29話、超天才はすこぶる健康
『ふむふむ、興味深い……』
本部研究所では相も変わらず、ロロ・レオナルドが個人ラボに篭り、実験に明け暮れていた。ガスマスクを着用し、オイルで汚れた白衣を着て。
四年前と異なるのは、頻度は少なくとも同施設の同計画に関わる研究者達と顔を合わせてコミュニケーションを取るようになったこと。ガスマスクはしていても、非常に良好な関係を築いていた。研究者達は以前にも増して仕事に打ち込み、代表も満足する結果を残している。
加えて、
「ロロえもぉん、助けてくれぇぇい。人に触れちゃったよぉ……」
『……』
巫山戯た人間が頻繁に立ち入るようになったこと。
世話役以外には誰一人として立ち入ることのできないロロの個人ラボに、平然と侵入するその男。ロロはまた現れた厄介者を無視して、やはり研究に没頭する。
「よいしょ……ふぅ、落ち着く」
『ダァァぁぁぁ!?』
実験中のロロへと椅子を持って歩み、コールは何食わぬ顔で背後に座る。
そして日課とばかりに衣服の隙間からロロの胸を揉み始めた。
「吐きそうだったのが、どんどん治癒されていく……」
『こ、こらっ! 止めるのだ! ホントこれっ、危険な薬品なのだッ! 隣のに混ざっちゃったら毒ガスが発生するのだからぁぁぁ!!』
「お前、見た目はあんまり変わったように見えないのに、触ると大きいよな。エロく育ってくれて感慨深いよ」
『君が来る度に揉むからだろう!? いい加減にしないかっ!』
「よく言うよ。こんなにドキドキしてる癖に」
『ドキドキと違う!! ハラハラであるッ!!』
両手に持つ試験管の液体が揺れる度に、ロロの心臓はバクバクと飛び跳ねる。
「はいはい、分かってるよ。ムードね、ムード……これだから女ってやつは」
「キャぁぁぁ!? そうじゃなくて! ガスマスクだけは外さな――ンムゥ!?」
ガスマスクを外され、ちゅっちゅと接吻を重ねられる。
「ん〜っ、ちゅ……! ぁ……ありがと……」
抵抗虚しく、嫌々ながらロロも次第にキスに応じる。
ガスマスクが外されて純真無垢そのものであったロロの顔は、否応なく恥じらいに塗れていく。
「……折角こんなに可愛いのに、やっぱりガスマスクはするんだよな。武装みたいなもの?」
「う、うん……ハッ!? は、早く……! 早くっ、はやくガスマスクを付けて……!」
「分かった分かった、うるせぇな……」
「は、早くっ……!」
『装着』
「君じゃなくて、わたしにっ!」
再び死地へ舞い戻るロロのか弱い絶叫が、ラボの一室を震わせる。
ガスマスクを取り戻し、試験管に封をしてから安全を確保したロロは、すぐさまコールを正座させた。
『……君の脳を解剖させてはもらえないだろうか。確実に生物として間違った進化をしている筈だ。その点は非常に興味深い……』
「そんなに怒らなくたってさぁ。ジョークじゃん、ジョーク」
『じょぉくぅぅぅぅ……?』
腰に手を当て、小柄な体を屈めて顔面を近付け、面と向かってコールに圧力をかける。
『このラボに有毒ガスが充満するところだったのだがっ? 君は耐えられるだろう。しかし私は一呼吸であの世行きだ! このように理不尽な片道切符があっていいとでも!?』
「考えてもみなさい。外ではモードレンド家のコールとして振る舞わなきゃいけない。それでやっと気を許せる相手のところにやって来たら、そりゃちょっとは巫山戯たくなるもんじゃない?」
『むっ……ま、まぁ、それは一理あるかもねっ』
満更でもない様子で腕を組み、無駄に踏ん反り返る。
「――隙ありっ!」
「うわっ!?」
またもやガスマスクを奪取され、高々と手の届かない位置まで持ち上げられる。
