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64話、クカイ和尚と遊ぼう

 魔城に生まれた足音は一人のものだけ。

 アーサー達が襲撃作戦へ突入した経路から、一人だけが歩みを進めている。一歩一歩、その音を耳にしながら、天使の如きその男がクカイ和尚の目の前に迫るまで、厳粛な静謐の中でただ待つ。


「コール……」

「ここは僕が引き受けます。皆さんは撤退してください」

「し、しかし!」

「帝都まで振り返らず、撤退してください」


 現れたコールは強襲部隊のスーツでもなく、学生服姿だった。どうやら何処から見守っていたらしく、絶対的窮地に駆け付けて早々に、アーサー等へ撤退を促した。


「さあ、早く」

「……すまないっ」


 恐ろしく美しい柔和な笑みは、最期の時を確信しているからだろう。自らを犠牲にルーラーを逃がす決意を固め、皆の前に現れたのだ。

 苦悶の表情を浮かべるアーサーは、その意志を汲み取り、視線で全体を連れ、バフォメット等を警戒しながら走り去る。


 全員が何度もコールへ振り返りながらも、全速力でなり振り構わず逃げていく。


「……大人しく逃がしてくれたのは何故ですか?」

「あなたが……拙僧と遜色ない化け物だから、ですかね」


 ルーラーの背中が遠くの車両に消え、急加速にタイヤが空回りしながら逃げゆく頃、二人の会話は始まった。


「初めまして、クカイ和尚」

「……あなたに名を名乗った覚えはありませんが」

「《夜の王》の側近が、このような小物の魔城に何の用ですか?」

「……」


 クカイ和尚の笑みが消える。

 対してコールの笑みも穏やかなものから、喜悦に混じえて高揚感まで感じさせるようなものに。この状況を心から楽しんでいるような……クカイ和尚を前にこのような人間など、これまで存在しなかった。

