10話、たまには善行
身の丈もある銀の刀を片手で振り、飛燕の軽やかさでマーマンが斬り刻まれる。
視界に走る幾重もの斬線に沿って、一息に切り捌かれた。
「あァァァァァ!? 俺の腕がぁぁぁ!!」
「っ――ケホッ、ゲホっ!」
子供の姿をした死の天使が戯れに少女を救い、尚もマーマンを寸断していく。マーマンの群れに次々と裂け目が刻まれ、割れ目に沿ってゆっくりと崩れ落ちていく。自由奔放に跳躍する影により、エリアIの魔物が掃討される。
生存者は六名。
「皆さん、念の為にエリアGまで避難しましょう! 僕が周りを見ていますので、生存者同士で手を貸して逃げてください!」
海へ逃げようとした最後のマーマンを縦に寸断したその子供が、嵐の中で叫ぶ。神業としか思えない巧みさで刀を操り、現実離れした斬撃で岩の硬さを持つ鱗を断ってしまった。まるで豆腐を包丁で割るように……。
「た、たすかった……!」
「ありがとうございますっ、ありがとうございます……!」
差し伸べられた神の慈悲に、何度も頭を下げて逃げ行く魔戦士達。子供に対する気持ちは既に消え失せ、崇敬の念を抱いて精一杯の感謝を伝えていた。
「お姉さんも行ってください。この男を置いて、早く」
「……」
「別にクズを助けたいわけではないので。こいつは魔物達を虐殺したお詫びとして、この辺りにいる他の魔物の餌にします」
子供が何の気なしに言う台詞ではないが、何をしようとしているのかは容易に想像できた。
「ま、マテっ! 待ってくれ、レイチェル! 気が動転していたんだ! 分かるだろ!? いつもはチガウだろう!?」
「あるよねぇ、そういう時も。分かる分かる。んじゃ、死のっか」
「やめっ、イヤダぁぁぁ!! 死にたくナイっ! ころさないいでくれぇぇぇぇ!!」
小さな死神に引き摺られていくリーダーを、言葉もなく見送る。その眼差しは失望と憤りに染まり、温情など欠片も残っていなかった。砂浜に最期の跡を残して、鼻歌混じりの子供にエリアJへと連れて行かれる。
エリアJはマーマンよりも危険な毒蛇系の魔物が多数棲息する魔の領域。彼等は岩肌に穴を開けて、近くの砂浜を通り過ぎる獲物を狩っている。
仮に放り込まれたなら――
『ァァァァァぃゃァァァァァ……』
♤
乱獲パーティーをやっているのかと思ったら、マーマンに殺されかけていた。慌てて助けるも半分が死んでしまったらしい。はっきり言って自業自得だけどね。
だって入り口でお金を払って天候予想を聞いておくのなんて、ゲームとか関係なく常識だもの。受け付けの人も毎回に渡って、天候予想はどうしますかって確認してくるくらいだ。だったら無料で提供しろよなんて言ってはダメ。あっちも儲けなくちゃいけないんだから。
「ぐぅぅ……うぅ……」
「うんうん、そういう事もあるわな」
レイチェルとかいう黒髪ショートのお姉さんに抱き付かれ、涙で服を汚される返礼中。他人の温かみに顔は青くなり、人肌が俺を苦しめる。
入り口まで護衛してやったのに、多くが病院送り。脚を齧られたこのレイチェルとかいうのだけが残り、失った仲間と痛烈な裏切りに涙していた。
「でもね、うぷっ……お前さんを助けようとしてくれた仲間もいたんだろ? その思い出を忘れちゃいけないよ?」
「……!」
「そのリーダーってのだって、認めたくはなくても良い面と悪い面がある。今回は馬鹿みたいに悪い面が“こんにちは”しちゃったけど、人間はみんなそんなもんだ。そういう奴等と上手く生きていく術を磨きながら、這ってでも前に進むんだよ」
小娘に人生を説く元アルコール依存症。大して人間関係に困っていなかった分際で偉そうに語る。
「うぅ……」
「……」
また泣き始めちゃうお姉さん。すると受け付けから国の職員らしき人が、砂浜でベアハッグを極められる俺の元へと歩む姿を捉える。
「モードレンド様、この度は魔戦士達の救助をありがとうございました」
「いえいえ、モードレンド伯爵家として当然の対応です」
「この件は報告させてもらう事になりますが、ご了承ください」
「……マーマンを倒しただけで報告ですか?」
魔戦士が魔戦士を救うというのも頻繁にある話だ。わざわざ通達して報告というからには、国の上層部へのものだろう。意図が分からない。
「ご理解ください。お国に伺ったところ、コール様の行動は報告するようにと代表からの指示ですので……」
「なんだってんだ、チクショウ」
「も、申し訳ありません……」
「じゃあ俺のポポタンダンスも報告されてんの? 生き恥じゃん」
これからは国の管理する地区での無茶を控えた方が良さそうだ。まぁ、ポポタンくらいは知られても問題はない。俺の知識は俺が独占するつもりだが、ほんの少しは分け前をくれてやる。
しかし、明日から行くもう一つの方は秘密にするもんね。




