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対岸の森、魔女の家  作者: 伊藤暗号
第一章 〜魔女の薬屋へようこそ〜
6/19

カズル村の子


村の中心からどんどん離れてゆくが、こちらも出歩いている者は無く、畑は荒れていて、家々にも人の暮らす気配がない。

どうやら村のはずれの森に1番近い家のようだが、たどり着いたガンザの家の煙突からは煙がたっていた。

 

ああ、もしかして、村には薪も無いのか。

ルリィは、こんな田舎で魔石を使った魔道具のコンロを使っている家があるわけがない事にやっと気づいた。


 ドンドンドン!


「ガンザ! いるでしょ! 出てきて!」


ルリィがあれこれ考え込んでいるうちに、ミジュが扉を乱暴に叩く。が、返事も反応も無い。


「ガンザ!!」


 ドンドンドン!


ミジュが続けて叫ぶと、ようやっとその重い扉が開かれた。


「なんのようだ」


少しだけ開かれた扉の向こうから、不機嫌そうな低い声が響く。


「薬師様が聞きたい事があるんだって! 協力して!」


ミジュがそう言うと「帰れ」と言い捨てられ扉は閉まった。


「ガンザ!!」


再びミジュがドンドンと扉を叩く。


ルリィは扉前のデッキから降りると、キョロキョロと辺りを見て回る。


「ガンザは、猟師? 狩人なの? それとも冒険者?」

「・・・子供の頃は、冒険者になるんだって言ってたけど、ご両親が亡くなってから、村の方に来なくなりました」


続けて「元々木こりの家なの。森に入って暮らしているんだと思う」ミジュは俯いてそう言った。

母屋から離れた小屋を覗き見ると、角ラビットの皮が丁寧に開いて干してある。

そうか、この家の住人は動物の解体ができるのか。


「ゲッコウ、お願いがあるんだけど」


ルリィがそう呟くと、ルリィの影からゲッコウがヌルリと這い出てきた。


「キャァ!!」


突然目の前に現れた大きな狼に、ミジュが驚いて悲鳴をあげた。


「ミジュ! こっちに来いっ!」


扉が開いてガンザが飛び出てくると、一瞬のうちに矢を放つ。決断が早い。


「わおっ」


ルリィは、冷静に迫り来る矢に手をかざし、収納してしまう。


「・・・コイツっ」


ゲッコウは、マズルにシワを寄せて、ヴヴヴ と低く唸った。


いつの間にかミジュの前に移動したガンザは、次の矢をつがえて弓を引いている。

なかなか良い腕だと思う。


「この子は私の弟だから、攻撃するのはやめてくれる?」


間に入ったルリィが、ゲッコウの鼻の頭を撫で、シワを戻しながらそう言うと、何やらモジョモジョと言いつけられたゲッコウは、ガンザを一瞥して森の中に入って行った。


「ガンザさん、先日配られたと言う麦って余っていませんか? どうしても鑑定したいのです」


ルリィが、矢を返しながら何事も無かったかの様に話を進めるので、ガンザは構えていた弓を下ろし、屠殺小屋の中に入ると、ガタガタと音を立てた後、小さな袋を投げてよこした。


「ガンザ、食べなかったの?」

「それは毒だと、ばあちゃんが言ってた」


ミジュの質問にボソボソとガンザが答えている。本来は仲良しさんなのか?

ルリィが袋の中を覗くと、麦の粒の中に、少量だが黒い三日月状の粒が混ざって見えた。

「【鑑定解析】」


 麦 状態:麦角菌汚染 有毒 不可食


「やっぱり麦角菌だったか」


ルリィはため息をついて、取り出した密封瓶の中に袋ごと入れると「保存〈薬効固定〉」と呟きその瓶を懐に蔵い、辺り一面に〈浄化〉の魔法をかける。


「毒だとわかっていて皆に伝えなかったの?」ルリィがそう聞くと「・・・大人は食っても大丈夫だと・・・ばあちゃんが言っていた」ガンザは、顔を伏せて答えてくれた。


「麦はそのまま食べると食物繊維が多くて、子供だと下痢しちゃう事があるのよね。それ自体は毒では無いから、身体が大きく育っていたら本来なら美味しく食べられるの。でもこれは、それとは別にカビ毒に汚染されているわ。食べなくて正解よ。おかげで村の不調がわかりました。協力してくれてありがとうございます」


