73話、ドン・ビアンコ
とち狂った狙撃地点から少し離れたカフェに入り、端のテラス席で浅慮を咎める事に。とりあえず俺の奢りでブレンドコーヒーを二つ注文して座る。
「……言っておきますが、あなたが狙撃をした事により、黒幕への道は遠のきました。現在、別部隊が追跡中の容疑者も捕まえられるかは不明です」
「随分と頼りにならない軍隊ですね」
「バンは眉間を撃ち抜かれていました」
「……? だから何なんですか……」
殺してくれた方が何倍もマシだった事にも気付かない。やはりレイチェルが恋しくなる。乳のサイズしか勝ってない。デカ過ぎても形が悪くなるだけだから、必ずしも長所にすらならない。
じゃあこいつ、なんなん?
「……顔と顔を突き合わせて会っていたという事です」
「で……?」
こいつ、なんなん?
「顔見知りに他なりません。バンは仲間に殺されたんです」
「……グリージョファミリーですか。それで、それの何が問題なんです」
「グリージョファミリーの構成員は見張っています。つまりグリージョ以外の仲間がいる事になります。そしてその正体不明な者は銃を所持している」
「当たり前でしょう……」
「あれだけの雑踏の中にいたのです。追い詰めれば民間人が危険に晒される。加えて……実行しないとは思いますが、適当に脚を撃って似たような人間を増やそうとでもされていたら、大混乱になりました」
今は追跡できているみたいだが、当たり前に警戒しているだろう。追跡している人間が露見すれば、どのような行動を起こすか分からない。
「……」
「あなたの判断ミスにより、あなたのご家族、通りすがりの国民、そして何よりも機密が漏洩する危機的状況に晒されています」
興味ないピョ〜ン。ベロベロベェ、漏れちゃえよそんなの。
神妙な表情となったアグラヴェインを体裁として諭しながら、俺は明日に迫ったガメガメ遠征に心躍らせる。
「ですが分かった事もあります。先ほどバンを撃ったのは――同じマフィアの人間かもしれません」
「……なんでですか」
ヤンキーの癖に今時の女子らしく美意識は高めだ。気分を入れ替えようというのか、癖なのか手鏡で髪を直しながら国家機密について話している。
こんなキャラだったのか……画面越しには分からなかったな。多くのルートにて、中盤で死ぬから悪女Bくらいにしか思っていなかった。
「撃たれた脚を抑える手に、よくあなた方がしているシグネットリングをはめていました」
「……どの指ですか」
「小指です」
「……」
帝国のマフィアは殆どが、左右どちらかの小指に家紋が彫られた指輪を付ける風習がある。
「紋様までは分かりませんでしたが、色は銀です」
「殆どが金か銀です。残念でしたね」
「こうなってしまうと……巻き込みたくないだろうと避けていましたが、ご実家のお力を借りられませんか?」
「巻き込めるわけがないでしょうっ。軍の問題だと言っていたでしょうっ?」
「マフィアの動きはマフィアに聞くに限ります。話を聞く程度なら問題ないのではありませんか?」
「……」
「逃亡したマフィアが持つ機密はとても危険なものです。あれの行き先は軍に任せるとしても、マフィアの誰が軍と繋がっているのかを突き止めなければなりません」
内通者……まあ誰なのかは知っているが、そちらと下っ端は軍に任せる。俺達はマフィア側にいる黒幕を突き止めなければ。
黒幕辺りにも、護身用なのか『侵蝕の芽』が渡っている可能性もあるみたい。ロロが無駄に改良して、性能が上がったせいだ。
ファンブックを読んだ程度で朧げだが、原作ではここまで大事になっていなかったように感じる。
「せめてバンを襲撃して機密を奪った犯人が、誰と悪巧みをしているのかを知る必要がある」
「ちっ……分かりました。今回は仕方ない」
大人しく追跡だけしてくれたなら、どれだけのガメガメを殺せた事だろう。
コーヒーを飲み干して立ち上がり、ビアンコファミリーへ案内させる。目を引く容姿だけに、二人揃って見せ物になりつつあるカフェを背に、近くの路地裏に用意させたバイクへ乗る。
「……あなたの後ろですか?」
「車では渋滞が怖いですから。これは仕事なので割り切って乗ってください」
「……」
心底から嫌そうに顔を顰めるも、俺だって体調が悪くなるから嫌だ。コイツの巨乳と共に失神する危険を背負って運転するのだ。
無論、女体なんて俺ならいくらでも乱獲できる。お互い様どころか、俺の場合はただ自ら病原菌に突っ込んで行くようなものだ。
「オエっ」
「……?」
早くも吐き気を催しつつ、アグラヴェインの実家を目指してアクセルを回す。燃料がガソリンではないので、派手な排気音やエンジン音がないのが少し寂しい。
しかし軽快に車を追い越し、帝都キャメロットの街を駆け抜ける。
ここからは競争だ。俺の限界が先か、コイツの家に辿り着くのが先か。いざ尋常に……勝負!