 いいや、悪魔でもだ。悪魔使いとでも言うべきクカイ和尚を恐れる悪魔が大半だ。


「何者なのかは分かりかねますが、あなたのような得体の知れない人間でも友人は助けるのですね」

「彼等はこれからが肝心なのでね。それに、俺の目当ては初めからあなただ。あなたに会う為にここへ来た」

「……彼等の姿が見えたので、気分で立ち寄った拙僧に会いに来たと?」

「はい」


 鳥肌が立つ思いを、まさか人間から強いられるとは思ってもいなかった。逆は数え切れないほどで、発狂して心も体も壊れてしまった者もいる。

 だがこのような思いをするならば、次回からは自重しよう。


 クカイ和尚の内心など分かる筈もないコールは、懐から無線機を取り出す。


「一件だけ、連絡をしてもいいですか?」

「……どうぞ、拙僧も考えをまとめたいので」

「ありがとうございます」


 翳して問いかけ、了解を得てからコールはペンドラゴン代表へと連絡した。


『どうした』

「緊急事態です。拘束具を外してください」

『……アーサーの任務関係か?』

「そうです。詳しくは撤退中のアーサー様から聞いてください。僕は暫く手が離せません」

『博士に言ってすぐに外させる』


 クカイ和尚は、酷薄な笑みに反して切羽詰まった口調を取り繕うコールへ冷めた眼差しを送り、無線機を胸ポケットにしまったところへ問うた。


「もしや、先程の集団もあなたが?」

「……先程?」


 しかしクカイ和尚の推察は外れる。

 問いに返されたのは、心底から不思議そうな態度だった。見当も付かないとばかりに、記憶を探っているように見える。


「コールさん……でいいのですよね」

「はい」

「コールさんに到底及ばないまでも、これまでの人間達とは別格な集団に襲われました。人工精霊を宿す彼等よりも、よほど強い方々でしたね」

「……そんな裏事情もあるのか」

「何か仰いましたか?」


 小声で何か呟いたコールだったが、同時に何処か腑に落ちたという様子も見られた。


「いいえ、忘れてください」

「あの人間達はあなたのお仲間ですか?」

「そちらも否定します。まったく別口で、僕にも思い当たるものはありません」


 コールは「カチリ」と左手首の腕時計が外れるのを確認。より一層の笑みを深めながらクカイ和尚へ告げる。


「ではそろそろ始めましょうか」

「何をですか?」

「悪魔と人間が出会ったんだ。やる事なんて一つだろ?」


 口調も変えて右手に刀を生み出し、眼光と同様の鋭利な光を放つ刃を構える。獣が牙を剥くように、切っ先をクカイ和尚へ向け、昂りを言葉に込めて突き付けた。


「……」

「……」


 殺し合いの火蓋が、飾り気もなく切って落とされる。


「バフォメット」


 動いたのは、クカイ和尚だ。

 外に出していたバフォメット達をコールへ殺到させる。黒色の怪物達が跳躍し、コールひとりへ飛びかかった。溶解の右手、凝固の左手を前に突き出し、矮小な人の身を喰らう。


 けれど、赤の稲妻が閃く。


「――!」


 赤い線が幾重にも織り込まれる。人影を覆い隠すバフォメット達がほぼ同時に斬り飛ばされた。赤い雷光が奔るとバラバラに斬り刻まれ、尚も襲う端から斬られていく。


「っ!」


 斬りながらに新たな攻撃を察知する。クカイ和尚の両方の袖口から大蛇の束が飛び出ており、コールへ噛みつこうとしていた。

 一度でも噛まれたなら牙は外れず、悪魔の毒が混入されると共に、何重にも巻きつかれて大蛇の繭となって圧死させられるだろう。


「――」


 だがコールは左手を振って【赤雷】を鞭のように飛ばすのみ。

 それだけで一筋の赤い雷は蛇の悪魔を打ち、感電させる。悪魔達はベクトルを変えられて四方八方へ、高速で飛ばされてしまう。

 更にコールは手に握る刀を【赤雷】を流して投擲。蛇の群れの中心を穿ち、爆散させながら貫いた。


「っ……!?」


 クカイ和尚の反応速度さえも超え、左胸へと刃が突き刺さった。


「オラっ!」

『ギャオウッ――!?』


 加えて襲ったバフォメットを、【赤雷】を纏った右拳で殴り付け、クカイ和尚へ打ち出した。高速で射出されたバフォメット自身にも雷は感電し、見るも恐ろしい速さで巨体が和尚を襲う。


「クッ……!」


 蓄積された経験が、和尚の意識よりも早く高位の悪魔を袖口から吐き出し、巨大な顎門(あぎと)がバフォメットを噛み千切る。

 すぐにコールの姿を確認。残りのバフォメット達を殴り殺し終える様を視認し、即座に二体の伯爵級悪魔を吐き出した。


「――グッ!?」


 しかし完全に外界へ吐く前に、コールの赤光放つ拳はクカイ和尚の顔を打つ。スピード系と言えども有り得ない速さで迫られ、否応なく殴られながらに悪魔を解放した。

 これが功を奏し、飛び出る悪魔はクカイ和尚の意図を察して、コールを派手に打ち飛ばしながら実体を形作る。


「ちぃ……」

「……お強いお人だ」


 両者揃って弾丸の速さで地面を転がり、すぐに何事もなかったように立ち上がる。


「あなたは拙僧と違い、ただ強大なだけではない。戦闘に強く、殺し合いに強い。戦士として強く、生物として強い」


 レベルはさして変わらないだろう。魔力量も、持っている手札も。

 だがクカイ和尚はコールの生物としての強さを認め、惜しみない賞賛を送った。


「申し訳ありませんが、これにて拙僧は帰らせてもらいますよ。あなたは危険だ」

「まあ待ってよ。ホントは和尚を殺すつもりはないんだよ。和尚が吐く悪魔目的で来たんだ。もっとやろうぜ」

「ならば尚更ですよ。あなたにはこれ以上、強くなってもらっては困ります。悪魔を代表して言いますが、あなたという存在が恐ろしくて仕方がない」


 クカイ和尚は微笑みながらも、本音を語ったつもりだった。

 しかしコールは鼻で笑って和尚の言を切り捨てた。未だ赤い雷が残る刀へ手を伸ばし、和尚の胸から自身へ方向を変えて加速。改めて刀を手に掴み、和尚の嘘を暴く。


「嘘だな。なんたってあんたら悪魔には、あの《夜の王》がいる。悪魔が敗北するなんて、少しも思ってないはずだ」

「……あの方はコールさんが思う程、悪魔思いではないのですよ」

「へぇ……意外だな」


 困り顔で言う和尚は考えを変えるつもりはないようで、悪魔二体にコールを任せて逃走を決行した。踵を返して急ぎ早に帰路へ就く。


「それではまた何処かで――」


 赤い閃光が背後から弾け、蜘蛛の巣のように稲妻が広がる。一帯にいる生物を直下へ加速させ、桁外れな重力場に晒すように押し潰す。


「――っ!?」

「待てって言ったよな……」


 赤く輝く世界の中心で、刀を地面に突き刺すコールは和尚を笑う。地鳴りを生み、地は割け、人を超えた力をまた行使する。


「人工精霊の代わりを務めるには、まだ“もてなし”が足りないだろ?」

「……いいえ」


 片やクカイ和尚も困り顔で笑い、下半身から巨大な蜘蛛の足を生やした。衣装を破り、突き出た鋭利な八本の脚で赤い雷の特性に抗い、移動を開始した。


「十二分以上にご挨拶はいただきました」

「やっぱりまだ止められないか……」


 赤雷の領域からも飛び出し、蝙蝠のような巨大な翼を生やして飛び去ってしまう。

 残されたのは、コールと悪魔が二体。コールが作り上げた赤雷の力場にありながら、辛うじて身動きをし続ける驚異の悪魔達だ。


「それじゃ、残り物も食っちゃおうか」


 刀を引き抜いて力場を解消し、代わりに左手へと……極大の炎を巻き上げた。龍の炎はクカイ和尚への未練ごと悪魔を焼き殺し、魔城の魔物達ごと灰に消した。

 魔王の右腕と称される悪魔が人間から逃走した事実は、ある人物を動かすキッカケとなるのだった。

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