5話、物語より一足早く謎の結社にご挨拶
パーティー終わりに腕を折られました。
深夜の列車で泣きながらノックブランドまで帰り、祖父母の屋敷までの道中にある病院へ。無理矢理に魔法治療の先生を叩き起こし、高額な治療費と引き換えに治してもらいました。
まさか今の俺をして、腕を破壊する蹴りを放つとは……。流石は腐ってもモードレンド家現当主だけはある。
デュエルめ、あいつ許さん。絶対に泣かす。
「正面から捩じ伏せようとしちゃったからだな、きっと」
朝食を待つ席で昨夜の蹴りに対するアプローチの仕方を反省。復讐心と共に振り返る。
コールの頭脳は寸前で奇襲を察した振りをして、ギリギリで躱すのが最善と囁いていた。
けれど俺はこの世界に着陸直後のトラウマがあった為、叛逆する道を選んだのだ。
「本当に焼くだけでいいの?」
「はい。特訓期間は食事も気遣いたいのです」
隙あらば揚げ物や甘味を用意しようとする祖母さんに待ったをかけ、オムレツや海老、ブロッコリーを塩胡椒で焼いたものを頂く。パンにも何も付けない。前世のビール腹からスマートな顔と体に生まれ変わったので、これは美容と共に気を付ける所存だ。
「お弁当にはサーモンを焼いたものを詰めておきますからね」
「わぁい」
今日で一旦肉加工工事でのレベル上げは終了の予定だ。何となく今くらいが引き際かなと感じる。
[名前]コール・モードレンド
[レベル]72
[戦技]【飛刀】【斬風】【死突】【音無】【空踏み】
[魔法]【火魔法・レベルⅣ】【コールの赤雷】
[持ち物]レイピア、妖剣・村雨、菖蒲一文字
生臭い物を一掃して俺の[持ち物]はすっかり綺麗。レベルは十五も上がったが、欲を言えばもう少し……75から80にはしておきたかった。昨夜、大人と子供の性能の差を痛感したから余計に。
あと少し気になったのが、あれだけ殴ったというのに戦技が全く手に入らなかった事。何かしら入手していても不思議ではないが、単なる作業では戦技経験値はカウントされないのかもしれない。
「お祖母様、このトマトのスープとても美味しいです」
「あらそう! 明日はまた別のスープを作るからね?」
「今から楽しみです」
大して思ってもいないお世辞を言ってまた食事を進める。
また強いピモングリズリー肉が手に入った際には殴りに来なければならないので、祖父母ならびに肉屋のおっさんには媚を売っておく。
「はい、お弁当よぉ?」
「……これは香草ですか?」
「ええ、塩胡椒以外で何かないかって行きつけの店に訊ねたら、そこのシェフが香草を使ったらどうかと提案してくれたの」
「それは良い考えですね。これなら脂質も問題ありません」
子供の頃、お好み焼きの青のりって親が嫌がらせで振り掛けてると思ってたんだよなぁ。栄養があるからピーマンを食えって言うのと同じで。サーモンに乗った香草を見て、そんな幼少期を思い出した。
そんな朝から出発して肉加工工場へ出勤。
「坊ちゃん、ノックブランドの東の方には近づいちゃいけませんよ? 何でも危ない大事件があったらしいんです。今もデケぇ音が鳴ってるんですわ」
午前のレベル上げを終え、未だに名前も知らない肉屋のおっさんと弁当を食べていると、気になる話が持ち出される。
「そうなんですか?」
「ええ、しかも詳細は不明。情報が規制されてるってんで……恐ろしいったらありゃしない。絶対に近づいちゃいけませんよ?」
「分かりました。いやぁ、刀持って来てて良かったわぁ。取りに帰る手間が省けたな」
「坊ちゃん!? 誰と会話してるんです!? 最後は噛み合わずに終わってしまいましたけど、俺と話してるんじゃないんですか!?」
経験値の匂いがする。ならば行かなければ!
