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3話、主人公の一人、アーサー

 朝焼けの美しい祖父母の屋敷に広がる庭。ノットボコボコ庭。

 スタートダッシュを手助けするレベルアップ問題は解決した。次は戦技、魔法、通常攻撃のアレコレを調べる事にする。コールの事前知識には頼らず、自身による確認作業は(おこた)らない。


「フッ……!」


 祖母が熱心に手入れしているらしい華やかな花々の美しい庭で、身の丈に合わない刀を袈裟懸(けさが)けに振る。


 澄まし顔で刀を振り続けるが、物凄く気になっている。だってゲームとは違い、現実では誰だって調子の良し悪しがある。腹痛もあれば、風邪も引く。

 その時、魔法の魔力消費量は一定なのか。全力で戦技や魔法を放てばダメージは上がるのか。レベルだけでなく、走り込みでもスタミナは上昇するのか。では筋トレは? 魔法は魔力を少なくしても発動するのか……知りたい事は山積みだ。


「まあ、通常の攻撃は当たり前に現実的だな」


 大半は戦闘経験豊富なコールの記憶通りの結果となる。


 通常攻撃は地球の常識通り。力が弱ければ威力は落ちるし、急所を突けば傷は深くなる。走り込めばスタミナも上がる。

 だが魔法に関しては、込める魔力が少なければ発動しない。多少の誤魔化(ごまか)しは効くが、ある程度の数値だけしか節約できない。威力を高くしようと魔力を多く注ぎ込むと、威力も(わず)かにだけ上がる。


「ふぅ……」


 銀光の軌跡を積み、風切り音を重ね、コール譲りの頭脳で斬撃の改善を試みること半刻。一度、刀を正眼に(かざ)して構え、精神を研ぎ澄ませる。


「戦技のクールタイムはゲーム時の認識に近いな。だったら……」


 刀術と魔法の応用、並びに戦闘技術自体の上達。個人的には程よくレベルアップした後は、こちらに力を注ぎたく思っている。

 予想していたほど戦技を連発できないからな。そのため通常攻撃と魔法の頻度がゲーム時より遥かに多い。現実である事を思えば、対人ともなれば個人の技量さが如実に現れるのは明白だ。


「そして、コレ……」


 最強の魔法と言っても過言ではない、コールの【赤雷(せきらい)】。コールと言えば、刀とコレだ。

 雷と言っても電気ではなく、この【赤雷】は【モードレンドの(いかずち)】という帝国三種の神技の一つである。

 “物体を加速させる”というモードレンド家に受け継がれる秘匿魔法なのだ。

 正確に言うならば“物体を任意の方向へ加速させる”とコールは結論付けている。


 この魔法はモードレンド家の鉄の(おきて)で、誰にも漏洩(ろうえい)してはならない。馬鹿に強力だから無理もないが、切り札は機密扱いという決まりだ。


 これらの能力で目指すは、この世界を楽しみ尽くすこと。物語を楽しみ、強敵を倒し、レアなアイテムを求めたり。その為には一人で如何(いか)なる難敵も叩き潰す実力が求められる。

 つまり、最強だ。


「……よし、今日も行くぜ」


 朝飯前のトレーニングも終え、朝飯も食らってからの見慣れた玄関ホール。

 見送りの祖父母に振り返り、弁当を受け取る。


「コール、お弁当ですよ」

「お祖母様、いつもありがとうございます」

「あなたったら本当に可愛い子ねぇ」


 飯を作ってくれるババアにほっぺをプニプニされる。人体との接触により顔色も体調も悪くなるが、引き換えに栄養源を手に入れた。

 溺愛(できあい)度の方向がデュエルと天と地、月面探査機とスッポンくらいある祖父母に見送られつつ、早朝から午前のトレーニングに向かう。

 ここは居心地がいい。恵まれた環境下で一秒も無駄にせずにレベル上げしないと。


「……また金が必要なら言うのだぞ? 孫が遠慮しちゃいかんのだ」

「お祖父様もありがとうございます」


 弁当とか作れないからなのか、祖父ちゃんの方はお金で対抗しようとしている。でもこの世界には金を使いたいと思える娯楽がない。欲しいものがないんだよな。良くも悪くも今は酒は飲めないし、食べ物は用意されるし、賭博(とばく)はそもそも興味がない。

 レベル上げの方が楽しい。飛び抜けて強くなっていくのが凄く楽しい。まさしく超人に駆け上っていく陶酔感。戦闘が今から待ち遠しい。


「では行ってきます」


 祖父母に手を振って経験値の宝庫である肉加工工場(パラダイス)の冷凍庫へ。

 しかしなぁ、肉殴りのみではちょっと間に合わないかもしれないなぁ。いや急速に上がってはいるし、時間をかける価値はある。

 ただデュエルとの決闘までの期間を考えると、勝つにはもう一押しが必要に感じられる。あいつ多分、軍に登録している通りのレベル71じゃないし。コールの勘が(ささや)いている。


