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7話、父と決闘

 帝国兵士最強の刀が振られる。国家を陰から守り抜く番犬の凶刃が、一人息子へと向けられた。

 息を飲み、呼吸を潜め、中庭を見守る屋敷の全使用人達。そしてバトル。デュエルに敗れたコールを救助する為に、戦々恐々としながら見守っていた。


「……」

「っ……」


 しかし、予想だにしなかった光景に目を疑う。

 静かな夜の下、火花が中庭全体に満遍(まんべん)なく散っていた。大小二つの影が目で追えない速度で行き交い、その中で激しい激音と火花を散らせていた。


「――フッ!」

「っ……!」


 壁、樹、地面、縦横無尽に跳び、刀が交差する。これを知れば世界が驚愕するだろう。最凶の番犬と幼き息子が互角だなどと。

 いや、これを互角と言えるだろうか。


「ちぃ……!」


 三階の壁へ一息に飛び乗り、姿勢低く(てっ)するデュエルが垂直に疾走する。


「きゃぁっ!?」

「下がって!」


 窓を通過したデュエルの影に、見ていた使用人達が(たま)らず()()る。


何処(どこ)へ行こうと言うのですか、お父様」

「なっ……!? クッ――!」


 突如として目の前に飛び込んだ小さな人影が、デュエルを弾丸の如く庭中央の噴水に弾き飛ばす。鞘で受け止めはすれども、その威力は常軌(じょうき)(いっ)していた。

 高レベル同士の戦闘においては、空も地もない。身体能力は人間の限界をとうに超え、跳躍すれば建築物を飛び越え、その刃は岩を断つ。

 しかしそれは、何十年も戦いに明け暮れた一握りの絶対強者の場合のみである。


「クッ、どうなって……」

「……」


 噴水のオブジェクトからデュエルを見下ろすコール。明らかに実力的に対等な段階にいる。(よわい)九歳の子供には不可能で、成し得ない事だ。

 悪魔に魂を売ったとしか思えない。


「幼い息子に、随分と手を焼いているのですね」

「幼い子ならば無邪気に笑えっ……!」


 酷薄な笑みを(たた)えて告げる小さな悪魔に、初撃の威力に優れる抜刀術を用いて【飛刀】を飛ばす。

 噴水から弾ける水滴を斬り、石造りのオブジェクトを割き、飛空する斬撃。数多の敵対者を両断して来た青暗い刃がコールへ迫る。


「お得意の【飛刀】と共に強襲ですか?」

「なにっ……!?」


 モードレンド家に伝わる剣術と戦術。その中に、【飛刀】と共に移動系の戦技を使い、側面に回るというものがある。

 まだコールが知る由もないものだが、デュエルの戦法は(はかな)く打ち破られる。


 真っ向から打ち破るのではなく、冷静にデュエルの動きを見て飛び退き、【飛刀】と共に(かわ)してしまった。


(父上かっ……!!)


 悪魔を必要以上に強くした実の父に顔を歪め、【音無】で瞬間的に追走する。


(仕方ない……)


「ふんっ!!」

「シッ……!」


 地に足付けるコールと二階壁のデュエルが示し合わせたように【飛刀】を飛ばす。

 鍔迫り合いもなく、青暗く飛行する斬撃が合わさって弾け飛び、飛散した戦技により樹木や葉が斬り刻まれる。

 すぐさま屋根上へ飛び上がったコールを追って、デュエルが抜刀しながら跳躍する。


「【(いかずち)】よ」

「ぬっ……!?」


 コールは剣戟と見せかけて眉間から赤い稲妻を放ち、抜刀されたデュエルの刃に感電するなり屋根へと落とす。方向(ベクトル)を変えて直下へ加速させていた。

 この【モードレンドの雷】は最強の矛にして、無敵の盾ともなる。だからこその神技。


(【モードレンドの雷】でさえ、熟練度も私達並みか……!)


