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71話、アグラヴェイン・ビアンコ

 ダルタニアンの指輪を外し、コールの姿を取り戻す。指定されたポイントへパネル死林から歩いて向かい、森の中に似つかわしくない黒塗りの高級車を見つける。

 運転手らしき老人が開けた後部座席への扉を抜け、対面する座席へ腰を下ろした。


「……どうやらアグラヴェインは、マフィア間の抗争に参加しているようです」

「サニー……だったか?」

「そのドラッグをビアンコファミリーの縄張りにばら撒いている売人を殺して回っています」


 対面にいるのは、ペンドラゴン・エンタックだった。

 彼はいよいよ決断を迫りつつある。素質は随一であっても使い勝手の悪いアグラヴェインの処遇をどうするかだ。


 静かに走り出した車内で、思惑を交錯させる密談は交わされる。


「のらりくらりと遊んでいるだけだと思っていたが、違ったか?」

「彼女のことを知り得たのは偶然ですね。仰る通り、気晴らしに魔戦士業をやってみただけです」

「魔城はもういいのか? こっちとしては、アレで遊んでもらいたいものだが?」

「ならば早く、侯爵級以上の魔城へ入らせてください」

「……」


 決まりきったコールの文言に、黙り込むペンドラゴン。

 ペンドラゴンがこの要請を受けるのは、何年も前からの事だ。

 だが、様々な理由からコールの希望に添えていない。


「……分かっちゃいる。お前に刺激が足りない事くらい。その強さで帝国にいるだけで、博士と共に俺がどれだけ心強いか考えた事はあるか? 当然、それなりの褒美が必要だ」

「これ以上、強くなられると困りますか?」

「無論、それもある。だが今だって手が付けられん。その拘束具だって無駄なんだろう? なら同じ事だ」

「……ベルフェゴールと《夜の王》ですか?」

「それも、ある。特にベルフェゴールだ。あいつが本腰を入れたら相応の災厄となるだろう」


 立ち入りを禁止される程の魔城には、相応しい悪魔がいる。強大で、悪魔の間でも影響力のある偉大な悪魔が。

 それらのどれかを排除してしまえば、今の膠着した均衡が崩れかねない。魔王級の悪魔達が動き出しかねないのだ。


「ルーラー達もまだまだ未熟だろう。魔城攻略も、魔王達が無関心を表すレベルで、順調に潰していけている。これ以上は博打みたいなもんだ。負けたら損失が計り知れない分の悪い賭けだ」

「しかし人工精霊が本領を発揮すると、どちらにしても魔王達も無視できなくなりますよ?」

「そうなりゃ好きに攻略しろ。好きなだけ、好きな悪魔を殺せ。初めから言ってるだろ、俺は魔王級の魔晶を欲している。莫大なエネルギーを何に使うか、今から夢想して止まねぇ。帝国は俺の時代で、文明を更に更に更なる次元へと進める。博士にはそれが可能だ」


