41話、喧嘩を売る相手を盛大に間違える
通常、どの学年であっても修練場はクラスによって決定する。
兵士クラスならば、一回生から六回生まで兵士クラスの一つしかない修練場を使用できる。
精鋭、将位、導師、滅士と段々と設備も良くなり、それは期待の表れでもあった。
そして上のクラスが下のクラスに割り当てられた修練場を使う事はあっても、その逆はない。
「ここが旗将クラスの修練場ですか。いいところですね」
格上の圧力に怯む三名を背に連れて、学内最強の座を初日にして勝ち取ったと噂されるコールが姿を現した。
「あれが、天才コール・モードレンド……」
「モードレンド家のご嫡男が、あのベディビエールさんを倒したらしいな……とてもそんな感じは受けないが、今から楽しみだ」
修練に励む旗将クラスや見学に現れた観衆からの視線を一身に集めるコール。
「コール、面白いことをするそうだな」
「アーサー様」
数名のルーラーを引き連れて、アーサーが親しげに歩み寄る。
「ご自身の鍛錬はよろしいのですか?」
「私達を導く天才の戦闘を見学することは、充分に鍛錬だろう。どうして将位クラスの者達と戦うことになったのか、甚だ疑問ではあるがな」
「僕を焚き付ける為に彼女達の親を蔑んだので、そのままにはしておけず仕方なく提案に乗っただけです」
「……ヴィヴィアン、お前もか?」
目付きを鋭くしたアーサーはヴィヴィアンを連れ帰ったその人であり、彼女の抱える事情も知っている。
決して他人が無遠慮に踏み込んでいい過去ではなく、アーサーに明確な憤りの情を宿る。
「はい。ですがコール様と共に自分で戦います……」
「……そうか」
覚悟のある目を真っ直ぐに向けるヴィヴィアンへ、無粋に思ったのかアーサーは言葉少なく返した。それから、もっとも気がかりな人物へ向き直る。
「それで……なぜローズまでいるんだ?」
孤高を貫くローズマリーまでもが動き易い運動着に着替えており、忌み嫌うヴィヴィアンから少し距離を取って立っていた。
不機嫌そうに美貌を歪め、気の強さを全面に表して、それでも同じチームとして立っている。
「気分です。お兄様には関係ありません」
「そ、そうか、健闘を祈っているぞ」
「ありがとうございます。どうせヴィヴィアンかコールしか見ないと分かっていても、お礼は言われてもらいます」
「そんな事はないのだが……」
ぎこちない笑みも硬直し、強気に過ぎる妹にまたもや苦慮する。
そこへ、問題の彼等が現れた。
「おやおや、これはこれはルーラーの方々までもお越しになられましたか」
「丁度いいぜ。代表の関係者だからという理由でルーラーを選出する非合理性を見せ付けるチャンスだ」
準備運動を終えた旗将クラスの四名が、敵意を剥き出しに歩み寄る。
「これは正当な主張であり、我々は正当な評価を臨みます」
「……そうか、ならばまずはコール相手に善戦してみせろ。仮に観衆の唸るものならば、父上に打診してやらんこともない」
「聞きましたからね」
反骨精神や野心を感じる男の呼びかけに、振り返って歩み出していたアーサーは手を振って応え、壁際へと下がっていく。
「……殺すなよ。やり過ぎたとは言え、まだ社会も知らないガキなんだからな」
「僕を何だと思っているのですか……」
ガウェインのみがコールの肩を叩いて嘆息混じりに忠告し、他のルーラーと同様にアーサーの後を追う。
しかしふと足を止め、気になった点について言及した。
「そういや、何でお前は着替えないんだ?」
「何故か運動着が失くなっていたんです」
「……盗まれたな。次から使用した物全てに気を配れよ」
些細な疑問を解消し、今度こそガウェインが去る。舞台は整い、中央には当事者達のみとなる。
「……さっ、始めましょう」
「っ……! ……そうしようか。噂のモードレンドは何処までその雑魚共を庇えるのか見ものだよ」
爽やかな微笑みを浮かべ、見るも軽やかに模擬戦用の刀を取り出すコール。モードレンド家の代名詞とも呼ばれる刀の登場に、自然と辺りが気圧される。
「では私が開始を告げてやろう。互いに覚悟は出来たな、行くぞ?」
