76話、さっき見た奴
マフィアの幹部達が集まる場に、単身自ら進んで乱入しようなどと考えるとしたら、誰なのだろうか。
そもそも、そのような者はいるのだろうか。
言わずもがな、否だ。その者は手慣れた暴力により、私刑に晒されるだろう。大抵は痛め付けられ、誰もが頭の端で最悪を想定する。殺されるか、嬲られるか、どちらにしても五体満足で出られたなら儲け物だ。
「てめぇは何処のどちらさん?」
その天使の如き男は、無法で満たされた危険地帯に笑いながら歩み行った。
幹部達の鋭い視線を集め、ドン・ブルの背後からその肩へ手を添えた。
「僕はコールです。あなた方に教えて欲しい事があって来ました」
まだ辛うじて少年に見えるその男は、年齢に不相応な度量でブルファミリーへ告げた。
当然、気に食わないと感じた幹部は、殺し屋の経験から銃の扱いに長ける仲間へ、目線と共に言う。
「……殺せ」
「まあ待て。ここまでわざわざ入って来たんだ。話くらいは聞こうじゃないか」
「舐められてるぜ?」
「お前は他のマフィアの幹部会に入っていけるか?」
「……度胸は認めるが」
「成果には報酬だ。だからこそ、若い奴等がよく働く」
殺害を求めた仲間を制し、気安く肩に手を置くコールへ軽く振り返る。
これが、貫禄だろう。名だたるマフィアのボスと渡り合える器量だ。先導するのがルカだからこそ、皆が馬鹿げた理想を追い求めたのだ。
「君は何が知りたい。答えられるかは分からないが、質問次第で欲しいものをやろう」
「あなたが、誰からサニーを受け取っているかです」
「……」
明らかな動揺が走る。
互いに視線を彷徨わせて様子を伺う。その大半が主張しているのは、コールを始末すべきではないかという類のものだ。
「……少年、それを聞いてどうする」
「その人に、誰がサニーを作っているのかを、また訊ねます」
「ああ……そうか、それは困ったな」
ここでルカは少年が噂のルーラーだと見抜いた。噂の超兵器を持つルーラーだからこそ、サニー撲滅の任務を受けてやって来たのだろうと。
非常に厄介な展開だ。稼ぎ始めたばかりだというのに、国から探りが入れられるとは。
しかしファミリーにとって幸運なのは、コールという少年が自惚れている事だ。
「分かった、教えよう」
「……」
ルカは目線で殺し担当の部下へ、今度こそ殺害を指示した。
いくら訓練を受けたルーラーと言えども、不意を打てば暗殺は容易だ。
「ありがとうございます」
「だが代わりに、私達は見逃してくれ」
「ええ、構いませんよ。売人を操ってのサニー事業は終わってしまいますが、後はご自由に」
「ありがとう」
冗談ではない。これほど美味い儲け話を、みすみす手放す筈がない。
ファミリーの総意を代弁して、ルカは会話でコールの注意を引きながら、部下に銃を備えさせた。
「私にサニーを卸しているのは……」
「ええ、誰で――すか?」
誰も動けなくなる。
ルカの作戦通りだった。会話で引き付け、殺し屋は銃を用意。得意の速射で、銃声は三度も鳴り響いた。
けれど、――コールは全て避けてしまう。
そちらも見ずに、見向きもせずに、ルカを見下ろしたまま最小限の動きで避け、弾は倉庫の壁へ埋まってしまった。
「ドン・ブル? 誰があなたにサニーを卸しているんです?」
「こ、殺せっ!! もういいっ、始末するんだ!!」
貫禄を脱ぎ捨てたルカの怒号に、幹部達が各々の銃器を取り出す。
逃げ惑う女の悲鳴、ドラムマガジンを押し込む音色、バタバタと忙しい靴音。
コールはルカの逃げたソファに両手を置き、幹部達の狂想曲を大いに楽しむ。目を閉じて、感情豊かに慌てふためくマフィアの音色を存分に愉しむ。
「撃てっ! さっさと撃つんだ!」
「言われなくたって撃つさッ――!!」
銃の準備が出来た順に、大掃除が行われる。
マシンガンの銃口を一人の少年に向け、我先に引き金を引いた。
「よし、じゃあ始めよっか――!」
弾丸の連鎖は残像に吸い込まれ、コールの姿は横合いに消える。霞の如く残像を残して始動した。
「おおおおおお!!」
「よし、俺もやるぜ!」
増える銃口が瞬足で走るコールを追う。物が散らかる床を走り、柱へ隠れ、積まれた木箱へ跳び、すぐに飛び去る。
「くそ、弾切れだ!」
「代われッ! さっさと弾を込めろ!」
弾丸の雨霰は半秒前のコールを撃ち抜き続け、倉庫のあらゆる物を蜂の巣へ変えていく。
目で追える速度にも関わらず、捉えられない。人間の動きにも関わらず、予測できない。
壁を蹴って宙返り、走った後に壁と柱を交互に蹴り、二階へ上がったかと思えば駆け出し、跳躍し、吊るされた鎖を掴んでは反対側の二階へ。
「なんなんだ、あいつは!!」
「っ、お、おい! 俺はもう弾が無い! 早く殺せよ!」
「嘘だろッ!? 俺ももうねぇんだぞ!!」
有限である以上は、尽きる時が来る。
増えていく銃痕に比例して、減っていく銃弾。倉庫内のものが、見るも無惨なガラクタへ変わる頃には、銃器はただの鉄屑と化していた。
「――お疲れ様でした」
幹部達の輪の中へ飛び降りたコールが、二人の肩へ手を置いた。灼熱を発する悪魔の手を。
「――」
「――」
瞬間燃焼。
幹部の二人は炎像へ様変わりし、燃え上がりながら悶え回る。
「うわあああ!?」
「に、逃げろ! コイツ悪魔だッ!」
出口へ目指して殺到する残党。その背へとコールは業火の神秘を送った。
人差し指に溜めた純紅の光耀。ミカエルの火を思わせる熾天使が送る裁定の一華。
コールが指を振る。妖精が魔法で悪戯をするように軽々しく振る。
――焼却の風が吹く。
紅の息吹きは駆け抜け、幹部を無慈悲に呑み込んで逃走する身体を消滅させた。倉庫内にも駆け巡り、地獄の炎が猛り狂う終末世界を作り出した。
「熱い……」
「ご苦労様です」
幹部を尻目に逃げていたルカを、鬱陶しそうに熱気を吐くアグラヴェインが連行する。
裏口から襟首を掴んで引きずり、コールの目の前へ放り捨てた。
「っ……」
「質問は同じです。燃え切ってしまった彼等の仲間入りをしたくないのなら、正直に答えてください」
答えても答えなくても構わないと言いたげに、何の感慨も見せずに問う様は、気が狂いそうなほど不気味だった。
ルカには、残された微かな希望に縋るしかない。
だが……やっと掴んだ真相は、彼女を酷く惑わせる事になる。
「……デイビスって男だ」
「フルネームを教えてください」
「だから……もう分かるだろ?」
泥塗れのルカは、何も察する事が出来ずにいるアグラヴェインを横目に見上げ、続きを口にした。
「――デイビス・ビアンコだよ」
先程、まさに先程だ。アグラヴェインを笑顔で送り出した叔父の名前が告げられる。