「か、返してっ、返してぇぇっ。んんっ……!」
「飯はもう食ったか?」
「まだ食べてなぃぃ……!」
「じゃあ先に晩飯頼んでくれよ」
「わっ……!」
背伸びして懸命に手を伸ばすロロを抱き抱え、彼女が新たに開発した通信機の前に行く。魔力を滲ませてパネルに手を翳し、ロロの世話役へ連絡を取る。
『――はい、博士。お夕飯ですか? 今日はお早いんですね』
「……うん、ハンバーグを二人分おねがい」
『またですか? う〜ん……博士はハンバーグの頻度が高過ぎるので、今夜はお魚やお野菜のメニューをお待ちしますね』
「ふぇ……!?」
反抗するタイプの世話役となって幾度となく交わされる会話。偏食気味な傾向にあるロロの健康面を考慮し、夕飯のメニューはこうして度々変更されていた。
「あとパイっ、ロロの顔にぶつけるパイも忘れずに頼んでっ……!」
『はい……? 博士、いま何か仰いましたか?』
小声で馬鹿げた要求を囁くコールに嘆息して肩を落とす。
そしてガスマスクを取り返して被り、通信機へ返答した。
『……いいや、なんでもないとも。実験用のマウスが思いの外に知能が低く、訳も分からず盛って喚いているだけだ。夕食は部屋の方に運んでおいてくれたまえ』
『分かりました。魚の骨にはくれぐれも気を付けてくださいね』
通話を終えたロロはコールに構わず黒板へと歩み、新プロジェクトの大詰めに使う部品の設計を続ける。
『……ふむ、悪くない』
「それって第二世代の人工精霊に付けるやつ?」
『うむ、その通りだよ。悪いが完成してもデュエル・モードレンドに宿す予定だがね』
第一世代の人工精霊は無事にルーラーに馴染み、出力も安定している。一先ずの成功は見ただろう。次は、二年半前から取り組んでいる第二世代だ。
「もし死んだら?」
『えっ……!?』
「もし父が死んだら、誰が持つことになんの?」
『ど、どういう意味で言っているのかなっ? いやっ、言わなくていい! 本当にお亡くなりになられた時に怖くなるから!』
何度となく頭を抱えるロロも、コールとの付き合いは長い。信頼できる上に実力は折り紙付き。今や最も身近なパートナーと言える。
「あぁ、雑魚ばっかで全然レベル上がらなくなっちゃって何年目? 早くもっと旨みのあるやつ殺してぇ……。悪魔はいっつも殺してるから、人を殺してぇ……」
『……』
性格に難があるのは変わらないが……。
『そう言えば第二世代のルーラー候補として、レイチェル君の名前も挙がっている』
「形だけでしょ。父上に次ぐ戦力だけど、ペンドラゴンが落選させるよ」
『だろうとも。我輩もそうなると予想している。彼女は君の側にい過ぎたからね』
デュエルやランスロットのルーラー内定が噂されるが、おそらくは代表が俺を恐れて急いているのだろう。計画や政策の邪魔をしないか、万が一敵対した際に備えた動きと思われる。無駄な行動、お疲れさん。
「明日は学校にまた行ってみてぇ……明後日はパーティーに出ろとか言われてたしぃ……その次の日はグレーポポタンと踊る為に遠征しなくちゃだからぁ」
『……君のポポタンへの情熱は何なのだ? 大天才たる我輩をもってしても、まったく理解し難い』
可愛い尻を上機嫌に振りながら黒板へ計算式を記入し、大好きな研究に打ち込むロロ。
しかしその発言が、コールにある考えを浮かばせてしまう。
「……お前、レベル上げてみるか?」
『え……今度は何を言い出したのだ?』
「クロエやアイザックを使ってお前を狙っていた《夜の王》がまだ諦めたと決まったわけじゃない。他にも怪しげな組織の存在を掴んでる。動き出す気配もな」
