1話、極悪転生
――宙に浮かぶ一つの異形。
蒼穹を思わせる無窮の空間で、超人と謳われる六人の大英雄を虫けらの如く見下ろす男がいる。
無数の刃が流動し続ける巨翼を羽ばたかせ、空間にガラスのひび割れを思わせる亀裂を生み、世界は細々と割れ落ちた。
『――ここがこの薄汚れた世界の終着点……』
破片が消え失せて新たに現れた星空の世界で、黄金の神々しい輝きを放つ両腕を英雄達へ翳す。
『……そして君達、人類と悪魔の最果てだ』
導き手として英雄達を見守って来た男の影はどこへ。
この男に憧れて、英雄達は強くなった。この男の背を追い、蔓延る魔城をいくつも踏破した。
この男に導かれ、あの《夜の王》をも打倒した。
なのに、何故……。
『世界を創り出した光の神と影の神……』
英雄達の内なる疑問に、限りなく神に近いデミゴッドとなった男、コール・モードレンドは答える。
『……私が〈光と影〉を統合し、新たな世界を創造する。今の世界のような欠陥のない、完璧に整った新世界を――』
「ほな今の世界をわざわざ壊さんでも、別に新しく創ればええやん。あれこれ悪させずに、勝手にどっか行ってやればええですやん」
スクリーン向こうで対面する最終ダウンロードコンテンツの裏ボスに、関西風のツッコミを入れてしまった。
(強過ぎるって、何度目のチャレンジよコレ……)
あまり独り言を言っているとアパートの隣人に心配されるので、声に出すのは止めておいて内心で呟く。
レベルは既に六英雄全員が上限値。最終ダウンロードコンテンツで解放された上限に上げて尚も、戦技を変えて魔法も変えてユニット編成もいじって何時間も『黄金卿コール』に挑み続けている。
ただでさえ馬鹿みたいに強い英雄を指導者として導き、前線を率いていた帝国最強の戦士が超強化されたのだから、この強さは仕方がないとも思うが。
「っ……」
ビールをごくごくと飲み干し、酔っ払ったことにして個人的禁断の“未クリアでの攻略サイト閲覧”に手が滑る。
しかしまだ追加コンテンツが配信されて一日と少し。倒したという報告すらなく『強過ぎる……』、『倒せる気がしない』などのコメントしか見受けられない。
「でも黒幕がいよいよ最終形態でお出ましだもんなぁ……こうでないと」
この高難易度は個人的に物凄く嬉しい。
アクション性もあるし、個々のキャラクター独自の育成も可能だし、チームのキャラクター編成もいじれるので戦略性もある。戦闘フェイズはやはり楽しい。
この『光と影と、人と魔と4』を最新作とするこのシリーズは、バッドエンドなどのルートがいくつもあるのも魅力だろう。
「一番強く育てたガウェインは……外せないし、ランスロットもだよな」
とりあえずもう一戦。
これはその類ではないが、このような確実に負けるイベントが来たら、とりあえずコールが陰から助けてくれるくらいに強かったし、仲間にいるのはむしろ不自然だった。
しかし裏では帝国代表の娘を悪魔に洗脳させた上に、悪霊を宿して苗床にしたり、家族を殺したり、宝刀欲しさに富豪を皆殺しにしたり、人体実験したり、悪魔側と繋がっていたり、謎の組織を利用したりと、やりたい放題していた極悪人だ。
「俺だったらもっと上手く暗躍するのに」
あまりの極悪さ故か、コールは幾つかのルートで正体が露見し、最終DLCを待つ事なく何度も殺されている。
俺ならコール程に強かったら、好き放題しつつも上手く立ち回り、この世界で楽しく過ごすだろうに。
このコールも最後まで生き残ってやる事が、わざわざ化け物になって世界を創り変えたいだなんて、俺には少しも理解できない。
「はい、十四秒で全滅。やっぱり【光】強過ぎ」
俗人らしく欲望のままに女囲って、馬鹿な英雄を操って、富と名誉も溢れんばかりに手に入れて、問題ばかり起こる帝国なんて裏切って、謎の組織も無視して、最後にはスマートな勝者となるだろう。
などという夢物語を夢想し、コントローラーを置いて新しい酒を取りに台所へ。
「馬鹿だなぁ、コールも。お前にだけはなりたくないわ。俺に倒されるまでの短い間だけでも神様気取ってな、間抜けめ……酒足してから朝風呂でも入るか……」
隣の部屋から朝一発目に生存確認代わりの壁ドンをされたのでノックを返し、残りのビールを飲み切り、凝り固まった肩を揉み解しながら立ち上がる。