開幕を担うと申し出たアーサーが、高みの見物と腕組みして告げる。
「――ハジメっ!!」
代表を彷彿とするアーサーの気合いの入った掛け声。反響する程に力強く、熱風すら錯覚する程に熱い声援であった。
しかし響く余韻が消えるより前に、一人目が崩れ落ちることとなる。
「――」
「コッ……!?」
将位クラスの一人が眼前に現れたコールにより、刀の柄頭で顎を突かれ、白目を剥いて気を絶たれる。同時に男子生徒の持つ模擬剣に、一つ、二つと線が刻まれ、倒れゆく彼と共に鋼が弾ける。
未だ開戦の歓声間近の静寂に、男子生徒が倒れ込む音が生まれた。
「……!?」
「なっ……!?」
一度の騒めきが生まれ、誰もが目の前で起こった現象を理解できずに言葉を失う。瞬間的にリーダー格であった眼鏡をかける訓練生の前に現れ、手段さえ不明な内に昏倒させてしまった。
「……どうして父上がモードレンド家のコールをルーラーに選ばなかったのか、今ならよく分かる」
「病弱、だからだけではなかったのですね。この身でも体感しましたが、彼には兵器が必要ない」
刀さえあればコールは誰とでも何とでも戦える。人工精霊がなくとも、悪魔や魔物と戦える。
強いから選ばれたルーラーだが、強過ぎる者に超兵器は必要ない。身体が弱いというハンディキャップと引き換えに、天才は帝国でレオナルド博士に次ぐ才能を持って生まれていた。
「……は、反則だっ! こんなこと有り得るかぁぁ!!」
「大丈夫。皆さんは彼女達の手で倒してもらいます。僕は手出ししません」
「はぁ……!?」
「彼はここに至るまでの手段が卑劣だったので、まともにやり合う前に退場してもらったまでです」
身構えて取り囲む三人へ微笑みかけ、狼狽する彼等の心中を宥める。
「……このぉっ!!」
「はっきり言って、皆さんの本来持つ力量は兵士クラスと変わりません」
背後から剣で奇襲を仕掛けるも、示し合わせるように振り返ったコールに難なく受け止められる。二人の取った挙動の起こりは全く同時であり、まるで打ち合わせた劇のような始まりを見せる。
「くそぉぉっ……!!」
「っ、お、俺達も行くぞッ!」
気を持ち直した残る二人が、三対一の有利こそ唯一の勝機と気付いて襲いかかる。
「魔法、戦技、これらによる差でしかないのです」
「だからっ、どうしッ――!?」
右薙払いを受け止め、押し合っていた刀が振り抜かれ、鍔迫り合いをしていた男が吹き飛ぶ。ゆるりと踵を返し、駆け寄る二人の剣撃を一太刀をもって捌く。軽やかに、卓越した技巧により、何の危なげもなく斬り払われる。
技量。ひとえに技量であった。
「こ、このっ、バケモンがぁぁぁ!!」
転げ回って退けられた男が屈辱に顔を歪め、なりふり構わず駆け出した。
けれど例え三人と増えようとも、右手に握られた刀は身に迫る刃を悉く跳ね除ける。帝国を守護して来たモードレンドの刀により、一切合切が跳ね除けられる。
コールを中心に三方向から迫る刃は、決してコール自身には届かないと誰もが確信する。彼等とコールとの狭間にある差は、見えている距離よりも遥かに遠い。ずっとずっと、ずっと遠く離れている。
「……す、すげぇぇ」
「人にできる動きなのか……? 人間の限界を超えているとしか思えん……」
驚嘆する溜め息は見守る全ての者達から生まれ、絶え間なく修練場に発せられる。
「まさか……いや、確実にデュエルより巧い」
「モードレンド家ご当主様よりも……? コール殿でなければ笑っていたところです」
修羅の如き強さを持つデュエルを知るアーサーとベディビエールも、感嘆を余儀なくされる刀捌き。
大差ないだろう。あの場で対峙しているのが自分であっても、同じ光景となるのは目に見えていた。
そのような思案に汗を滲ませていると、少しの変化が生まれる。
「……」
一回転して振られた刀により三つの刃を全て弾いた後の一瞬。コールは周囲と同じく圧倒されるチームメイト達へ微笑み、手招きをしてみせる。
倒すべくは自分ではなく三人だと、分かり易く伝えていた。