 じっくりと作戦を練らなければ。


「……」


 真剣な考え事をしながら長い階段上の広場でガッツポーズを(かか)げて街を見下ろし、決意を新たにする。


「アタタタ、アタァ! ……これはもうダメだな」


 肉加工工場でレベル上げをしていると、吊り下げていられなくなりそうになるまで殴り終えてしまう。食材を無駄にしないという観点で見れば問題なく食べられるが、めちゃくちゃ不味(まず)い。焼いて食べてみたが、食えたものではない。

 仕方なく廃棄(はいき)して、本日に入荷したばかりのピモングリズリーの肉へ。これも明日にはダメになるだろう。空いてしまう期間にも他に出来ることを探そう。


「シュ! シュ!」


 また作業を再開。脳内で魔法や戦技の応用プランを思い浮かべながら、ワクワクと高揚感を秘めて殴る。


「……ふぅ」


 肉加工工場(パラダイス)でのレベル上げもそこそこに一息吐く。レベルが上がれば、当然に攻撃力も上がる。体力も持久力もスピードも。

 だから加減して叩かなければ肉がすぐにダメになってしまいそうになる。加えて経験値も貯まりにくくなる。一週間にして失速した要因だった。


 このダブルパンチによる減速がなければ、デュエルなんかすぐにワンパンなのだが……我ながら贅沢な悩みだ。


「坊ちゃんっ! ホットココアでも淹れましょうか!」

「はぁい!」


 入り口から声をかけて来た店主のおっさんはいつもココアや飲むチョコレートなど、レベルの悪魔に取り()かれて狂ったように鍛錬(たんれん)(はげ)む俺を気遣って差し入れをくれる。

 だから本当にここはパラダイスなのだ。他に転生してくる人がいたら是非ここへ。ここをいの一番に(すす)めたい。


「坊ちゃん、明日はご実家の用事でしょう? まだここにいていいんですか?」

「夜なので。訳の分からん奴の誕生日会に呼ばれているのです」


 俺は基本的にコールのキャラクターに沿う口調や行動をしている。他に転生者がいた時が怖いから。あまり関わって欲しくない。サイコパスとかだったら情報を交換するのも怖いから、気付かれない為に今のところは様子を見ている。

 とは言っても、いつまでもコールの皮でコールごっこをするつもりもない。物語を楽しむ程度で、後は自由にやるつもりだ。


「名前くらい知っておかないと、粗相(そそう)しちまわないですかね」

「名前は勿論(もちろん)知っています」

「本当ですか? 差し支えなければ言ってごらんなさい」

「ペンドラゴン・エンタック」

「えっ……!? 帝国の代表じゃないですかっ!」


 ここエンタック帝国は帝国とはなっているがこれは名残りで、実際には皇帝が統治しているわけではない。大統領制のような代表制で、選挙により選ばれている……のだが完全に世襲制だ。皇帝の血を継ぐエンタック家が先々代から代表を務めている。

