女の子たちに比べれば、しとやかなものであったが。


たまきお姉さまの恋人が……!

お姉さまをお待ちになってますわ!


等々、反応が面白くて時折こうして迎えに来てみるのである。

校舎から、物陰から、遠くから、興味津々の乙女たちの視線の中を、たまきは我関せずとばかりに威風堂々歩いて来る。

「やあ」

校門の柱に凭れていた太一は、極上の笑みを浮かべてたまきを迎えた。

「晴明、来てたのか」


――ご覧になって、あの方がたまき様とお付き合いなさっている方よ

――ステキな方!

――大学生ですって。悔しいくらいお似合いですわね


「………。晴明。あんまりここへ来てくれるなと頼んだではないか」

たまきは困ったように親友に文句を言った。


 前回、彼が校門に現れたとき教師から注意を受けた。そうでなくとも、彼女はその霊力のせいでマスコミに騒がれたこともある。

都内でも歴史ある由緒正しき女学園の名を汚すなと、これ以上秩序を乱してもらっては困ると、教師の言いたいのはこういうことらしかった。

そう親友に言うと”すまん” と謝ったが、そのあとで、

「秩序は大切だが、由緒正しき女学園なんぞと、その教師アタマは正気か。三葉虫なみに古いぞ」

と笑った。

(この男は千年経とうとも、お上の意向に従おうなどという、殊勝な心根を持ち合わせることはないらしい……)


 それを立派に証明してみせるかのように気軽に出現してくれる。

(こないだは”すまん” と言ったくせに)

むむう、と唸っている少女に微笑んだ青年は、

「すまん。今日はどうしても見せてやりたいものがあってな……。あれ、お前、口に何かついてるぞ」

そう言って親指でたまきの口元をちょいと拭ってやった。

「きゃ……」

後ろで悲鳴があがり、振り向いた二人は数人の女生徒が真っ赤になって口元をおさえているのを見た。

「………」

向き直って深く溜息をついたたまきは、行こう、と親友を促した。

「……晴明、今のわざとやっただろう。婦女子をからかって遊ぶのはよせ」

「何だ、気づいてたのか」

歩きながら苦々しく言った親友に、太一は可笑しそうに笑いながらあっけらかんと返してきた。

いくらたまきが鈍いといったって、何度もこういうことがあれば気がつかないわけがない。文句を言ってやろうと太一に向き直った。

「おぬし……」

みゃあ

という甲高い猫の声に、たまきは口をつぐむ。太一の胸元で小さな三毛猫が黄色い目で彼女を見上げているのに気がついた。

「おお! 愛らしいなあ! どうしたのだ?」

「今ごろ気づいたのか……。見せたいものがあると言っただろう」

「何だ、猫を飼うのか?」

「お前の式神にしようと思ってな」

「……? これをか?」

不思議そうに問うたまきに、青年はうっすらと笑った。


―――そして。


 太一のマンションで、絶叫が上がった。

「どうした? ここは防音が施されている。心配することはないぞ?」

「ななななななにを言ってるんだ、目を覚ませ、晴明! こんな愛らしいものをどうやって殺せというんだ! 気でもちがったのか!」

子猫をかばうように抱いた少女が、目の前の青年を信じられないように見つめている。普段はさほど感じられないが、長身の青年が更に大きく感じられた。

太一は手に刃物と細いヒモを持って、彼女の前に立ちはだかり冷たく微笑む。

「正気だ。お前が神将を使役できんというなら、別のものを式にするしかあるまい」

「だだ、だからと言って何も殺すことはないだろう!」

「博雅、一つ教えておいてやる。生きていたものを式にするというのはな、それをなぶり殺し、その怨念を呪詛に使うということだ。術が破られればその術者に呪が返るのは当然だろう。神霊を式にできんというなら、蛇だの犬だの怨念の強い物をなぶり殺しにして使うしかないのだぞ?」

「わかった。神将を召喚する」

淡々と告げる青年を押しとどめるように片手を突き出すと、きっぱりと言い切った。

「……いいだろう」

太一は会心の笑みを浮かべ、持っていた凶器を手放した。

 


 いま、親友の傍らに寝そべっている子猫は多聞たもんと名付けられた。

殺されかけたというのに幸福そうに寝ているのを見て呆れたり感心したりする。

いや、そもそも。

本当にその子猫を殺す気があったのか甚だ疑問だった。

怨念の強い物をというなら、子猫ではなく成猫をつれてくるだろう。


猫又は子猫ではなりえんだろうからな……


博雅であるからこそ断じて言えるが、晴明という男は動物を殺して遊ぶような頭のおかしい変態ではない。

――ということは、たまきに十二神将を召喚する決心をさせるための演技だったとしか思えない。

(また謀られた……)

とは思ったものの、たまきが式神を召喚しようと思ったのは自分のためではない。太一の守護のためだ。

先日のようにわけのわからないものが彼にとり憑くのを防ぐには、強いものでなくてはなるまい。そういう意味では、たまきに対して子猫を使った作戦は効果的であったといえる。

「少し休憩するか?」

考え込むように黙り込んだ少女を見て疲れたと思ったのか、太一は微笑んで座を立つとキッチンに入って行った。

「……うん。あ。あのな、晴明。来週はクラスの卒業旅行なのだ」

「へえ、何処に行くんだ?」

「京だ」

 


