昨今のAI問題についてのポメ的アンサー
※本エッセイは文章生成AIを使用していません。
本エッセイの記念すべき……いや、記念?すべきかどうかわからないけど第1回テーマは、【生成AI】についてです。
まぁ、誰とは言わないけど身の周りに生成AI絶許主義の知人がいるので、ややそちらに傾いた意見にはなりますが。
まず大前提として、僕自身のスタンスとしては【技術そのものに善悪はなく、全ては扱う者しだい】という考えだけ先に表明しておきます。
それはさておき、いや〜、すげえ時代ッスねェ。今や絵が描けない人でもAIで美麗なイラストが造れる、造れてしまう。平成生まれのポメとしては時代の進歩に驚くばかりですわ。
……確かに凄い技術だけれども、ポメはこうも思うのです。
『何故、イラストレーターや趣味で絵を描いてる人達への嫌がらせみたいな方向でその優れた技術を悪用しているのか?』と。
例えるなら焼畑農業みたいなモンです。そんな事を繰り返していれば、非AI絵師は次々と廃業していずれ業界そのものが先細りして衰退し、最終的に取り返しのつかない結果を招くと何故わからん!!!と。
(あ、ちなみに生成AI小説も同罪です)
そんな当然の道理すら弁えぬ大馬鹿者ども(控えめな表現)が生成AIを万能の願望器(某型月感)であるかのように盲信して馬鹿やらかしてる——、というのが生成AI問題に感してのポメの見解です。
結論、——バッカじゃねぇの?
こういう結論になったけど、現代の生成AI技術はそもそも使い方を根本的に間違えていると思う訳ですよ。
本来ならばもっと建設的で有意義な使い方もあったはずなのに、何故このような悪意しか感じられない使い方をしているのか……技術を使うのではなく技術に使われているとしか思えない所業。
例えるなら、目先の空腹の為に金の卵を産む鶏を殺して肉に加工したあげく、その肉でフライドチキンやら唐揚げやらチキンカレー作ってパーティー始めるようなものじゃあないッスか?
——ここまで生成AI否定派寄りの見解を語ってきましたが、生成AI絵にも『生成AI特有の粗』が仕様として存在しているので現時点では生成AIと非AI絵師の共存も、逆にAIに張り合う事も不可能ではないともポメは思います。
生成AI絵特有の粗、それは……なんか指の本数がおかしかったり、漫画風の絵を出力したらセリフの文字が意味不明な記号に化けたり理解不能な言語になったり。あるあるですね。
人間が書いた絵ならたいていは単なるミスですが、生成AI絵はこういう間違いを仕様としてやらかします。たぶんだけど、生成AI技術のブレイクスルーが発生しない限りはこの弱点は克服されないでしょう。
そこら辺を細かい描き込みで差をつけたり等、現時点では人間がAIに対抗できる余地がまだ残っています。
——では、生成AI技術のブレイクスルーが発生して神絵師の書いた絵と遜色ない違和感もないイラストが誰でも簡単に生成できるようになったら?
その時こそが絵師界隈における終わりの始まりでしょうね。
『その時』は、そう遠くない内に訪れますが、生成AIを悪用している大馬鹿者どもにはおそらくどうでもいい話なのでしょう。
ラウ·ル·ポメーゼ『そして絵師界隈は滅ぶ!!滅ぶべくしてなァ!!!』




