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26話、書き換わった未来

 帝国の機密であった秘匿研究所が襲撃された。この報せにペンドラゴン代表は激怒し、当時に現場不在であった責任者を更迭。加えて重大な過失があるとして、重罰を科す予定であるという。

 襲撃により謎に包まれていたレオナルド博士は誘拐され、人工精霊研究は一時の停滞を()いられていた。


「ぼ、僕が、人工精霊研究を引き継ぐと……?」


 少しの(とどこお)りも許されないとする代表は、副主任であったアイザックへ研究を再開させるよう命じた。


「僕に博士の代わりが務まるかどうか……あぁ、いえ博士の意志を引き継げるのは僕しかいません。こちらからも是非、お引き受けさせていただきます」


 奮起するアイザックは差し当たり、手足となる研究員達を総入れ替えする手配をした。現研究員の多くはレオナルド博士に心酔し、強く慕っていたからだ。


(申し訳ないが、やはり目障りだ。主任である僕が研究に打ち込める環境作りは、僕の義務でもある)


 忌々しい博士の面影を消し去る算段に足取り軽く、我が子となった人工精霊の元へと向かう。決して悪人ではないつもりだったが、計画が成功しても罪悪感はない。

 アイザックは研究室を守っていた警備兵へ(うなず)き、格納庫の扉を開かせた。一人きりの空間に踏み入り、三機の人工精霊を見上げて深く息を吸い込む。


「……長かった。ここから、僕の研究が始まる」


 感慨深いと決意を呟き、感極まるアイザックは瞳を潤ませる。手を伸ばし、【天を照らす日輪(ガラティーン)】のケースへと――


『――我が子に触れないでもらおうか、下衆(げす)君』

「……」


 身の毛がよだち、耳を疑う。くぐもったその声音を自分はよく知っている。


「……っ!? ど、どうしてあなたがっ」


 振り返った背後にいたのは、やはりその人であった。

 ロロ・レオナルド……いつものガスマスクをしているが、明らかにその人である。


『君に相応しい終わりをと、彼が発案したのだよ』


 ロロが視線を右手側に逸らす。自分も追って目を向ければ、そこには人工精霊を見上げて歩き回る少年の姿がある。

 一目で何者かを悟った。以前に博士の開発した魔鋼回路運用式典にて、一度だけその美しさを目の当たりにしていたが故に。


「こ、コール・モードレンド……」

『彼が悪魔を(ほふ)り、私や我が子……そして多くの研究員を救ってくれた』


 これまで一度も聞いたことのない声色であった。(いきどお)りから発せられるロロの言葉は、かつてない気持ちの(たかぶ)りを表している。


『それ以上に多くの人が亡くなった。私と共に仕事をし、家族を養い、情熱を注ぎ、勤めを果たし、明日への活力を養うべく帰るべき場所があった者達がだッ!!』


 徐々に加熱する声色は湧き上がる激情により、遂に限界へと達した。


『君のくだらない願望によってっ、来る筈だった明日が無くなったのだッ!! 家族は彼等を永遠に失った!! どうしてそのように笑っていられるッ!!』

「く、下らない事があるかぁぁ!!」


 博士の気迫に押されていたアイザックであったが、ある一言により鬱積したものが瓦解した。(せき)を切ったように、内に溜まっていた思いが噴き出る。


「僕がどれだけの労力を注いで来たと思っている!? 誰が疲れて眠ろうともっ、だ、誰が呑気に遊びにフラつこうとも、けっ、研究に打ち込んで来たんだ!!」


 憤然たる思いはたどたどしく、けれど()()なく口から発せられる。まだ足りない、この程度では歯を食いしばって辛抱した月日など、到底取り戻せよう筈もない。


「それが完成したら、ぜんっ、全てあなたの手柄だぞ!? こ、こんな馬鹿げた話があるのかっ!? あと少しの作業を担えたならッ、僕の成果と言っていい筈だッ!! だろうがぁっ!!」


 独りよがりな論法を振り(かざ)し、アイザックは狂気じみた目を血走らせて叫んだ。

 けれど秘めたる叫びを聞き届けたロロは、先ほどとは違い落ち着き払って淡々と答えた。


『君には無理だ』

「……」

『私が愚かだったよ。私の研究に最も強い関心を持ってくれた君に、誰よりも君や研究員にいち早く完成品を見せてあげようと躍起(やっき)になっていた』


 目を輝かせて研究について語り合った初期の日々は、ロロに有りもしない夢を見せていた。自覚しないまま、いつの間にか誰も信じられなくなっていた自分が、心を許せる時が来るのではないか。

