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22話、悪魔

 人の皮を被ったフルフルの臀部(でんぶ)より(いで)し炎の大蛇は、火を吹いた。悪魔の業火は血肉を溶かし、人骨なども崩壊させる。警備兵や研究員を焼く内にたちまち火の手は広がり、秘匿されていた研究施設は地獄と化した。


「ギィやぁぁぁぁ!?」

「熱いっ、熱いーっ!!」


 燃える人間は何故か踊る。素敵な調べを発しながら、最期の瞬間まで踊り回る。初めは激しく、徐々に緩やかに。

 発する調べも初めはヒステリックで、果てるその時は穏やかで。命が燃え尽きるのを自ずから知らせてくれる。


「調べに囲まれ、舞踏に恵まれ……」


 人間の間で、悪魔が人間の敵という認識が広まっているらしい。そのような事実はない。悪魔は人間が大好きで、心から愛している。


「……あなた方と出会えた奇跡に感謝します」


 舞台の幕を下ろすように、大仰(おおぎょう)にお辞儀(じぎ)をする。すると示し合わせて、踊っていた演者達も糸の切れた人形のように倒れながら燃え尽きた。

 レベル104……それは軍による計画的な作戦行動無しには太刀打ちできない、異次元の領域。フルフルに傷を付けることはおろか、近付ける兆しすら見えない。


「さて、残ったのは将である貴方だけ……」

「っ……」


 警備兵を指揮していた上官が炎の海にただ一人、取り残されていた。


「案内していただきたい。ここで作っている物の元にね」

「っ、舐めるなぁぁ!!」


 屈辱的な要求をされた隊長は使命感に火が付いた。咄嗟(とっさ)に繰り出されたのは、【全解放(フルストライク)】と呼ばれる戦技である。

 体内にある魔力の全てを一撃に込め、後を捨てて臨む捨て身の秘奥技であった。格上であっても、この戦技であれば一瞬の間だけ上回ることができる。近接型魔戦士に必須とも言えるものだ。

