9話、嵐の海には近寄るな
このポポタンを千匹倒すとラッキーポポタンなどのレア種が生まれる。ゲーム世界がそのまま現実となったのかは未だ分からないが、記録しながら倒した結果、この世界ではその数は疎であるようだ。
「ほいほいほい!」
『ポポっ――』
今の装備である『銀刀・セセラギ』で、ズバズバと可愛らしいポポタンを斬殺する。容赦なく、動物愛護団体に隠れて沸きに沸くポポタンを狩りまくる。
これを繰り返して、今日で二日目。そろそろ三体目のラッキーポポタンが出てくる頃だ。
「……そろそろやってみるか」
固有魔法の応用。デュエルと決闘した時には、【雷切】が勝敗を分けた。あれは【コールの赤雷】を局所的に使用して、刀を加速させるというもの。速度は力。刀の威力を激増させた【雷切】は、俺達モードレンドを最強たらしめる必殺技だ。
しかし密かに問題が起きていた。
武器の耐久値だ。名刀と言えど耐久値は打刀とそれほど変わらない。つまり速くすればするほど早く、耐久値はガクンと削られる。あの時なんて何本も折れちゃっていた。
だから考えた。
「――えいっ」
♤
実験が成功したところで、残りのポポタンを殺す。
『ポポーっ!!』
何の罪もないポポタン達が訳も分からず虐殺されて、アンラッキーにもラッキーポポタンが出現してしまう。防御力はポポタンの倍で、大きさは二メートルを超える。
でも斬っちゃう。
『ポポーっ!?』
所詮はユニーク個体であると言ってもレベル五十ちょっと。デュエルに勝った俺にかかれば、現れた瞬間から唐竹に割れてしまう。
「なっ……あのラッキーポポタンまで……」
「まさか、あれがノックブランドの英雄か……?」
驚愕して慄く観衆には悪いが、ラッキーポポタンから大量の経験値と共に目当てのブツを回収する。みんな御用達『ポポタンの目鯨』というドロップ率アップのアイテム作製に使う、ラッキーポポタンの産毛だ。
デュエルに勝利した事により、学校に通わずに自由に過ごせる時間ができた。これは自分用に使うが、このような素材を集めながら存分に世界を楽しむ。
要はローズマリーが洗脳されなければいいだけだから。タイミングを合わせれば、それ以外は遊んでいていいのだ。
「ふぅ……」
また何も知らずに生まれ変わる憐れなポポタンが現れるまで、暫しの待ち時間か。
「……」
……暇。
どうせ誰もポポタンを相手にしないし、競合することはない……弁当でも食べるか。そう決めるとすぐに胡座をかいて座り、鞄から弁当箱を取り出す。
「タララタッタラァ〜! お祖母ちゃんの作ったものとは思えない豪華な弁当ぉ!」
早速開くとステーキ肉や野菜の煮物とチーズ、そして朝に焼いたパンなどが四角い箱に敷き詰められている。食欲任せにナイフとフォークで食い漁っていく。
「むぐむぐむぐ、あむっ……」
そう言えば、あの名物食堂もあったか。軍学校に入ったら食い散らかしてやるぜ。
「あむあむあむあむっ……」
次々と口へ放り込んで、昼食を堪能する。
『シュコぅっ、シュコぅっ』
暗黒面に堕ちた選ばれし者みたいな呼吸音を出しながら、ポニーテールにした銀髪が美しいガスマスク少女が隣から見下ろしてくる。小柄ながら似つかわしくない汚れだらけの白衣を着ており、背後に腕利きであろう女の護衛を伴っている。
『……何故、このようなところに子供がいるのだろうか。甚だ疑問だよ』
「てめぇ、何歳だよ」
『十二歳だが、何か?』
「年齢なんか何の指標にもならねぇんだよ、えばんな」
『記憶力に難があるようだね。君は低脳に違いない』
いい度胸だ、ちんちくりん。昼飯を掻き込み、全力で咀嚼して飲み込む。
「ごくりっ……あんた、名前は? 俺はアレキサンダー・ニンジャマンだ」
『あからさまな偽名に体裁だけだが感謝する。では、こちらも名乗ろうではないか』
白衣をはためかせ、少女は俺へと胸を張って名乗った。
『私は世紀の大天才、ロロ・レオナルド! 何を隠そう、“二百年先を行く者”とは私のことなのだっ!』
こいつ、ちょっと可愛いかも。ガスマスクしているので分からないが、無邪気に訳わからないことを自慢するこの性格は好感が持てる。
「ちょっと顔見せて?」
『なっ!? ちょっ、マスクに手をかけないでもらおうか! 顔出しだけはしていないのだっ! あわわわわっ、ちょ、ホント顔だけは勘弁してッ!』
「一瞬でいいから。顔が良かったら俺の女にするだけだから」
『このガキ危ないっ!!』
