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53話、監獄から釈放

 帝都キャメロットから三つ離れた街の郊外にある大監獄タルタロス。地下へ地下へと掘られた牢獄に逃げ場などなく、辺りは見晴らしのいい平原。脱獄できた者は一人としていない。

 その最下層には当然に最も危険で最も凶悪な犯罪者が収監されている。そのレベルは誰にも測れず、その行動原理も常人の理解から遠く、しかし知る人ぞ知る飛び抜けた能力を秘めている。


「――コール、久しぶりだな」


 暗闇に塗れた最奥の牢の中で重厚な椅子に座らされ、顔や身体中を過剰に拘束されて顔立ちも身体付きも分からないその者へと声をかける。

 訊ねたのは、ペンドラゴン・エンタック。赤髪に髭を生やした威厳ある面持ちをした現エンタック帝国代表である。


「……」


 背後には最凶の番犬たるデュエル・モードレンドとタルタロスの看守長“ヘカトン”を付き従え、共に少しの油断もなくその者を警戒している。


「と言っても何ヶ月も経っていないか? 脱獄でもするのかと思っていたら随分大人しくしているじゃないか」

「……」

「……ふん、まぁいい。お前に用ができた。マーリンが選んだルーラーだが、数人ほど手のつけられない問題児ときている」


 嘆息混じりに告げるペンドラゴンを、唯一見える右眼で退屈そうに見つめるコールと呼ばれた若者。恐怖の帝国代表にこの態度を取れる者など、大陸を見渡しても片手で数えるほどしかいない。

 その一人が、コール・モードレンド。帝国を影から守護する“影の刃”として(まこと)しやかに囁かれるモードレンド伯爵家。その長男であり、史上最高の天才とされている男だ。


「何とか使えるように躾けろ。無論いくつか条件は課すし、お前が暴れないよう最低限の枷は付けるが……外に出たいだろう?」


 代表は周囲の反対を鶴の一声で捩じ伏せ、用意しておいた“飴”を提示した。


「問題児達が功績を上げれば、お前の制限も解除してやる。最終的にはしでかした馬鹿も見逃して、以前の生活ができるだろう」


 高圧的に告げるペンドラゴンはコールの鼻先に餌をぶら下げるも、当のコールは下らなさそうに目を瞑るばかりであった。


「……条件を飲むなら複数回(まばた)きをしろ。断るなら一度だけ――」


 ペンドラゴンが自身の目を指差す前に、コールが一度だけ瞬きをした。


「ちっ……」


 やはりこの者はそう簡単に手駒にはできないかと舌打ちをする。苛立たし気に煙草を取り出し、部下が付けたマッチから火を灯す。


「ふぅ……ならどうする。一生ここで過ごすか? いいや、それならもっと前に脱獄しているだろうな。お前のことだ、造作もない」


 煙を燻らし、凄む目付きを向ける。しかしコールは相変わらずに、退屈そうな視線をくれるばかりだ。


「……やはり悪魔か?」


 この問いにはコールは目蓋を下ろし、瞬きを返した。


「化け物め……いいだろう、帝国の利益になるしな。ただし、俺が言った事はやってもらう」


 僅か半日後、コール・モードレンドの釈放が決定する。車椅子のままのコールに怯える魔戦士達により、地下深くから地上へと連れられた。


「こ、コール・モードレンドの拘束を解きますっ!」


 久しぶりの外気にさらされ、取り囲まれた状態で武器や魔法を準備され、外壁からも銃で狙われてやっと拘束が解かれる。何重にも拘束を施されて封印される大罪人が、その枷を解放されていく。


「――少し見ない間に見るに堪えないほど無様になったわね」


 麗しい紅髪の高貴な女“ローズマリー・エンタック”が、嘲りを露わに車椅子に拘束されたコールを吐き捨てる。

 強気な眼差しは冷め切っており、魅惑的な身体を覆うゴシック調の軍服姿から見て、一時の案内役として仕方なくこの場に呼ばれていると見える。


「ふぅ……早く拘束を解きなさい」

「はっ、直ちに!」


 顔の拘束から解除されていく。専用の車椅子に何重もの拘束具により雁字搦めにされるコール・モードレンド。その一つだけ、顔を覆う魔術的拘束具が解除される。これには容姿による魅力や発言、視界を阻害する拘束能力があった。


「……っ」

「……コール・モードレンド」


 沈黙するタルタロス。雷鳴も曇天の中で燻り、微かに嵐の予兆を表し始めた頃、コールという存在が再び世に現れた。


「あなたには早速、一人のルーラーから指導してもらうわ。今のあなたなんて監視役の私の権限でどうとでもできるのだから、大人しく指示に従いなさい」


 平然と告げられる者はローズマリーのみ。取り囲む兵士や精鋭魔戦士達は、久しぶりに目にするコールの顔立ちに目を釘付けにされる。


「……泣き虫のローズマリー様が、レベルが上がって気が大きくなりましたか?」

「黙りなさいっ」


 長くなり肩口まで伸びた黒髪から覗く美しい容貌。寒気がするほどに整った容姿であった。車椅子の拘束を解くのに苦労する看守達を置いて、二人は言葉を交わしていく。


「封じられた身でよく強がれるわねっ」

「これですか? こんなものは大した問題じゃない……」


 忌々しそうに吐き捨てたローズマリーへ酷薄に微笑むと、コールはある行動(アクション)を起こす。


「……なっ!?」

「馬鹿な……」


 耳障りな破壊音が、タルタロスの広場に鈍く響く。


「……本物の化け物ね」

「言いたい事はそれだけですか?」


 立ち上がって(・・・・・・)しまった(・・・・)。身動き一つすら不可能とすべくコール専用に過剰な設計をされた拘束具が、いとも容易く引き千切られてしまう。

 残った身体を覆う拘束を素手で雑に破り捨てながら、コールは己の昏い眼光を受けて後退って慄く魔戦士達を見渡す。

 一巡だけ無機質な視線を巡らせ、ローズマリーへと微笑みを向けた。


「では参りましょうか。案内してください」

「……えぇ」


 大破した車椅子を背に微笑を湛える魔人が、鳴り響くサイレンを浴びながら大監獄を後にする。

 コールは囚われていたのではない。ただ逃げなかっただけであった。


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