49話、悪魔はソレを見てしまう
日は彼方へ沈み、寒気が舞い降りた帝都の裏通り。表通りの喧騒を遠くにしつつ、裏通りは世の薄暗さや不穏さを顕著に表している。
「ネズミがそこら中にいっぱい。気持ち悪〜、焼いたら食ってくれる?」
「なんでよっ……。うっ、気持ちわるい……そこら中にいるじゃない……」
「それ俺が今言った」
場違いなカップルが、腕を組んで裏通りを行く。コートも高級、女性側の所作は完璧。どちらの容姿も眩く、見ていられない程であった。
しかし、命知らずとしか言えない。強盗、殺人、強姦、窃盗、傷害、ここまで表通りから離れてしまえば犯罪発生率は急上昇してしまう。既に標的となっているのは明らかだ。
「そう言えば、あんまりお前を連れ回してたら、色んなところから怒られるな……。怒られたって気にするわけじゃないけどね」
「気にすることなんてないわ。今日ばかりは私がうんと強く言ってあげるから」
「お前は本当に雑魚可愛いな。いや、むしろ可愛い。いやっ、むしろ雑魚っ!」
「何ですってっ……?」
一見するだけで身分の高い世間知らずと分かる。警戒もまるでしておらず、身なりから懐には金の匂いがしている。女は極上と言ってもまだあまりある。
そして、弱い。
「……」
「……」
物陰や角から、狙いを定めた馴染みの者達が鋭利な視線で隙を窺う。
カップルはあと少しで一人の男性とすれ違う。そこから数歩歩いたところで角の男が仕掛けるだろう。
「……あぁ、寒い……」
手を擦り合わさる男性とすれ違った。
……そこで二歩ほど歩みを進めたカップルの男が、足を止める。
「……右膝に転んだ跡がある」
「おん?」
「おまけに片方だけ靴は擦り減り、腋には年季の入った松葉杖の跡が残ってる」
通り過ぎた男性に、カップルの男が振り返り視線を合わせた。
「な、なんなんだよ、突然に無礼な……」
「ベッドでの生活が長くて鈍ったのか? そんなに何事もなく歩いてたら、嫌でも気付いてしまうだろ」
「っ……」
獰猛な笑みを浮かべた男の手に、刀らしき武器が生まれる。
「ひぃ! 魔戦士かぁ……!?」
「ヤバいぞっ、ズラかれ!!」
辺りから人の気配が瞬く間に消え去り、残されたのはカップルと浮浪者の男のみ。
『……なんで分かった』
「いや、いま説明したやん……」
ボコボコと身体の内から肉を盛り上げ、本来の骨格を表していく悪魔。
(……子爵級、爵位持ちだったか……)
悪魔は身の丈ニメートルを超え、金属感のある昆虫を思わせる細長い手足と腐敗した犬類の顔面を持つ異形となる。
「……っ」
「予想より強いな。これだけ強いなら国軍からも無理して逃げられたのに、なんで逃げなかったんだ?」
背後に息を呑んで青褪めるローズマリーを庇いつつ、刃を向けて悪魔へ問う。
『分かってねぇ、分かってねぇよ。あの御方に“協力しろ”って言われたらそうしなきゃならない。しかしあいつらに用済みと言われちゃあ殺されるのも時間の問題だ』
「どちらからも逃げるしかなかったと?」
『そう言うことになるな』
理性的に会話に応じる悪魔に、ローズマリーは本当にあの時に会ったビアだったのか疑い始める。
「……嘘だな。お前、久しぶりに外に出たから調子付いて人間を食い漁ってたな?」
「えっ……?」
「見たことのあるローズマリーを食う為に、わざと目の前に出て来たんだろ」
本来のコールが持つ嗅覚が、混じり合う人間の血の匂いを察知する。跳ねる声音から悪魔の心情を読み解き、姿を現した場所や経過した時間から失踪後の行動を暴いた。
『旨そうなんだもん……』
「……」
にんまりと微笑む悪魔の悍ましい表情に、途轍もない怖気が全身を這い回る。小さな蟲が這うような感覚に思わずコールの服を強く握り締めた。
六人。これだけの人間を食えば満たされている筈だ。
しかし、解き放たれた悪魔の欲望は留まるところを知らない。
『あの人間の子供なんだよな。あれは、柔らかくて……』