 興奮を力強い語調に表し、ペンドラゴンは初めて素直に自分の内心をコールへ明かした。

 権力や財力で縛り付けられる者ならば命令で済むが、コールは違う。ならば初の事だが、腹を割って話そうと予め決めていた。


「俺は別に魔王が怖いわけじゃねぇんだよ」

「ではそれ以外に何の理由が?」

「……」

「黙るという事は、また悪巧みですか。結構な事です」


 実はコールにはペンドラゴンが何を企んでいるかを、おおよそ知る事が出来ていた。

 だからこそ、沈黙の理由も知っている。


 そしてペンドラゴンもまた、この沈黙でコールを探っていた。


「……最近、妙な組織が複数確認出来ている」

「僕には興味ありません」

「まあ聞け」


 表情と言葉とは裏腹に、複数と聞いて関心を惹かれる。

 一つは間違いなく〈空の器〉。それ以外の組織が存在するという事になる。


「お前とレオナルド博士は渡すわけにはいかないが、必ず組織から接触がある」

「そうですか」

「博士には求める物を与えられている。お前しかり、研究室しかり。だがお前にはやれていない」

「拘束までしていますしね」

「自分がどれだけヤバい存在か分かってねぇのかっ? 街を自由に歩かせてやってるだけでも特権だろうがっ」

「……続けてください」


 腕時計をチラつかせて冗談を挟むも、本気にされてしまう。

 前のめりで熱心に語っていたペンドラゴンは、背もたれに体を預けながら続けた。野心に燃える飢えた肉食獣の眼光で、コールを指差しながら。


「組織に何か対価を用意されたら、俺に報告しろ。必ず上回る物を用意する」

「分かりました。仮に声がかかればそうしましょう」

「必ず来る……もしくはもう来ているかだ」


 煙草に火を付けるべくマッチを擦り、一度目を伏せながら煙を吸い込む。

 吐き出した白煙の隙間から、真偽を見極める王の眼を向けられる。コールの双眸を突き刺すように睨み、尋問にも似た空気を作り出した。無駄だと知っていても。


「……来ていると思いますか?」

「いいや。まだ来ていないと考えてる」

「……? どうして?」

「お前があまりにも現状を楽しんでいる。悪魔を殺すのもそうだ。ルーラーを育てるのもそうだ。うちの娘まで誑かしやがってっ……」


 以前から周囲にも感じられていたが、ペンドラゴンはローズマリーを特別に愛している節がある。将来を期待される後継者候補筆頭のアーサーにも向けない愛を、彼女にだけは抱いている。

 意外にもペンドラゴンも人並みの感情があるのだと、微かな感慨を抱いていた。


「……押したらいけそうだったので、行きました」

「うるせぇ!!」

「あらら、これはすみません」


 血管が切れてしまいそうなほど赤い顔で叱られ、コールも素直に謝罪を口にした。

 ペンドラゴンは荒い呼吸を整え、軽く頭を冷やしてから話の続きに取り掛かる。


「……まあとにかく、現状のお前はそこそこ満たされているんだろ? 少なくとも今のところはな」

「そうですね。希望は提示しましたが、まだ侯爵級魔城に入れなくても退屈はしていません。楽しくやっています」

「俺にとっちゃ途轍もない幸運だ。だから、お前の日常に干渉するような組織には、まだ属していないのだろうと考えたわけだ」

「そもそも誘いすら来ていないのですけどね。何処も見る目が無いことです」


 軽く右肩を竦めるコールに、ペンドラゴンは語気の緊張を取り除き、信用の色を表した。小声で「お前にビビってるだけだろ……」と呆れながらに話題を引き継いだ。


「例の……侵蝕人は、その組織が発明したものらしい」

「僕が昔ノックブランドで殺した個体よりも、この間の者達は精巧に仕上がっていました。これからまだ改良されますね」

「そこらを歩いている人間にも仕込めるなら、大量な人型兵器を現地で生産できるわけだ。大した発明だ、まったく」


 声音に喜悦が滲んだところを見ると、何か邪な算段をまた脳裏で弾き出したらしい。


「うちでもあの“侵蝕の芽”……と呼んでいるのだが、侵蝕人に変えた根っ子みたいなものを、研究させてる」

「対策としてですか? 利用する為ですか?」

「どちらにも使えるようにだ。当たり前だろう」

「愚問でしたね」


 そこでペンドラゴンは本題へ入る。事件は既に起きていた。


「その試作品が、持ち出された」

「迂闊です。いつですか?」

「昨日だ。博士によって組織の粗悪品よりもかなりマシになった改良品をだ。取り返すか、破壊したい」


 すればいい。

 いくらでもデュエルやレイチェルならば、すぐに任務を遂行するだろう。


「持ち出した奴は現在調査中だが、予想外な奴等の手にも侵蝕の芽が渡ったらしい。マフィア(・・・・)だ。お前にも捜査に加わってもらいたい」

「僕が?」

「ああ」


 怪訝(けげん)そうに眉根を上げるコールだが、ペンドラゴンは(かたく)なに協力を求めた。


「アグラヴェインを呼び出している。奴がこのまま使い物にならないのなら、殺せ」

「ああ、なるほど……ラストチャンスの判断を僕にしろと」

「そうだ。もういい加減に、俺の期待に応えないルーラーは要らない。成果を出すのに必要な時間は十分にやった。他の奴らは使えなくとも指示には従っている。しかし奴はこれだけの期間をチンピラ掃除に使ってやがる」

「代表にしては、有り得ない慈悲でしたね」

「ハッハッハ! だろうが! 俺も初めてだ、こんなに辛抱したのは! アイツらには手を焼かされるぜ!」


 煙と共に哄笑を上げながら、帰ってくる人工精霊を祝う。


 コールにはペンドラゴンがどうしろと言っているのか、その全容を正確に把握していた。

 要は、コールに殺せと言っているのだ。最後のチャンスと言っても改善される見込みはない。つまり、マフィアの捜査にアグラヴェインを利用した後に、殺してもらいたいという後始末の依頼だ。


「惜しいですね。彼女は素質だけなら、誰よりも上でした」

「よく切れる剣を持っていたとしても、斬らない剣士は要らないんだよ」


 言い得て妙であった。

 殺しに躊躇(ちゅうちょ)なく、度胸も待ち合わせ、伸び代は大きい。

 けれど帝国の為に働かないのなら、何の意味もない。


 アグラヴェインの処断が、密かに確定する。

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