70話、暴力のルーラー
売人を追って店内へ出たホエール達は、慌てて周りへ視線を巡らせた。
やはりソールへ構わず取り押さえるべきだったと、舌打ちしそうになりながらも直ぐに標的を見つける。建物を三つ超えた先で、鼻歌混じりに歩いているところだった。
「……っ!?」
しかし売人を追う足はすぐに止まる。
売人が二人組の男に腕を掴まれ、路地裏へ連れ込まれていくのだ。引き込んだのは、ソールが言っていた先程の銃所持者達だ。
「ど、どうしようか……」
「……行くしかないだろう。二人とも、用心するんだぞ」
仕事として引き受けた以上、売人を逃すわけにはいかない。
何らかのトラブルが起きている事は察せられるが、ホエール達は売人達が消えた路地へ走った。角を曲がり、慎重にまた進み、売人の姿を探す。
――銃声が鳴る。
「っ!?」
「今の、銃声よね……?」
すぐ手前の曲がり角から上がった銃声だった。
逃げるべきかもしれない。けれど躊躇するホエールは、もう目と鼻の先にある真実を求めてしまう。無意識に……通路を覗き込んでいた。
「……ん?」
「っ……」
そこに立っていたのは、三人。
二人は先程の銃所持者だ。加えて立っていたのは、背の高い白髪の美少女だった。豊かな胸元には谷間が見えており、年齢不相応の色気が溢れている。
だが、だからこそ不釣り合いな状況だった。
足元には美少女に眉間を撃ち抜かれたらしい売人が倒れている。火を見るより明らかな殺害だった。最後の美酒が余韻を発揮するよりも早く、死体となって転がっていた。
「……あなた方もこのクズの仲間ですか?」
「ち、違う! 私達は無関係だ!」
窮地を幾度か抜けて来た魔戦士の勘だろうか。この少女は、自分達よりも遥かに強い。戦闘となれば呆気なく殺されると即座に察する。
「では何故ここに? こいつからドラッグを買うつもりでしたか?」
嘲笑う少女はサニーの売買に関与する者に容赦がないのは明白だった。
その手に――対物狙撃ライフルを生み出し、先端に取り付けられた分厚い銃剣を引き摺りながらホエール等へ歩む。
地面を削る切っ先が火花を散らし、夜の足元を照らしながら恐ろしき少女は問う。
「ここに来た理由を答えなさい。この売人との関係もね」
「お嬢さん!」
いつ惨劇が生まれかねない緊迫の現場に現れたのは、バーの店主だった。
「あなたは、バーのオーナー……」
「この人達は違うんですよ! バーにドラッグを待ち込むその売人を懲らしめてもらおうと思ってねぇ? 今夜、雇った魔戦士チームの皆さんでさ!」
顔見知りの店主から諭され、打って変わって毒気を抜かれた少女は、武器を“内”へ仕舞い佇まいを正す。
事情を飲み込んだのか、ホエール達に向けていた敵意も既に収めていた。
「そうでしたか……。言ってくれたなら、私共で処分しましたのに」
「わざわざお嬢さんやドン・ビアンコに頼む事でもありませんって! そちらも、見慣れない顔触れだったんで、ファミリーの方と分かりませんでしたよ!」
「この二人は海外での商売をしていた若い衆なので、これからよろしくしてやってください」
死体があるとは思えないほど和やかな会話が続く。
若い衆と紹介された二人も笑顔で店主へ挨拶をして握手を交わし、また何かあればと友好的に話す。
「……」
「……」
常識を待ち合わせているホエール達は、ただ突っ立つのみだ。
売人とは言えども人を殺した直後、その場で談笑など考えられない。精神的にも、まともとは言えない。
しかし幸運だろう。その場に同じく常識を待ち合わせ、尚且つ発言をする度胸を持つ者がいた。
「そろそろ逃げた方がいいですよ」
「……あなたは?」
「彼等と同じチームの人間です。銃声があったんです。もうすぐ警察が来ます。逃げた方がいいのでは?」
「……そうですね」
白髪の少年に助言され、再び僅かに戦意を宿した目を細めながらも、麗しの少女は言われた通りに路地を後にする。
少年の横を通り過ぎながら、彼と視線を交わす。短い時間、ほんの一秒未満だが、確かな脅威を少年から感じながらに。
「……さて僕達も逃げましょう。店長さんも」
「そうですね。一旦、バーに身を隠してください」
少女……アグラヴェインが用意された車に乗って去り、ホエール等はバーへと身を隠す。
警察が撤収するのを事務所で待つ間、暇を持て余すせいもあってホエールは問いを投げかける。
「ソール君は知っていたのか? その……こうなる事を」
疲労感を感じる顔付きをしたサラとアシュリーも、全く同様の質問をしようと迷っていたところだった。
店から連れ出そうとしたホエールを止め、店主を連れて殺害現場を訪れた。偶然では済まない。意図的にやったとしか思えない。