♤
光歴691年。この日、悪魔に組する人間の手により、帝国の二ヶ所でとある実験が試行される。
謎のウィルスを身体に感染させた人間を、試験的に街へと解き放つというものであった。初めての外界への現出ともあり、“侵蝕人”は興奮を高め続け、この都市を半壊させることとなる。
後数百年に渡り、多くの世界的事件を巻き起こす事になる謎の結社〈空の器〉。
彼等が初めて巻き起こすこの最悪の事件は、後に“ノックブランドの落日”と名付けられる事となる。
『ソラが赤いィィィィ!! アカィィイイ!!』
最早、別次元からの来訪者となっていた。四メートルを超える灰色の人型が、異常なまでの凶暴性を表す絶叫を上げる。それは音波となって周辺の金属や建物を破砕するまでの衝撃を発生させた。
「う、撃てっ、とにかく撃てぇ!!」
「おおおおおおおおっ!」
「くそぉぉっ……!」
肉の壁に弾丸は尽く弾かれる。駆け付けた都市警備隊三十九名が総出で攻撃をするも、侵蝕人はそもそも気が付いていない。変貌して自分が自分でなくなる感覚に酔いしれていた。
そして、それを冷静に観察する者がいた。
「……想像以上だな……検体の影響は関係ないだろう。人間でなくとも強大化することだろうなぁ。あれだけの予算を割いただけのことはあるぁ」
工場にて異形に変わりゆく住民と、抗う部隊を一際高い建物の屋上から見下ろす黒尽くめの男。男はまだ二十歳に届かない頃合いだろうか。
「悪いなぁ。殆ど同じ見た目をしていても、俺達とお前等は根本的に正反対だぁ。正統派なお前らと違って、こちとら“新人類”だからよぉ。棲み分けはきっちりしておこうやぁ」
男は人間の敵対者。人工精霊などという破壊兵器を産みつつある帝国に対抗するには、数で劣る結社にとって侵蝕を操ることが可能となればこれ以上のものはない。
「……」
「ん……? あれは……ちっ、噂のランスロット隊か。あんな化け物を倒せる訳はないが、どうなるか……」
少女が指差した先には、工場に乗り込む高級感ある軍服を着る者達の一団があった。
「責任者はどこだ。私が指揮を引き継ぐ」
「ら、ランスロットさんっ!」
「神童ランスロットが来てくれたぞ……!」
金髪に厳しい顔付きの男の登場に、警備隊が絶望の淵から歓喜に湧いた。
第二魔法強襲隊隊長、ランスロット。幼き頃は神童と呼ばれ、かのデュエル・モードレンドと常に比較されていた程の英傑であった。
「あれか……」
「隊長、一先ずは我々が警備隊と入れ替わり攻撃を加えます」
「ああ、頼む」
勇敢なる第二隊員が、属性魔法で次々と攻撃していく。いや、爆撃していく。
燃え上がる爆炎、連鎖する爆裂、場所が場所だけに辺りを気にする事なく炎を加算していく。
一見して近接戦闘が不可能であると悟り、まずは単純火力を敷き詰める。武闘派の第二番隊らしい攻め手であった。
「さ、流石はランスロット隊だ……」
「任務帰りで偶然に立ち寄っていたらしいっ。なんて幸運なのだ、ノックブランドは!」
警備隊は涙ながらにランスロット隊に感謝を表す。
腕組みをして神謀を練り出しているであろう勇ましいランスロットの背を、神仏にするように拝むのも無理はないことだろう。
「……」
(……ヤッベ。こんな災害クラスに強い奴、倒せないよ……)
なんだかんだと経験豊富なランスロットがどう低く見積もっても、この侵蝕獣のレベルは……50を超えている。とても小隊クラスの部隊で倒せる相手ではない。
生命力と耐久力が生物の次元ではないが、それだけならランスロットならば倒せた。
(見てみ? 俺でもびっくりする精強な部下の攻撃がまるで通ってないよ。あ〜あ、俺ら死んだな)
『グァァッ、ァアァァンッ!!』
侵蝕された人間が気に障ったのか、肥大化してワームのような不気味な何かが纏わり付く左腕を振り下ろす……すると地面が抉れ、周りの地盤に隆起を巻き起こした。
そう問題は、侵食人が自らの肉体を崩壊させながら強力となっていっている事だ。
「ちっ、失敗かぁ……。強くなるのはアリアリだが、自壊しながらなら話は別だぁ」
遠方から観察する男……ギースが溜め息を吐く。
その時、巌のような迫力を放ち部下を見つめていたランスロットが、とうとう自身で手を翳す。察した隊員達が一斉に侵蝕人から退いた。
「【湖の乙女】よ」
薄氷を足元に生みながらに、冷気の流れを纏う。霜のようなそれは純白な乙女の姿へと変わり、ランスロットを背後から抱き締めた。
白息を吐きながら両手を広げ、渦巻く霜を狂風に乗せて解き放つ。
「――【氷漣奏白】」
その白き風は湖規模をも瞬時に凍らせる。触媒を利用すれば以降三十年は完全に凍結され、生命は永遠に活動を終わらせる。絶対封印の白風とも言うべき疾風は、工場ごと未知なる怪物をも氷漬けに――
『……フンッ』
ほんの一瞬のみ白い怪物の彫像が出来上がるも、鼻息を鳴らすと同時に解凍されてしまった。
「くっそ、流石のランスロットさんでも小手先の技じゃ効かねぇか……!」
「あっ、だよな! あまりに凄かったから本気だったんじゃないかと焦ったぜ!」
神童の初手を固唾を飲んで見守っていた警備隊も、より期待を膨らませていた。士気は上がり、いよいよ討伐の時を待つばかりであった。
(あ〜あ〜、部下達も“あれっ!? 今のって隊長ができる一回限りの最強魔法だよな、どうするの!?”みたいな視線でチラチラ見て来てんじゃん……。……こっち見んじゃねぇ! さっさと死ね! 積み上げて来た俺の威厳がお前等の中から消える前に疾く死んでくれ! 頼むから!)
