30話、虫ケラにお灸を据える
正午を回り、昼食にと騒ぐ軍学校。
厳しい訓練に朝早くから取り組む学校生達は、空腹を抱えて食事へと急ぐ。午後からも続く学科に備え、一時の休息を取っていた。
「――あなたって本当に目障りね、私の視界から消えなさい」
可憐であった。
そして優雅で上品でエレガントで、気の強そうな顔立ちに相応わしく毅然としている紅髪の女子生徒。
黒を基調としたシックな軍服越しにもはっきりと見て取れる魅惑的な曲線を作る躰つきで、威圧するように一人の少女へ詰め寄っていた。
「わ、私はここにいただけですよ……?」
「言い方を間違えたわ。私も見ないようにするから、私の視界に絶対に入らないでもらえる?」
「無茶ですよっ、同じクラスじゃないですか!」
華のあるローズマリー・エンタックに反し、愛らしいながらも庶民的で身近に感じる魅力を持つ“ヴィヴィアン”。
一纏めの三つ編みにした明るめの茶髪を抱いて、小動物を思わせる動きで、あからさまに軽蔑を表すローズマリーを見上げている。
「……お兄様はこの下品な女のどこがいいのですか? 私には信じられません」
「い、良い悪いの問題ではないのだが……」
仲裁に歩み寄るアーサーにも臆さずヴィヴィアンを貶すこの光景は、ヴィヴィアンが入学当初より度々見掛けられるものとなっていた。場所を選ばず時を選ばず、ヴィヴィアンがいればローズマリーはとにかく絡みに行き毒吐く。
アーサーが貧困街から連れ帰った庶民のヴィヴィアンに、高貴なローズマリーは気品が足りないとして、学院に似つかわしくないと断じているようであった。
「またやっているのですか、下らない……」
「……」
背後に伴っていた白髪を揺らす冷徹なアグラヴェインが、赤紫の珍しい髪色と褐色肌のガウェインと揃ってローズマリーへ詰め寄る。
着崩した制服からローズマリーよりも更に豊かで溢れそうな胸を惜しげもなく見せ付けてやって来た。
「この学院は実力主義でしょう。いい加減にヴィヴィアンを認めたらどうです。今のあなたは見ていられない程みっともありませんよ?」
「……あなた達には関係がないでしょう」
「気に入らないんですよ。代表の娘だからと実技下位のあなたが庶民を貶めるのがね」
「庶民だからではなくて、彼女には品というものが欠如していると言っているのよ。あなた達も馬鹿を見る前に距離を置いた方がいいわね」
「その結果、あなたは一人になったのではありませんか?」
睨み合う二人に、不穏な空気が漂い始める。
「……アグラヴェインさんの言う通りよ」
「アグラヴェインさんやベディビエールさんには何も言わないし、ヴィヴィアンさんがやり返せないから標的にしてるんじゃない……」
アーサー見たさに周囲にいた生徒達も、口々にローズマリーの陰口を呟く。
「ま、両者共に大した興味はありませんけどね」
本心から言えば自分で解決しないヴィヴィアンにも苛立っており、アグラヴェインは皆の視線を気にも留めずに去ってしまった。
「……もういいわ、好きにすればいい。忠告はしたから」
「お、脅しですか……?」
自分が悪者にされていると察したローズマリーが足早に校舎へ去っていく。
「ウゼェ……やっちゃえばいいじゃん」
「……! 待て――」
その呟きが耳に届き、少年の危険性を把握しているアーサーが止めるよりも早く、弾丸は射出された。
早撃ちを行ったのは、パーシバル。殺すつもりではないだろうが、手脚くらいならばアーサーにも弾丸を見舞う異常性を持つ。
パーシバルは暗黒街出身の殺し屋であり、その天才的な銃器の才能を買われて育成が決定されたという異質な経歴を持つ。その生い立ちから命の重みを知らず、常識や社会倫理も身に付いていない。
故に、引き金を引くことに躊躇いがないのだ。