……と急激に視界が歪み、ここで記憶は途切れることとなる。
隣人と医者の予言通りだ。不摂生に加え睡眠時間を削り、酒とコンビニ食ばかりの日々。俺自身は持ち直してきたと感じていたのだが、身体はとっくに限界であったらしい。
♤
ぐるぐると闇の中を彷徨う。光の届かない海底へ引き摺り込まれるように、もがくこともできず自由が効かないまま暗闇へ連れて行かれる。
永遠に続くのではという底知れない恐怖を抱き、しかし抗うこともできない。
けれど、やがて激痛により、光は視界へと流れ込んで来た。
「――グハァッ!?」
多分、三回転くらいした。側頭部に車の衝突と紛う衝撃が走り、冷たい地面を転げ回る。
「立て、コール」
「ガハッ!!」
朧げな視界の中で、刀を手に歩み寄った端正な顔立ちの男が、倒れた俺の腹部を更に蹴り付ける。
「っ……っ……!!」
深々と鳩尾に抉り込む爪先を受け、呼吸が叶わなくなる。加えて身体の奥に響く鈍痛に気が遠のくのを感じた。冷や汗が噴き出し、頭から血の気が引いていく。命の危険を感じているのだろう。
「目を閉じるな」
「がぁっ!?」
呼吸ができず、呆気なくもとうとう暗転してしまう。
「……っ、かはっ!」
「痛みを表すな。動きを止めるな。刀を手放すな」
しかし続けて蹴り付けられ、無理矢理に意識を取り戻す。そして訳も分からないまま、訓練時間とやらが終わるまでこれが続けられた。
は? って感じ。
「どうしたというのだ。今日はこれまでで最も出来が悪かったな。幼き頃から受け身は必ず取っていたのに」
「クソずみまぜんでしだ……」
「……け、蹴り過ぎたか?」
黒髪のポニーテール男が、胡乱な者を見る目を向けてから去っていく。
ちなみに午後には耐性を付けるとか何とかで毒を飲まされました。嘔吐、麻痺、幻覚なんてものが連続して巡り巡っておりました。
地獄か悪夢かと疑うも、数時間もした頃にはこれが転生だと自覚することとなる。
いや、それよりもだ。ゲーム世界に転生とかさ、転生したのがコールだとかよりも前に、メラメラと復讐心が燃え上がっている。
俺の第二の人生は、帝国最強である父への叛逆から始まった。
♤
どうも、新コール・モードレンドです。鏡に映る恐ろしい程に美麗な顔を見つめ、新たな自分に昂る。
年齢は、九歳。昨日までのホームシックは、あのドメスティックバイオレンスの権化こと父への復讐心で燃え尽きた。
強くなって仕返ししちゃる。
「あの……坊っちゃま、本当に宜しいのですか?」
「ああ、頼むよ」
「か、かしこまりましたっ」
髪を切ってくれるメイドさんが、鏡越しで目を合わせるだけで真っ赤になってしまった。超美少年とはなんとイージーな人生なのだろう。
やがて胸を落ち着けたメイドさんは、たどたどしい手付きで鋏を手に、艶やかな黒い長髪を……切り落とす。
「朝食まで時間があるよね」
「はい。坊っちゃまは昨夜早くからお眠りになられましたので、かなり早めの起床でした。朝食までは約一時間半ほどあります」
「そう……」
なんだかんだと大好きだったアクションRPG『光と影と、人と魔と』シリーズの世界に生まれ変わったようだ。どうして生まれ変わったのかとか、理由はあまり興味がないので、前のコールには悪いが俺は俺で楽しませてもらう。
作中のコールは父デュエル・モードレンドと同じ髪型であったが、鏡を見る度に体を乗っ取った罪悪感が……う〜ん、もしかしたらあるかも知れないので、ばっさり切っておくことにした。
右側の開かれた窓から射し込む朝日を受けながら、気持ちよく散髪してもらう。吹き込む風が心地良い……社会の歯車として疲弊し切ったサラリーマンの過去を洗い流してくれているようだ……。
「風で髪が散ってしまうので、窓を閉めておきますね」
「あ、お願いしまぁす」
「えっ!? 坊っちゃま!?」
さて、これからについて考えようか。一昔前のロンドンっぽいエッタック帝国の街中を探索したりもしたいが、実は世界を楽しむにしてもいくつかの理由により悠長にしている時間がない。
よりによって難易度も最高であった四作目だけに、油断なんて少しもできない。何重もの備えが必要だ。このゲームにはあのシステムが採用されているのだから。
『こっちは複数人当たり前システム』だ。
