72話、マフィアの末路
アグラヴェインの面倒を見ることとなった。ペンドラゴン代表から出る依頼としては程々に面倒だ。
とは言え、これも正史の裏にあった物語の一つ。楽しまないと損なのだ。残念なのが、この間にもルーラー達のイベントが進んでしまう事。どう考えても二兎を追えないので、今回はコイツで我慢しよう。
「……」
「遅刻です。任務は時間厳守、気を付けましょう」
遅刻すんなっ! 胸中で悪態を吐いて、学校を抜け出して売人狩りに繰り出し、やっと帰って来たアグラヴェインを迎える。
簡単な任務ではあるが、駅前で待たされていた俺のハートはバーニング。この白髪巨乳女を斬り刻んでやりたくて仕方ない。
「……あなたみたいな病弱に任務が務まるのですか?」
「そんな病弱の付き添いがなければ、まともに任務を任せられないと判断された。それが今のあなたで――」
旋風巻き起こしながら、疾風の如き刃が迫る。銃剣付き対物狙撃銃が翔ける速度はベディビエールを上回り、速射のパーシバルに並ぶ。
「……」
「……」
だがまぁ、俺からすればコアラとフルマラソンを競走するような速度差がある。激音後、俺の左側頭部付近で競り合う刀と銃剣が耳障りな音を響かせた。
「……挨拶は済みましたね」
「く……!」
小癪な小娘の重厚な狙撃銃を弾き、勢いに飛ばされて揺れる胸元を視界の端に収める。収めるっていうか、ヤツから入ってくる。視界に乳場してくる。
「行きましょう。今から容疑者を尾行します」
「……分かりました」
あぁ……任務とか面倒だし、ガメガメがいるって情報を入手したから狩りに行きたいのに……ルーラーが雑魚なせいで、このざまだよ。
辟易する俺はアグラヴェインを連れ、昨年に開通したばかりの駅から地下魔鋼列車に乗り込んだ。
地下鉄から魔鋼列車に乗り、二駅先の地区を目指す。
緩やかに滑り出した列車の車内は、両端に向かい合う四人掛けの椅子が整然と並んでおり、まだ物珍しいのか些か高値にも関わらず満席であった。
とりあえずは閉じた扉に背を預け、立ったまま到着を待つ。
「……」
「っ……」
……こそこそと俺達を見て噂話をするご夫婦。他所からも明らかに美男美女であると、驚きの会話が聴こえてくる。
微笑みはくれてやらない。無料配布はお断り。コールスマイルの安売り、ダメ!
「……で? 誰を殺ればいいのか、私はまだ何も聞かされていませんが?」
「伝えていませんから。怪しげな輩を見つけて、尾行しましょう。これも訓練です」
「馬鹿にしているのですかっ……?」
語気を強めて問いただすアグラヴェインへ、悩殺スマイルをぶちかます。ニコぉぉ……。
「調子づくのもいい加減にしなさいっ……」
「……」
「ちっ、私は見てくれ上っ面だけの人間が大嫌いなんです」
さっきその人間に格の差を見せられてたやん……面と乳と尻だけのアグラヴェインには、コールの容姿も通用しないらしい。
「……今から尾行するのは、国外の工作員を手引きしたとされる者です」
「……その工作員は?」
「与えられた任務を、忠実にこなしましょう」
「自分が何をやっているのか、明確に理解してなければ動きたくありません。話にならない。汚れ仕事で切り捨てられるつもりはありませんよ」
「なるほど……これは確かに扱いづらい。ですが僕が付けられたという事は、代表はあなたに降りかかる万が一に備えているという事です。あなたはベティビエールさんに次ぐ戦力でしたから当然ですが」
嘆息混じりにアグラヴェインの気難しさに嘆きを漏らしてから説明してやる。
だがこの時期辺りでアグラヴェインは帝国を裏切る筈。コールの手駒として悪事に加担し、現在は距離のあるアーサー達の内輪に入る事となる。