アーサーに遅れてベディビエールが主人より早くパーシバルに向かうも、撃ち出された弾はどうにもできない。
「――!?」
敵意に敏感であったローズマリーは振り返る前から、反射的に目を閉じていた。迫る弾丸を察して、身体を縮ませる。
「……?」
痛みを覚悟するも、ローズマリーを襲うものは何もない。死んでいないことは分かるが、弾が外れたのだろうか。
不審に思うローズマリーが目蓋を上げる。
「……っ」
「……アーサー様、教えてください。この学校では、このような真似が罷り通っているのですか?」
掴み止めた弾丸を手から落とし、床を打つ音の中で問う。その男に、ローズマリーのみならず衆目が目を奪われる。魅了される。
「コール……今っ……弾を、掴んだのかっ?」
「……」
あのローズマリーの隣にあっても見劣りしない美麗なその者を、貴族の子息息女達は知っていた。帝国一の武門家であるモードレンド家に、天使の如き容貌を持つ嫡男がいると知っている。
そのコールは、アーサーの返答が問いに対するものでなかったからなのか、答える事なく周辺情報を集めるように目を配らせる。
「な、なんてお美しいの……?」
「この学校に……あのような方がいたなんて……」
「まさかあれが噂の、モードレンド家ご嫡男ですか……?」
男でさえ頬を染める美貌に、淑女達は顔を赤くして虜となっていた。囁かれるのは天使の風貌に関する賞賛と羨望のみ。
これから何が起ころうとしているのかなど、誰も関心がないようだ。
「皆さん、早くこの場から立ち去ってください。あまり見ていて気分のいいものではありません」
「……コール、待つんだ」
コールと呼ばれたその天使は、右手に武器を出現させた。鋼に輝く、鋭く美しい刃物を手に掴む。モードレンドお得意の『刀』である。
嫌な予感を募らせるアーサーは誰よりも前に出て、何らかの行動を起こそうとしているコールを制する。
「アーサー様、まだ質問に答えていただいていませんが、その者はペンドラゴン代表の息女であられるローズマリー様を襲撃したのです。当然、法に従いこの場で斬ります」
「……!」
無機質なコールの眼差しを受けて、腰から砕け落ちたパーシバルは容易く射竦められる。
生命としての本能が告げている。どうしようもなく、分かってしまう。この男には逆立ちしても勝てない。それどころか、次の瞬間には首を刎ねられていてもおかしくないのだと。
「……パーシバルは掠らせる程度で済ませるつもりだった。ルーラー随一の才能があるのだから、それくらいは万が一もなく行えるっ」
「無関係なのはお分かりの筈です。銃口を向けた時点で死罪なのですから」
淡々と道理を説くコールは次に、ルーラーや周囲へ視線を巡らせる。
「……初めの話に戻りますが、どうして誰も彼を取り押さえないのですか? アーサー様やルーラーは何故、そちら側に立っているのですか?」
「それは……」
言葉に詰まるアーサーに目を細め、コールは場違いに色めき立つ周囲を置き去りに歩み始める。
「っ……」
「……」
ガラハッドやガウェイン達ルーラーも例外なく、コールから向けられた叱責の視線一つに縮み上がっていた。強烈な存在感を感じる。例えようのない異物感を、本能が感じ取って屈している。
「っ……ベディ、止めろ」
「かしこまりました」
コールは本気だ。この場で本当にパーシバルを殺すつもりだ。言い分はもっともでも、いつもの茶化しで仲間を失うわけにはいかない。致し方なしとアーサーはベディビエールへと命じたのだ。
命令を受けて歩み出たのは、ルーラー最強の男。ルーラー達を守護するルーラーであるベディビエール、通称『大佐』だ。
「本来ならその罪人を庇って構えた時点で同罪です」
「申し訳ない、アーサー様のご命令なのだ……」
「勘違いをしてはいけません。あなたも含め、ルーラーは替えの効く存在です」
