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8話、ポポタン

 帝国軍本部、第二基地。第一総合強襲部隊執務室では、早朝から軽い騒動が起こっていた。

 いつも出勤時間は決まって規定の十五分前。任務の集合時刻も十五分前と、徹底していたデュエル・モードレンドが、勤務開始時刻の五分前にも関わらず姿を現さない。


「……何かあったのか?」


 頼まれていた資料を持参したランスロットが、独りごちに(つぶや)く。軍学校からの同期ともあって、あのデュエルのデスクに軽く腰掛ける様は、部下の肝を冷やしてならない。


「……確認した方がいいかもしれません。私がご自宅に向かいます」

「そうしてくれ。任務直後で気が抜けたのだとしても、デュエルばかりは考え難い」

「はっ。では――」


 部下の一人が席から立ち上がると同時に、執務室の扉が開く。現れた人物は予想通りだが、その姿は目を疑うものであった。


「で、デュエル……何があったっ?」

「隊長っ、傷だらけではないですか……!」


 手当てをしてあるとは言え、顔面から首筋、肌の見える箇所は殆どが傷付いている。どのような任務であれ軽々しく達成していたデュエルに、昨夜の間に何があったのだろう。


「……何という事はない。ただの親子喧嘩だ」

「なんだ……驚かせるな。バトル殿と派手にやり合っただけか……」


 引退したとは言え、あの鬼神ならばデュエルと言えども相応の手傷は(まぬが)れないだろう。ランスロットや部下達は()に落ちたという表情で、安堵(あんど)の溜め息を漏らしていた……のだが。


「コールだ」

「……は?」

「コールのやつにやられた。他言はするなよ」


 この時、二分に渡って沈黙が続く。冗談でない事は、虫の居所の悪そうなデュエルの顔色からも明白だ。だからこそ話を飲み込めず、何を言われているのか理解が及ばないのであった。

 デュエルが敗北する事がそもそも想像できない。にも関わらず、加えてまだ幼い息子に痛め付けられたというのだ。

 そしてこの話題は、代表の耳にも届く。


「……デュエルが、コールに負けたっ?」


 与太話としても、不可能としか思えない。執務室で報告を受けたペンドラゴンはあまりに荒唐無稽(こうとうむけい)な内容に放心する。


「……コールはまだ九歳だろ。それが事実だと、本気で言っているのか?」

「間違いないようです。酒を持参して話を聞きに行ったところ、バトル殿も鼻高々に仰られていました」


 九歳の子供が帝国最強と名高い魔戦士を倒したという。しかもデュエルは実子にも厳しく、手を抜いたとは考えられない。つまりコールは齢九つにして、帝国軍最強の座を勝ち取ったことになる。

 ノックブランドで起きた事件すら(かす)む、天才という言葉でも片付けられない偉業だ。


「……アーサーは任務直後で待機中のデュエルに稽古、と言っていたか?」

「はい、そろそろの筈です」


 返答間際からデスクより立ち上がったペンドラゴンは、隣接する軍本部に足を向けた。到着した頃には正六角形の修練場では、デュエルを相手にアーサーが暴れ回っていた。


「おおおおおっ!」

「……」


 見守る兵士達も思わず感嘆の溜め息を漏らす怒涛の攻め。大剣は力強くデュエルを襲い、覚えたての王剣魔法も遺憾無く発揮されていた。類を見ない天才と早くから(ささや)かれるだけはある。

 一歩下がり、一歩踏み出し、その場にて交わされる一進一退の攻防に息を呑む。


「……あれが、天才か?」

「……」

「鞘から刀も抜かずにいるデュエルに、戦技も魔法も反撃すらしないデュエルにあしらわれるアイツが、帝国で最も期待されているのか?」


 人工精霊を宿すべく選出されるであろう英雄達を率いるのに、何一つ不満はなかった。だが報告を聞いた後では、もはや遊戯にしか見えない。


「……今、コールは何をしている」

「母方の実家で自主鍛錬に励んでいるようです」

「呼びもど……」


 ペンドラゴンはコールを軍に登用する考えを抱くも、ふと思い止まった。このまま放っておけば、どこまで強くなるのか。少なくとも軍学校入学までは自主的に鍛えさせるのも良いのではないか。


