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36話、パーティーに出席しろってよ


「……コール君、あの怪物をどう思う」


 諜報部を司る山羊(ヘイズルーン)部隊を指揮するユーウェイン中将が問う。左胸に山羊の紋章を掲げて、中将自らが二度目となる侵蝕獣出現の調査に乗り出していた。


「ルーラー達の実力、及び人工精霊の威力を試したのでしょう」

「……周囲に不審な影はありましたか?」

「否定します。なので訓練生か学校関係者の中に、侵蝕の芽を植え付けたものがいると考えます」

「それは、厄介ですね……」


 老将は客室のテーブル周りをウロウロと歩み、軍学校に潜む黒幕に苦慮する。アーサーが軍学校に在籍するということで、コールの他にも既に隊員を潜入させてある。

 にも関わらず、誰一人としてこの事件の予兆を察知できなかった。つまり手がかりが少ない。


「……仕方がない。少々、強引にでも隊員を増員します。怪しまれるでしょうが、やらないよりはいい」

「アーサー様やローズマリー様がおられる間は、その方が良いでしょう」

「……そうだね、そうするべきだ」


 あまりローズマリーに気をかける者はいない。コールからローズマリーを気遣うようにと釘を刺されたように感じたユーウェイン卿は、滅多に出会わない発言を受けて返答に時間をかけてしまう。


「しかし知りませんでしたよ。君が既に特殊隊員に任命されていたとはね」

「子供の頃から、お手伝い程度の任務をしていただけです。腕試しがてら、代表にも許可をもらった上でね」

「ふむ……」


 引き入れようと画策する内情を察したのか、代表の名前を先んじて告げられる。ますます山羊(ヘイズルーン)部隊に欲する意欲が増す。自分の後任にとデュエルが抱いているであろう願望を同様に持つに至る。


「これからは同じ軍部で働くことになる。隊員達共々、よろしく頼みます」

「はい、互いに協力して参りましょう」

「何か頼りたい時には言ってください。うちの隊員を遣わせます」

「こちらこそ、手が空いている時には使ってください。戦闘くらいしか取り柄がありませんが」

「はっはっは!」


 大仰に礼をしたコールに笑いかけ、一筋縄にはいかない少年に好奇心を増す。

 何か裏がある。代表が隠していたという事もあるが、それ以上に代表すら知らない裏側がありそうでならない。

 ユーウェインの勘が、そう囁いていた。


 ♤


 どこかの地下だろうか。暗闇は夜よりも濃く、僅かな音すら反響することで空間の広さを表す。

 その場にあるのは、黒い円卓。席に座すのは三名のみ。全ての席には水晶があり、全ての者が揃ったとき淡く光出す。


『……全ての侵蝕人がルーラーにやられた』


 張りのある老人の声で、開幕した。


『人工精霊は想定以上の強さだ。ルーラーは取るに足らんがな』

『ただの子供はもういい。それよりも、レオナルド博士なる者が完全に姿を隠して四年になる。もう探し出すのは現実味がないだろう』

『議題から外れている』

『ベルフェゴールは何と言っている。計画にはまだまだ悪魔が必要だ』


 口々に発せられる発言は、初めに発せられた声音により断たれる。


『喧しいっ、静まれ……』


 今や人類の壁をも打破する術を持つ裏円卓の者達が、格の違う圧力に震える。


『人工精霊が抜き取ることができないと分かった今、議論すべきはルーラーを始末するか否か。そして何よりも……あのコール・モードレンドをどうするかだ』

『……ギルス、お前は直に見たのだろう? どう見る。引き込む価値はあるのだろう?』


 高次元に達した結社の者達でさえ、無視できない存在。数年前から注目していたが、未だに実力の底が見えない。計り知れない。悪魔なのではないかと疑わざるを得ない男、それがコール・モードレンドであった。


「見ましたけど、とにかく危ないって印象っすぅ」


 初の侵蝕人実験……即ちノックブランドにて行われた実地試験。担当したのは最も若手であるギルスであった。

 彼は謂わば“型落ち”。成功体よりも半端な調整をされて実地投入された新人類である。


『……引き入れるべきか否かを訊いている』

「いやぁ……止めた方がいいっすねぇ。アレがあれ以上に強くなったら、内側から皆さんも食われますってぇ。大体、監視しようと送り出した者達は全員が全員、姿を消したんでしょう? 殺されてますってぇ……」