それから苦難を共にする内にアーサーと恋仲になるルートまで存在するのだが、問題はどうやってコールの密偵になったのか、だ。
「……疑問や要望、悩みや助力が欲しければ気軽に声をかけてください」
「あなたをグチャグチャに潰したい。任務が終わったら棒立ちでいいので付き合ってもらいます」
「聞いていた以上に好戦的ですね……」
肩を竦めて、不良娘の提案にお茶を濁す。
あれだけの実力差を見せてもアグラヴェインの凶暴性は抑えられないらしい。獰猛な笑みで俺を挑発してくる。その殺気混じりの様子は、まるで口輪をはめたチワワのようだ。
そう言っている内に列車は目的の駅へ。緩やかに停車し、扉が開いた。
「一つ目の課題は失敗です」
「……なに訳の分からない事を言っているのですか、気持ちが悪い」
扉が開いた瞬間に不合格を言い渡し、列車から下車する。不信感を露わにするアグラヴェインへ歩きながら説く。
「軍の内通者から機密を受け取った犯人は、マフィアの人間です」
「……!」
「しかも先ほどの車両に乗っていました。談笑を楽しんでいたとしても、気が付かなければなりませんでした。私は不審者を見つけよと告げてあったのですから」
階段を上がりながら駅の改札を目指す。後ろを歩くアグラヴェインへ容赦なくダメ出しをしながら容疑者を追跡する。
「その位置も不自然です。僕とあなたの組み合わせなら恋人という設定が妥当でしょう。隣を歩き、距離感も縮めるのが自然ですよね」
「……なるほど、私がマフィアだからですか」
「はい。マフィアと判明したのは昨夜で、他の真面目なルーラーは別の都市にいてもう間に合わないので、あなたが適当となりました」
「あなたはいちいち嘘臭いですねっ」
「仮にあなたのご実家であるビアンコファミリーが関係しているとしても、今のあなたはルーラーなのですから任務は遂行されなければならない」
「私が関わっていると知られれば家族を巻き込むことになる……。あなたにもこの意味が分かるでしょうっ」
改札の駅員に切符を渡して歓楽街へ向かう。
面倒な事にビアンコファミリーへの影響を恐れるアグラヴェインの足取りが重くなる。身内への報復が懸念されるのは明白だからだ。
なので無理矢理に腕を絡ませて歩調を合わせた。
「あなたっ……!」
「意味は分かります。なので上手くやりなさい」
「……何ですって?」
「僕達は目立つ。しかもあなたの顔はあちらのファミリーに知られています」
カフェの手前から路地に入り、また薄暗い細道へ。
そしてゴミや瓶が散乱し、鼠がせっせと交尾する裏路地から上を見上げる。
「……これは流石に登れますよね?」
「これを、登る……?」
「掴まってください」
他人との腕組みで吐き気を催し始めたが、不良女が雑魚なので仕方なく抱えて屋根まで跳び上がる。
「……!」
「一気にとは言いませんが、壁を蹴って登れると便利ですよ」
縦長の建物が整然と立ち並ぶ様式の多い帝国では、屋根を使って地上の人物を尾行するのが便利だ。早速、眼下を見下ろして標的を指差す。
「あの男です」
「……あれは、グリージョファミリーの若い衆」
「最近は運び屋を使って謎の違法薬物を入手し、売り捌いているとの報告もあります。彼を追って指示役を特定。可能ならその指示役を誰にも見られないように確保し、速やかに軍へ引き渡しましょう」
面倒臭い。一人ならすぐに終わる任務でも、ユニットを組むとそれだけで作業量が数倍に膨れ上がる。しかも見かけた事のある人物を見逃す初心者なら尚更だ。
「グリージョのドブカス鼠め……」
「……奴等の背後にいる人物に用があります。軍が彼等の動きは監視していますが、万が一を考えて僕達も与えられた任務をこなします」
