40話、そこ決闘、決定で
殺人罪で投獄された父を持つヴィヴィアン。先の二人よりも集まる視線は疑念と嫌悪に満ちていた。
「……」
「……これは事実なのかな? 是非とも君の口から聞きたい」
青褪めるヴィヴィアンに追及の手を緩めない男子生徒。事実かどうかを知りたい者達は周囲から、彼女が口を開くのをひたすらに待っている。
「……っ、どうなんだよっ!」
「はっきり言いなさいよッ!」
事実ならば格式高い帝国軍学校に名を連ねることは、もはや犯罪である。殺人犯の娘が選び抜かれた者等の集う帝国軍学校で、ルーラー等と肩を並べるなどあってはならない事だ。
憤りは高まる一途を辿り、疑惑の範疇にあって既に事実として、相応しからぬ彼女を追い出す術を思考し始める。強引にでも、手段を選ばなくとも、排除できれば憂さは晴れるだろうと。
「くだらない……」
「……何がだい?」
だが憤然たる場に生まれたのは、心底から出たコールの嘆きであった。
「どれもこれも、彼女達を責められるものではありません。それどころか、そのような他人の家庭事情をこそこそと調べて、公然の場で無神経に喚き散らすあなた方が何より醜い」
「何だとっ!?」
「あなた方はとても下劣で、卑劣だと言っています」
驚くほど冷淡に様変わりしたコールの言葉は、目の前の四人のみならず俯く彼女や周辺の者達にも向けられていた。
彼の落胆する意を受け、魂が底冷えするような感覚を受ける。モードレンドの嫡男から失望されるという意味はそれだけ大きい。
「お金を稼いで生きている娼婦の方を、どうして笑えるのです。娘さんをこんなにも健康そのものに育てられました。それだけではありません。親の事情や犯罪で、どうして子供が責められるのですか。馬鹿馬鹿しい、浅慮を恥じなさい」
コールは次に足元に崩れ落ちたサラへ声をかける。
「どうして泣いているのですか? 親が娼婦であることが恥ずかしいのですか?」
「ちがいますっ! 時々こわいときもありましたけど、一生懸命に育ててくれたお母さんだからです!」
「では立ちましょう。胸を張って、だからどうしたと言い返せばいい」
この空気の中で胸を張れと、誰が言えるだろうか。ルーラーを上回る実力とされるコールだからこそ、誰もが押し黙ってしまう。固定観念をいとも容易く疑い、認識を改めざるを得なくなる。
「やりましょうか、四対四ですよね」
「……取り消せないぞっ、その言葉ァァ!!」
「構いません。あなた方がルーラーに選ばれることは万が一にもないでしょうが、僕に勝ったとどうとなり吹聴してください。今のように、恥も知らずに饒舌にね」
「代表に告げ口でもするつもりかぁ!? この卑怯者めがっ!」
「どの口が言うのでしょうね……」
呆れたと溜め息混じりに言い、コールは将来性の乏しいとする理由を語って聞かせる。語気を荒らげ、激憤に顔を染める者達へ現実を説く。
「単純に現在の実力と長期的に見た成長の可能性から鑑みて言っています。思考の傾向から言っても……上を目指そうとするならば上を見なければならないのに、あなた方は下を見ているでしょう? だから下降していくのです」
苦笑いして告げるコールに、顔色は赤く染まり戦いを前にして沸点を越えつつある。
「では、放課後にでも模擬戦を行いましょう。僕は明日もこちらへ来られるか分からないので」
返答を待たずして手を取ったサラを立たせ、食堂へ向かおうとする。
しかし一歩目を踏み出し、何かに思い当たった様子で肩越しに訊ねた。
「ああ、そうだ。一つだけ確認をさせてください」
「……なんだっ」
「もしかして……僕のことも調べましたか?」
「ふん……調査させたが、君に関しては何も分からなかった。流石はモードレンド家だな」
身辺調査は迅速に行われていた。コールの話を耳にして、子爵家嫡男の権力を遺憾なく発揮して兵士クラスを調査するも、モードレンド家だけは何一つ情報を見つけられなかった。
「そうですか。では程々にしておきましょう」
「……?」
意図の分からない呟きを微かに残して、雑然と佇む生徒達を置き去りに食堂へと消えていった。
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「――では、頂きましょうか」
「ちょっと待ちなさい……」
苛立ちから語調強いローズマリーが表情を険しくして、対面のコールへ物申した。
「ん? ……何か?」
「どうしてこのテーブルに座るのかしら。はっきり言って目障りよ。今すぐに移動するか、視界から消えて」
同席するなど虫唾が走るとばかりに、蔑む眼差しでコールやヴィヴィアンへ退席するよう告げた。