『はっきりと言うな。だがあのような逸材だ。決断を急がずとも、まだ様子見すべきだろう』


 ギルスは強い意思を示すも、男の打ち出した方針に誰もが賛同する気配を見せる。敏感にその空気を感じ取ったギルスも、結社の上層部に物申すのは無駄と知っている。肩を竦めて否の言葉を引っ込めた。


『ルーラーも弱過ぎる。人工精霊がどうにもできないのなら、放置で構わないだろう』

『儂も同感だ。皆は?』


 誰も異論は唱えない。結社の長が良しとするなら、余程の反論がなければ口は出さない。


『うむ……皆、変わらず《夜の王》には気を付けるのだ』


 気を付けるべきはレオナルド博士と、明確に敵対している《夜の王》のみ。二者のみが、結社へ届く脅威の牙となり得る。


『我等が楽園に到達する為に、〈空の器〉に栄光あれ……』


 ♤


 マーク・マッコール帝国陸軍長官が主催する食事会は、大勢の軍関係者や著名人が集まっていた。立食パーティーの形式が取られ、マーク長官の趣味でもあり自らがプロデュースするワインを振る舞う場でもある。


「君がコール君かっ!」

「初めまして、ラーク大佐」

「わ、私のことも知っているのかい?」

「勿論です。魔城攻略数が十四と言う、素晴らしい数字を打ち出した方ですから」

「はっはっは! 君ならお父上のように、一年で超えられるだろうとも」


 注目の的はデュエルの代役として出席した美男子であった。特に淑女や婦人の視線は彼のみに集められ、話し上手とあって一度挨拶を交わしたなら上機嫌となって止まらなくなってしまう。


「大佐、私にも挨拶させてくれないか」

「ち、長官っ、これは失礼しました!」


 とうとう痺れを切らしたマーク長官が、コールの元へやって来てしまう。若手当時から積極的に現場を指揮して他国を牽制し、魔城攻略数も四十四と申し分ない功績を残している優秀な指導者であった。

 畏まりながら去っていく大佐を見送ってから、コールへと話しかける。


「やぁ、やっと会えたね」

「こちらからご挨拶に向かうべきところを、失礼しました」

「私の方を伺ってタイミングを計っていることは分かっていたとも。私が堪え切れずに来たのだ」


 気さくな年配の紳士と言う風貌で、しかし眼には人の本質を見極めようとする油断ならない色合いも見て取れる。


「ふむ、もう少しだけ淑女の皆さんには辛抱頂いて、ワインを飲んでもらいながら話をしよう」

「喜んでお供します」


 温和に微笑みながら、マーク長官の差し出したグラスを手に取り、赤色のワインを注がれる。自分のグラスにも注いで付き人にボトルを渡し、軽く翳して先に飲むよう勧める。


「……これは美味しい。これを長官がプロデュースされたのですか?」

「そうだよ? いやぁ、嬉しいね。疑うほどに美味しかったと言わせたわけだ。ワインは好きかい?」

「公にお酒を飲むわけにはいきませんが、このような場で潰れるわけにはいきませんから嗜む程度には。ですが味わいはとても好みです」

「うむ、私もワイン以外の酒は好まないのだよ」


 華やかな会場を視線を集めながら歩み、マーク長官に連れられてテラスへ。


「バトルは元気かな?」

「お祖父様ならば、来る日も来る日も太刀とウィスキーを手に高笑いしておられます」

「だろうな。まだまだ現役だったろうに……」


 寂しげに、早期に引退した好敵手を語る。デュエルとランスロットのように、かつてはバトルとマークが並び立って競うように手柄を立てていた。


「軍学校に通い始めたとか。今日の事件も聞いたよ」

「ルーラー達が見事に解決していました」

聞いた(・・・)、と言わなかったか?」


 誰にも聞かせられない話題を切り出し、実態を知っていると仄めかす。


「……五体の内、三体を倒した」

「それは……そうです。けれどそれは成長した彼等でも可能でしょう」

「代表を疑うわけではない。だがコールほどの重要人物の情報をこちらに回さないのは如何なものだろうね」


 コールの予想とは違う方向に、マーク長官の話は進んでいく。


「代表の手元で秘匿されるものは他にもある。人工精霊に関しても、レオナルド博士に関してもだ。このままでは代表が暴走すれば、帝国は終わる。前代表のユーサー様にマーリン殿がいたように、歯止めとなる者がいなければならないのだが、それもなし」

