55話、愛犬と合流する
……おかしい。ローズマリーが育ち過ぎている。渡したメモでのレベリングではレベル40に届くかどうかだと予想していた。
しかもたった一ヶ月だ。何らかのアイテムか、俺の知識を駆使しなければ到達できるか怪しい……。
「退院できて良かったですね。今度は入院期間も長くて心配で心配で。屋敷の者達もやっと落ち着いて寝られます」
「心配をかけたね。また忙しくなるから暫く帰って来られない。会えなかった人達によろしく言っておいて」
「承知しました」
モードレンド家でメイドに髪を切ってもらいながら、俺の周りをウロウロしながらカットを見守るローズマリーの異変について考える。
「ローズマリー様は魔城に行かれたりはしなかったのですか?」
コールを装って質問する。このレベルの上がり方は魔城かレベリングスポットでなければ説明がつかない。
「いいえ。あなたが教えたものしかやっていないわ」
「それは素晴らしい。ローズマリー様が日々積み重ねられた努力の賜物という事ですね」
心にもない事を返答しつつ、いや待てよと踏み留まる。栗鼠寮が現実でのレベルアップ率を大幅に上げているのではないだろうか。
と考えるのが、最も現実的でしっくり来る裏付けだ。
だとしたら……うわぁ、最悪だ。序盤に形だけでも入寮しておくべきだった。全く無意味になってからこの事実に気付くとは。
「坊っちゃま、このような出来上がりでどうでしょう」
「完璧だ。僕が女性から人気があるのは、サリーのお陰だね」
「ふふっ、ありがとうございます」
新婚のメイドに礼を言って、風呂で身を清めてから屋敷を去る。封印具で汚れていなかったとは言え、なんともはや清々しい気分だ。
「次は刀よね。けれど刀は珍しいから、あなたの行き付けがあるならそちらに向かわせましょう」
「知り合いの刀鍛冶の元に向かってくれ」
屋敷から俺の金も持ち出せたので、これでそれなりの刀が購入できるだろう。レベルもかなり高くなったので、材料を集めて強い刀を打ってもらう計画もある。レイチェルか、もう少し育ててローズマリーにでも素材集めを手伝わせるのもいいだろう。
「お久しぶりです、ゴウザさん」
「坊ちゃん! 聞きましたよ! 救急搬送されたんですって!?」
キャメロットの東方に進んだ町外れにある家屋。竹林に隠れた和風な一軒家の裏手にある作業場で、ローズマリーを車に残して刀匠ゴウザに会う。モードレンド家御用達の刀鍛冶であり、材料を渡せば間違いなく一級品を作ってくれる貴重な人物だ。
「先ほど無事に退院できました。ご心配なく」
「そりゃあ良かった! ウチのもんと胃痛を堪えて夜も寝られませんでしたよぉ!」
駆け寄った髭面のゴウザに肩を叩かれて親愛を露わに。世話になっているので悪い気はしない。人の温もりにより吐き気がするも、これくらいは耐えておく。
「……息子さんと女将さんがいらっしゃいませんね」
「刀を客のお宅へお届けにね。会ってもらいたいんですが、まだ暫くは帰って来ませんなぁ……」
「それは残念です。また顔を出した時にご挨拶させてください」
であれば手早く用件を済ませてしまおう。スーツケースをゴウザへ差し出して、値段に沿った刀を譲ってもらう。ゴウザは自分で打つだけでなく収集も行っているので、あらゆる刀を売買する事もできる。
「おっ、いつものようにですか?」
「お願いします。入院直前の戦闘で刀を全て失ってしまいましたので、これで見合う物を見繕ってください」
「かなりの金額ですね。これなら名刀にも手を伸ばせる。残ってるのだったらぁ……」
ゴウザは切り株の上でスーツケースの中身を確認し、すぐに適当な刀に当たりをつける。
「……となったらば“秋雨”辺りでしょうね」
「聞いた事のない名前ですね」
「いい刀ですよ? 長めなのに頑丈で有名なんですよ」
「そういうのを探しています。また似たような刀があれば連絡してください」
「へい! お任せください!」
