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46話、コール、本気を出す

「どうして……」


 信じられないという表情のローズマリーが、背を向けるコールへ震える声で問う。


「行け、逃げる時間は稼ぐ」


 自分に護身用の短刀を持たせて村雨を構え、(にじ)り寄る暗黒剣士隊に鬼気を放って相対する。無機質な輝きを放つ切っ先を向け、静かな殺意を(たぎ)らせていく。

 相手は魔王や公爵に次ぐ侯爵級の悪魔が、全魔力を注ぎ込んで誕生させた最凶の魔物達。相手にとって不足はなくとも、死は確定的だ。


「……あ、あなたが死ぬことなんてあっていいわけないでしょうっ!? あなたは何も関係がないのに……!!」

「俺は一度チャンスをもらった。世界中で何度も不幸を眺められて来たお前は、俺以上にチャンスがあっていいはずだろ?」

「言っていることが無茶苦茶よっ! 意味が分からないわ!!」


 コールは右手のみで刀を構え、同時に最高魔法である【モードレンドの雷】を準備する。

 最強の矛であり盾である【雷】のみを、魔力を惜しむ事なく全開で行使し始める。


「北部にあるベガって街にメフィストフェレスって奴がいる。古い骨董品屋にいるそいつにドレスと宝石を売って、代わりの服と国外逃亡を依頼しろ。そうすれば自由だ」

「それなら一緒にっ――」

「神なんてもういないし、救いを期待したって降って来やしない」


 コールが犠牲にならなければ、ローズマリーは必ず死ぬ。

 ローズマリーを見捨てなければ、コールは助からない。


「あとはそうだな……向けられた敵意には徹底的な害意を返せるようになれ。受け流すのが優雅か? 大人か? 泣き寝入りするくらいならどちらでなくてもいいだろ。方法なんて幾らでもあるんだから、やっちまえ」

「……」

「ローズ、俺が生かすんだ。俺を見習ってアホの死に様なんて笑い飛ばして生きていけ」


 楽しげですらある遺言から伝わるのは、本気の意志。本当にローズマリー(自分)の為に死のうとしている。不思議と伝う頬の涙を拭えもせず、ジッとコールの背を見つめる事しかできない。


「いいからさっさと門へ走るんだよ、バカタレ。じゃあな」


 幼き頃より見てきたコールとは全く異なる無垢な笑みを見せ、コールが死地へ踏み込んで行った。


 ♤


 固有魔法【モードレンドの雷】。壮大に聳える古城を背景に、広場に生まれた夥しい赤い稲妻。全力で放つコールの【雷】。

 地面を埋め尽くす赤雷は暗黒剣士の衛兵達を直下へ加速させ、押し潰し、粉砕に至らずとも身動きを封じる。


「――行くぞ……」


 綺麗な刃がコールの青い魔力の輝きを宿す。現在コールのレベルは122。まともにやっても潰されるのみ。

 現に暗黒剣士だけは【雷】をもろともせず前進している。


「【赤雷・死突】」


 雷鳴と共に赤い閃光が奔り、鋭い“死”が突き立てられた。

 コールの頭脳を全回転さえ、身体へも【雷】を使用。まず基本技の一つである【死突】に【雷】を加えて放ち、避ける暗黒剣士に構わず自慢のスピード任せに距離を取る。

 暗黒剣士を中心に赤雷の速度で飛び交い、怒涛の【雷切】を積み重ねていく。


(クソっ……! 防御力が半端じゃねぇ!! 削り(・・)の戦技は覚えておくべきだったッ!)


 防御力を下げる術を後回しにしていたツケが回り、胸中で悪態を吐きながらも最高威力である【雷切】をぶつけ続ける。

 生を諦めたわけではない。死ぬのは確定的でも暗黒剣士を倒せば経験値が入り、暗黒騎士隊相手でさえもまた望みが生まれるかもしれない。


「おおおッ!!」


 【赤雷・飛刀】で大剣を牽制する。パワー型の暗黒剣士が振るう大剣の速度は、今のコールをしても避けられる保証はない。


『【嵐竜旋回】』

「もうかっ……!」


 敗北の可能性を悟った後に実行される筈の戦技が発動された。大剣に蛇の如き暴風の竜が渦巻き、暗黒剣士がそれを突き出す。

 顎門を広げればコールの倍はあろうとも丸呑みにできる嵐龍が、高威力範囲攻撃として広場を縦横無尽に行き交い削岩していく。


「視界がっ……」


 床を噛み砕き、飛礫(つぶて)となった石を巻き上げ、取り込みながら旋回せる嵐竜に視界を奪われる。


「――クハッ!?」


 まだ遠い暗黒剣士が払った大楯の風圧に打ち飛ばされる。風圧とは思えない物理的なダメージを受けるところを鑑みると、【盾当て(シールドバッシュ)】系の戦技を使ったようだ。


「……【雷】よ……」


 打ち付けられた壁伝いに立ち上がり、一瞬の昏倒により切れていた魔法を再度行使。出口へ向かおうとする衛兵等を再び押し潰す。


「……ぐっ、カッ!?」


 駆け出そうと力みを入れた瞬間に頭部に激痛が走る。どうやら脳震盪ではなく、頭蓋骨が割れたようだ。


「っ、フッ!!」


 しかし脚はまだやられていない。速度のみはコールが勝る。

 嵐竜が消え去ると共に暗黒剣士へ駆け、大剣を持つ左手側へ。盾の戦技は危険で、二度と喰らえないと判断した。

 