♤
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……オエ!?」
庭付きの大きな屋敷を目前に、辛抱堪らず自動二輪を停めたコール。道端に寄って倒れ込むように崩れ落ち、青白い顔で嗚咽を繰り返す。
「……乗り物酔いですか?」
「そんなところです……うっ!?」
口元を手で押さえ、退屈そうに見下ろすアグラヴェインに急かされるように、フラフラと立ち上がる。
目眩がするのか、目頭を揉みほぐし……気付けに両頬を叩いて目的地を見据える。
「……行きましょう」
「こちらです」
先程の失態を自覚しているからなのか、アグラヴェインは率先して先導していた。
渋る事なく通り慣れた道を歩き、住み慣れた屋敷へ。
鉄柵を開けて敷地へ入ると、玄関前の庭にはファミリーの強面な組員達が談笑していた。どの顔も独特の威圧感があり、表の人間でないと風体でも一目瞭然だ。
しかしアグラヴェインの姿を見るなり、慌てた様子となって駆け寄った。
「……」
ふと気にかかるのは、畏敬や敬愛に混じって恐怖を顔色に表している者がいる事だ。
昨夜、ドラッグの売人を殺害した場で感じたのは、アグラヴェインの仲間想いな一面。現に、あの場にいた“若い衆”と呼称していた二人は、かけられた想いを返すように慕っているようだった。
この違和感を察知したコールの思考を他所に、駆け寄った組員がアグラヴェインへ声をかける。
「お嬢、仕事があるんじゃなかったんですか?」
「……お連れの方は?」
ファミリーのボスは絶対で、その娘も同種の扱いを受けるようだ。
歩みを止めないアグラヴェインのコートを脱がし、綺麗に玄関先へかけ、客人らしきコールにも同様の対応をしていた。
「この人は……上司です。父は書斎ですか?」
「はい。映画を楽しんでおられます」
「今から向かうので出るまでは三人だけにするように。誰も部屋に近づけないでください」
「……分かりました」
只事ではないと、鈍い組員達でさえ察したようだ。
ファミリー内には愛想の良い彼女が急ぐ様は、それだけ非日常であった。
アグラヴェインは一階玄関ホールに組員を置き去りにし、コールを連れて二階へと階段を登る。
西側に伸びる廊下を歩み、一つの扉の前まで直行した。そこには護衛らしき二人の男もいるが、煙草を蒸して暇を持て余しているようだった。
しかし彼等はアグラヴェインを視認するなり慌てて煙草を窓から投げ捨て、背筋を正して待ち受けた。
「父はいますね?」
「え、ええ。ですけど、映画を観てらっしゃるんで、邪魔は厳禁ですよ……?」
「知っています。ですが緊急なので入ります」
「お、お嬢っ? 勘弁してください!」
アグラヴェインを止められる筈もないが、それでもボスの不興を買うのは恐ろしく、男二人で扉前に立ちはだかる。
だが案の定、カーテンを開けるような手軽さで男達は振り払われてしまう。
「――入ります」
「……何の騒ぎだ」
不躾な入室への返事は、不機嫌そうな声ですぐに返って来た。
カーテンも閉め切り、薄暗い部屋でお気に入りの映画フィルムを投影して楽しんでいた男……ラック・ビアンコだ。
アグラヴェインと同じく白髪で、目付きは蛇のように鋭く、コールの美貌を前にしても何ら動じない度量を早くも感じさせている。
「ご無礼をお許しください。僕はコール・モードレンド、彼女の教育係です」
「モードレンド……随分と危ない一族が娘に付いてるんだな」
流れる手付きで映画を止め、カーテンを容赦なく開ける娘を横目で追う。瞬間的に入り込む斜光を受け、さぞ眩しかったのだろう。厳つい顔付きを更に歪め、堪らず視線を外した。
「父さん、少しだけ力を貸してください」
「……」
ここで予想外な展開が生まれる。
ドン・ビアンコが娘の呼びかけを無視した。コールの際にはされていた受け答えが、アグラヴェインになった途端に無反応となってしまっていた。
「……?」
入室時には普通に対応していたようだった。アグラヴェインの気安い態度からも、関係は良好そうに感じられていたのだが、どうしたのだろうか。
「……パパ、いい加減にしてください」
「そう怖い顔をするな、何があった。パパに言ってごらん」
呼び方に不満があったらしい。
格段に柔らかくなった声色が、娘をどれだけ溺愛しているか分かる。娘だからこそ、厳禁である映画鑑賞の横槍を許しているのだろう。
けれど次の発言から、ドン・ビアンコ本来の顔付きに戻る事に。
「グリージョのバンという若い衆が殺されました」
「……ふむ」
「奴は軍の内通者と接触したようです。そしてバンは仲間に殺されたようなのです」
「……それを聞かせて、私に何をしろと?」
「知っている事を教えてください。軍と繋がっているのは誰かなどを」
「……」
蛇の目は、娘からコールへ向けられる。
今の会話だけで、娘を利用していると見抜いたのだろう。
もしかすると、その背後にいるペンドラゴンの存在までも。
「ヴィン、外に出ていなさい」
「どうしてですか……?」
「若きモードレンドとは話がしたいと思っていたからだ。そのついでで私の知る情報は彼に話す」
「……腑に落ちませんが、分かりました」
ドンとしての威厳を取り戻した彼に命じられると、どれだけ優しい口調と言えども従わざるを得ない。
愛称で言われるがままに、彼女は室外へ向かった。
そして扉が閉まると――恐ろしく低い声がコールへと突き付けられる。
「……娘を殺すつもりだな?」