ルリィは丁寧に頭を下げた。

その様にはミジュも驚いた様で、2人で並んで慌てていた。


「さて」


毒の正体はわかったが、一応診察はしておきたい。


「全ての家の人を治して回るから、ミジュはもう少し付き合ってくれる? ガンザは、さっきの狼が角ラビットを持ってくるから、解体しておいて。またくるから」

「え?」

「お願いね」


そう言いつけて、ルリィはさっさと歩き出し、20件ほどの家々を回って歩く。

幸い瀕死の村人はいなかった。

マルリの母親だけが特別衰弱していたようで、聞けば元々身体が弱かったらしい。


家々に浄化をかけ、解毒ポーションで村人のデバフを治し、寝込んでいた大人達には、くれぐれも安静に! と言いつける。

動ける大人数人と子供達を、鍋を持たせて連れて、ガンザの家に戻った。


「え、な!?」


数体の角ラビットを、さばきにさばいていたガンザが、人を連れてきた事に驚きの声を上げる中、ルリィは薪を組んで大鍋を火にかける。


「米の粥を煮るから、みんなに配って。それではよろしくお願いします」


そう言って、米の袋を山積みにすると、ついてきたご婦人達に何やら指示してテキパキと仕事を進めていく。

ご婦人達は米を洗い、鍋に水を張り、米を炊き始めた。

驚いているガンザに、ルリィが話しかける。


「勝手に薪を使っちゃってごめんなさいね? 今新しいのを持ってくるわ」


そう言って森にスタスタと入っていくと、程なく倒木の音がして、木を切る音が響いた後、戻ってきたルリィは、日当たりの良い軒下に、新しい薪を並べ出した。


「いったい何匹解体させる気だ?」


文句を言いながらも、丁寧に作業を続けているガンザに感心しながら、肉の鑑定をして浄化をかけると、ゲッコウが大きな猪を引きずってやってきた。


「あら、良いのが獲れたね。 今日のところはこれで最後にしようか? ガンザ、これも解体できる?」


ベロベロと毛繕いをするゲッコウの姿に、皆が固まっている。


「血抜きの間は、俺が見張っているよ」

「「「喋った!?」」」


ゲッコウの申し出に、皆が驚いて一斉に声をあげた。

ルリィは気にせず、猪の足に縄をかけると、適当な木に引っ掛けて、ゲッコウと一緒に持ち上げ吊るすと、そこにいたおじさん2人が慌てて駆け寄り、一緒に縄を引いてくれた。


ルリィは「ありがとうございます」と2人に頭を下げると「ガンザさん、血抜きの方法知っていますか?」と、声をかけた。ガンザは吊るされている猪に近寄ると、興味深そうに見ているおじさんに「さっさと腹を裂いて内臓ごと出したほうがいい」と、吊るされた猪の身体を触ると「まだ、生きてる・・・」と、ルリィをみた。ルリィはガンザに笑いかける。


「では、これをお二人に。やり方はガンザさん教わってください」


そう言っておじさん2人に、懐から取り出した刃の厚いナイフを渡した。これで肉を捌ける村人が増えるだろう。


さ、次は。

先ほど切り出した木材を乾燥させて、大きめの箱を作り、中に金属のパイプを渡してS字フックをかけていく。間に網をわたし、下に木製のチップを敷いた鉄鍋を用意しておく。

ついでにガンザに燻製肉の作り方を教えておこう。


「水気がなくなりました」


米を炊いていた組から声がかかった。

弱火の簡易かまどに移動させて10倍の水を足し、塩もたっぷり入れる。


「急に食べるとお腹を壊すので、物足りないかもしれませんが、少し緩めのお粥にします。焦げ付かない様に中身をかき回してください」


そう指示して、自分は空いた焚き火の上に新しい鍋をおくと、鍋の中にミルクと砂糖をたっぷり入れ、沸き立つ直前に火から下ろす。


「さぁ、子供達、これをゆっくりと飲みなさい」


焚火を囲んで、5〜10才ぐらいの子供を15人ほど座らせ、木のカップに注いだホットミルクを渡して回る。


「甘い!」

「おいしい!」

「あったかい・・・」


子供達はそれぞれホットミルクを飲み始めた。


もっと小さい子はいるか? お家の人の様子はどうか? 普段どうして暮らしているのか自由に発言させる。

なるほど、成人したての若い子らが数人寝込んでいる様だ。


そしてやはり、子供がする事は普段はお手伝い程度で、森には絶対に入ってはいけないと教えられているらしい。一応、大事にはされているようだ。子供が積極的に労働力に回されていないと言うことは、以前はそれなりに余裕があったのだろう。良い村だ。