ゴウザの見立てなら間違いない。紅葉色の鮮やかな持ち手の刀を購入し、ローズマリーの待つ車へ戻る。
芸術的で鮮やかなデザインの刀は持っているだけで心が躍る。機嫌はすこぶる良いと言える。
「喜べ、掘り出し物が見つかったぞ」
「……それは私に関係があるの?」
理解不能とばかりのローズマリー。そこは素直におめでとうを返せないのだろうか。
「次は何処へ行くのよ」
「お前らは先に帰ってろ」
「……何を言っているの?」
怪訝そうな顔となって俺を見る。だが俺は久しぶりのシャバで体を動かしたくて仕方ない。
「スラムか何処かの悪魔ちゃんで試し斬りしてくる。明日は学校に行くからまたその時にな」
「ち、ちょっと待ちなさ――」
お小言が飛び出そうなので扉を閉めてシャットダウンし、高速で姿を消す。
たとえ男爵級以下の野良でも、稀に危険な悪魔もいるのでローズマリーは連れて行けない。久しぶりに【音無】で走り、建物の屋根を伝って帝都を移動する。
すると飛び移る先の建物の屋上に、俺を迎えるものが現れた。
「おっとっ……おかえり」
途轍もない巨乳に頭を抱き締められ、馴染みの彼女にアツアツで出迎えられる。
♤
帝国軍第二基地。帝都キャメロット内にある主要基地の一つで、若き隊長が率いる黒蛇第二番隊が書類を片付けていた。中隊規模で小隊は二十組もあり、各自が報告書を美しい容貌の乙女へ持ち込んでいく。
「……あ、あの、フェリル隊長」
「うん……何かな?」
今し方に提出された報告書を確認するレイチェルへ、デスク越しに男性隊員が小声で声をかけた。即座に殺到する殺気混じりの視線だが、隊員は勇気を振り絞って誘い文句を口にした。
「今夜は空いていますか? ディナーでも如何でしょう。いいレストランを予約してあるんです」
「すまないね。私は異性に興味がないんだ」
「えっ……?」
思わず虜になる苦笑いを受けて顔を赤らめながらも、隊員は聞いていた情報と異なる告白に固まってしまう。
「それとこれは受理するよ。問題ない。以前の失敗を繰り返さない君のそういうところは好ましく思うよ」
「……あ、ありがとうございますっ!」
年下の二十歳とは思えない色気で男性隊員が撃退される。
次に現れたのは若い女性隊員。レイチェルとは小隊を組む際にも同じチームになる事が多い。故に距離感も何処か近いように感じられた。
「レイチェル隊長、お願いしますっ」
「はい、お疲れ様。少し待っていてね、確認してしまうから」
「……隊長、あの話は考えてもらえましたか?」
「考えても何も、最初から断っているだろう? 私は君を抱くつもりはないよ」
「一度だけでいいんですっ。そしたら私に病み付きになりますから、きっとっ」
「ごめんね。私は同性を愛せないから……それと、これはやり直し。誤字脱字が多いよ」
魅惑の困り顔で報告書を返却した。
女性隊員も逆上せたような顔となってリベンジを誓いながらフラフラと自分のデスクへ戻る。
誰もがあの表情欲しさに失態したくもなるが、レイチェルの忙しさを知っている隊員達は、その欲をねじ伏せて今日も職務に励む。
「もうこんな時間か……外出をしてくる。今日は戻らないかもしれないから、私しか判断できないものだけをデスクに置いておくように」
「いってらっしゃいませ」
日没具合を確認してから席を立った。何かの調査だろう。個人の実力が特に馬鹿げているレイチェルは独自に動く事も多く、上司からもそれが許可されている。故に不在時の責任者なども細かく決められていた。
部下に見送られて基地をゆくレイチェルが三階から二階への階段を降りていく。跳ねる胸元に周囲の視線が吸い寄せられるも、気にする素振りもなく背筋を正して姿勢良く降りる。
「フェリル君、少しいいかね?」
「こんにちは、将軍。今は急いでいますのでまた次の機会にお願いします」
「ま、まぁ、そう言わずに」
貫禄ある上司の声掛けにも笑顔を返して通り過ぎ、軽快に階段を降りていく。将軍は慌ててそのお茶目な彼女の後を追った。