「呼び戻しますか?」

「……いや、帝都に戻った際には顔を出すようにとデュエルに伝えておけ」

「承知しました」


 開発中の人工精霊を宿らせ、帝国……いや世界最強の番犬へとするのも視野に、慎重に見守ることとした。


 ♤


「――ポポタン!」


 父デュエルに勝って、頭がバカになっちゃった。


「ポポタンっ、ポポタン!」


 踊り狂う九歳児を目にして、洞窟内にいる周りの魔戦士達が仰天している。

 ここは侯爵級魔城〈海宮魔境・エルビアン〉と呼ばれる、城主である悪魔が何千年も眠りに就いている放置型の魔城である。このような魔城は稀ではあるが複数存在し、魔戦士達の修行の場として活用されている。

 ちなみに、ここの魔物はそこそこ強いが、棲み分けがはっきりされており、適正エリアを間違えなければ死ぬ事はほぼない。


 そして俺の目当ては勿論(もちろん)、ポポタン!


「ポポタンポポタン! ポポタン? ポポタンっ!」


 この世界が楽し過ぎる俺はポポタン達に囲まれて、踊り回っていた。母方の祖父母がいるノックブランドから魔鋼列車に揺られること二時間。到着した海沿いの街チリアにある海宮魔境まで、この為だけにやって来たのだ。

 穏やかぁな凪の海辺。崖側の穴にある入場ゲートで父に作らせた入場許可証を(かざ)して素通りだ。


 他の魔戦士達は平均して、んん〜……レベル二十くらいだろう。ここがエリアGと中々に深層であることからも、熟練の魔戦士達と分かる。

 発光する(こけ)()(しげ)り、視界が確保された中で湿り気のある海風が吹き抜けていく。足を滑らせる危険性はあるが、かなり安全なエリアだ。


「や、やぁ君? 少し聞きたいんだけど、誰に連れて来てもらったのかな。周りにはそれらしい人が見当たらないけど……」

「見ての通り、一人で来ました。どうかお気になさらずぅ」


 意を決して恐る恐る話しかけて来た黒髪ショートカットの美人な女魔戦士に、白いモコモコに囲まれて踊りながら断りを口にした。


「ひ、一人……?」

「そんなわけないだろ……。……帰りにまだいるようなら、連れ帰ってやろう。親か師匠とハグレているのだろうからな」

「……そうだね、そうしようか」


 仲間らしい男性ら三人に連れられて、善人そうなチームが更に奥へと挑んでいく。タンポポの愛称で親しまれるポポタンには見向きもしない。この魔城で最も価値ある魔物なのに。


「……まるで天使みたいだな」

「えらい美形だったな」


 ちなみにこの容姿のせいで、男女問わず日に三度は狙われます。


「じゃ、そろそろ殺すか」

『ポポっ!?』


 仲間じゃなかったのか、とばかりに愕然とするポポタンの一体を一刀両断にした。どう見ても仲間じゃないのに、踊っていたら寄って来るのがポポタンだ。(まと)めて殺していく。


「なっ!? あのポポタンを一撃で倒しただとっ……!?」

「やっているのは子供だぞ!? 何者なんだっ……」


 ちなみにポポタン、攻撃しなければ敵対しないが、こう見えて防御力が無駄に高く、しかも何をトチ狂ったのか結構な高火力の自爆機能付き。こうして雑魚狩りしても(ろく)な経験値にもならず、魔戦士達の間では休憩エリアの目印という認識となっている。

 しかし俺は、こいつを求めてやって来た。


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