 切り札として正に相応しく、この度も隊長の魔力を余す事なく剣へと注ぎ込む。剣から(ほとばし)る輝きは悪魔の炎を押し退け、駆け抜ける人影はその隙を見逃さなかった。


「なめるなぁぁァァ!!」

「舐めます、ぺろぺろぺろ」

「えっ……!?」


 ……刃はフルフルの肩に食い込み、けれどそれ以上は進まない。被った人の肉は破れども、内にある悪魔の身には擦り傷すらも与えられていなかった。

 フルフルの異様に伸びる舌に頬を舐められながら、張り付く唾液と生温かい感触に隊長が絶望へと沈む。


「こ、こちらです、フルフル様……」

「……何処(どこ)かに閉じ込めるものと思いきや、本当に案内してくれましたか」


 馬鹿正直にレオナルド博士の研究エリアへ誘導されたことに驚きはあれど、数名の研究員達が人工精霊を移動させようとしている光景を前に、満足げに(うなず)いた。


「あ、あんた……なんて事をしてくれたんだっ!」

「うるせぇ! フルフル様に従え、人間共ぉ!!」

「ぐぁぁ!?」


 寝返った警備隊長が研究員を斬殺していく。


「……」


 別にそこまでしなくても……と、変わり身の早さに心中で驚愕していたフルフルまでも、見逃す予定だった研究員達を憐れむ。


『――うわっ!?』


 フルフルの背後から、少女の声音が生まれる。


「遅かったじゃないですか、先に来ていて然るべきところ」

「……五月蝿(うるさ)いわよ、黙って連れて行って」


 振り向きざまに向けられた苦言に答えたのは……クロエであった。

 ロロをフルフルの元に放り投げたクロエは、フルフルの侵入を手引きした内通者である。


『……クロエ?』


 天才の頭脳は正しく状況を理解してしまうも、受け入れ(がた)い現実に目を背ける。


『な、なんの冗談なのだ? この人は仲間なのか……? そうなのだろう?』


 (すが)る思いで有りもしない可能性にかけて、クロエの(すそ)を掴む。


「……五月蝿いっ」

『っ……』


 心底から鬱陶(うっとう)しさを表した声音で、その小さな手が振り払われる。姉のように慕って来た存在から無下に扱われ、きっぱりと拒絶される。


「いつもいつも、目障りなのよ……」

『……』


 いや、気付いていた。


「何で私がガキのお守りなんてやらなきゃいけないのっ? そんなことの為に軍人になったわけじゃない。なのにお前が無理をする度に代表から叱り付けられて……」


 自分には研究しかない。研究がなければ誰にとっても価値のない存在だ。代表にとっても、クロエにとっても、帝国にとっても……だから、ロロは頑張った。


「勝手に倒れられて、叱られて、世話をして、怪我されて、叱られて、その毎日よっ! 同じ事の繰り返し! 嫌になるわっ!」


 けれど頑張れば頑張るだけ、クロエは自分を嫌っていく。それでも人工精霊が完成したなら、きっと見直してもらえる筈と今日まで研究だけに力を注いで来た。

 あと少し……もうあと少しの辛抱だからと……。


『……』


 声もなく、嗚咽(おえつ)もなく、ガスマスクの下で涙を流す。いつも一緒で、唯一親しく接していた存在から怒鳴(どな)られ、清々すると塵紙(ちりがみ)のように捨てられて。


「そのガスマスクを付けていてくれるのだけは助かったわ。あんたみたいなガキの顔を見なくて済んだから」


 人間不信であった自分に、初めてガスマスクを送ってくれたのはクロエであった。そのとき初めて、贈り物というものを貰った。古くなり使えなくなっても、今も大切に飾ってある最も大切な贈り物……。


「これからはこの悪魔のところで思う存分、研究しなさい。使ってくれるらしいから」

『…………』

「言っておくけど、助けなんて来ないからね? アイザックがあんたの研究を引き継ぐわ。もうすぐ完全に理解できるってね」


 頭が真っ白になる。アイザックまでもが共犯で、しかも研究を引き継ぐという事は、自分に価値がなくなった事を意味する。


「人工精霊を生み出した天才は、アイザックになるわけよ。安心して行きなさい。あいつもガキに次々と先を越されて、発狂しそうなくらい苛立(いらだ)ってたからね。あんたが消えて胸の()く思いでしょうよ」


 涙は止まらない。泣くという無駄な行為が、自制できない。


『流石は博士ですね。また代表が褒めていらっしゃいましたよ』

『弟子としては鼻が高いですが、ロロ博士の才能の前には僕などもただの凡人なのですね……』


 大好きで、認めて欲しいと願った二人の為に打ち込んで来た研究だった。

 皮肉にもその研究により、悪魔と取り引きをする程に(うと)まれてしまっていた。


「……ごめん、なさいっ」


 ガスマスクを取り、涙で顔を濡らしたまま口を突いて出たのは、謝罪であった。

 嫌われている自覚はあった。だが、いつか認めてくれるだろうと、努力は結ばれる筈と、心から信頼してもらえるようにと二人に甘えていた。愛想笑いでなく、本当の笑顔を向けて欲しかったから……。


「謝られてもねぇ……もういいから、さっさと連れて行って。私も帝国を脱出しなきゃいけないんだから」

「待ってあげたのに、随分(ずいぶん)な物言いですねぇ」


 フルフルは肩を(すく)め、ロロへと手を伸ばす。


「フルフル様っ、研究員を始末しました!」

「はい? ……あぁ、そうですか。ならばあなたは自由にしてください」

「わかりました、えいっ」


 隊長の拳がフルフルの顔を抉り、飛ばされた悪魔は十メートルほど先の壁に突っ込んだ。


「フルフルっ!?」

「……」


 フルフルの強大さを知るクロエは目を疑う。反してロロは天才の頭脳でも事態が理解できずに唖然となっていた。


「そっかそっか、物語の裏ではこんな事になってたのか」


 研究員として潜り込み、今の間だけ奪った警備隊長の姿を解いていく。


「あ〜、おもろ。でも胸糞悪くて目障りだからモブ共(お前ら)は――退場(ここまで)だ」


 コール・モードレンドが、クロエと悪魔へ笑いかける。悪魔殺しの天使が、運命の糸を解き、定められた悲劇へと参上した。


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