 秘匿すべきお家芸である、物体を別方向へ加速させる特殊な雷。打たれた刀は手放す事はなくとも、刃先を屋根へと切り割ってしまう。

 隙を見て振りかぶったコールを認識するよりも前に、咄嗟(とっさ)にデュエルは(さや)を振るった。これは抜刀を得意とするデュエルの持つ強みの一つだ。鞘という二の矢があり、攻めにも守りにも応用が効く。


「くっ……!」

「一手のみではまだ甘いっ、その次がなければ押し切れないぞっ!」


 くるくると煌めきだけ残し、手先と手首のみで刀を高速回転させる。身軽に跳び回り脅威的な技巧を振るうコールに対抗し、初見の技と手数で追い詰めていく。


「お前にしては上出来だっ、認めてやる!!」

「っ……ッ……!!」


 更に追い討ちとして、モードレンド流以外の技を使用する。

 高等戦技【廻閃(かいせん)】にて回転しながら鞘で三度打ち、最後の一撃を抜刀で締めとする。

 刀で弾くも宙を行くコールは十分に刀を振るえず、弾き飛ばされて壁へ打ち付けられてしまう。


「……」

「レベルは70程度か? 信じ難いが、何をしたのか言ってみろ」


 レベル79の自分と動きはほぼ互角。何らかの薬物かアイテムで増強しているようにも感じるが、それでも誤魔化せて差分5〜7だろう。9歳でレベル70など、どれだけの天才や悪魔だとしても信じられない。


 深まる疑問を発し、壁に埋まるコールへ渋顔で問う。

 ところが……。


「やれやれ……よっと」

「……」


 返る言葉はなく平然と舞い戻るコールに、さしものデュエルも眉根を寄せる。


「……くっ、くはははははははっ!! 強いとはこんなに気持ちがいいことなのか!!」

「……なんという邪悪な笑い方をするのだ」

「あ、やべ」


 頭を抱えるデュエルに気付き、控えめに(わら)う。


「しかし、そうでしたね。相手は他でもないモードレンド家当主……」

「ふっ、まるで加減を止めるとでもいいたげだな」

「そういうことにしておきます――!」


 溌剌(はつらつ)にも思える微笑を見せるコールが、軽く【飛刀】を繰り出した。

 三つ、立て続けに。練度が上がれば威力や速度と同じく、クールタイムも短縮される。


「――」

「ッ――!!」


 目にも留まらない三連抜刀で、コールの戦技を斬り裂く。

 そして高速疾走。段違いに力強い四度目の抜刀を、コールが受け止める。


「シッ――」


 夜空の星のように瞬く剣戟の火花。コールの言葉をかき消し、尚も加速する。移動系は無駄と互いに理解し、揃って速めたのは刀の速度だった。

 単純な刀技のぶつかり合い。これぞモードレンドの競い合い。


「っ、ちっ、くそっ……!」


 しかし、これはコールに分が悪い。経験で勝るデュエルと、初めて本気で相手取る抜刀術。この二つをして、短期集中でバトルと磨いたコールの対人技術が押され始めたのだ。


「――っ!」


 最も苦しめているのは、体格差だ。大人と子供、それは覆し難い優劣であった。


(それだけではない。まだだぞ、コール。デュエルにはまだ、アレがある)


 更にデュエルには、彼を最凶足らしめるこの技がある。唯一、高速で刀を合わせる二人を見下ろし、何が起こっているのかを理解していたバトル。その懸念は、直後に的中する。

 それはモードレンド家秘奥の一つ。


「――【雷切(らいきり)】……」

「――!?」


 最凶の紫雷が閃いた。光と同時にコールの小さな身体は難なく打ち飛ばされる。モードレンド家史上、歴代最速なのではと謳われるデュエルの【雷切】が、雷よりも鋭く疾く抜刀された。

