006 甘ぐるしい過去よりも辛い現実
薄暗い部屋の中は、廊下よりもさらに酷い匂いがした。
質感でいうと部屋の中は廊下よりもややジメジメした感じがする。
そのせいか、どこか空気は重い。
私は目を凝らしながら窓まで進むと、カーテンと共に窓を開けた。
窓枠には灰色のホコリと、黒いカビのようなものがべったりくっついている。
それに触らないよう注意を払いながら窓を開けようとしたものの、長年開けていないせいか、ぴったりとくっついてしまっている。
「固すぎる……」
それでも私は、全体重をかけるように必死に窓をこじ開けた。
どれくらいの時間、それと格闘していただろうか。
指先が真っ赤になった頃、窓は不快な異音を上げながらようやく開いた。
外からやや温かい風が入り込み、なんとか息をつく。
先ほどまでの臭い匂いが和らぎ、私はそのままボーっと外を見ていた。
「庭……酷いわね」
バラか何かで作ってあったであろう、中庭の回廊は見る影なく雑草の生い茂る惨状だ。
それに至る所に枯れ木も見える。
冬の間に手入れせず、そのままにしたのだろう。
自分たちのことは自分たちで、か。
でもそれって、結局こういうことでしょう。
貴族の家なのに、こんな状態だなんて。
誰もこの屋敷には呼べないだろうし。
交流などはどうしていたのかしら。
人様の家のことに口出しすべきではないのだろうけど、これからは私の家にもなるのよね。
大丈夫なのかしら。
……私、やっていけるのかな。
「汚いとかそういうのより……」
思い浮かぶのは、他でもない彼女だ。
マチュ。元貴族で、今は平民。
確かに親が亡くなり家が没落してしまって、身分を無くしたことには同情しかない。
だけど、それとこれとは別でしょう。
あんなにもキーシストとの距離が近いし、彼女は家族という言葉を使って遠慮する気もなさそう。
キーシストもキーシストだ。
幼馴染だから、仲がいいのは分かるけれど。
「仮に、よ。……もし私がカイン様とあんな風に接していて、家族だからなんて言ったら、彼は気にしないでいられるのかしら」
そこまで言って、自分の発言のあり得なさに笑えてくる。
幼馴染とは違う関係であったけど、おそらくあの二人よりも私とカインとの時間は長い。
だけどあんな風に接したことなど一度もなかった。
彼はいつも距離を保っていたし、私だってある程度は弁えていた。
それが普通なんじゃないのかな。
「……カイン……様……」
思い出すだけで苦しくなるのに、それでも今ある現実よりは幸せだなんて。
なんだか皮肉ね。
「はぁ」
私は顔を両手で覆い、また大きなため息を一つつく。
そして現実と向き合うために振り返った。
「……」
ある程度予想はしていたものの、その酷さに言葉すら出ては来ない。
部屋の広さは元々自分が使っていた実家の半分もないだろうか。
さっきの話では、この部屋はマチュが整えてくれたということだったけど。
部屋にあるのは簡素な木製のベッドに、小さな丸テーブルとイスがあるだけ。
鏡台はなく、クローゼットに辛うじて鏡がついている。
小物などは何もなく、味気ない簡素な部屋。
そして歩くたびにホコリが舞い、足元が気になる。
ベッドは確かに整えられてはいるものの、夏用なのもあってか寝具は総じて薄い。
これだとベッドが木製だから、背中が痛くなりそう。
それこそ辻馬車の中で寝ているのと同じじゃないかしら。
もちろんクローゼットの中身もない。
「ああ、暖炉のとこに水差しだけがあるわね」
中身はないけれど。
自分で汲めということなのかしら。
だけど勝手知ったる自分の家なら、どこに何があるか分かるけれど、ここはそうではない。
水は調理場まで行かないともらえないわよね。
しかも、食堂の場所も聞くのを忘れていたわ。
さすがに呼びに来てくれるかしら。
まぁ、時間になったらそれは考えればいいわ。
「それよりも、玄関に置いてきたもう一個の荷物を回収してから、着替えて掃除をしてしまいましょう」
私は腕まくりをしたあと、もう一度部屋の中を見渡し持っていた荷物を一番マトモそうなベッドの上に置き、動き始めた。