言葉遣いがドブカスな女を連れて、屋根を渡り歩く。レイチェルなら楽しく散歩できる道も、アグラヴェインではストレスフル。
「自宅に向かっているのでしょう。隙を見て尋問を仕掛けます」
「……奴等に限った事じゃありませんが、若い衆はこの寒い夜を乗り切る為に、大抵は何処かで酒を引っ掛けてから帰ります。酔ってる様子がないから、何処か酒のある場所に寄る筈ですよ」
「それはマフィアの習性ですか?」
「まだ稼ぎの少ない若手に限ればです」
「立場ではなく働きによる報酬を支払わなければ、鬱積した感情が決壊する時が来ますよ」
「余計なお世話ですっ。私達には私達のやり方があるっ、ボスが決めた鉄の掟が全てです……!」
グリージョファミリーの若手であるバン・ヤドルがアグラヴェインの言う通りに、酒屋に入っていく。バーではなく酒を買って、自宅呑みと洒落込むらしい。
「……」
「……」
別にこいつも話す話題も無いので、無言でバンが買い物を終えて出て来るのを待つ。
しかし意外にも数秒と経たずアグラヴェインから、素気なくも素朴な問いをされる。
「……どうやったらそんな腕前になれるんですか」
「藪から棒に何ですか?」
「貧弱でベッドから離れられず、食も細い枯れ木野郎でしょう? 強くなる要素など皆無の筈」
「才能です……それで納得できないのなら、悪魔でも食べたのかもしれませんね」
「冗談のセンスも最悪ですね」
マフィアらしく迫力ある眼光で睨み上げられる。レベル差があってこの迫力なので、誇張なく暴力的な素養に富んでいるのだろう。
根っからのヤクザじゃねぇかよ……。
「……強くなりたいのなら、学校に行って僕の指導を受けてください。あなたが悪い連れとドラッグの売人を始末して遊び回っている間に、ガウェインさんにも抜かれましたよ」
「……!? あなたっ、何でそれをっ……!」
レイチェルとの事後デートの際に目撃したからだ。
だがしかし、それよりも気になる物音を雑踏に紛れて確認する。問い詰めるアグラヴェインを手で制止してから告げる。
「銃声が鳴りました」
「……私には何も――」
「店の裏口です。あなたは周りに警戒しながら表を見張っていてください」
面倒だからバンちゃんが殺されていますように。そう願いながら通りを飛び越えて反対側の屋根に飛び移る。
そして裏手に周り、四階から地上まで一気に飛び降りた。
「……」
頭を撃ち抜かれて殺されている。やはりバンが機密情報を持っていたようだ。
「……あん?」
鼠の死骸と添い寝しているバンの体を探って、機密である『侵蝕の芽』を探す。
けれど何も見つからないと溜め息を吐き出す最中に、新たな銃声を耳にするではないか。
先ほどと違い、硬く重い炸裂音を鳴らして帝都に響いた。
「あのクソ女がっ……!」
二度目の銃声が狙撃銃と察知するなり、急いでアグラヴェインの元まで戻る。死体は他の部隊に任せ、屋根まで飛び乗った。
そして案の定、対物理狙撃銃を構えるヤンチャ娘のところへ駆け付けた。
「何をしているんですか?」
「入口から出て来た怪しい人物を狙撃しました。あなたに言われた通りにね」
「……この場を見られると拙い。姿を隠してから聞きます」
「ふっ、ビビってるんですか?」
「狙撃したのがあなただと分かれば、ご家族が報復されますよ?」
「……ちっ」
舌打ちすんな! 低脳が!
普通に痕跡を残しながら追跡すれば、俺は必ず察して後を追って合流する。
だと言うのに、見下ろす地上の道路……視界の端で脚を引き摺るコートの人物を見るが、辺りの目があるので追うのは他に控えている部隊へ任せる。任せてばかりだが任せる。
今はコイツを連れて退散っ!




