34話、懐かしの侵蝕人
放課後、アーサーの招きに応じて所用を終わらせたコールが修練場に現れた。
是非にとトレーニングを指導する為だ。連日と同じく、いやそれ以上に観覧席は埋まり、ワンクールに一度の格付け戦と同等の盛り上がりを見せていた。
すでに剣戟音や炸裂音に従い、歓声や感嘆の溜め息がぽつぽつと上がっている。
「わざわざすまないな、コール」
「やる気があるのはいい事です。僕が助けられる事があるのなら、もちろん協力させてもらいます」
既にベディビエールと一戦を終えていたアーサーが、僅かな息切れを残してコールへ歩み寄り言う。
「……そんなに急ぐ必要はなかったのだぞ? 私より汗をかいているじゃないか」
「中々……しぶとくタフな人に捕まってしまいまして。ですが残りは次の機会にと約束をしたので、もう安心です」
「そ、そうか、何の事かは分からないが……コール、魔法は使えるのか?」
うずうずと訊ねたくて落ち着かないアーサーは、話題の繋ぎもなく率直に問いかけた。
「幾つかは既に使えます。火魔法と例の【雷】だけですけどね」
「見せては……もらえないよな?」
「僕は構わないのですが、気安く見せたと父が知れば叱られてしまいますので。これだけの人がいて、彼の耳に入らないとは思えません」
モードレンド家は希少な魔法を可能な限り秘匿する。帝国の番犬として手の内を晒さず、真の切り札として在れるようにと。
「そうか……」
「ガラハッドさんとガウェインさんですか」
「あぁ、自主練の際はベディビエールかガウェインが俺達を指導している。たまに教官にも頼むが、ベディがやはり強いからな」
「……」
コールは戦闘を繰り広げるガウェインや隣のベディビエールよりも、アーサーに横目をくれる。
指揮する才能は親譲りなのか、アーサーは毅然とした態度でルーラーを導いている。我の強いルーラー達が形だけでも一つに纏まっているのは、アーサーの手腕がそうさせるのだろう。
ただし、これは書き換わった先にある世界だ。人工精霊が正史とは比べるのも馬鹿馬鹿しくなるほど強力なものとなっている。
その影響は、じきに表れると見ていた。
「ふっ、コール。体調がいいようなら、是非とも私とやろう」
「……ベディビエールさんの敵討ちですか?」
不敵に笑うアーサーが模擬剣でトントンと肩を叩き、好戦的に誘われたコールは予想外の提案に苦笑を返した。
「いいや、ベディの負けは自分で取り返してもらう。私は昔からの付き合いであるお前と、知らない内にどれだけの差が生まれていたのかを知りたいだけだ」
「では私はアーサー様の次に予約を」
「珍しいこともあるものだ。ベディが我を出してくるとは」
「はっは、あれだけ清々しい敗北はありませんから」
「否はないな」
弾む会話には躍る心情が表れており、当の本人を置いて先々へと話は進んでいく。嘆息するコールは激戦を繰り広げる二人へ目を向ける。
「才媛の魔法も、ガウェインさんにはまだ通用しませんか……」
戦闘内容を正確に見極めるコールの目は、ガラハッド本人やアーサー等の思う以上に離れた実力差を見抜く。
「どう見る、コール。どちらも同様に成長しているので、なかなか差は埋まらないがな」
「差は離れています。ガラハッドさんだけでなく、ベディビエールさんを除く他のルーラー達も離されています」
想像していなかった辛辣とも取れる返答に、アーサー達は驚きと僅かな憤りに目を剥く。
「この戦闘しか見ていないのに、どうして確信めいて言える……」
「ガウェインさんは明確に目標を定めて戦闘を行っています。到達すべき自分の姿を思い描き、試行錯誤しながら成長している。それはレベルにも表れていますが、それ以外の面で大きく見て取れる」
ガラハッドのように中距離からの魔法に拘り、そればかりに特化した戦闘。対照的にガウェインは近距離や中距離を折り混ぜ、攻め方のパターンなども多様に試験していた。
「ガラハッドさんやパーシバル君、トリスタン君もそうですが、仲間と戦う前提で鍛えています」
「当然だろう。私達は仲間だ」
「……どうして戦闘で誰も欠けない前提なのですか?」
心底から理解できないとばかりに、ルーラーの甘さが指摘された。
「あなただけが魔城に残されることはないとでも?」
「それは……」
「仮にアーサー様とガラハッドが残ったなら、魔法を備える時間を誰が稼ぐのですか?」
「……」
戦場は冷たい。
人は醜い。
魔物は強い。
悪魔は恐ろしい。
死は、常に身近にあるものだ。
「強力な人工精霊も、現界するまで最速でも六秒。最悪の場合は、誰かを犠牲にして使うことも考慮しなければならない」
ルーラーであろうとも、いつ死んでもおかしくない。任務中に壊滅する事も可能性として充分に有り得る。
「これを理解しているのは、ガウェインさんとベディビエールさんだけのようです。他の方々は、得意なことだけ伸ばしていれば良いという考えが透けて見えます」
「……」
これは以前から指摘されていて然るべきものと、コールは横目で冷徹な視線をベディビエールに向ける。
無言で頭を下げたところを見ると、まだ少年少女の域を出ないルーラー達に非情な世界を見せたくはなかったのだろうと察せられた。
「……」
「……」
遠めに聴き耳を立てていたトリスタンとパーシバルも、叱り付けられた子犬のように俯いていた。
「今日から正しましょう。これを機に正せば良いことです」
「……?」
戦うガウェイン達ではなく、空を見上げるコールが手元に刀を出現させた。訓練用のものではなく、自前の見事な逸品を。
「何を……」
「――敵襲です」
空より、五体の影が舞い降りる。
途方もない野望を追い求め、何処までも非情で貪欲な老獪達の尖兵が、冷たい始まりの鐘の音を鳴らす。