今や帝国の諜報部よりも裏側に詳しいコールは、既に何かを察している様子で語る。
「今年から様々な問題が起こる。お前のレベルを高くしておかないと、また何かあった時に今度はあっさりやられるかもしれないだろ?」
『我輩を護るのは君だ。君が強ければ何も問題はない』
「護るさ。けど、お前も強くて損はないだろ」
『……明快な解答だろう。確かにそれはそうだ……我輩が運動嫌いという圧倒的問題点を除外すればの話だがね』
冗談と受け止めている様子で話半分に聞くロロだったが、コールは邪悪な笑みを浮かべてその背後に歩み寄る。
そして出不精な小動物を捕獲する。
「……キャッチっ!」
『ヒャア!?』
本能から逃げ出そうとするロロを抱き止め、コールは邪な誘惑を拐かす。
「一日だけだ。二十四時間以内にお前をルーラーより強くしてやる」
『わ、我輩はそう簡単に外に出られる身ではないっ! それにあれから護身用の発明で、同じ事……いや、それ以上が起きたとしても対処可能となっている!』
「俺から逃げられるか? 魔王や大公、公爵級や侯爵級悪魔はまだ今の俺より強いぞ?」
『ぬぐっ……!? そ、それは確かにぃ……』
顎を撫でて逡巡する素振りを見せるロロを、更に惑わす。
「強いっていいぞぉ? 戦技も魔法も使えて、いざって時に備えられる」
『……』
「なっ? 俺がいれば万が一もない。だろ?」
『……ふむ、まあ試してみるのも経験か』
損得を充分に考慮して承諾したロロは嘆息して、顔の横にあるコールの頬を引っ張った。
「……何すんだよ、世界遺産的ご尊顔に」
『君は本当に悪魔のようだな。中に悪魔がいるに違いない。そうならば異様に高いレベルや奇怪な行動にも説明が付く。正直に言えば……性格も破綻しているしな』
「はい、おしおき」
衣服を脱がされ始め、ロロはしまったと焦って制止する。
『ま、待つんだ! このケダモノめっ、待ちたまえ!』
「何だよ、ホントは好きな癖に〜」
「そ、そうじゃなくて……」
ガスマスクを外して俯いたロロは、耳を赤くして恥ずかしさを露わに、小さな声で続けて言う。
「……と、となりの部屋に、ベッドを用意してもらったから……そこで、どぅぞ」
「可愛過ぎるヤツいるんだけど」
ロロでレベリングの実験をすべく誘ったことに、密かに胸を痛めるコールであった。
けれど恥ずかしさが頂点に達したロロは再びガスマスクを装着し、形ばかりの照れ隠しを叫んだ。
『ぐぬぬっ、用意させたのは襲われるならベッドの方がまだマシと言うだけだ! そのくらいは察するべきと知れ、この外道め!』
「今日は泊まるから。いま決めた」
『んなぁぁ……!?』
夜通しの寝技戦を遠回しに予告され、怒り狂っていたロロは己が暴言の代償に言葉を失った。
♤
気持ちの良い朝が来た。
『……』
ガスマスクごと枕に突っ伏し、持ち上げた尻を痙攣させて伸びるチンチクリン、もといバニーガールセット姿のロロ。
何とも愉快な光景である。
こいつやレイチェルとは性格から何から相性がいいらしい。ロロの場合は反抗的なガスマスクと素直な素顔で、どちらとも異なる面白味がある。
「……ちょっと、お腹が空いたんですけど。朝食を頼んでくれない?」
『……』
丸くて白い尻をペチペチと叩くも、返答がない。美乳を揉むも、ただの屍のようだ。感度が良過ぎるロロだが、体力がないのが難点。やはりレベリングは必要事項だ。
「あ〜あ、寝ちゃったよ。ゲームの約束は? 研究員と遊ぶにしても、まだ出社してないよなぁ。朝の八時だっていうのにやる事なくなった……。世の奴等は朝に何をしてんだ?」
……何か忘れている気がする。何処かに行く予定があったような。
まっ、いいか。




