77話、軍と繋がる黒幕叔父さん
その名前には聞き覚えがある。
つい先程、その名をアグラヴェインが呼んでいたのだから当然だ。
『おう、ヴィン。何があったんだ……?』
『デイビス叔父さん、心配は無用です』
更にはドン・ビアンコの発言内容を、コールは咄嗟に思い起こしていた。
例え歴史あるロッソやグリージョであっても、軍の上層部との繋がりを持つ事は容易ではない。
ならば、最も巨大な勢力を誇るビアンコならば、どうだろうか。
ラック・ビアンコの兄であるデイビスならば、どうだろう。
「……嘘だっ、出鱈目を言うなッ」
「ガッ、グッ――!」
ルカの語った発言の意味をよく解釈したアグラヴェインは、無意識に彼の胸倉を締め上げていた。
ネクタイを締め上げ、頸動脈を圧迫して真実を話すよう尋問する。
「ほ、ほんとうだっ……! 本当にボスにふさわしいのは、自分なのだとッ……!」
「嘘だッ!!」
アグラヴェインの怪力による尋問にも、答えが変わる事はなかった。
「アグラヴェインさん、そんな時間はありません」
「こいつを嘘を吐いているッ! 私が自白させますから黙っていてください!」
「機密というのは『侵蝕の芽』という危険なものです」
「だから何ですかっ!」
残火の残る摩訶不思議な倉庫で、身内を疑われる彼女の怒声が反響する。
しかし、現実を思えば一刻の猶予もない。
「侵蝕人、あなたも報告は受けたはずです。『芽』を植え付けられた人間は、アレになります」
「だから、それがどうしたと言うのですか……!」
「あなたの叔父は、おそらくソレを持っています」
「っ!? あなたはっ……私の叔父が密売ルートを作っていると、本当に信じているのですか!?」
「はい。彼が仕入れ担当なら、全ての事に合点が行きます」
コールの頭脳が弾き出した最も高い可能性は、悪魔を仕込んだ一般人を使った密売だった。悪魔の魔力なら“内”に内包できる量は多く確保できる。
だが個人的に信頼できる手下のいるデイビスなら、同量は用意できただろう。
弟のラックは頭脳明晰だが、兄ならば行動や心理を知っている。親族ならば容易に裏はかける。平時からドラッグに反対する旨に全く同感と賛同を示していれば、より疑われない。
「有り得ないっ! デイビス叔父さんに限って、それはありません!」
「……現実が見えていないようですが、あなたは今デイビスから脅されているのですよ?」
「幼い頃から我が子のように可愛がってもらったのですよ!? 何処が脅されているのですか!?」
「あなたはデイビスの子ではない。だからこそ、平気であなたの弟と妹を人質にしているんです」
「……そんな……」
デイビスは先程、アグラヴェインの弟マイケルと妹ナンシーを連れて車に乗って外出した。デイビスの家族も連れて、何処へ旅行でもするかのように。
「正体が露見すると察したのでしょう。追って来るな、二人がどうなってもいいのか……と言っているのでしょうね」
「……」
混乱のほどは彼女にしか察せられない。
固い絆で結ばれた家族が、忌み嫌うドラッグを仕入れていた。更には処罰を恐れ、幼い弟達を盾に逃げようとしている。
しかも追うなと。つまり、海外にでも逃げるのか、もう二度と会う事はないという事だ。
「――そういう事だ」
混迷するアグラヴェインを絶望させる人物が、焦げだらけの倉庫内へ足を踏み入れる。
異常な倉庫内の熱気の理由も、聞き耳を立てていたのか知っているようだ。余裕ある笑みを浮かべ、火を踏み締めて現れた。
「……カルロス兄さん」
「ヴィン、お前の負けだ」
デイビスの長兄であるカルロスだ。アグラヴェイン同様の神秘的な白髪の優しげな男だが、向ける目は蔑みにも似たものだ。
少なくとも、物心つく前からよく遊び、よく学び、共に悪戯をして怒られ、笑い合った妹のような存在へ向ける眼差しではない。
「なにを言っているのですか……?」
「小さい時からお前と比較されて来た俺の気持ちが分かるか? 馬鹿みたいに強いお前と、平凡な俺……しかもお前は頭も良くて勉強も出来る上に、部下に慕われてる」
家族ではなかった。
「それにな、追いつこうと頑張って頑張って、それでも大きくなるに連れて、俺には補佐の役割しか道がないと知った時、どんな思いだったか分かるか?」
愛ではなかった。誰もが本心を隠して生きているだけだった。
「お前のお帰りに合わせて玄関まで行って、コートを受け取ってかけるなんて屈辱に、今後一生続くと思えば耐えられるわけないだろ?」
あの時、些細な日常の合間に、そのような暗い感情が背後で巻き上がっていたと知る。
耳を澄ませば、あるいは歯軋りが聴こえていたのかもしれない。