「空気が読めないようだけれど、ここのテーブルはいつも私が使用しているのよ」
日当たりの良い窓際にある隅のテーブルは、ローズマリーが食事を終えるまで彼女のみの特等席とされている。
コールは入り口を入り、トレーを手にして列へ並んだ。左手に並べて置かれた様々な料理を選び、取り分けながら進み、列の最後でグラム数を測る。
身体作りの観点から男女で別々の目標グラム数が設定されており、病弱なコールも規則を守るためからか、多めの重量でこの基本数値をクリア。
迷わずヴィヴィアンやサラより先んじて、ローズマリー専用のテーブルへ向かった。
「特等席などと、そのような規則はない筈です」
「暗黙の了解という言葉もあるわ。代表の娘なのだから、そのくらいは許されて然るべきよ。一刻も早く移動しなさい」
「けれど放課後まで時間がありません。この時間に作戦を話し合っておいた方が良いでしょう?」
「何の話をしているのかしらっ……」
いよいよ怒りが頂点に達するローズマリーにサラ達も戦々恐々となるも、コールは平然として言う。
「今し方、あそこに見える旗将クラス四名との模擬戦が決まりました。ルールが少し意地悪なので、ローズマリー様に参加いただかなければならなくなりました」
「コールさまっ!?」
ローズマリーのチーム入りを示唆するコールに、堪らずグレイスの声が上がる。
「……他の三人は嫌みたいよ? それに私からも断るわ、馬鹿馬鹿しい」
「お願いします。このご恩は忘れません」
「悪いけれど、あなた達がどうなろうと少しの興味も湧いて来ないの。勝手に起こした問題に巻き込まないでもらえる?」
「彼等は平民や貧乏だからと彼女達をコケにしました。なので僕は彼女等の手による勝利が望ましいと考えています。その為には純粋な剣術の腕が優れているローズマリー様のお力が必要です」
「……」
後衛に下がるとでも言いたげなコールに、彼頼りで一泡吹かせるつもりであった三名は呆気に取られる。
「……私は戦技も魔法も持っていないと知っているでしょう」
「そちらは僕に任せてください。皆さんは武器術で彼等を倒していただくのみです」
「……今回だけよ。今後は一切関わらないで」
「ありがとうございます」
何が要因となって気が変わったのか、はたまたコールの説得が効いたのか、ローズマリーは突如として了承を口にした。
そして先程までと同じように、優雅な物腰で食事を再開する。
「……四人、ですよね?」
「みたいですね。ですが自分達の手で勝ちたくはありませんか?」
「それはっ……か、勝ちたいです」
悔しい思いをしたサラも、気持ちでは己が手で一矢報いたい。
「残念ながらグレイスさんは遠距離の魔法型なので、ここはローズマリー様にお願いするのが良いと考えました」
「私は構いませんけど……勝てるのでしょうか」
「僕がサポートします。おそらく他の生徒も見る中で行われますから、兵士クラスの底力を見せてやりましょう」
奮起するコールに釣られて何故か闘争心が湧き上がる。
彼女達の秘めて来た境遇を気にする事なく、端麗な微笑で包み込むコール。彼ができると言うのなら、できる気がしてならなかった。
「……私達の為に、ありがとうございます」
「頑張りますっ! わたし、コール様のために頑張ります!」
涙に瞳を濡らして謝意を告げるグレイス。跳ねるように立ち上がって克己するサラ。二者共に反撃への種火は付いた。
「やる気になってくれて嬉しい気持ちはありますが、自分とお母様の為に頑張りましょうね……?」
「そ、そうでした……」
やんわりと訂正するコールに我へと帰り、おずおずとサラが着席したのを見てから昼食を始める。
コールのトレーには味付けした海老やブロッコリー、ライスにスープ。サラはビーフシチューと蒸したポテトにパン。グレイスは野菜ばかりと三者三様であった。
「……きちんとした物が出されるのですね」
「まるでレストランみたいですよね。わたしの寮で食べる料理も、ここより美味しいくらいです」
「そう言えば、サラさんはどの寮なんですか?」
「山羊寮ですよ。多分、寮食の中だと一番美味しいです」
軍学校の食事はコールの口にも合うもののようだ。会話は弾み、そこら中から浴びせられる嫉妬の視線も苦にならなくなった頃。
まだ気落ちしているのだろうと、コール達から気を遣ってそっとされているヴィヴィアンへ視線を向ける者がいた。
「……」
「……」
沈むように物静かに食事をするヴィヴィアンへ、蔑視にも似た鋭い目をくれるローズマリー。恐ろしく冷ややかで、何かを懸念するようでもある眼差しはただ一人へ向けられていた。