「……」

「私は、君に手を貸して欲しいと思っている」


 話は不穏な方向へ進む。進むに連れて声音は小さく、けれど二人の微笑に揺らぎはない。談笑の際と変わらない面持ちで、国家を揺るがしかねない会話が続けられる。


「それは、どのような意味合いですか?」

「勘違いしないで欲しい。無論、帝国へ叛逆の意思はない」

「……では?」

「代表は力を持ち過ぎている。問いに問いを返すが、そこに否は?」

「ありません。それは事実であり、長官の言うように独裁状態であることも事実です」


 ペンドラゴンは前代表と違い、己が政策に対する反対意見に耳を傾けることがない。予めされた議論を超えたなら、如何なる手段を用いても成功させる。

 ルーラーにしても、選択権があったのはペンドラゴンの周囲にいる人間のみ。彼等は忠実な部下として、ペンドラゴンのみに尽くすことだろう。加えて、代表の裏にはモードレンド家の支えがある。


「私は帝国の為にもパワーバランスは保つべきだと思うのだ」

「一理あります」

「そうだろうとも。帝国と言っても今は民主主義国家。代表の為の国であってはならない。代表が偉業を成す為の国家となってはならないのだ」

「長官、学生に過ぎない自分に何を求めているのかをそろそろ」


 ここ数日に交わされた会話の中で最も危険なものだろう。ワインを度々口にするも、かけられる時間はあと僅か。

 夜の暗闇に浮かぶ星々を見上げる今も、背後の灯りの中ではコールを待ち望む淑女達が居ても立っても居られない様子で待機している。


「サクスン家、の側に立つつもりはないか?」

「ありません」


 コールの即答に、マーク長官は能面の顔付きとなる。表情なく星空を目にするマークに反して、変わらない微笑で眺めるコール。和やかなパーティーの空気とテラスは、あまりに隔絶されたものとなっていた。


「……素晴らしい。そうでなくてはならない」

「試したと? 内容はもっともだと思いますが」

「まぁ、あまり大きな声では言えないが、私も言っている事は正しいと考えている」


 朗らかな表情に戻ったマークはワインで一度口を潤すと、ペンドラゴンの独裁が正しきものであると語る。


「……代表は独裁の限界を理解している。何故ならアーサー君にそのような教育を施していないからだ」

「なるほど、一代限りの独裁により富国強兵を成し遂げようとしていると」

「なのだと思う。そして、結果は出ている」


 ペンドラゴンの主な功績としてレオナルド博士を見出し、ルーラーを選出し、魔鋼鉄道を開通させた。それ以外にもペリノア国との関係改善及び国交再開、魔城攻略数が大陸最多を記録、それに伴い国土の拡大、六年連続経済成長率上昇、光歴六百八十八年の噴火災害における迅速な対応等々……例示すれば切りがない。


「代表は独裁者だが、期限を設けて確実に帝国を巨大化させている。後で比較される者がどうなるのかは代表には未知だろうが、少なくとも国の為にはなるだろう」

「……では、私の心が揺らぐか確認をしたのですか?」

「サクスン家が動いている。君があちらに取り込まれれば、代表の命は無いも同然だ」

「それで……サクスン家の名前を出してまで僕を見極めようとしたのですか」

「結果から言えば、分からなかったがね。だがおそらく君は無関係だ」


 赤ワインを一気に飲み干したマークは、コールのグラスを取り上げて言う。


「サクスン家はいつも裏で暗躍し、帝国代表の座を虎視眈々と狙っている。君が表に出て来たのなら、間違いなく接触があるだろう。くれぐれも気を付けたまえ」

「わざわざこの場を設けてまでのご助言に感謝します」


 ここまで来ればデュエルの急用は偶然でないことは察しが付く。コールは深い敬意と謝意を示して一礼し、マークの視線に従ってテラスを後にした。


「……確かに、恐ろしい少年だな」


 黄色い声を上げる淑女に囲まれるコールを見送り、マークは目を細めて呟いた。

 目を閉じてかの代表の切り札への認識を改め、自身も会場へと戻っていった。


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