「売人に危害が及ぶ気はしていました。まさか殺されるとは思っていませんでしたけど、彼は狙われているように見えたんです。で、狙うなら縄張りを荒らされたマフィアかなって」
「……何にしても君がいなければ、どうなっていたか分からない。感謝する……いや、いつも感謝してばかりなんだが……」
バツが悪そうに頬を掻き、居心地悪そうなホエールだ。
店主も悪いと思っていたようで、事情聴取を終えて帰って来たその手には、酒があった。
「いやぁ、ホントに悪い事をしてしまったんで、今日は好きなだけ飲んで帰ってください……」
「……お言葉に甘えましょうよ。飲まなきゃ今夜は眠れそうにないわ」
「ええ、是非そうしてください。警察は抗争だろうって事で結論を出すつもりだって言ってましたから、そっちも心配ご無用です」
まだ警察は残っている上に、嫌な興奮状態にあったサラは厚意に甘えて、酒をグラスに注ぎ始める。
やっと一息吐き出せたホエールも、店員が運んだビールに手を付けた。
「アシュリーさんもどうぞ」
「遠慮しておく。ソール君が飲めないのに、私が飲むわけにはいかない」
「じゃあ、僕も飲みます」
「そ、それは駄目だろう!?」
やけに距離感が近くなっているように見える二人を、ホエールは目敏く見抜き、サラは気にも留めずに二杯目を注ぐ。
「……暫くはこういう依頼は受けない方がいいだろうな。マフィアの抗争が始まっているのだとしたら、巻き込まれると厄介だ」
「そうだな。……そうだ、ソール君からオススメの依頼を教えてもらったんだ。凄い秘密を教わったから、明日から早速やってみないか?」
「本当か? また世話になってしまうな……」
♤
パネル死林。
アンデッドモンスターを生み出す謎の瘴気が立ち込める死の密林に、その王あり。
レベルは37、操る魔法は【吸収】。生命の源を吸い取り、緩やかな死を与え、新たな同胞へと導く死の王。骨戦士の軍勢を従え、不滅の存在として長きに渡り、その領域を総べている。
『――!?』
光も阻む瘴気の中で、骨王は高速で動く人影に苦悶していた。
白い冷気を発する金槌を打たれる度に、全身が重くなり、未知の手傷を増やしていく。寒気に弱いわけではない。打撃に脆いわけでもない。
にも関わらず、吸収魔法【ドレイン】すらも十分に撃てずして、全身を砕かれようとしている。
いや――
骨王ワイトが自覚する前に、その肉なき身は砕かれた。 手本と称して『氷の金槌』を活用した討伐法を見せたソール。周りの骨戦士狩りをしていたブラッド隊を連れ、ワイト打倒後に一時撤退した。
パネル死林の外に出て、避難後の車内で会話は交わされる。
「あんな感じです」
「驚いた……。あの強力なワイトが、ほとんど何も出来なくなっていたぞ……」
「あの瘴気の累積ダメージと【ドレイン】の重ね技は、たとえレベルが40を超えていても危険ですが、あれなら倒せますよね」
「確かにアレなら私達でも可能だ。特に腕力が自慢のアシュリーなら、打撃系のハンマーも威力が出る。時間もそれほどかからない点も、安定性に繋がるだろうな」
ホエールは鼻息荒く、とても興奮しているのが誰の目にも明らかだった。
それはアシュリーやサラも同じで、レベルが飛躍的に上がるかもしれない。それも、限られた人間しか到達できない第一線級の魔戦士になれるかもしれない。希望を抱いていた駆け出しの頃の心を取り戻した気分だった。
「ああ……グレートだぜ……ほんとにな。よく見つけたぜ、ぶらざぁ……ぁぁ……」
三人の冷めた目が、青い顔で最後部の座席に寝転がるブラッドへ向けられる。
昨夜の仕事時に女性を誘い、潰れるまで酒を浴びるほど飲んでいたブラッドに向けるには相応しい目付きだ。あろう事か、朝方までその女性と飲み明かしていたという。
「いいか……? 俺たちの船に、ソール……お前はウエっ……乗ったんだぜ……。だけどな、これ以上、たよる……つ、つもりはない。……すぐに追いつく……つぎに会うのは、対等になったときだ……だろ?」
「黙れ。そして降りろ、お酒臭い」
鬼の形相で座席を覗き込んだアシュリーが代表して叱り付けた。
広い車内と言えど、酒の匂いは充満しており、出立時から吐き気がしていた。堪忍袋の緒が切れるのは、時間の問題だったのだ。
「……朝と夜の二回。ワイトを倒し続ければ、レベルは急上昇する筈です。空いた時間は依頼を受けるなり好きにしてください」
「え、ソール君は降りるの……?」
二日酔い特有の嫌な酸っぱさを口に抱えるブラッドに代わり、ソールが車から降りる為にドアを開けた。
「人に会う約束があるんです。近くに知人が迎えに来ているので、ここでお別れになります」
本業へ戻るべく、あの問題児の件だろうなと嘆息して歩み出した。