 つまりそいつの誕生日が、明日なのだ。

 モードレンド家に生まれた者として避けられない行事である。


 仕方なく、翌日の昼になると列車で帝都キャメロットへ。用意された服を着て、失神と嘔吐(おうと)を我慢しながらメイドに髪をセットしてもらい、馬車に乗る。


「特訓はどうだ」

「順調です。あっ、そうだ。ローズマリー様の詳細情報をノックブランドまで送っておいてください。趣味趣向を知りたいので」


 雑多な人混みを横目に道行く車の中で、父デュエルと対面して座る俺。どちらもパーティー用の正装を着ており、髪型も特別に整えている。


「……急に何を言い出した?」


 訓練された軍人でも震え上がるだろうデュエルの眼光にも、微笑んで応える。


「それは縁を持たせろという話か? 以前から関心があるのやもと懸念(けねん)していたが、よりにもよってローズマリー嬢とはな」

「可愛いじゃないですか」

「……」


 僅かに目を剥くデュエルを見るに、これらの提案をされるとは少しも考えていなかったのだろう。幼い息子に呆れたのかも。


「……代わりのものは何もなしとは言わないだろうな」

「満足のいく内容なら“菖蒲(あやめ)一文字”の在処(ありか)をお伝えします」

「……ふっ、いいだろう」


 (しばら)く怪しむ視線を向けて真意を探るも、半信半疑ながらデュエルは求めていた妖刀欲しさに快諾してしまった。

 一安心して視線を向けると窓にはいつの間にか、帝都キャメロットで最も大きな宮殿が姿を現しつつあった。


 湖を思わせる堀に囲まれたその場所は、剣や銃で武装した兵士が行き交い、ただでさえ厳重である平時よりも更に強固な警備態勢が取られている。


 ……代表の誕生日パーティー、めんどくせぇ。


 ♤


 前代表が病により退き、息子が新たな代表へ着任して十年の節目。

 大陸最大の国家とされ、悪魔の巣窟である『魔城(ダンジョン)』を最も多く有する帝国代表の誕生パーティーともあって、各国からも主要な者達が宮殿を訪れていた。

 両国間の関係が緊迫することもある教国からも使者団が派遣されている。人間国の歴史上でも現在、この宮殿は最も価値ある者達の集う場所のひとつとなっていた。

 通常、自国の者のみで行われる生誕を祝う宴だが十周年ともあり、ここまでの大規模なパーティーが開催されることとなる。


「ペンドラゴン代表、おめでとうございます」

「ありがとうございます。例の件でも後押しをしていただき、貴国には感謝が絶えません」


 固く握手を交わし、同盟国の王と親しげな笑みで言葉を交わす。

 エンタック帝国代表、ペンドラゴン・エンタック。猛る気性を表すような赤髪に分厚い体躯。何処か威圧感を感じる眼差しと明瞭な口調は、強国の代表に相応しい堂々たる振る舞いである。


「……前代表も中々でしたが、此度(こたび)は益々の改革をと張り切っておられますな」

「王国と教国は特に警戒しているでしょうな」


 新たな取り組みに積極的で、革新的。

 ペンドラゴンへの期待よりも、何をしでかすのかと周辺諸国の首脳は戦々恐々としている。とにかく野心が先行しており、名声や功績に貪欲なのだ。


「それでも……その子息は静かなる虎のようだ」

「聴かれてはことだが、似ても似つかないな……」


 代表の近くで不敵に笑う跡取りを盗み見て、一段と声量低く言う。

 幾分、父親よりも知的で大人びて見える。


「……おっ、影の守護者がお出ましだ」

「エンタック家の刃……いや、牙だな。この場で最凶の番犬をチラつかせて来たか……」


 帝国の牙であるモードレンド家が場内へ踏み入ると、広い会場の空気が一気に張り詰める。


 眉目秀麗、黒色の艶ある長髪の男が刀を佩て赤いカーペットを行く。この場で唯一帯刀を許され、帝国の威を知らしめよと威風堂々と歩んでいく。剣の切っ先を思わせる鋭い気質を前に、来賓は自然と気圧されていた。

 だがしかし、その後を付いて歩く少年に……会場は別の意味で息を呑む。


「早く歩け」

「遅い方に合わせてください。速い方に付いていくと不格好に見えます」

「……口答えをするな」


 デュエル・モードレンドと小声で話しながらも、優雅に微笑む美少年。会場のどの美女よりも天使らしく思える美しい容姿であった。

 病気がちでベッドから離れられないとの噂だが、本日は体調が優れているらしい。


「……驚いたな、デュエル。お前の息子は以前にも増して美しくなった……」

「同時に生意気にもなりました。どこで教育を間違えたのでしょうか」

「はっはっは、お前が手を焼くか。相当な傑物になるぞ、これは」


 相手からの挨拶を待つよりも早く、自然と声をかけてしまうペンドラゴンだが、気を悪くするどころか益々上機嫌にモードレンド家を迎える。


「コール、代表家の皆様にご挨拶をさせてもらえ。そのあとは好きにしていろ」

「分かりました。それでは代表、私はこれで失礼します」


 ぞっとする眼差しを向けるデュエルの指示に笑みで答え、ペンドラゴンへお辞儀をして去っていく。

 会場の視線を一身に受け、子息等への挨拶に向かう。


「……特に問題さえなければ、即決で娘の相手に選ぶのだがな。どうだ?」

「まだまだ推薦のできる息子ではありません」

「お前はいくら何でも厳し過ぎる……精鋭である直属の部下でさえも怯えていると聞いているぞ」

「緊張感はそうして保たれるものです」

「それは……それは確かにな。悪魔を前に怯まれちゃ、帝国の体裁にも関わる。上司で練習するくらいが丁度いいか」


 警備の任を他の部隊に任せ、わざわざ参列させただけあり成果は上々ともあって、代表と番犬の会話は思いの外に弾んでいた。


 ♤


 うぇぇい、代表に下げたくもない頭を下げたコールです。父をぶっ飛ばしたいあまりに忘れていたが、やっと主要キャラクターの一人と対面する。


「出歩いて体に障らないか? あまり良い話は聞かないが……」

「最近は調子が良くて、母方の実家では軽い運動もしているくらいです。ご心配なく」

「そうだったのか……。一時は危ないとまで言われたからな。それは喜ばしい」


 お人好しな面もあるが、血筋のせいか物事の裏の面も許容する度量を持つアーサー・エンタック。王剣魔法や大剣戦技で活躍する攻撃型のキャラクターだ。

 俺は真っ先にパーティー編成から弾き出したが、赤髪の鮮やかな頼もしいリーダーなので、現実では活躍してもらいたい。


 特に理由もなくパーティー編成から外してゴメン。良く似た性能なら、ド派手な火魔法を使うガウェインの方が好きなの。


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