しかし警備隊の期待は虚しく、侵蝕人の破格な強さにランスロット隊の連携にも綻びが生まれ始める。
「くっ、ぐおっ――」
「がっ……!?」
完全に『侵蝕の芽』が本領を発揮させつつある侵蝕人が、周囲に気付き始め、その手足が隊員達を捕捉し始めたのだ。
肩口を掠めただけ。それだけで屈強な隊員が工場の施設内に砲弾の如く撃ち出されてしまう。
「……あ、あのランスロットさん……?」
「ヤバいんじゃ……」
「……いやヤバいと言うよりも……」
侵蝕人の持つ真の危険さを内心で察する警備隊。この都市は間違いなく終わる。倒せるレベルではないという、ランスロットと同じ結論に至る者も現れていた。
「に、逃げるぞ……!! ただちに市民の避難を放送しろ!!」
「っ……え!?」
顔面が恐怖に塗れた隊員が振り返り、舞い降りた人影に気付く。
「――間に合ったか」
工場入り口にいたのは……自然と見惚れてしまう絶世の美少年であった。
天の使いとでも言うべきその少年は、言葉も忘れて目を奪われる者達の間を抜け、侵蝕人へすたすたと歩んでいく。
「……こ、コール・モードレンドか?」
「はい、何かお役に立てればと参上しました」
まだ九歳の少年が、何の気負いもなく告げた。
「待てっ、あれはレベル50を超えてる!! 今なお強くなっているッ!! 私達がいるから安心しているのだろうが、この数ではとても倒せないんだ!!」
「またまたぁ。不要かと思いますが、緊急事態らしいので助力させてもらいます」
歩みも止めずに虚空から上等な刀を取り出しながら、小悪魔を思わせる笑みを慌てるランスロットへ向ける。
そして美しく澄んだ輝きを放つ刃が半ばまで出たところから、少年の表情は堕天使のように酷薄なものとなる。些細なその変化に気付いた二人が、瞬時にぞっと戦慄した。
「――【死突】」
刃が虚空より抜き放たれ、銀に煌めく切先が侵蝕人へと向けられる。
次に目にしたのは、巨人の向こう側へ飛翔していたコールの背中。羽ばたいた純白の翼を幻視するまでに美しく、非情な刺突を残して飛び立っていた。
「ギィッ……」
完全に侵蝕人として完成された瞬間に、死を告げる天使が舞い降り、その動きはぴたりと止まってしまう。
確率で即死効果を発生させる戦技が、その凶悪な性能を発揮していた。格下であればその分だけ確率も上がる以上、この死は避けられない。
「……」
侵蝕人の分厚い胸元に綺麗な“点”が穿たれ、二拍ばかり遅れてそこから多量の血が噴出した。
ゆっくりと……ゆっくりと……時間をかけて巨大な体が倒れていき、工場を揺るがす轟音が響き渡る。
「……お、オオオオオオッ!」
「天使様だぁ……!! 天使様がお救いくださったぁ!!」
静寂の後に爆発する警備隊の歓声。侵蝕人の強さを身を持って体感したランスロット隊などは、現実を受け止められずに放心していた。
「ふぅ、被害が出なくて良かったですね。お役に立てて良かった」
「……」
「それでは僕は経験ち……じゃなくて、皆さんと化け物を倒せたので帰ります」
顔の半分にまで口を開けて驚愕するランスロットにそう告げると、コールは遠くの一点にウィンクをしてからその場を後にした。
「っ……あれは危険だぁっ。すぐに逃げるぞっ、逃げるってんだよぉ!」
背筋を凍らされたギースは、身震いしながらコールから逃げるようにその場を立ち去った。
この事件は“ノックブランドの落日”と名付けられる筈のものだった。
しかしこれより数日後……とある少年が代わりに“ノックブランドの英雄”と呼ばれることと、書き変わってしまうのだった。