だが今は食べる物が足りていない。


米粥に、ポーションにも入れる薬草と生姜を刻んで入れ、卵をガンガン落としてグルグル混ぜて一煮立ちさせる。

村人達が各自で持ってきた鍋に分けて入れ、少しずつ皆で食べる様に言って今日のところは解散してもらうことにしよう。


「たくさんあるから安心して、ゆっくり、少しずつ食べるのよ。少しだけど薪も持って行ってお湯も沸かしてたっぷり飲んで下さい。それではまた明日頑張ろう!」


そう言って右手を挙げると、ルリィは「ではまた明日」とみんなに頭を下げた。

皆あわてて頭を下げあい「また明日」「また明日」と言い合いながら家路を急いだ。


「急にごめんなさい。そして、庭を貸してくれて、本当にどうもありがとう」


残ったガンザに再び頭を下げる。


「今から解体してもらった猪肉を燻製にして、ほんの少し保存が効く様にするけど覚える?」


ルリィが聞くと、ガンザはコクリと頷いた。


ルリィが、基本の形に肉ブロックを切り出すと、見様見真似でガンザも肉を切っていったので「ここはまかせます」と、ルリィは別の作業を始める。


焚き木の上に網を置いて解体してもらっていた角ラビットの肉を焼き出した。

焼いている間にじゃがいもとにんじん玉ねぎの皮を剥き一口台に乱切りにする。


「切った」


ガンザの声を合図に香辛料の入った塩の壺を出す。


「これを表面に揉み込んで、このフックに落ちない様にしっかりと引っ掛けて」


ゴシゴシ と、肉の表面を揉む様に塩を塗り込み、用意していたS字フックをグイっと刺して、燻製器の中に吊るす。


「まずはここに吊るせる分作ってみて?」


ルリィの指示に、ガンザはコクリと頷き、黙々と作業に没頭していく。

ルリィは、焼いていた角ラビットの肉を、大きな鍋に入れ、切った根菜類と水とブーケガルニも入れて鍋の蓋を閉めた。

暫くしてグツグツと湯が煮える音がし出したので、薪をかいて火を弱める。


辺りに良い匂いが香り立った。


「できた」


ガンザの方をみると、すっかりフックに肉をかけ終え、残りの肉にも塩が揉み込まれていた。

ルリィはチップに火をつけると燻製器の扉を閉める。


「これで燻して4時間待つだけなの。知ってた?」


ガンザは、フルフルとクビを横に振った。


パチパチと薪が爆ぜる音が響く。


「ガンザさんも、ミルクを飲みますか?」


ルリィが聞くと、ガンザがコクリと頷いたので、さっき蔵めた鍋をまた出して、木のカップにホットミルクを注ぎわたすと、ガンザは隣に腰掛け、カップに口をつけた。

ルリィは、持ってきていたコーヒーをカップに入れて口に含むと「ああ゙〜美味しい」と、やっと一息ついた。


「ガンザさん。ガンザさんが元気だったからって、強制的に手伝わせちゃってごめんね?」


ルリィの言葉に、ガンザはフルフルと首を横に振った。

暫くの沈黙の後、ルリィが話を続ける。


「水車が壊れてて、直せる人が今いないんだって。だから、麦を粉にする事ができなかったんだって」


ガンザはコクリと頷いた。


「ガンザさん。村のみんなは・・・ガンザさんを仲間外れにしたわけではなく、1人の大人の男性として扱ってしまったのです」


ガンザさんにしてみたら、急な事で驚いたとは思いますが。と付け加える。

コクリ、とガンザは頷いた。


「だから、村のみんなのことを許してあげてくれませんか?」


みな、余裕が無かったのだ。決して意地悪したわけでも、故意に見捨てたわけでもない。ちょっとした行き違いがあっただけだ。


「もう、怒ってない。俺も間違えた」


ガンザは首を振り、カップに口をつけた。


ご両親の育て方が良かったのだろう。こちらの世界でもう成人になったとは言え、15才なんてまだまだ子供だ。両親を亡くし、ご近所とのつながりも消えて、どんなに心細かったことだろう。

ルリィは、思わずガンザの頬を指でなでた。


「素晴らしい。ガンザさんのご両親は、ガンザさんをこんなに立派な人間に育てたのですね。本当に素晴らしいことです」


すると、ガンザの目から、みるみる涙が溢れ出した。


「じいちゃんと、ばあちゃんが死んだ時、マルリの母さんも、さっき、解体を手伝ってくれたオジサンも、ミジュのっじいちゃんっ、村長もっ、何かあったら相談に乗るって、なんでも良いから声をかけろって、言ってくれたのにっ、俺、俺っ」


ルリィは、うんうん。と頷いてガンザの背を撫でさする。


「森の木を切っていたのは、俺のじいちゃんだけだったのに、俺がっやめちゃったから、村のみんながっ」


うんうん。大丈夫。大丈夫。


「俺っ、俺、知ってたんだっ、ばあちゃんに、聞いた事あったんだあの麦がっ『悪魔の爪』に呪われてっ・・・」

「〈スリープ〉」


ゲッコウが、睡眠のデバフ魔法をかけると、ガンザの手から、木のカップが転げ落ちた。


「そうね、私は知らなくても良い事だわ」


ルリィは、ゲッコウに寄りかかり寝息を立てるガンザの頭を、サリサリとなでながら、涙でべしょべしょの顔を布で拭う。


「シチュー作っちゃうから、少しそうしておいてあげて? 良い?」


ゲッコウは、フスーと鼻息を漏らすと、そのままガンザを包む様に巻き付いて目を閉じた。

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