なんか面白いから気に入ってしまい、子供二人で戯れ合っていると、護衛の人が機を見て引き剥がしに来た。
「博士、そろそろ帰りましょう? 嵐になると聞きましたし」
『……ふん、ご苦労』
白衣の乱れをこれ見よがしに整え、ロロは澄ました様子に戻って告げた。
『必要なデータは取り終えているのだ。煩わしい子供に構うなど、合理性を求める私らしくもない……』
「興味があることには妥協しない博士らしい行動でしたけど。知りたいと思ったら止まらないんですから」
『許可無き発言は控えたまえ、助手君』
「護衛です、博士」
護衛と共に去ろうと踵を返したロロは、一歩目を踏み出すと、ふと思い出して立ち止まった。
『……なるほど、理解が追いついた。そうか、コール・モードレンドか……』
「俺もたった今、思い出した。お前があのロロ・レオナルドだったか……」
『白々しっ!? 恥ずかしくないのかね! 君のは私が名乗ったからだろうにっ!』
「狼狽えることはない。その白衣、そして挙動から自然と見えて来ただけだよ、博士」
『天才面は私だけの特権なのだ! その顔を疾く控えたまえ! 君の猿真似は不愉快極まりない! ふんす!』
ふんぞり返って腕組みするロロは、思い切り俺を見下した後に改めて帰路へ足を向けた。
『……君も早く出口へ向かうべきだな。もうすぐ嵐だ』
「嵐?」
『そうだ。いかにコール・モードレンドと言えど危険だろう。天才の私は一足先に失礼する、ではな』
ローズマリーと並ぶお気に入りの玩具が去っていく。しかし嵐と聞いたからには後を追えない。何故なら嵐には、奴が湧くからだ。
それにしても……天才か、可哀想に。真の天才は人工精霊を生み出したアイザック博士だというのに。世間知らずも、もうすぐ現実を見ることになるのか。
♤
エリアIは通称“海の魔人が巣食う浜”と呼ばれ、洞窟内にあって天井は開かれており、空を見上げる開放的な空間であった。砂浜も水辺も穏やかで、出没するマーマンの数も少数と初戦闘には打ってつけの場所とされている。
晴れの日は……。
「はぁっ、はぁっ……!」
「くっ、脚を食われた! 退路は確保できたのか!?」
四人を取り囲む青緑色の鱗を全身に持つ人型の魔物、マーマン。エラはあっても肺呼吸も可能で、分厚い尾と爪や牙は亀の甲羅も破る程だ。
レベルは二十後半から三十後半が平均的である。
「ダメだっ! 一体も倒せやしないっ!」
突如として嵐となったエリアIは瞬く間に浜辺から上がったマーマンに埋め尽くされ、この四人組のみならず多くの魔戦士達が群れに呑み込まれていた。
『ぎゃァァァァァ!?』
遠くからは断末魔らしき絶叫も生まれ、確実に這い寄る死の瞬間を刻々と待つばかり。懸命に足掻くも、陣形は徐々に狭まり、背を合わせるまでの距離に達する。
「ぐぅ……だからまだ早いって言ったんだ!! リーダーが大丈夫だなんて無責任に言うからだぞッ!!」
「……!」
「えっ――」
負傷して蹲っていた男が憤然とした心情を吐露した瞬間に、自尊心の高いチームリーダーの男が激昂する。彼の肩の紐に手をかけ――マーマンへと放り出した。
「何ス、っ――ぐぁぁぁ!? タスケッ、タスケテくれぇぇぇ!!」
「な、なにをっ……!?」
マーマンに食い千切られていく男を救おうにも、仲間達はリーダーの凶行に恐れ慄いていた。
「……」
「はんっ、責任転嫁しやがって……他に文句がある奴はいるか? どうせ死ぬんだ。お前等も放り込んでやろうか?」
目は正気を失っており、理性もなく力の弱い女へ手を伸ばす。
「やめっ、やめてっ! 止めてッ!」
「おいっ、リーダー! イカれちまったの、か…………」
止めに入った男の心臓に短剣を突き刺し、マーマンへと蹴り転がすと、女の首を力の限り締め付ける。
「グッ、かっ、ハッ……」
「大体よぉぉ……お前等が弱いからだろうっ……!? 俺が一番レベルが高くて、散々いい思いをさせてやったのにっ。こうなったら俺のせいかぁぁ!? あぁん!?」
呼吸叶わず、視界が朧げになるに連れて男の声も遠のき、マーマンに脚を食いつかれながらも、酸素を求めて泡を吹き始める。
少女はあまりに醜悪な最後に涙する。醜い呻めき声で漠然と助けを願ったのは、まだ未来を夢見る少女には必然的だった。
(たすけてっ……)
「いいよ」
子供の声音が、願いに応えた。取り巻くマーマンの群れが細切れに弾け、リーダーの腕が肘辺りから断たれた。