向こうのボスが一体であろうが、たとえ経験値の足しにもならない雑魚敵だろうが、複数人……4から6人くらいでボッコボコにする。アレだ。
盾役とか火力役とか役割ごとに特化させて育成したキャラクター達で、攻略法とかも無数の人から知れる世の中で、正々堂々と逃げずに戦ってくれる敵を無慈悲かつ作業的に殺す。俺達にとっては常識的なシステムだった。
もっと優しくしてあげれば良かったな。ありがとう、ボス達よ。
つまり俺は複数人で倒す敵や攻略する魔城を、任務として命令されれば一人でやらなければならない。実際に一線の兵士としてそういう任務はあるようだし、犯罪者や指定された要人などの抹殺もモードレンド家の役目である。
当然にレベルは余裕を持って上げておかなければ話にならない。
「このくらいで切り揃えてはどうでしょう」
「それで頼む」
物語本編はまだまだ先なのが幸いだった。何故ならコールには粛清ルートがある。主人公達のみならず《夜の王》や結社に殺されるなど、死に方のバラエティにも富む。
「っ……」
思わず喉を鳴らしてしまう。俺ならもっと上手く暗躍してみせると粋がっていた事を早くも後悔する。
俺にできるだろうか……なんかできる気がしなくもないが……。コールと異なり、俺には先のストーリー展開などなどの知識がある。未来やこの世界の秘密を知っている。
やれる……やれるっ! やれるよ、俺!!
では……気乗りはしないが、目下の問題と向き合う為に胸の内でステータスを開く。
[名前]コール・モードレンド
[レベル]57
[戦技]【飛刀】【斬風】【死突】【音無】
[魔法]【火魔法・レベルⅣ】【コールの赤雷】
こいつ、小学生と歳が変わらないのに強過ぎるとか、父親達の前で低レベルを偽装しているとか、やたらと強そうな魔法があるとか、見た人なら気になるポイントはいくつもある。
ただこんなものが気にならなくなるのが次だから。
[名前]コール・モードレンド
[レベル]57
[戦技]【飛刀】【斬風】【死突】【音無】
[魔法]【火魔法・レベルⅣ】【コールの赤雷】
[持ち物]レイピア、妖剣・村雨、菖蒲一文字、近所のミッツの心臓、メイドの左脚、ガーゴイルの声帯、錬成生物の死骸、かじられた悪魔の耳、味見した悪魔の肝、ソテーした悪魔の胸肉、おやつにしゃぶった幼児の脳髄、未知の生物(幼体)……。
コールの記憶を辿って嘔吐しながら失神し、内側に感じるステータスを見た時には頭がおかしくなるかと思った。
こいつの実態は原作の時よりも遥かに凶悪だ。サイコパスにも程がある。殺人は勿論、その辺を歩く人や屋敷のメイドを解剖したり拷問したり、新しい生物を創り出そうと交配させたり、弱めの悪魔や魔物でさえも捕獲して実験体にしていた。
お陰で今は我慢をしているが、他人に触る又は触られる事に物凄く拒否感を感じてしまう。このメイドさんですらだ。悪魔や魔物、人間の生暖かい感触がコールに残っているからだろう。
これはもう知らん。コールの過去は手に負えない。大好きな戦闘について考えよう。
コールは速度を上げる専用魔法を主に、圧倒的な剣術で斬り伏せる玄人好みの万能タイプ。主要な技があるならレベルを上げるだけで格段に強くなるはず。
まずは何よりも、簡単に死なないようにレベルを上げよう。
ゲーム時からもアクション性があり、戦技や魔法を駆使した戦法次第でレベル差は覆せるものの、リスクはできるだけ遠ざけるものだ。
「坊っちゃま、終わりました。このような仕上げとなっておりますが、どこか気になるところはございますか?」
「完璧だ。心機一転できた気がす、る」
「それはようございました……坊っちゃま!? お顔が真っ青ですよ!? 坊ちゃまぁーっ!」
触れられ過ぎて気絶した。
しかしメイドさんのお陰で髪も短くなり、爽やかな気持ちで父と相対せる。代々に渡り帝国の敵を抹殺して来た裏方の汚れ役、現モードレンド家当主である父と……。
地球の皆さん、安心してください。あのドメスティックバイオレンス野郎は、レベルアップの特訓後すぐにでも地球代表の俺がボコボコにしてみせます。
だが忘れてはいけない事が一つ。とりあえず父より優先すべき目標として、この先とあるキャラクターというか悪役にさせられていた女が悪魔により洗脳されるのだが、それは必ず阻止しなければならない。それだけは確実に阻んでいこう。