気付けなかった。察してあげられなかった。
「偉大なラック叔父さんといえども、親父みたいにはなりたくなかった。弟の顔色を伺って生きていく惨めな人生はゴメンだからな」
「お、叔父さんは立派に父を支えてくれていました!」
「それが惨めだって言ってるんだよッ!!」
「っ!?」
まだ諦めたくないアグラヴェインの手を、積年の恨みによる怒声が振り払う。
心底からの鬱憤をぶつけられ、その声音の持つ『本気』を知ってしまう。
「……けどな、親父にもまだ執念が残ってくれていたんだ。やれば出来るんだよ、俺達。お前達を見事に出し抜いて、大儲けさせてもらった」
「……」
彼等はよりによって、一族が固く禁じていた違法薬物に手を染めてしまう。
「気付かなかっただろ? 俺達こそマフィアのトップに相応しい。ドラッグビジネスの王になるんだよ」
「ん〜そうですか。ですが、のこのこやって来て頂いたところ申し訳ありませんが、何処にも行かせません」
「おっと、止めておいた方がいい」
一歩踏み出したコールを目にしたカルロスは、懐から紫色の新芽のような物体を取り出した。
現在捜索中の機密とされる『侵蝕の芽』だ。
「俺にはコレがある」
「確かに強くはなりますが、人ではなくなりますよ? 王になるのではないのですか?」
「コレが、俺がここに残った理由だよ」
カルロスは下卑た笑いをコール……ではなく、意気消沈のアグラヴェインへ向けた。
「使え」
「……ぇ」
膝を屈して打ちひしがれるアグラヴェインの目の前へ、侵蝕の芽を放り投げた。
「それを使ってコイツを殺せ。そして暴れるだけ暴れて、ビアンコファミリーの名を地獄まで堕とすんだ」
「僕がさせるとでも?」
「なら代わりに弟と妹が化け物になるだけだ」
猛烈な恐怖が迫り上がり、胸の奥底からアグラヴェインを蝕む。
純真無垢に育つ最愛の弟達へ、今まさに魔の手が迫っていた。
「や、止めてくださいっ! あの子達だけはっ、あの子達には手を出さないでくださいっ! 無関係のはずです!」
「だったら――よぉ!」
歩み寄ったカルロスは、懇願するアグラヴェインが下げた頭を踏み付けた。
「グゥ――!?」
「……」
「おねがいします……! あの子たちには、なにもしないでくださいっ……!」
「だったらさっさとしろよ。俺の定期的な連絡がなければ、あっちで化け物が生まれるぞ? 仲良しな兄妹のモンスターがな」
「……っ、わかりました……」
これまで裏で抱き続けた嫉妬心や屈辱感が、足裏で蠢く感触により解消されていく。生涯に渡り消える事のないと思っていた劣等感が霧散していく。
性行為をしているような快感が、カルロスを絶頂せしめていた。
身震いするカルロスが足を退かすと、アグラヴェインは緩慢な動きで手を伸ばす。脈動を繰り返す悍ましい物体を手に取り、それを口元へ運ぶ。
例え化け物となっても、一縷の希望にかける。
カルロスの復讐劇が、悲劇にて幕を閉じる――わけもなく。
「――いやいや、お前アホか」
恐怖で震える手から、コールが侵蝕の芽を奪い取った。
「っ……こうするしか、ないんです」
「そんなわけあるか。仮にやるとしても上司の俺に相談しろよ。報連相、苦手か」
口調や気質がまるで変わっているが、むしろ自然な口調で言葉が紡がれている。
だが今はコールの変化に注目している場合ではない。
「あの子達を怪物にさせるわけにはっ……いかないんですっ!!」
「大きな声を出すんじゃねぇよ!! 心臓がキュッてなるだろうがっ!」
「あうっ」
額を突かれて素っ頓狂な声を出してしまう。
悲痛な叫びの残響音がまだ収まり切らない内に、間の抜けた顔で、しゃがむコールを見つめる。
あの鼻に付く微笑みはなく、むしろ印象はチンピラに近くなったようで、まるで別人に入れ替わっていた。
「助けて欲しいなら助けてやるって。なんだかんだとお前は良いやつだからな」
「……」
「いつになったら『助けて』の一言が出るんだよ。ずっと待ってたんだぞ」
目を合わせて気も楽に言うコールを、ただ見ているのみだった。この危機的状況から、さも当然と本当に救出してしまうのではと思う程だ。
気恥ずかしくも、白馬の王子様とはこういうものなのだろうかと、場違いな思考が彼女の頭を駆け巡った。
「……で、ですが――」
「そうだとも! 君達に選択肢なんてないんだ!」
有頂天なところを邪魔されたカルロスは、表情筋を強張らせて苛立ちを露わに再度告げる。
「俺が定期連絡しないと、彼女の弟と妹は化け物になるんだぞ? それが分からないのか?」
「あ、まだいたの? じゃ、まずお前から殺そっか」
「ふぁ!?」




