007 私の言葉よりも
部屋の中は何年掃除していなかったのかと思えてしまうほどの汚さだった。
途中忙しなく動くメイドをなんとか廊下で捕まえ、掃除道具の場所を教えてもらった。
ホウキに雑巾、そしてバケツ。
掃除用の水は外の甕から掬うように言われて、それも汲みにいった。
途中重たい水をこぼしそうになろうとも、誰も助けてくれる人などいない。
今日ほど使用人のありがたさを思い知った日はない。
それに朝からの長時間移動と慣れない掃除。
部屋の中が何とか生きていけるほど綺麗になったところで、私は力尽きてしまった。
もう限界。ちょっとだけ休憩しよう。
そう横になったベッドで、気づけば小一時間ほど気絶するように眠ってしまっていたらしい。
窓から吹き込む風が冷たくなったことで、私はようやく目を覚ました。
窓の外に見える景色はもう暗い。
「いけない。もしかして、寝過ごしてしまったかしら」
だけど変ね。
部屋には誰かが呼びに来た感じはない。
おそらくいい時間だと思うのに、夕飯はまだなのかしら。
家によって食事の時間が違うのは分かるけど、それにしても遅いんじゃない?
昨日から何も食べていないせいか、お腹が音を立てるほど空いてしまっている。
いやそれ以上に、空腹で気持ち悪くなってきたかも。
「とにかく食堂に行ってみよう」
もしかしたら誰かが起こしに来て、疲れて眠っている私を気遣ってくれたのかもしれないし。
なるべく悪い方には考えないようにして、私は部屋を出た。
しかしすぐに後悔することになる。
何も持たずに出たせいで、昼間すら薄暗かった廊下は真っ暗だった。
足元もおぼつかなければ、前もよく見えない。
急いで進もうにも、見えない状態ではそれすら不可能で、手を前に伸ばしながら驚くほどゆっくりしか進めなかった。
そしてダイニングの場所も分からず、ただ人の声を頼りに部屋を探す。
一階のドアの隙間から、光と声が漏れている場所が目に付く。
急ぎノックして入室すれば、そこには先ほど見た時よりもピッタリとソファーに座るキーシストとマチュがいた。
「キーシスト様……」
あまりの光景に言葉を失った私に、マチュがただ微笑む。
勝ち誇ったようなその笑みに、胸の中が重くなる。
「ああ、遅かったじゃないか」
「……すみません。疲れて寝てしまったようで」
「そうか」
私がこの光景を見ても何も思わないと思っているのか、どこまでもキーシストは自然体だった。
家族だからだっけ?
あんなにピッタリとくっつくことが、普通?
やっぱりあり得ないと思う。
それに……少なくとも私は嫌だ。
自分の夫となる人が、いくら家族と認定されているからって同世代の異性で本当の家族でもない人とあんなに親密だなんて。
それに最初から思ったけれど、マチュの表情などを見ていると、少なくとも彼女は私に対して当てつけのようにやっているとしか思えないのよね。
「リュシカさんって、どんくさいタイプ?」
「え? いや、そんなことはないと思うのですが」
急になんでそんなことをマチュは私に尋ねるの?
聞いてきた言葉の意味が分からず、私は曖昧に言葉を返す。
「んー、そうなんだぁ。じゃあ、この男爵家を見下しちゃってる感じ?」
「な、どうしてそうなるんです⁉」
「だってぇ、挨拶に来るのもすごく遅かったしー。初めてのお夕食だって、あたしたちと一緒にしなかったしぃ」
どこをどうしたら、そんな解釈になるのだろう。
うちの領地からここまでは遠かったって、さっき説明したわけだし。
お夕食に遅れたのは、指示がなかったから。
確かに時間を確認しなかったのも、疲れて眠ってしまったのも私が悪いけれど。
それでどうしたら、そうなるのかしら。
全然話が違うじゃない。
『違います』と否定する前に、キーシストが声を上げる。
「そうなのか? うちになど嫁に来たくもなかったってことなんだな」
彼の言葉は、どこまでもマチュの言葉を鵜呑みにしてしまっているようだった。
「違います! そんなことありません。領地までは本当に遠いですし、お夕食は寝ていて気付かなかっただけですわ」
「……」
必死に否定したものの、キーシストはただジトリとこちらを見ている。
どうしてマチュの言葉は簡単に信じるのに、ちゃんと本当のことを話している私のことは少しも信じてはくれないのだろう。
「信じて下さい」
「信じるか信じないかは、これからの態度によるんじゃないかなー?」
「ああ、そうだな。マチュの言う通りだ」
「……信じてもらえるよう、努力します」
こんな言葉を返したかったわけじゃないのに、それ以外の言葉は思いつかなかった。
ややうつむく私の耳に、小さく笑うマチュの声が聞こえてくる。
泣いてしまわぬように、私はただ唇を噛んだ。
「あーそうだ。リュシカさん来なかったから、お夕飯片づけちゃった」
「!」
「明日からはちゃんとして下さいね」
「……はい」
この屋敷は誰が中心で、どんな風に回っているのか。
マチュを見ていると、何となくそれが分かってしまった気がした。