 解き放たれた刃は、天賦の才を見せたコールに辛うじて受け止めらるも、あまりに軽々と打ち飛ばした。

 光が収まった際には既に刀は抜刀状態。隙もなく、速度も威力も抜群。まさに攻略不可能な奥義だ。


「私に【雷切】まで使わせるとはな……」


 屋敷の壁を破壊し、内部の暗闇に消えたコール。想像以上の化け物に育った息子を思い、これからどう矯正すべきかを苦悩するばかりだ。


 屋敷内でも慌てたメイド達がコールの容体を確かめようと廊下を走り出し、使用人もまた医者の手配をと駆け出した。


「……」


 息子に易々と【雷切】を使うデュエルを呆れたのもあるだろう。バトルもまた嘆息して、生き残った孫に安堵を表し――


「――っ」


 その動きが止まる。バトルの溜め息も、使用人もメイドも、埃たつ暗闇を見ていたデュエルも、動きを止めた。

 その瞬間に感じ取った感覚は、筆舌し難く表現が難しい。あえて例えるなら、未知なるものへの恐怖だ。


「……! なんだっ?」


 暗闇に灯る火の玉。魔力により引き出された燃焼現象は、無情な熱の光をもたらす。魔法による光は少年を暗く照らし、その明暗の付いた表情を露わにした。


 子供の皮が剥がれ、悪魔が微笑んでいた。内と外の悪魔が重なり、二重に微笑んでいた。


「――ああ……それが見たかった」


 目的の光景を視認し終えたコールは、轟々と渦巻く炎球をデュエルへと放つ。

 だが、空気も瞬時に焼け付く火炎の塊と言えど、単なる火魔法ではデュエル程の男を傷付けられる筈もない。一層警戒心を高めるデュエルは、自身も同規模の雷球を放り、コールとの間合い半ばで相殺させた。


 重なり合って爆ぜる雷炎は、瞬間的に散り散りに散る。


「――!?」


 火の粉を破って飛び込んだコールを垣間見、怖気に襲われたデュエル。


(やろうか、コール(・・・)……!)


 ここで初めて、コールがコールの才能を呼び覚ます。

 眠らせていた元々備わる頭脳を目覚めさせ、戦闘に適用させる。


「――」

「ッ……」


 悪魔と悪魔が重なる。コールの微笑に異なる悪魔が合わさり、それがなんの違和感もなく統合される。知能の覚醒と真実の気付きを得たコールが、真の実力を解放した。

 本来ならば有り得なかった“知識”と“才能”の融合により、正真正銘の“最強”が誕生する。


「っ、く――!!」


 対するデュエルは美しく微笑む小さな悪魔を本能的に恐れ、反射的に抜刀していた。


「【雷切】ッ!」

「【雷切】」


 その名が合唱される。悪魔よりも悪魔だった。その子はバトルが見せた一度の見本だけで、脳と体にその技を溶け込ませてしまう。デュエルの【雷切】による速度負けを考慮して、微調整を施してしまう。

 驚愕に目を丸くするよりも遥かに早く、紫雷と赤雷をまとった刃が雷光の速度で振られた。


 炸裂する稲光。二色の極光は雷鳴を引き起こし、剣気が双方に飛散する。


「ぬう!?」

「キャアーっ!」


 光と音の蹂躙が弾け、全ての窓ガラスが一度に割れる。それだけに止まらず、屋敷内をも衝撃波は駆け抜け、光量と併せてバトル達も怯ませた。


 視覚と聴覚は激しく揺さぶられ、暫くは無感覚のまま耐えるばかり。

 だがやがて五感を取り戻すに連れて、彼等の様子に目を釘付けにされる事に。


「――ッ!!」

「――」


 二人は先程までと同じく、その場に足を留めて刀を合わせていた。その様子を見るや否や、悪手だと誰もが瞬時に悟った。先の競い合いで優劣は既に決しているのだから。

 だが、そうはならない。凡人達の予想などを遥かに超える異質な怪物が、誕生していたのだから。


「クッ……!」


 デュエルが一歩、下がった。

 

「なんだと!?」


 より瞠目(どうもく)させられたのはバトルだ。例えコールと言えど、レベルが同水準と言えど、今のデュエルに勝る道理はない。

 しかし、コールはまさに目の前で嗤っている。経験がどうしたと、体格がなんだと、初見だから問題があるのかと刀を見舞う。

 デュエルとバトルから吸収したものを、初めて公にした悪魔の才能が咀嚼(そしゃく)して血肉に落とし込み、新たな次元へ怪物を押し上げる。


「ちぃ、これがお前の本質かっ!」

「ははっ、やりますね」


 まだ負けじと隠しておいた手札を切りながら、舌打ち混じりにコールを押し止める。互いに加速し、取れる手立てを出し尽くし、コールは悦楽の時を謳歌する。


 悪魔と修羅が、まだまだぶつかり合う。


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