「では単刀直入に言う。君は独身だろう? 私の息子が今度昇進する事になってね。そろそろ身を固めてはどうかと思っているんだ」
「他の方々にもお伝えしていますし、将軍にも以前に答えましたが、私は恋愛をするつもりも結婚をするつもりもありません。そういう人間関係が煩わしくて仕方ないのです」
「だ、だがしかしだねぇ。君ほどの女が勿体無いではないか……!」
遂には外まで出てしまうが将軍は諦め切れずにいた。流石のレイチェルも呆れた様子で振り返って言う。
「それではせめて、私以上の働きができる男性を紹介してください」
「……」
「私以上に帝国へ貢献できる方となら、支え合っていけるかも――」
♤
などの鬱陶しい障害を乗り越えたらしいレイチェル。久しぶりにこの胸に帰還した。
ハートを満開に咲かせて熱烈に抱き締められてしまう。帰還の頃合いを読み、俺を探して帝都を走り回ったらしい。なんと飼い主冥利に尽きる愛犬なんだろう。
「君に会えなさ過ぎて、頭がおかしくなりそうだったよ。君がいないなら何の為に帝国なんていう汚職と私欲まみれの薄汚い国に利益をもたらしているのか、まったく分からないじゃないか」
「た、ただいまっ……!」
「おかえり、ご主人様」
満点乳から抜け出して見上げてみれば、デレデレを通り越してドロドロのレイチェルがいる。俺成分が不足して禁断症状を発症していた。
「虚無感たるや凄かったんだから。空気に溶けて無くなりそうだったよ? 一週間は一緒にいてもらうからね」
「俺はいいけどレイチェルは仕事があるだろ……」
「そんなものは放っておけばいいさ。無能な上司と色ボケしている部下には、そのくらい働いてもらわなければね」
「それもそっか」
いつでも昨日より可愛いレイチェル。施した覚えはないけど調教済みを誇るだけはある。俺の影響を受けて程良く残酷になっている。
「まずは抱き締めて欲しいな」
「はいギュー」
「ふふふっ、これだけで頑張った全てが報われるよ」
「なら安売りしないようにしよう」
「それで何を話そうか……あまりこの一ヶ月の記憶が無いのだけど、とりあえずキスさせてもらうよ」
ここから談笑混じりで小一時間もキスされる。デカ乳も揉ませてくれるし色んなキスをしてくるもので、そこまで退屈しなかったのも恐ろしい。
終わった後も頭を擦り付けてイチャイチャしてくる。いつになく甘々で俺も癒しの午後を過ごす。
「ああそうだ。君が以前に警告してくれたように、軍内部でも例の人物による派閥が水面下で動き始めたよ。結社は着実に勢力を強めている」
「お、そっかそっか。反乱まで一年を切ったくらいかな」
「君は何でも知っているね……ちなみになのだけど、〈空の器〉を弱体化させるとして君ならどうする?」
「俺? そうだな……」
〈空の器〉を弱体化させるとしたら、幹部を減らす事だろうか。
「……幹部である“裏円卓”の十二人を狩っていくかな。ほら、前に教えてやっただろ? そいつらには関わるなって言ってさ」
「侵蝕人の実験によって強くなっているからだよね」
「そうそう。侵蝕人は悪魔の能力を人間の体に順応させようという目的の産物だ。幹部もその実験による恩恵を受けて、既に化け物になっちまってる」
「強弱はあるのだろう?」
「そりゃそうだよ。分かり易く言うと老人どもは強い」
「へぇ……」
結社を思えば思うほど経験値の気配を考えて涎が出そう。
「でもレイチェルにはまだ早いから、あんま踏み込んだりとかしちゃダメな? それに前段階としてギース達が先に出てくるだろうし」
「わん!」
忠犬レイチェルはスパイの仕事も完璧にこなしてくれる。というよりもヨナやナビィも文句なくスパイ活動をしてくれるので、適度に飴をやるだけで楽に情報収集ができる。
「あ、もうすぐ機密情報が持ち出される筈だから、それは気付いても無視してくれ」
「徹底しておくよ」




