32話、英雄達の裏側
「――や、やめてくださいっ!」
それはまたしても突然に起こった。個々に組み立てたメニューをこなして鍛錬する訓練生の間に、一風変わった悲痛な声が上がる。
「……!!」
「きゃあっ!?」
次いで生まれたのは、乾いた音。声に反応して集まった視線は、ヴィヴィアンの頬を叩いたローズマリーをしかと捉える。
「な、何をしてんだっ!」
「……」
慌てて駆け寄ったガウェインが倒れ込んだヴィヴィアンへ寄り添う。彼女とチームを組む事も多く、普段は静観を心掛けていた彼も黙っていられなかったようだ。
だがローズマリーは冷ややかに見下すのみで、何も答えようとはしない。
「……またローズマリー様よ?」
「ヴィヴィアンさんもアーサー様と仲が良いだけで目を付けられて大変ね……」
一先ずは様子を見ることにしたコールは、遠巻きに囁く女子生徒の発言が気になり歩み寄る。
「少し、話を聞かせてもらっても構いませんか?」
「こ、コールさまっ……! 勿論です!」
輝く微笑を湛えて声をかけるコールに、乙女達は顔を紅潮させて嬉々とする。熱い眼差しで見上げる彼女は、何の問いにも答えるだろう。
「ありがとうございます。では……意図せずして耳に入ったのですが、またローズマリー様とはどのような意味合いなのでしょうか」
コールとの一時の会話に夢中になる乙女二人を置いて、ガウェインはローズマリーに厳しい眼差しを向けていた。
「何があったんだっ! どうしていつもこいつを毛嫌いする……!」
「……嫌いになる理由があるというだけよ。今回で言うなら、足を踏まれたからね」
優雅に腕を組み、ローズマリーは落ち着き払って告げる。辺りから送られる厳しい視線や陰口にも慣れたものである。
「す、少しでも仲良くなろうと、お声かけしようとして引っかかっただけです!」
「それだで頬を張ったのか……?」
暴力的な側面を覗かせるローズマリーへ、誰も彼もがより険のある目を向け始めた。代表の娘というだけで、八つ当たりする彼女を嫌悪の眼差しで見るのは自然な流れだった。
「……よく分からないのですが、どうしてローズマリー様が責められるのですか?」
たった一人、コールのみが理解できないとばかりに声を上げる。
これには駆け寄ったクラスメイトが、さも良識を説くように答えた。
「コール君……代表の御令嬢とは言え、このような暴力は見逃されていいものではないよっ……」
「軽く経緯を教えてもらいましたが、僕には理解できません」
代表から贔屓にされているからなのか、彼への心象を良くする為なのか、コールが娘であるローズマリーを特別視しているのだろうと皆が考え始める。
しかしコールは続けて淡々と語る。
「これが初めてではないのでしょう? これまで何度もあったと聞きます」
「……そうだ。ローズはヴィヴィアンを敵視している。こんな衝突はヴィヴィアンが入学してから頻繁に起こっているんだ」
「どうしてそれでローズマリー様が悪いとなるのですか……」
呆れるとばかりの溜め息混じりにガウェインへ返した。少しばかりの失望感を覗かせて。
「何度も足を踏まれるなどの行為をされれば、故意を疑って然るべきです。我慢の限界を迎え、やり返したいと思っても不思議はありません」
「それはっ……」
「ヴィヴィアンさんは他の方と問題を起こしてはいないそうですし、意図して起こったものの可能性が高い。そもそも幾度となく諍いがあって、尚も近付く彼女を不審には思わないのですか?」
「……」
冷淡に説かれたガウェインはスルリと腑に落ちるその言を受け、腕にある女性へ疑心の目で見下ろした。
ガウェインだけではない。衆目の感情は綺麗に反転し、ヴィヴィアンへと疑惑の目を向け始める。
「……確かに、いつものローズマリー様は問題のある方ではないし……」
「印象が悪くなったのって、初級部にヴィヴィアンさんが来てからなんじゃ……」
口々に囁かれる憶測はヴィヴィアンの天真爛漫で楚々とした人物像に、亀裂を刻み始める。
「そんなっ……!? わ、私、わざとローズマリー様を傷つけるような真似なんてしませんっ! 初対面から嫌われているようだったのでっ、ただ仲良くなりたかっただけです! それなのにっ……ッ……」
「意図的であったと断言しているわけではありません。無論、たまたまが重なることも考えられるでしょう。ですが少なくともローズマリー様からしてみれば、苛立っても仕方がないと思いませんか?」
涙を流して唇を噛み、悔しさを堪えるヴィヴィアンへコールは手を差し伸べた。
「ぐすっ……コールさまぁ……」
「今回のこれがきっかけで気付けたのですから、次からはもっと違うアプローチができる筈です」
「はいぃ……」
泣きっ面に鼻水まで垂らして悲しむヴィヴィアンを立ち上がらせ、苦笑いしてハンカチを差し出した。
その二人……特にヴィヴィアンの様子を眺めていた者達は、考え過ぎていた事を悟り、不穏な可能性を霧散させる。
「……」
ローズマリーのみが視線をより険しくさせてヴィヴィアン……そしてコールを睨み付けてから、その場を離れていった。
♤
アレ……あの女、やってんな。ストーリーだとローズマリーが加虐している風だったが、どうやらヴィヴィアンが一方的に嫌がらせをしているらしい。
コールは本来なら、そこに漬け込んでヴィヴィアンをより焚き付け、ローズマリーを更に孤立させて自分に依存させていたのだろう。