 卒業旅行は晴天に恵まれ、滞りなく観光地を巡っていった。

親元を離れ、友人達に囲まれての旅行は楽しく、開放された気分になるようだ。

観光バスの中は常になく、賑やかで楽しげな笑い声が上がっていた。

一人、そんな風景を微笑みながら眺めていたたまきは、車窓に目を転じる。

京の都。

かつて、彼等が生きていた時代の面影は跡形もなく、「帰ってきた」という感慨はおきなかった。

ところどころに……つまり、観光の名所となっている場所にかろうじて記憶にある光景が重ね合わさるくらいだ。

(――しかし、朱雀門もすっかり変わってしまったな)

思わず苦笑が洩れる。

(時というものはあれもこれもひっくるめて、否応なしに流れていくんだなあ……)

それはそれで良いことなのかもしれないと思いながら、たまきは目を閉じた。

 最終日もからりと晴れ上がり、自由行動とあって少女達はそれぞれ選んだ場所のチェックに余念がない。

「たまき様はどちらにいらっしゃるの?」

晴明の住んでいた場所へ行ってみるかと、地図を覗き込んでいたたまきの後ろから声が掛かる。

「お……いや、私は少しあちこち散策をしてみようと思っている。沙耶華どのはどちらへ?」

「嵐山へ行ってみようかと思ってます」

「そうか。それもよい。気をつけて参られよ」

「はい」

たまきはにっこり笑うと頷き、「ではまた後で」と片手をあげた。

「たまき様をお誘いする糸口を掴み損ねてしまいましたわ……」

たまきの背中を見つめていた沙耶華は残念そうに溜息をついた。

「仕方ありませんわ。たまき様には何か他にご用があるのかもしれませんもの。後でお茶にお誘いしましょうよ」

「そうね」

傍らにいた少女が微笑むのに頷き返し、彼女達は嵐山へと向かった。


 街の風景を眺めながら、地図片手にゆったりと歩く。

自分の屋敷があった場所は、すでに自分の住む場所ではない。

何だか不思議な感じだと思いつつ、ふと気がつく。

(そうか、普通、生れ落ちたときには前世の記憶などないからな……。それはやはり、恩恵なのだな……)

大陰陽師の記憶を持って生まれた太一は、だが、今世ではまったく霊力を冥伏みょうぶくさせていた。皮肉なことに、その命の器は悪しき者どもが欲しがるほどに大きく居心地のいいものらしい。

(何とか晴明を守護する者を付けてやらねば……)

そんなことを思いながら歩いていたたまきは、ふと足を止める。

「……あれ?」

大通りを歩いていたはずが、いつのまにやら小路へと入り込んでいたらしい。

軒を連ねる住宅街の中、突然、ぽっかりと小さな社が現れた。

それも家と家の間にこぢんまりと鎮座していて、気をつけて見なくては通り過ぎてしまうほど小さなものだ。

「……これはまた……可愛らしい社だな……」

たまきは近づき、微笑みながら社を覗き込んだ。

空かと思いきや、小さな神像が祀られていた。

(……?)

更に顔を近づけ、よくよく見てみると、鎧をつけ手には剣のようなものを持っている。柔和とは言いがたい、猛々しい相貌の神像だった。

「ふふふ、それは宮毘羅くびら様ですよ」

ふいに、背後から柔らかな声がかかる。

たまきが振り返ると、小さな老婆がにこにこ笑って見ていた。頭を突っ込むようにして見ている姿が可笑しかったのだろう。

「宮毘羅様……というのは、夜叉神将の……?」

「はい。昔、ある修行僧が彫ったものや言われてますけど……お嬢さんはどちらからおいでに?」

「東京です。卒業旅行で……。大通りを歩いていたのですがいつのまにか道に迷ってしまったみたいで……」

照れ笑いしながら頭を掻いた少女に老婆はふんわりと微笑った。

「宮毘羅様がお呼びになったのかもしれまへんなあ……。たまに、そんな方に会います」

「そうですか……」

たまきは呟き、もう一度小さな社を振り返った。

「不思議なご縁だったな、宮毘羅どの」

くす、と笑って囁くと、たまきは老婆に大通りへの道を教えてもらい、丁寧に一礼してその場を去って行った。





 ピンポーン。

インタホンが鳴った。

「……」

太一は読んでいた本をテーブルに置き、受話器を取った。

『晴明、俺だ』

受話器の向こうから聞きなれた少女の声がした。

「今開ける」

太一はマンション入口のドアを開錠した。しばらくして今度は玄関チャイムが鳴り、彼は親友を迎え入れるため玄関を開けた。

「おかえり、博雅。旅行はどう……」

そこで太一の声は途切れた。

「……? どうした、晴明……?」

「……。博雅、お前、何を連れ帰った……」

「え?」

親友の視線をたどり、たまきは振り返る。

あるはずのない、白い人影。

ギクリとして恐る恐る見上げた少女の目に映ったのは、銀色の鎧を着、銀色の剣を佩いた端正な面立ちの男だった。






お読みくださってありがとうございます。

こちらは「上野魔法陣異聞」の続編です。

自サイトでは転生シリーズとして掲載しております。


今回、投稿に踏み切ったのは、携帯でも読んでいただけること、そして何より皆様の反応が手にとるように解ることが理由です。


はっきり申しましょう。

アクセス数を確認することは、すなわち、(虚空の鑑では)お尻を叩いてもらうことです。

今回の続編投稿は、そういう奸計が働いた結果でございました(泣)


ま、当方の事情はともかくとして、

こちらも楽しんでいただけるように全力で書いてまいりますので、どうぞよろしくお付き合いいただけますようお願い致します。

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