23話、イレギュラー
天使の容姿が舞い降りる。
悪魔が生み出す絶望の渦中、炎の渦巻く地獄へと現れた。
「コールっ、モードレンド……!?」
「休暇を利用して人工精霊の研究所に侵入してみれば、面白い事になってるじゃん」
「どうしてここにっ!」
「どうして? 入っちゃダメなところだから。だから入ってみた。それだけだよ?」
混沌とする絶望の坩堝と化した現状を面白がって嘲笑い、悪魔にもよく似た雰囲気を放つコールに、クロエは自然と危機感を感じて身構えていた。
「動くなっ!」
「……」
取り出したナイフをロロの首元に翳し、コールの身動きを止める。少しでも滑らせれば、頸動脈まで刃が入り、血を噴出して失血死するだろう。
「……私はこれでも導師級の魔戦士よ。妙な動きをすれば、即座にこいつを殺す」
「できなかったじゃん」
一流であると自負するクロエへの返答は、訳の分からないものであった。
「何を言って、いる、の……」
「即座に殺す? でも出来なかったじゃん」
言葉が出なくなっていくに連れて、痛みが脳から知らされ、次いで視界が赤くなる。
「もう斬った。お前がダラダラ喋ってる間にな」
「……そん、な」
「失せろ、モブ。楽しい楽しい俺の人生において、小物にかける時間はほんの少ししかないんだよ」
目を剥くクロエはいつの間にか握られていたコールの刀に目をやり、頭の先から股へと縦に割られた事実を知る。
腕を断たれてナイフを持つ手が落ち、嘲笑う未知なる美性を恐れながら右半身から崩れ落ちた。更に左半身が床を打ち、肉々しい音を立てて死に絶える。
「はぁ……はぁ……」
「お前を裏切ったカスのことなんて構うな」
「……!」
あまりに無惨なクロエの死に動揺を隠せないロロへも、コールは呑気とも取れる声音で告げる。
「まだ他の研究員は生きてる。あっちの端に避難させてる」
指差した先は、左手に人工精霊達が並ぶ巨大な培養ケースの向こう側。丁度、《愛する人よ》の育つケースの影だ。
「よぉ、天才。俺が悪魔を倒す間、あいつらを護ってみるか? 俺はどっちでもいいけど」
「……」
「まぁ、護らなくてもお前の発明はこれから、良くも悪くも世界を変えるからいいのかもね」
「……」
「もしかして人間関係にお悩み? あんなもんよ? 信じられない裏切られ方をされる事なんて珍しくない。不倫なんてその典型だろ? その中で自分と合う人間を探すんだよ。以前の俺の場合は一人だけしか居なかったんだよ。世知辛いよな」
「……」
「……凄いもの生み出したってのに、こんな小さい事で落ち込むんだな、天才は」
口元に手を添え、凄惨な死体から目を逸らしても尚、込み上げる吐き気に耐える。耐えながらも、どんな時も側に居てくれたクロエの死に苦しむ。
「……わたしには、二人しかいなかったっ」
「違う。初めから、こいつらはお前の隣に居なかったんだ」
「それでもっ、ずっと一緒にいてくれた! 親さえ見捨てたわたしに! ずっと!」
「現状が物語ってる。諦めて他を探しな」
コールは素気無く振り返り、眼前で見下ろしていた空飛ぶフルフルと相対する。互いに浮かべるのは、骨のある相手へ向ける親愛の微笑み。悪魔の微笑だ。言わずもがな、開戦は間近である。
しかしふと、肩越しにロロへと声をかけた。
「……お前が見ようとしていないだけで、実のところお前を必要としている人間は多いのかもしれないぞ」
「えっ……?」
破れた人の皮越しに笑うフルフルと視線を交わしながら告げられた言葉。ロロには、訳が分からなかった。
すると悪魔とコールが対峙した隙を突いて、ロロに駆け寄る影が現れた。
「は、博士っ! は、早くこちらへ!」
「さぁ! 立って! お早くっ!」
震える脚で駆け寄った研究員達が、ロロの小さな身体を引き摺って下がっていく。
「……」
「レオナルド博士ですよねっ? あなたは歴史上最高の天才だ!」
場違いに興奮する研究員に連れられ、物陰まで避難させられる。
「あなたの元で働けて光栄ですっ! どうしても直接これを言いたかった……! 私達、研究員のことも気にかけてくれるし、人類初の試みに携われて誇りに思いますよ! えぇ、本当に!」
「人工精霊達は壊させません! しかし博士だけは先に逃げてください! あなたの価値と功績は計り知れない……! そもそもまだ若いんですから、ここで死んでは絶対にいけないッ!」
口々にかけられる賞賛の言葉は、止まる気配がない。低迷する開発部は研究員を総入れ替えすべきという意見まで出る程であった。
しかし突如として現れた“レオナルド博士”により状況は一変する。博士は現在の人員に不足するところはなく、そのまま起用できると代表へと進言した。彼等はロロの一存で、歴史的発明の一助となっていた。
「……」
「護衛を連れた小柄なマスクの少女がいると、時折もしかしてと研究者達の間で噂されていたのです」
何が何だか分からないといったロロの間の抜けた面持ちに、一人の研究員が思わず笑みを浮かべて答えた。
「あなたはこんなところで終わっていい人じゃない。私達が研究を護ります。だから早く逃げてください」
「……」
流せるだけ流した筈の涙が、再び溢れ出す。認めてくれていた人々に囲まれ、見えていなかった繋がりを知る。積み重ねた失敗と成功を知り、ロロの辿った軌跡を人工精霊を通して見て来た研究者達との絆だ。
激化する戦闘を近くに、ぎこちなくも心の底から向けられる微笑みに囲まれ、ロロは求めていた答えを見つける。
誰かと心の距離を近付けたかった。怖くて、それでも求めて止まなかった、ただそれだけの望みが知らぬ間に叶う。
「……」
最終目標である、完全に心を開ける誰かを見つける日も遠くないのかもしれない。
「……!」
涙を白衣の袖で拭い、希望を胸に天才が再び立ち上がる。
ガスマスクの鎧を被り、賢き者として才能の暴力を行使する。
『……君達は見ているといい。いつだって我が子を護るのは、母の役目なのだ』
「な、何を言うのですかっ……? 早く避難をっ!」
小さな身体で奮い立ち、勇んでみせるロロへと狼狽を露わにし始める研究員達。
『今日ばかりは特別に、君達にも見せてあけようではないか……』
不敵に笑うロロが、自らの持つ人類史上最高と断じる脳を指差して言う。
『――超天才が本気を出すと、どうなるのかをね』




