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楽園へ還る

作者: まこと

神はご自身に似せたアダムをお創りになられた。

そして、その番として、同じ素にてリリスをお作りになられた。


リリスは神の理想の女であった。


神は最初こそ、アダムとリリスを楽し気に見守っておられた。

しかし、神は次第にそれに違和感を感じるようになられる。



何故なら彼女は神の理想の女である。



アダムは自身の模倣、木偶人形。変わってリリスは理想の女。

神の御心は知らない感覚に苛まられた。



同時に、リリスもアダムに違和感を感じるようになってしまった。

彼女にとって、男は2人いる訳なのだから比較が生まれてしまったのだ。

やがて、リリスはアダムに反発するに至った。


神は、それを納得してしまった。胸がすく思いがした。


そして、彼女は神の名を呼んだ。原初の女は楽園を出るという。

神は、この箱庭に彼女がいることによって、ご自身の御心に変化があることを危惧されていた。

しかしまた同時に、アダムとは共にいない選択をした彼女に、心からの安らぎをお感じになられた。



そうして、神には絶対の自信もあられた。



彼女はまた、アダムではなく、自分のもとに帰ってくるという事に。

神は、彼女の選択をお許しになられた。



故に、アダムの最初の妻である女は楽園から去ったのである。



神は、今でも待っておられる。

理想の女。

愛おしい半端物が自らを高め戻って来ることを。



+++++



やがて、神はリリスがいなくなったことに戸惑う、愚かな土人形に新しくその肋骨を使い、番をお作りになられた。


それ、正しくアダムの妻となった女、イヴである。

彼らは、一つの身体より生まれし存在。

故に、イヴは正しくアダムに夢中であった。


楽園に穏やかな時が流れた。

神はそれに、満足をされ暫し休まれた。



しかしそれは、さながら微睡の夢。



神に歯向かう愚か者である敵対者がその毒をイヴへと注ぎ、

その毒はアダムへと至ってしまった。



やがて二人は、神からのお言いつけである知恵の実を食す。



そうして、彼らは知恵を得る。知恵とは、思考である。

考えるとは、簡単でありながら、最も難しく人を人たらしめるもの。

そんな単純かつ複雑怪奇が、小さな木偶人形の中に生まれてしまった。



――すると、彼らの生まれたての脳みそは、はたと気付く。



我らが創造主たる神と、我らの姿かたちは同じであるにもかかわらず、

何故、我らは裸であるのか、と。



神は姿かたちが同じものは、同じ種であると、

アダムとイヴに楽園にある生き物をお教えになられていらした。


彼らは思った。


では、我々はなぜ、神と同じように服を着ていない?

神と同じ姿かたちをしているにもかかわらず、何故?



かくして、人は比較による恥の概念を会得したのである。



知恵を得たアダムとイヴは、葉を身にまとい、服とする。

そうして、変わらず楽園での生活をおくろうとした。



それが如何に愚かで傲慢で、矛盾に満ちた選択なのかも知らず――…。




+++++




久方ぶりに神が楽園をお覗きになられたとき、

神はただ淡々と呆れた思いをお抱きになられた。



それは、約束を破ったアダムとイヴに対しての怒りではない。

神は、アダムとイヴの稚拙さにお呆れになられたのである。



知恵を得、人と神の姿が似ていると気づき、神を模倣する。

傲慢不遜な行いではあるが、神は寛大であられる。

そこはお目こぼしと見逃された。



しかし――…、神は彼らに酷く失望もされていらした。



原初の女、リリスは知恵の実も食わず、楽園を自らの足で出て行った。

神はリリスの考えがすべてお判りになられてた。



彼女は、神の理想の女である。

その理想という無意識が、リリスに知恵を与えてしまっていた。



彼女は、アダムと神を比較し、そうして、自らをも比較した。

そして、神に似た姿の自らがどうあるべきかを考えた。

アダムではなく、神と共に在りたいと思うならば、どうすべきか。



故に女は楽園を去ったのである。

そして、その意思を神は愛された。



だが、そんな去った愛し子と比べて、彼らは一体どうであろう?



知恵の実を食べたのは、いい。服も許容しよう。


だが――…。


自らと神の違いを感じ、服を纏うという対等となる模倣をするのならば、

楽園で当然と生活を続けようとするのは、いかがなものであろう?


その傲慢さたるや。


同じであると、対等であると思うのならば、

神が庇護下にあるのは、矛盾であると何故気づかぬ?




――あのリリスのように。




あぁ、所詮模倣は模倣、泥人形は泥人形でしかない。




そう神は嘆かれ、アダムとイヴを楽園から追放なさったのである。





+++++





かくして、楽園の扉は硬く固く閉ざされた。


そうして、人は幾たびも罪を犯し、諫められた。


そのたび、悪魔は神へと挑み、罰せらた。



でも、唯一罰せられないものが在りました。



原初の女、リリスでございます。

リリスはいつの間にか、悪魔と交わり子を成しておりました。


彼女はたくさんのことを知りました。


楽園に居た時よりも多くのこと。

楽園にいては知らぬままであったであろうこと。



憎しみ、苦しみ、悲しみ、痛み。


嫉妬、傲慢、怠惰、色欲、暴食、憤怒、強欲。


憧れ、自信、安らぎ、官能、満足、正義、純粋。



彼女はそれら全てを咀嚼し、大事に大事に心の内にしまいながら、

ただ世界を見つめました。



世界は、悪魔と天使が小競り合い。

人は、人と小競り合い。

ちょっとだけ美しくて、ちょっとだけ醜い。

とっても悲惨で不幸だけれど、とっても穏やかで幸福。


そんなありふれた世界。

私たちの世界をリリスはそっと見ているのです。



やがて、そうして彼女がありとあらゆるものを知ったとき、

彼女はどこであろうと、静かに神の名を呼ぶのでしょう。



その時こそ、楽園の扉が彼女の為だけに、再びと開くのです。



神と人、創造主と創造物、父と子、男と女。



彼女は在るために、堕ちるも汚れるも貴賤なく飲み込み、

神の世界も、神以外の世界も、その瞳、心、脳へと刻んだのです。



原初の女は開かれた楽園の扉の先、神に向かってこう告げるでしょう。




「これで、あなたの傍に在れる」




と。

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