「――!」

『……!? ……!』


 鈍重な動きで向かい合おうとする暗黒剣士に取り合わず、真左に回り込みながら雑な大剣と剣戟を交わす。

 やがて少しばかりの距離を取り、返す刀も含めて【赤雷・飛刀】を二つ奔らせる。速度威力ともに申し分ない戦技により、さしもの暗黒剣士も一瞬の硬直が生まれる。

 格下に翻弄されて苛立った暗黒剣士は、広範囲を網羅でき、かつ高威力の盾による戦技を選ぶ。


(単純で助かる……)


 ゲームと違い感情による行動がされた。


「ふっ!!」

『……!?』


 刀を放って飛び付き、右手で暗黒剣士の頭を鷲掴みにした。


「――【龍火魔法・龍星爆(ドラゴンズノヴァ)】」


 炸裂する龍の爆炎。噴火する業火の新星。魔城全域へと溢れる灼熱の息吹きが、暗黒騎士を焼き尽くす。

 ありったけの魔力を龍火魔法へ託し、暗黒剣士の兜を熱により変形させていく。渾身の【赤雷】による腕力も加えて唯一にして最後の勝機に全てを懸ける。


『ッ……!? ……!?』


 金属が凹む音と共に、どんどんと兜は歪んでいく。


「死ねっ、死んでくれぇぇっ……!」


 龍火と赤雷を全身から解き放ち、己に残るありったけの魔力を注いで押し潰す。


「おおおおっ……!! くっ、うおおおッ――カハッ!?」


 頭や口から血を流し、霞がかる視界で兜を鷲掴んでいたコールの身体に軽い衝撃が走る。

 脇腹辺りだ。軽くと言っても身体がズレる程度には強い当たりを受けてしまう。


「……」


 横槍に入れられたボウガンの矢らしきものが、肋骨の間に埋もれて刺さっていた。軌道上に視線をやると、すぐに城の門辺りの一般兵を捉える。手には正しくボウガンが握られ――


「――」


 足首を掴んだ暗黒剣士がブラックアウトしそうな勢いで投げ飛ばす。目や耳から血らしき体液が漏れ出ていく感覚を掴むと同時に手を離された。

 溶解する地面を滑り、顔面や肉が削がれながらもやがて停止した。


「……」


 曇天を見上げ、地を撫でる左手から最後の【モードレンドの雷】を魔物達の方向へ発動する。これで役目は果たせた。

 やり残したことは山程あるが、流石にこれはお終い(ゲームオーバー)だ。


(……ま、誰かを助けて死んだんなら、前よりはいい死に様だよな。きっとこれならアイツも納得してくれる)


 ぽつぽつと雨粒が降り始めた。抉れた顔に一滴一滴が落ちる度に、鋭い痛みが薄まる意識を引き戻してくれる。このまま真っ白な頭でぼんやりとしていれば暗黒剣士が止めを刺すだろう。

 二度目の人生と言えども気まぐれな善行とは、歳を取ったからだろうか。そのような思考をぼんやりと浮かべていた。

 感覚を失い、痛覚を通り過ぎ、曇天に美しささえ感じ始める。


「……」

「……ごめんなさい」


 視界に映り込む“紅”に、嘆息代わりに目を閉じた。感覚のなくなった右手を取り、祈るように謝罪を口にする人物に目をやる。


「ごめんなさいっ……」

「謝らなくていい……!」


 なぜ戻って来たのかと、歯を食いしばって気力を振り絞り、死に体の身体を起こす。

 しかし、戻って来てしまったのなら、仕方がない。


「……謝るなら俺の方だ。神はいるらしい……」


 手を握るローズマリーへ謝罪を返した。情けなくも可憐な顔をしたローズマリーから、視線は下へ……。


「なぁ、神様……」


 ローズマリーと繋いだ自身の腕が、橙色の淡くも神々しい輝きを宿していた。それは始まりの黄金であり、唯一の暁。

 この世界の開闢(かいびゃく)の光であり、光の神が世界に残した三つの【光】の内でも、最も強き威とされる【耀(よう)の光】。


「……」


 ローズマリーから右腕へと流れる【光】を目にして、鈍い動きで膝を突く。扱いは自然と理解できた。ローズマリーと繋がっている今、【耀の光】はコールの【光】でもある。


『――!!』


 何かが起こる。漠然とした恐怖に支配された魔物達が、放たせまいと打ち出した嵐竜が二人を呑み込もうと牙を剥く。死に物狂いで殺到する。


「……【光】よ……」


 腕に宿る柔らかで強烈な輝きと共に、【黄金】の右拳を殴り下ろす。大地へと打ち込まれる黄金の拳により、暖かな光が噴出して駆け抜けた。


「……」


 回帰が始まる。神秘的というにも足りない超常的な光景であった。開闢の光が駆け抜け、万象一切が【耀の光】へと帰っていく。

 嵐竜も暗黒剣士も強い橙色の光に呑まれる。衛兵や雨粒……更には聳え立つ山々までもが光へと帰っていく。溢れ出た輝きはそれだけに留まらず、文明も大気や暗雲といった大自然すらも森羅万象が始まる以前の光へと戻していく。

 光への絶対回帰。幾星霜の時を経て、歴史上で初めて、この世で最も偉大な力が行使された瞬間であった。

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