 共に笑い合い、完成した人工精霊を前に手を取り合って研究成果を祝福する……そんな夢を見てしまっていた。


『一日も早く完成を急いだ。それは何故か……君達には無理だからだ』


 彼等がロロの認める完成品まで届く事はない。所詮はロロの造り出した人工精霊の劣化版、下位互換しか生み出せない。そこに至るまでが精々であると、ロロは察していた。

 無関心そのもので人工精霊を見て回っていたコールが、ここに来て口を挟む。


「……あんたがここに手を加えるなら、それは改悪の連続になるだろうな。俺にはその未来がはっきりと見える」

「何をっ、言っているんだっ……!」

「お前が最も(たずさ)わっていた【天を照らす日輪(ガラティーン)】でさえ、これ以上の改善は行えない。ロロの開発したものを変なプライドでいじり、見るも悲惨な改悪版をそのまま宿させるのが精々だ」

「だから何の根拠があって僕を否定するぅぅ!」


 (わめ)き散らすアイザックの怒声を背に受け、尚もロロが一分で一先ずの調整を終えた【恐ろしき膂力の隻腕ベドウィル・べドリバント】を見上げて続ける。


(こだわ)りの見える洗練されたデザイン。低レベルのロロが扱っているにも関わらず、レベル100はあろう悪魔を殴り飛ばす完成度。更に能力の規模……これを見れば、あんたがどれだけ余計な事をしていたか、俺には分かってしまう」


 まるでアイザックが手を加えた先の未来を見て来たかのような口振りに、当の本人は脳神経が焼き切れそうな憤りを覚えた。

 しかしロロの冷静な語り口が、アイザックに現実を突き付ける。


『これまでなら決して口にしなかったが、君が副主任であったのは実力故ではない。単に研究へ向ける関心が強かったからだ』

「……」

『君を超える研究者は七名ほどいる。君よりも人工精霊研究で成果を出した者達だ。認めよう、君を副主任に抜擢(ばってき)したのも私の大きな間違いだった』


 残酷などというものではない。途方もなく受け入れがたい真実は、アイザックをいとも容易く絶望させる。

 ロロに断言されたなら、それが真実である事をアイザックは誰よりも知っている。彼女の口から語られるものは、(ことごと)くが『正解』であったのだから。

 この一幕で()せ細ったようにやつれてしまったアイザックを見下ろし、ロロは決別代わりにコールへと告げた。


『……もういいだろう。連れて行きたまえ』

「あぁ、そう? それじゃ、お仕事をしましょうかね」


 この後、アイザックはコールにより代表の前まで引き摺られ、秘密の部屋にて拷問される事となる。悪魔との繋がり、その目的、情報漏洩の有無、他に協力者はいるのかどうか。

 コールと並んで重要人物とされる博士への暴挙の見返りは、アイザックの想像を容易に超えていた。冷酷無慈悲と噂される代表の無情さは聞きしに勝るもので、早く地獄に送ってくれと何度も懇願(こんがん)したという。

 こうして帝国の裏側で一人の天才が護られ、悪魔の手に渡る筈であった未来が変わる。


『……コール君から聞いている』


 事件から三ヶ月。コール経由でロロを訪ねた人物がいた。彼女はロロも怯むほど美しく、まるでコールを初めて目にした時と同じ感覚になる。


「初めまして、レオナルド博士。ところでアイザックが悪魔に連れ去られた事は聞いているのかな?」


 軍服姿のレイチェルが笑顔で問いかけた。


『……聞いている。我が輩の代わりだろうな。僅かなりとも代わりが務まるとは思えないがね』

「そっか。ならばすぐに本題に入らせてもらおうか」

『……』


 レイチェルは人の良さそうな表情をして、ある計画を持ちかけた。


「私と、世界を救ってみませんか?」


 魔王と帝国、そして結社。この均衡を崩す謎の勢力が、この日より密かに始動する事となる。

 そして、四年の月日が経つ……。


一章、終わり!

明日からの二章も頑張ります!

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