6話、もう一人の祖父と秘密の特訓
なんか経験値稼ぎイベントもあったが、型落ちギース君に借りも作って報償金も頂いて、特に何事もなく暫くしてやって来たのは、代わり映えもしない帝都キャメロット。
やはり段違いに都市として発展している。大陸で最も栄えていると言っても過言ではない。
そう言えばもう一体の侵蝕人はデュエルが瞬殺したらしい。ストーリー通りに。悪魔のようだったという噂が軍部内に広がっている。
やはり奴を相手にするからには、油断が出来ない。備えを怠らず、やり過ぎるくらいが丁度いいのだ。
「……」
開いた口が塞がらないといった老人を前に、向かいの大きなソファにちょこんと座って無言で頷く。
俺はとあるお屋敷に、父に内緒でやって来ていた。
「……デュエルに、決闘を申し込んだだと? 正気なのか……?」
「お祖父様、僕は勝ちますよ」
バトル・モードレンド。デュエルの父にして、当然にコールのもう一人の祖父だ。つまりはデュエルの前に『最凶の番犬』であった帝国最強の男。
こいつはコール程でなくても、本物の化け物だ。むしろバトルの血が影響してコールという怪物が生まれたのではないだろうか。
「加減を間違えられたら死ぬぞ。あいつ、頭やべぇから……」
確かにやべぇ。仕事に真面目で母に一途なのだが、なんかちょっとズレている。
九歳を蹴り飛ばすのだから、まともではないのは明らかだ。
「単純な戦闘の腕前ならば、お祖父様がより優れていると聞きます。レベルもまだまだお祖父様が上でしょう?」
「あと一ヶ月と少しなのだろう? 一ヶ月の稽古で勝てるなら、そこらの水路を走るネズミでも勝機があるわ」
否定的で辞めさせる意志を感じさせながらチョコレートを口に放り、グラスのウィスキーを喉に流し込む豪快なバトル。
「ふぅ……あいつにはアレがあるからなぁ。お前はまだ使えないだろう……」
黒色の長髪は白髪混じりだが、肌には張りが見られる。身体付きもデュエルより遥かに筋骨隆々としており、見てくれは現役そのものだ。
「今のレベルは? 高くて15から20くらいだろうが」
「50です」
「……驚いた。その歳で50を超えているのか……?」
稽古や助言をもらうにあたって低めの数値を伝えるも、俺の嘘は容易く見破られる。転生翌日以来、堪えず心掛けていた笑みが初めて消える。
バトルは発言直後から目を剥き、驚愕に表情を染めていた。見破ってみせたのは戦技ではないだろうし、魔法でもないだろう。考えられるとすれば、実戦で培った経験からか……。
「軍の平均が四十と少しだぞ。聞いたことがない……史上初めてだろうな」
前のめりになり、品定めするように食い入る目付きで頭から爪先まで眺め始めた。
「ふむ、戦技と魔法のほどはどうだ」
「……【飛刀】レベルのものや【死突】、【斬風】などです。あとは火魔法を使います」
全てのスキルや魔法は、使用する度に熟練度は上がるし、長い間の不使用期間があれば熟練度は下がるというものがある。最後はスキルそのものが消える。
ちなみにレベルは下がらないが、年齢や病により能力自体は落ちていく。
「移動系を多種覚えておけ。奴相手に機動力無くしては始まらん。後は素の刀の腕と……モードレンド家に伝わるあの技を覚えておくか?」
強い意欲を示し始めたバトルが不敵に笑った。そして背後の壁に立てかけてあった朱色の大太刀を掴み上げ、肩に担ぐ。
「勝たせてやろう、孫の頼みは断れんしなぁ!!」
この人、鬼みたい……。
すぐに別館として建つ稽古場へ連れて行かれる。とにかく実戦。兎にも角にも実戦。刀を手にぶつかり稽古をするのだが……バトルはやはり化け物であった。
「おらおらおらおらおらおらぁーっ!!」
「そりゃそりゃそりゃそりゃそりゃそりゃーっ!!」
まるで木の枝を操るように大太刀を振り回すものだから、俺も高レベルのステータス任せでスピードを加速させて高速刀術で対抗する。
小さな砦を思わせる離れの稽古場が軋み、早くも悲鳴を上げていた。
「そこぉ!!」
「くっ、なにぃーっ!?」
ちょっとパワーが凄過ぎるので一度退散しようとするも、逃走の瞬間的移動を行う前に襟首を掴まれて投げ返される。見た目通りの豪放磊落振りで、その大太刀は淀みなく天衣無縫に振るわれる。
これだけではない。音もなく疾走する高速移動戦技【音無】と高レベルのステータスを持って翻弄するも、大太刀は的確にこちらを捉えていた。
「神童と言うにも不足の怪物だな、お前はぁ! 後は魔法と戦技だ! 使え使えっ! どんどん使えよ! 小難しいことなんざ動けなくなった時間に考えろ! 今は技を使い、刀を振れ!」
帝国最強とか言われるデュエルよりも遥かに強い。謎に強い。
「まさか儂を相手にここまでできる者がいようとはな! それも孫! ガハハハハハぁ!!」
片手で振られる大太刀は『剛』のみならず、異様な巧さもあり経験の差をどうしようもなく感じさせられる。
「何故……引退されたのですか?」
「ん……? まあ、いつまでも前線に儂がいると後の者が育たないからだな。儂一人がどんどん強くなってもやれる事には限りがある。だろう?」
「そう、ですか……」
にしても強過ぎる。軽く踏み込んだ床も割れちゃってるし、大太刀を振る度に壁に亀裂が入っている。もう鬼神やん……。
「お前こそ、何故やつに挑む」
「ある女を狙っているからです」
「ほう……男だなぁ、お前も。モードレンド男児はそうでなきゃいかん。女も飯もたらふく喰らえ。そして強くなれ。ついでに酒も飲め」
父と違い、めちゃくちゃ感心してくる。
「――ならば……」
痺れる闘気が老体から溢れ出し、段違いの重圧感に稽古場が一段と沈み込む。
「……行くぞ、コールよ。儂らはモードレンド家だ。全ては……その刀で証明してみせよっ!」
「ハァっ!」
担いだ大太刀ごと踏み込み、突風を嵐の如く纏いながら猛進する。それを正面から受けて立つ。
このジジイと戦えばこの先、戦闘で臆することはないと断言できる。実に有難い。仮に今回負けても菖蒲一文字を失うだけ。学院が始まるまでに帝国最強は余裕だろう。
そして……。
♤
「……条件を加える。いいな?」
決闘の夜、鞘付きの刀を手にする軍服姿のデュエルと相対す。
「お前がローズマリー殿下の詳細情報、俺が勝ったなら菖蒲一文字の在処。加えて、特別任務で入る予定だった学院ではなく、私の隊へ入れ」
「……」
物語とかゲームとか粉砕する提案を父が掲げて来た。白目になった。
いやいやいやっ、ゲームを知っている俺としてはもう有り得ない提案だ。学院は絶対に行くよ!? よく知る英雄達の間近でストーリーを体感してみたいもん! 堕ちる英雄とか絶望する英雄もいるし、本当に楽しみにしてるんだから!
「お前は三ヶ月前から何やら邪ま過ぎる。メイドに甘やかされ、代表の娘に色目を使い、あまつさえ力を求めて彷徨う始末だ……隊でも指導する」
「……」
「イリーナに誓ったからな。お前を立派なモードレンド家当主となるようきちんと教育すると」
持ち前の性根を異世界にほんの一滴垂らしただけで、死んでも負けられなくなってしまった。