右腕を覆う巨大な籠手を出現させ、ベディビエールが猛牛の気迫で踏み込んだ。それは見ている者達が仰け反る圧巻の迫力で、これまで殆どの者を一撃で昏倒させて来た得意技だ。
「胴ーっ!!」
「――ローズマリー様やレオナルド博士とは違う」
強く、疾く、重く突き出された巨拳の正拳。防御力ダウンや昏倒などの状態異常も望める単純にして強力な戦技である。
けれど天使の歩みは止められない。歩みざまに刀身を籠手の横合いに差し込み、掬うようにして逸らし、弾く。それだけで呆気なくベディビエールは受け流されて転びかける。
「ぬぅぅんっ!?」
体勢を崩して蹈鞴を踏むベディビエールを置き、コールは変わらぬ足取りでパーシバルへと歩む。
「まだまだぁ!」
「……」
背後から迫る気配に嘆息し、振り返ったコール。それだけで拳は空を打ち、その時には……逆手に持ち替えた刀の柄頭が、ベディビエールの鳩尾を打っていた。
「カッ、ぐっ……!?」
「踏み込みの音、拳が風を切る音、声……これだけ情報があれば、目で見るまでもない。挙動の全てが筒抜けですよ」
棒立ちするコールの横合いにズレて、悶絶する巨体が崩れ落ちた。
「……あのベディビエールが、手も足も出ないだとっ?」
腕力、脚力、技巧、体力、レベル、どれもが抜きん出ているベディビエール。その速さ一つ取っても見切れた者がまだ出ていない。にも関わらず、コールは赤子の手を捻るように跪かせてしまった。
見守る誰もが言葉もなく、我も忘れてその信じ難い光景に驚愕していた。
「……来るなぁぁぁぁ!!」
「――」
迫るコールへ銃を突き付けるも、誰も察せない内に刀は振られていた。銃身は断たれて落ち、返す刀は左腰にあったもう一つの銃をも斬る。
そして、更に寸断の刃が翻る。誰もがパーシバルの首を刎ねる一太刀だと、無意識に確信する。
「――待って!」
「……」
……声を上げたローズマリー。刃はパーシバルの首元にあり、その薄皮を破って血を滲ませている。
「……ローズマリー様、何か?」
「そ、その辺でいいわ。許してあげる」
「……」
コールはその言葉に少しばかり思考を巡らせる様子を見せてから、刀を引いて手元から消してしまう。
震え上がるパーシバルの耳元に口を寄せ、助言を送った。
「今日は殺すつもりはありませんでしたが、反省はしてくださいね。状況次第では本当に処断しなくてはなりませんから」
「っ、っ、っ、っ、っ!」
壊れた人形のように何度も首を振るパーシバルへ頷き、それから側から見ていた教官らしき男へ視線を向けて告げた。
「この者を捕らえておいてください。ローズマリー様とペンドラゴン代表に処分を委ねます」
「あ、あぁ、すぐに。分かった、ありがとう」
コールは尻込みする教官に模範的な一礼をし、改めてローズマリーの元へ。身構える彼女へ、息を呑むほど美しい微笑みを向けた。
「……っ」
「ローズマリー様、改めてご挨拶させてください」
「い、嫌よ。私は失礼させてもらうから」
「では僕も。どうやらここはあなたにとって、居心地の良い場所ではないようなので」
「付いて来ないでもらえるっ……?」
「僕とあなたは同じクラスです」
「……最悪ね」
騒々しく去る二人。何か嫌悪感らしき感情が見て取れるローズマリーは足早に歩み、その後を微笑を湛えるコールが追う。
「……わ、私も教室に戻ろうかしらっ」
「そうしましょ! 本日は教室でお昼にしましょう!」
「そうねっ、それがいいわ!」
遠めに見ていた観衆が磁力に引き寄せられるようにコールの後を追っていく。取り残されたのは、いつもは群がられるルーラー達や一部の男子生徒のみ。これまででは有り得ない光景が広がっていた。
「……」
唯一ガウェインのみが、あの頃より弱く振る舞うコールに、何らかの裏があるのだろうと胸中で深慮していた。




