52話、獄中から失礼
大監獄の最下層に老人の淀みない声が通り抜ける。
「――おしまい」
初老の男ナムさんが本を閉じる。暗闇に閉ざされた牢屋で硬い椅子に座り、牢内での魔法や戦技を封じられた状態で本の読み聞かせが終わる。
「あのさぁ……ナムさん、毎日毎日本を読み聞かせてくれるのは嬉しいんだけど」
「……? 何か?」
神父のナムさんはわざわざ大監獄『タルタロス』まで毎日やって来て、俺だけの為にこの地下深くまで降りて本を読んでくれている。感謝してもしきれないのだが問題点もある。
「もっとメジャーな本とかも読んでくれない? 聞いた事のないシリーズ作品をずっと聞かされてるからさ。なんだっけ、その本のタイトル」
「これは『ケロッグと封殺の魔剣』ですね。シリーズ二十一作目です」
「大体、なんで主人公がカエルなの? なんでカエルがしれっと人間社会で勇者やってんの? サイズ感とかそのままなカエルなんだろ? ここまで舌を伸ばすってだけで全部解決してきてるけど、クレームは入ってないのか?」
ケロッグに関する疑問は尽きない。ドラゴン討伐、上官のパワハラ、自身の浮気、近所からの嫌がらせ、これら全てを舌を伸ばすという行為で解決する物語なのだ。
わざわざ来てもらっているナムさんに悪いと思い、ナムさんが一番好きな本を持ってきて読んでくれと言ったのが運の尽きだった。
「ちなみに作者って誰」
「N・ホイマーといいます」
「N?」
「ナムのNです」
「お前かよっ! お前が書いたのかよ! オリジナルをずっと読み聞かせてたのか!?」
そのままカエルの主人公一本で二十一作品も手がけた天才が目の前にいた。本格派戦記物なのがまた逸脱した才能を表している。
しかも不思議な事にこれだけ単調な物語なのに、聞いていられるのだ。普通なら一巻の序盤で飽きそうなものだ。
「確かにたまには他の作品で気分転換も良いかもしれませんね」
「えっ、まだ読ませる気!? まだケロッグの孤軍奮闘を聞かされるのっ!?」
「ではどのような作品傾向が良いですか?」
無視される。
「そうだなぁ……じゃあちょっとアダルトなやつとか。それか歴史物とかにしてくれ」
「それなら良い物があります。『オナニー将軍、避妊に泣く』などはどうでしょう」
「どうしたナムさん!?」
予想外な本を読んでいる事が発覚。神父としての自分を忘れてしまったのだろうか。内容は確かに気になってしまう。
「ご安心ください。これも私がケロッグの合間に書いたものですから」
「どういう精神状態で執筆してたんだ!? 大丈夫だったのか! その時のナムさんは!」
「……」
「ナムさぁぁぁん!!」
南無三。怖くて理由は聞けずに終わる。
「それではまた明日」
「はい。気を付けて帰ってね」
「ありがとうございます」
ナムさんが帰ってしまう。彼は監獄で唯一の癒しだった。
一ヶ月……俺が収監されて一ヶ月が経過する。代表の娘に手を出した事に激怒したペンドラゴンにより、戦闘能力も考慮して地下監獄タルタロスの最下層に閉じ込められた。
歴史上でも初めて、用意されたありとあらゆる拘束具による何重もの封をされ、投獄された。ちなみに拘束を外さないと買い物に出かけるぞと脅してみたら、この通り外してもらえた。
しかしレベルが高い為、何という事はない。飯を食う必要もないので寝て起きてナムさんの本を読んで、また寝るという繰り返しだ。
「ふぅ、おやすみなさい……あん?」
冷たい床を打つ二つの足音が、真っ暗闇に反響する。その音を耳にしてブーツの材質、体重、テンポなどで誰が来たのかを瞬時に理解した。
「……気分はどうだ?」
やがて牢の前に辿り着き、闇に閉ざされた殺風景な内部へ声がかけられる。
彼は息子のこんな姿を見て何を思うのか。
「悪くないですね。けれど飽きて来たので、休暇を早めてそろそろ出ようかと思っています。ここには悪魔がいないですから」
「止めろ……」
額を押さえて心から呆れるばかりのデュエルだが、父としてではなく軍人として俺へ告げる。
「代表が来られている。何をしでかすか分からないお前の発声を制限し、全拘束具を着用しての面会となる」
「そうですか。魔晶を散々掘らせておいて、少しのお痛も許さないあの人が。僕からは特に用がないので、さっさと帰ってくださいとお伝えください」
「却下だ。この大馬鹿者っ、認められる前から手を出すからだっ……」
更に頭を抱えながら刑務官に視線で指示し、口元へと更に特殊な封印を施させた。眼鏡な椅子へ全身を固定され、左目のみを露出して待機させられる。
それから数分もしない内に代表が最下層へ現れ、複数名の問題児を使える段階まで育てることを条件に解放された。
俺は渋々この条件を飲み、形だけの収監から地上へと戻ったのだった。
二章、終わり!
三章の準備ができ次第、再開します!