「……」
『健康な内臓はまろやかで……』
「……」
『脳がまた美味くて……』
当時の美味に想いを馳せ、健啖家の悪魔は語る。黙って涙を流す子の前で、恍惚として悪魔は母の最期を語る。
『悲鳴が外から響くのが何とも心地良いんだ……』
「……」
『またアレを味わいたくて堪らないんだなぁ……』
記憶の糸を辿る悪魔が、その時に聴こえた響きを回想する。愉悦の記憶を辿り、凄惨な思い出をつらつらと述べた。
『何だっけ。ほーんず? ドーズ?』
「……ローズ……」
『ああっ! そうだっ、ローズローズって叫んでたんだよ!! ひひゃひゃひゃひゃ!!』
「っ……!!」
ローズマリーの最も知りたかった真実は、他ならぬ殺害した本人から伝えられる。
「――【雷】よ」
赤光の電雷が奔る刀を、コールは地面へ突き立てる。石床を駆け抜ける赤雷は悪魔はと感電し、加速方向を直下へと固定される。
『ダァァッ――!?』
強大な悪魔が抵抗する素振りすら許されず、巨体は容易く押し潰された。
埋まる悪魔により道路も外壁も容赦なく破砕させ……尚も重圧は留まるところを知らない。地面を無慈悲に沈ませ続け、一帯を絶え間なく揺るがす。
赤い稲妻が支配する領域の全ては、コールが許可した者以外に頭を上げることすら許されない。
『ギャッ、ギッ――!?』
(魔法っ!? これが魔法かぁっ!? 人間じゃなかったのか!?)
雷が特に纏わり付く悪魔は、身体が変形していき積もるダメージは明確に命に届き得るものであった。魔法の質、魔力量も圧力も、悪魔から見ても異常としか言えない。
「ローズマリー、放っておいても死ぬだろうから……」
「……」
無言でコールから刀を受け取り、躊躇なく悪魔へ歩み寄る。地面が割れるのも構わず、早足のまま勢いに任せて走り寄る。
「コノッ……!!」
『ギぃ、っ、ぐぃ――!?』
悪魔の顔面へ、恨みのままに切っ先を突き込んでいく。なりふり構わず思い付く端から刀を打ち付ける。与えるダメージを数値化するならば、1……1……と繰り返されていることだろう。
『こ、こいつッ……っ――』
小賢しいとばかりに見上げた悪魔が魔法での殺害を試み、半端な姿勢のまま硬直する。
「あんたッ、なんかにっ……!!」
「……」
一心不乱に刀を突き込む少女の背後に、赤いオーラを身体から立ち昇らせる魔神がいた。その表情は愉しげで、その瞳はどこまでも冷酷で……。
内包する力は底知れず、果てもなく、まさにあの魔王達と見紛う迫力で矮小な悪魔を睥睨している。
悪魔よりも恐ろしい何かが密かに誕生し、この世界で暗躍していた。悪魔や魔王さえも盗み見て、ケラケラと嗤い遊ぶ化け物がいる。
悪魔は最後に、世界の真実をひとつだけ手にした。
『ッ……ギィッ――』
怪物に震える悪魔が目を逸らせずにいた間に、蓄積した刃の刺突により死に到達する。
「はぁ、はぁ……このっ、死ねッ……!」
「もう死んだよ。ビアさんの仇は討てたぞ」
肩に手を添え、赤雷も消え失せ、悪魔の死骸を前に復讐の終わりを告げた。
「はぁ……! はぁ……! っ……!」
息も絶え絶えになったローズマリーがコールにもたれかかる。低レベルの彼女が恐怖や緊張の中で悪魔を打ち続け、残るものなど何もない。
倒れ込むように脱力したところを抱き上げる。遠くない場所から警察の足音を聞き、ローズマリーを抱えたコールが姿を消した。
「この辺りのはず……っ!? なんだ、これは……」
「き、救援を呼べっ! 魔戦士に出動要請だ!」
「悪魔の死骸も隠すんだ……! 騒動が大きくなるぞっ!」
朝方まで、破壊された一画を慌ただしく警察が行き交うことになる。
しかし死骸の有り様から殺害方法の特定は困難となり、関係者間ではいずれかの魔王の仕業なのではと噂される。
あろうことか七体の魔王に匹敵する“人間”が生まれているなど、誰一人として想像できずに……。