あともう一つ、アーサーだけはコレに気付いている。ヴィヴィアンが希少な治癒魔法の使い手だからこそ、隠し子だった妹よりも優先していると見た。
面白い。物語の裏がまた知れた。ただ、たまに馴れ馴れしく話しかけてくるあのマッシュルーム頭は何なんだ? ぶった斬るぞ、菌類が。
まぁいい。さてと、雑魚雑魚ルーラー達のデータでも見るか。ペンドラゴンの許可がある俺に、軍学校内で見られないものはない。
教官でさえ一部の者達しか立ち入らない制限された書庫に入り、ルーラーの現状を調査する。
「……これか」
昼に伝えておいたので、教官が気を利かしてテーブルに用意してくれたみたいだ。学校に来てからずっと格好付けている流れのまま、ポポタンダンスを踊りたい欲を抑えて椅子に座る。
さて、まずは最も使用していたキャラクターであるガウェインから見てみよう。ガウェインは炎の魔法が強力で、アーサーに次ぐ火力を誇る。且つスピードもあり、最終的には個としてベディビエールよりも強くなるキャラだ。
[名前]ガウェイン・ロッソ
[レベル]32
[戦技]【火斬り】【樹倒す蹴り】【ファイア・アクセル】
[魔法]【火魔法クラスIII】
[人工精霊]【天照らす日輪】
[武装]帝国軍のダガー
……レベル高くね? ぐ〜っどグ〜ッド。
初期値はレベル二十に届いていない筈だが、ガウェインは予想外に成長していた。ただ戦技より魔法を伸ばす方向の方が良いとは思う。個人の自由は尊重するけどね。
これでもベディビエールやアグラヴェインには届かないのか。
[名前]アーサー・エンタック
[レベル]18
[戦技]【二段斬り】【強撃】
[魔法]【王剣魔法】【虹色の聖剣クラスⅡ】
[人工精霊]【擬似赤龍】
[武装]帝国軍の剣
うん、知ってる。序盤の強敵へのアプローチはこのエクスカリバーに頼り切りなだけに、必須と言える主力級キャラクターだ。
属性を付与できる剣魔法も覚えており、剣も使えるが属性ダメージも狙えるわけだ。現実ではゲーム時以上に使えるキャラなのではと考えている。
[名前]パーシバル・ウォーカー
[レベル]23
[戦技]【二丁拳銃】【早撃ち】
[魔法]【毒】
[人工精霊]【主砲・タスラム】
[武装]暗黒街のハンドガン
このガキ、なんて事をしてくれる。俺の大事な大事なローズマリーに傷を付けようとしやがって。大して言う事もないしな。【主砲・タスラム】が確実に当たる非常に強力な人工精霊である事は確かだが。
他も知っている通りのレベルで、戦技も魔法もまだまだこれからといった風だ。
やはりベディビエールだけはアーサーの護衛も務めており、年齢も二十五? それくらい上とあってレベルが違う。途中まで操作すらできないキャラだったのも順当だ。
[名前]ベディビエール大佐
[レベル]44
[戦技]【正拳】【岩砕き】【裏拳】【武装割り】
[魔法]【錬金術】
[人工精霊]【恐ろしき膂力の隻腕】
[武装]アイアンアーム
パワータイプで魔法も地質や地形に応じて多種多様な変化を見せ、とにかく戦技が効果的なものばかり。人工精霊も言うことなしで、中盤までは楽をするなとばかりに操作できなくなっているキャラクターだ。
そして、決して救われないキャラクター……トリスタン。
救われないという言い方が正しいのかは分からないが、操作できる英雄の一人であっただけに資料越しにも憐れみの目で見てしまう。
「……さてさて、気を取り直してローズマリーだ」
ローズマリーは悪女である。貴重な治癒魔法使いであるヴィヴィアンを虐め、高飛車な態度から孤立していたエンタック家の次女だ。
ただし戦闘能力は低く、あちらこちらで利用されてゲームをプレイする者達にザマァと笑われて来たキャラクターでもある。
「……そりゃ訓練なんかでレベルはそこまで高くなるわけないよな」
思っていたより弱い。だが、それでいい。お前は俺の物だ。ロロみたいにトイプードルの如く大切に飼ってやる。
この世界にある三つの【光】と三つの【影】、その一つを持つローズマリー。帝国どころか世界中が、この女の価値に気付いていない。確実に俺の物にしてみせる。
俺は瞳に物欲塗れの炎を激らせて、かの悪女に想いを馳せた。
♤
軍学校生の殆どは帝都キャメロットに家を持っていても、四つの寮のどれかに所属している。将来的に配属される部隊を象徴する名前の付いた寮での催しもあり、一部の例外を除いて寮生活はすべきとされていた。
「……」
例外であるローズマリーが帰路に就く。アーサー等やルーラーと同じく、攫われる可能性のあるローズマリーは自宅へ帰宅しなければならない。
「ローズ、帰ったか」
「……」
裏口から敷地内を行き、屋敷を目の前にしたところで歩み寄ったペンドラゴンが声をかけた。ローズマリーの目付きは一段と鋭くなり、父親に向けるものとは思えない敵意を宿す。
「パーシバルがやらかしたらしいな」
葉巻きを燻らせ、ローズマリーの機嫌など関することなく続ける。
「ふぅ……まっ、コールに遊ばれて今も震え上がってやがるから、もう馬鹿な真似はしないだろう。無罪放免でいいな?」
「どうぞご自由になさってください」
会話どころか相手をするつもりもないのか、ペンドラゴンを避けるように去っていく。学校と同じく高飛車とも取れる態度で、目付きは蔑むようで……。
「ふぅ……」
姿が見えなくなるまで見送る視線は、娘への強い関心の表れなのか。はたまた実験動物を見るそれなのか。強気な性格から誰も相手をしなくなったローズマリーへ、父は何を思うのだろうか。




